動かない姫
暗く湿った室内の外から聴こえてくるのは、
ざわついた……たくさんの声で。
灰色をしていた空からいつの間にか、
ざあざあ。
ぽちゃりぽちゃりと。
音を奏でながら雨の雫が降り落ちていく頃、
数十分前まで王国の王女だった少女は。
今は瓦礫の山となった建物の中で、
染め上げられたような赤色と、
鈍く光る黒色に満たされた鎧の男と出逢った。
だというのに、
少女の眼は自らの前に横たわる父であった存在にしか向いておらず、
何をするわけでも静かに見つめているだけだった。
降り沈む雨の雫に誘われるように、
少女はゆらