どけちのママの節約方法?
「ママ‼どう言うことなの‼」
リィアンは、暖簾の前に立っていた。
仁王立ちと言えば格好はいいが、兄弟たちであるシュタイフ社のきりっとした普通のテディベアならまだいいが、リィアンはチーキー……正確に言うとパンキーチーキーと言うツンツンと毛の立ったモヒカン頭のチーキーである。
他のテディベアが頭と体の割合は1対3に対し、チーキーは1対2。
極端に頭が大きい。
その上残念なことに、今日のリィアンのお洋服は可愛いとらさんのくつしたセットの着ぐるみロンパース。
威厳もない。
ちなみに暖簾は、お家がワンルームマンションで、玄関から丸見えの部屋が嫌いと、すむようになってすぐママはそこら辺に放置していた140×200cmの長い布を、70cmずつ図ると、ちょっとハサミを入れ、大胆に真ん中をざーっと裂いた。
その音は、本当にすごかったのだが、けろっと、
「『絹を裂くような叫び』って、こんな音?」
と首をかしげ言っていた。
ちなみに、ママが裂いたのは綿の布である。
そして、まち針でチクチク刺して、切っていない側を約50センチミシンでガーッと縫い、その後縫っていない部分は折り畳んでミシンで同じくガーッとそれぞれをミシンに。
反対側はパタパタと折り畳み、ガーッと、もうひとつもガーッと縫って、上は、
「ママ、面倒なん嫌いなんよ」
と、折り畳んでガーッと縫うと、そのままつっかえ棒を通して暖簾にした。
「今回は、『和』テイストやけんね。今度は、インドのサリーに使う透けた布にしてとか、インド綿のとか……楽しいやろね~」
『面倒なんよ』で、ガーッ、ガーッ、ガーッと暖簾を作る。
リィアンは良くわからない。
面倒くさがりなのか器用なのか。
でもわかるのは、作る事や集めるのは好きだけど、手離せない。
一番厄介な病気持ちである。
まず、部屋の片付けが出来ない。
大好きな本と、資料集と、リィアンやユエたちに、コロコロと笑っている『プチブライス』と言う、これまた頭の大きい10センチ位の、お人形がいる。
それぞれ髪型や瞳にお洋服が違うが、皆綺麗な顔をしていて、ママは、
「ドールハウスを買うのは、お金がかかるから嫌だけど、自分でつくって見せる~‼」
と拳を突き上げ叫んでいた。
確か、なんとかファミリーと言う、ドールハウスと、ウサギさんとかのきせかえ人形の初期の一式をママは揃えて大事にしていたのに、ある日学校から帰ると全部、無くなっていたのだと言う。
泣きながら探して、ママのお母さん……おばあちゃんに言うと、
「貴方、もうすぐ中学生なんだから。従妹の○○ちゃんのおうちに持っていったわよ」
と言う言葉と、ぬいぐるみのほとんども捨てられてしまった。
ママは、その時の事を苦しげに、
「何も捨てられんようになった……目の前から姿が消える度に、泣きながら探すようになった。こわなった……」
目を伏せる。
でも、今回のこととは別‼
帰ってきたママに、
「ママ‼」
「あ、ただ今~‼お迎え来てくれたの?ありがとう~‼」
「違うでしょ‼ママ‼ここにお座りなさい‼」
リィアンはお座りをし、目の前をとんとんする。
でも、頭の大きいチーキーのリィアンがそれをしていると開脚前屈にしかみえず、
「押しちゃえ~!」
「ウギャァァ~‼ユエのバカァ‼頭ドーンだよ‼」
頭を押さえ、兄弟をにらむ。
キャハキャハと楽しげに笑う。
と、ピンポンとチャイムが鳴り、慌ててユエはリィアンに寄り添うように身を固くする。
ママは暖簾をくぐって、
「はーい。お待ちください」
「郵便でーす」
「はぁ……」
出ていったママは、何かを受けとると、
「ありがとうございました」
と、鍵をかけて戻ってくる。
「なんやろねぇ?」
「はい、ハサミ」
リィアンは手渡す。
ジリジリとにじりよったユエは、
「兄弟?兄弟?」
「違うでしょ。小さいもん」
「じゃぁなに?」
「うーん……」
ママは開けると、
「あ、懸賞に当たってた。フムフム……クオカード。当たったねぇ。ラッキー、いつだしたっけ?」
「覚えてないの?」
「うん。綺麗さっぱり忘れてる。いつ送ったっけ?」
首をかしげる。
本気で真剣である。
珍しくユエは正論をはく。
「ママ~‼忘れてどうするの~‼」
「いや、ユエちゃん。書いてずっと覚えてて当たらなかったぁぁって、もういやだぁぁって思うよりも、書いたのも忘れて、おや、届いてる、おぉ‼凄い‼の方が良くないかい?」
「ママ、今までで最高に高いものが当たったのって何?」
「うーん?うどん、4人用の土鍋と器、れんげセットに、ペコちゃんの首振り人形に、チョコ○ールのぬいぐるみクッションに、後は、あぁ、千葉のTDLのペアチケットと、大阪のUSJのチケットと、後はレアなゆるキャラ缶バッジ‼非売品なんよ~‼他にも図書カード……あ、アエラちゃんも当てた‼」
