兄弟が増えた。
ママのはるちゃんは、極端な人間である。
家の中が荒れようとも、食事を抜こうとも、水分を摂らなくとも、薬を飲み忘れても、眠れなくても、僕たち兄弟の着替えにパワー全開である。
「ウフウフ〜」
「ママ!お薬は!病院の先生に怒られたでしょ?」
「だってぇぇ……ウフフ……」
最近、ママが可愛がっているのは、ほぼ平等だけれど、現在特に可愛がっているのは、まずは僕たちより一回り小さい茶色のチーキー、クリストファー・ハニー。
ハニーは蜂蜜。
前の持ち主さんが、譲ってくださる時に、
「お顔の鼻の周りが汚れているのですが、蜂蜜をつけているように見えます。とても可愛いです」
とメッセージを送って下さり、蜂蜜とくまのプーさんからクリストファーとつけたのだとか。
あ、ちなみに、クリストファー・ロビンさんはくまのプーさんの作者A・A・ミルンの息子さんの名前であり、くまのプーさんの登場人物の名前。
ママはそう言う雑学は得意だけど、英語は苦手。
でも、中国語が何とか聞き取れるようになったって喜んでた。
ちなみに英語は何となく聞き取れるけど返事しようとしたら口が開かないらしい。
そして、ママは自称日本史研究オタクで、秋の七草からつけた桔梗姫。
桔梗姫は、身長はうさ耳をつけていない僕たちと同じくらいの身長のキリッとした子。
そしてチーキー。
「桔梗姫だよぉ〜」
とふわふわもこもこのピンクのうさぎの着ぐるみロンパースのチーキー。
しかも桔梗姫と名前をつけているのに、
「緑色〜亮月と一緒〜」
「月亮。僕はパンキンヘッドだし、色淡いよ!でも、何で桔梗姫……」
「名前の語呂合わせと言うか、萩姫、葛姫、オミナエシ姫、フジバカマ姫、尾花姫は却下。撫子姫か桔梗姫で、桔梗姫。可愛いでしょ?」
「桔梗は紫でしょ?」
「日本の桔梗は絶滅危惧種〜。うちの桔梗姫も運良く出会えた特別だから〜」
と頰をスリスリする。
「チーキーやパンキンヘッドは、小さい子も可愛いんだ〜でもね〜?抱き心地はユエちゃんたちサイズが最高なの〜それに、大きい子ほどロンパース着せられるから、汗っかきのママでも、皆に汗をつけなくて良いんだもん」
さほどせず、ママの暑苦しい愛情に適応したのか、桔梗姫は、
「では、私は、3人をお兄さんと呼ぶのでしょうか?」
『チーキー』だが、なぜか知的な表情の桔梗姫はうさ耳のフードを外し、首をかしげる。
「クリームのふわふわちゃんが月亮で、ユエちゃん。グリーンのパンキンヘッドが亮月で、リィアンちゃん。で、ハニーちゃんに、桔梗姫は、姫でいいと思う」
ママは嬉しそうに説明する。
そして、桔梗姫を抱っこしたまま家中の兄弟たちを紹介し始めた。
最初は、あーいるんだ。
と思っていたらしい桔梗姫は、棚に並ぶだけではなくクローゼット、そして蓋つきカラーボックスの中に小さい兄弟、ミニチュアドールハウスにはテディベアがベッドに座っているのも見て、
「……兄弟……何人いるんでしょう?」
「うーん、数えるのやめたんだって。うちにいる子は皆ママの子〜って。あの子もあっちの子もママが作った子で、あっちはママの恩師さんの作った兄弟。一番最初に作った兄弟はあの子」
「そうなのですか……」
「あ、言っておくけど、ママはさびしんぼで、泣き虫だから、1人でも欠けると大泣き。前に、ぬいぐるみを持っていかれたことがあって、その時はもう、熱出すくらい泣き続けたんだって」
「熱……」
ベビーチェアを出してきたはるちゃんは、桔梗姫を座らせる。
「はーい。ママは本を売りたいと思います。もう読まない本を処分して、そこに資料本を納めて……ハンドメイドの道具を納めて、みんなの兄弟を並べたいなぁ……」
「お家にハイベッドがあったら、ママは住み心地良さそうです」
「そうなのよね……欲しいなぁ……」
「そうしたら、毎日交代でみんなで寝られるね。ママ」
月亮はニコォっと笑う。
「と言うか、ママは明日、妹……皆のおばちゃんのお家にお泊りに行きます。体調が悪いから、泊りに行く……と言うよりも、病院で相談して1日だけママの妹のお家に静養に行ってきます。と言っても、ママ、ナンプレ好きなのに、ひなってば、クロスワードばっかり買うんだよ〜で、途中でできないって投げ出すんだもん……」
ブーブーとぼやく。
ちなみにクロスワードは空欄になったますを文字の数と、文字の順番が合えば書き込んで行き、繋いで行くパズルで、ナンプレはナンバープレイスと言い、3×3の1〜9までの数字が縦横綺麗にまとまって書き込んで行くもので、ママは複数や4×4と言ったものも特別に好きらしい。
「まぁ、好きだからいいけど、今は読書禁止だし……でも、全員連れていけない……」
「……」
ボケ役の月亮も、ボケる気にもなれないほど家中テディベアだらけである。
ちなみに、ママが一番最初に本格的なテディベアを作ったのが約18年ほど前。
それから順調に増え続けるテディベアたちに、将来欲しいと言い張るだろう姪には渡さず、なんとかしよう思っていたらしい。
ただ1つ思うのは、絶対に譲らない。
特に僕達の従兄弟に当たる存在。
ママは言っていた。
もし譲ったら、兄の家族は嬉々として、ネットフリマやオークションでみんなをバラバラに売り払うだろう。
ママにとって、家族とは兄夫婦ではなくテディベアの皆なのに……。
あれが欲しい、これが欲しい。
昔は私はそう言うと拳で殴られたんだよ。
でも、今の甥姪は当たり前のように人の実家の部屋を漁り何も持って帰るの。
辛くて薬を飲んだ。
でもそれは皆と別れたくなくて、これ以上何かするならって思ったからなんだ。
ママは暫く考えて。
明日連れて行く兄弟を決めた。
桔梗姫にするらしい。
ママは本人は覚えていないけれど、時々寝ている時に声を殺して泣いている。
そう言う日は、今年の猛暑で疲れてぐったりとして寝込んでいる時である。
眠れない日が続き、そのまま気絶するように倒れて寝入ったのだが。薬を飲んでいないので、浅い眠りと言うか泣きながら、
「嫌っ……命令ばっかり。ちょうだいって言いながらとり上げる気満々じゃない」
「どうせ死んだら、姪になんて言うなら……友達の子供の家に養子に出す……」
「公正証書でも、ちゃんとした遺言書でも勉強して、友人に伝えておく……」
「許さない……たかがぬいぐるみ……って言っておきながら、ネットで値段を調べて、もらう気満々の兄たちなんかいなくなれ!」
と何回かつぶやいていた。
起きたら覚えていないのか、涙をぬぐい兄弟を抱きしめる。
「値段じゃないもの……ママの子供だもん……」
シュタイフのトリスタンと名前をつけた兄弟は、ママに力任せに抱きしめられくるしそうだったけれど、よしよしと甘えん坊のママを撫でる。
ママは甘えん坊かもしれないけど、僕達にとったら可愛い大切なママ。
僕達が仲がいいのはママが僕達を大好きで、僕達も同じだってことを忘れないで欲しいなってそう思うよ。
まぁ、まずは、ママが躊躇っているLINEとTwitterの削除をネット友達しようと思う。