#011「八月十六日火曜日」
――昨夜の十八時から二十四時に入っているニュースは、と。
盲導犬と歩行中にホームに転落した男性がいるのか。銀座線にはホーム・ドアが無いし、規格が古くてトンネルが小さいから、ホーム幅を広げられないんだよなぁ。
ダニ媒介脳炎で、国内初の死者か。草原や雑木林を歩く時は、肌を露出しない格好をしないといけないな。
フム。安全保障法制が整備されているから、憲法九条を改正する必要無し、か。
相模原事件の容疑者が、障害者殺傷に正当性を主張しているのか。随分と進化論や優生学にかぶれてるようだな。
*
「おはようございます、清水課長」
「おはよう、小川くん。その写真は、昨日言っていた海原くんかい?」
「そうなんです。どう思います?」
「好青年に写っているが、少し年嵩に見えるね」
「今年で三十五歳になるんですって。池波さんにもお見せしたんですけど、課長と同じようなことを言われました」
「老成していることは悪いことではないけどね。――それでは昨夜のニュースを報告するよ。銀座線で、盲導犬と歩行中にホームから転落した男性がいたそうだ。僕としては、これを機に、ホーム・ドアの設置が進めばと思う」
「駆け込み乗車や、酔っ払いの対策にも繋がりますからね」
「マナーを徹底することも大事だが、同時に安全対策もしないとね。安全といえば、安保法制の成立を理由に、憲法九条の改正を不要とする意見が表明されていた。平和主義に対する与野党の考えに注目したいところだね」
「国内だけでなく、日本の平和主義が、どこまで国際社会で理解されるかも気になるところですね」
「一切の戦力を持たないという基本理念と、自衛隊の平和維持活動が、海外ではどう映っているんだろうね。それから、北海道でダニによる脳炎で国内初の死者が出たというニュースもあった。虫害に対する自衛策として、自然の中を散策する時には、必ず、皮膚を覆う服装を心掛けたいところだよ」
「特に水辺に近いところでは、伝染病にも気を付けないといけませんね」
「まったく、その通りだ。この脳炎は感染性では無いが、ウイルスの進化速度は侮れないからね。進化といえば、例の相模原事件の容疑者は、進化論や優生学にかぶれているらしく、取調べに対して、障害者殺傷に正当性を主張しているそうだ」
「中学生や高校生と違って、成人してから一つの思想に凝り固まると、厄介ですよね」
「視野が狭くなって、他の信条を受け付けなくなってしまうからね。歳を重ねるほど、脳の柔軟性が衰えて、決まり切った物の考えかたしか出来なくなってしまうものだよ。若い人にしてみたら、老害でしかないだろうけどね。僕からの報告は以上だよ。いやはや。歳は取りたくないものだ」
「老害を掛けていると自覚しているうちは、まだ問題無いと思いますよ」
「無自覚になったら手遅れだね。でも過去の経験というものは不思議なもので、それを当てにして、段々と自己中心的になってくるんだ。きっと、人間の脳が、そういう風に出来上がっているんだね」
「困った仕組みですね」
「あぁ。困ったものだ」