自信満々のママ。
ちなみにアエラちゃんと言うのは、ユエとリィアンのお姉ちゃんで、2003年だったと思うが、飴の懸賞で当てたシュタイフ社のテディベアである。
ママはどうしてもほしいのだと、初めて、飴の箱買いをして、バーコード3枚が一口だったので、6口応募したらしい。
飴はママの体重を4キロ増やす代わりに、アエラちゃんが当たった。
でも、アエラちゃんは、15センチほどの華奢できりっとしたテディベアらしい姿に、瞳はユエとリィアンのように真っ黒ではなくて、中心が黒で光彩が茶色かった。
鼻もスッと伸びているのに……と、思い聞いてみる。
「何でアエラちゃんは女の子なの?」
「ママがゴスロリドレスを着て欲しかったから‼ヘッドドレスは忘れていたけれど、レースとギャザーとフリル‼そして、小さいミニチュアテディベアをだっこしてるの。ママ。もうちょっとお裁縫が上手だったら浴衣とか甚平とか、羽織袴を……下手でごめんね。ミシンでガーッしかできなくて。浴衣の仕立ては習ってないの。パジャマやシャツ、スカートは作れるけれど……型紙さえあれば‼それに布が安ければ‼会員価格で端切れゲット‼綿も安くて質が良ければ‼」
「『ママはケチ』なんだ~?」
キャハキャハとユエは笑う。
「そりゃそうだよ~‼ケチじゃないママはいないもん‼」
胸を張る。
「じゃぁ、ケチのママがどうしてまた兄弟お迎えするの?」
リィアンは聞く。
「ケチケチって言うなら、兄弟お迎えしなくていいじゃない。リィアンいるよ⁉ユエも、皆」
「ユエも‼ユエもいい子だよ‼」
ピョンピョン跳び跳ねるまさしくウサ耳ぼうしのチーキーのユエたちを見回すと、悲しげに頭を下げる。
「ごめんね。皆を嫌いになった訳じゃないんだよ。大好きだよ……」
「だったらどうして‼ママだってケチって言う位だし、リィアンにはわからないけど、『貯金箱』に一円や5円をチャリンチャリンしてるでしょ?なのに⁉」
「あ、あれは、ママの趣味の忘れた懸賞の小銭です」
「は?」
呆気に取られる兄弟たちに、
「んーと、葉書や切手を普通に買うと額面通りでしょ?」
「そうだよね?」
ウンウン、頷く。
「金券ショップで買うと、ちょっとだけ安いの。だから、その差額をチャリンチャリン『開かない缶貯金箱』。元々葉書や切手代を、赤い『一旦貯金箱』に一万円分ママが貸してて、その一万円で切手に葉書を安く買うの。で、差額は『開かない缶貯金箱』に入れて、で、葉書を使うときに、その分は『一旦貯金箱』に納めるの」
「じゃぁ、ママが損するでしょ?」
「切手や葉書が足りなくなったときに、その『一旦貯金箱』に入れたお金で買いに行くの。で、差額を『開かない缶貯金箱』にチャリンチャリン。それを何回も繰り返していくと……」
「あー‼『空かない缶貯金箱』に、一杯‼」
ユエは元気に告げる。
「そうそう。気が長い貯金だけど、それでも1円が大事だって思えるようになったよ」
「ママスゴーイ‼」
「えっ?そう?」
照れるママが少し凄い人に見えたけれど、リィアンは、歪めた口のまま告げる。
「で、兄弟が増えるのは?どういう理由ですか‼ママ~‼」
「うわーん。ユエちゃん‼リィアンちゃんが怒ってるよぉ‼」
「ユエも怒ってるよぉ?」
「うぇぇぇん。だって、だって……トリスタンの前のご主人は優しい人だけど、許せないんだモォぉん‼」
ママはべそをかく。
「だって、だって、『テディベアは古くなったら価値が上がると聞きました。なので、このお金で売ります‼』って、書かれてるユエちゃんたちの兄弟が可哀想だったんだもん‼大事にしない家族なんか嫌だもん~ワーン」
泣きじゃくる。
「ママ……ママ。ユエたちはママと一緒にいるよ?」
「リィアンもママといるよ。だから泣いちゃダメ」
「……うぇぇぇん……淋しいよ。悲しいよって言ってるみたいで……辛かったんだもん……遺影に見えたんだもん……」
ユエとリィアンだけでなくトリスタンも、マロンも皆ヨシヨシとママの回りに集まって慰める。
ママはさびしんぼさんなのだ。
「ごめんね……ママがダメなママで……」
「ママはダメじゃないよ‼さいこう‼のママ‼」
「泣いちゃダメ。僕たちも悲しくなるから……ね?」
「ごめんね……」
しばらく泣き続け、そのまま寝入ったママに、皆で毛布をかける。
ママは体が弱っていて、体温の調節が他の人より鈍い。
痛みにも鈍い。
その為、風邪を引いたり、骨折も度々で、ダメなのだ。
「……リィアン。ユエもっとママに出来ないのかな?」
「ユエ……」
「ママに笑ってほしい。今度の子とも仲良くしよう?ね?」
必死に見る瞳に、リィアンは溜息を吐く。
「……そうだね。次に来る兄弟と仲良くしよう」
その時ボソッと、トリスタンが、告げる。
「悪いけど、今度来る子って、女の子だよ?」