#012「八月十七日水曜日」
――昨夜の十八時から二十四時に入っているニュースは、と。
台風の影響で、在来線だけでなく新幹線も運転を見合わせるのね。
うぅん。吃音に対する周囲の理解不足か。きっと筆記試験では問題なくても、面接で落とされるんだろうなぁ。
それから、このグループに関する続報か。やれやれ。裏切っただの、口を聞くなだの、おおよそ立派な大人の発言とは思えないわね。
*
「おはよう、小川くん」
「おはようございます、清水課長。そちら方面の電車は、まだ動いてましたか?」
「あぁ。遅れは出ていたが、まだ運休には至ってなかったよ。今日の昼過ぎには通過する見込みだから、帰る頃までには通常運行に戻ってるだろう。――それでは、昨夜のニュースの報告を」
「はい。昨夜は、吃音に関するニュースがありました。吃音者の六割以上が、学校や職場で虐めや差別を受けたと回答した他、七割近くが、吃音の社会的理解や支援が不十分との回答し、吃音への無理解や社会的支援の欠如が浮き彫りになりました。症状を抱える人は百人に一人程度存在すると見られています。周囲から、あがり症、滑舌の悪い人といった程度の認識に留まっていることや、福祉や医療の現場での認知度の低さに対する不満を持つ人、それから、就労時に面接などで配慮して欲しい、保健の教科書に吃音の項目を載せるべきだといった希望を持つ人がいることが、今回の調査で判明した模様です。思い返せば、わたしが通っていた学校にも、そういう症状を抱えていた同級生に心当たりがありますし、心無い言葉を投げかけてしまったと思う節も無い訳ではありません。このニュースを受けて、吃音について幾つか調べたのですが、もっと早く知っていれば良かったと思う情報や、これは広く知られてしかるべきだと思う情報もありました。一度、吃音を馬鹿にされた経験があると、また症状が出るのではないかという予期不安から、コミュニケーションを避ける傾向が強まり、より周囲から孤立してしまうという悪循環に陥らせないためにも、正しく理解することが大切だと思います。以上で、わたしからの報告を終わります」
「どうも、ありがとう。僕も今の話を聞きながら、記憶の引き出しを探ってみたんだけどね。言葉の出始めに必ず詰まる子がいたのを思い出したよ」
「でも、そういえば、そんな子がいたなぁ、というくらいですよね?」
「ウム。そうなんだ。こちらは覚えていないが、もしかしたら申し訳無いことをしたかもしれないと思うと、心が痛むね。そうそう。吃音を文学や映画の題材にした作品があるのを知ってるかい?」
「映画は『英国王のスピーチ』が有名ですよね」
「ジョージ六世の史実に基づいて作られたものだね。小川くんの世代だと、三島小説は読まないのかなぁ」
「あ!『金閣寺』がありますね」
「中身は、読んだかい?」
「あらすじは知っているのですが、お恥ずかしながら」
「いやいや。恐縮することないさ。僕も高校時代に、感想文の課題図書として読まされなかったら、手に取らなかっただろうからね。それほど長い作品ではないから、文庫を買って読むと良い。今なら、夏の百冊とか名作ベストとかいうフェアで、普段とは違う装丁がされていたり、特典が付いたりするんじゃないかな。ただ、電車の中や寝る前に読むのはオススメしないね。集中して読まないと、気迫に圧倒される作品なんだ」
「何だか、手強そうですね」
「心して読まねばならないが、臆する必要は無いよ。先に本を買っておいて、時間のあるときに腰を据えて読めば良い」
「そうします。とりあえず、帰りに書店に寄ろうと思います」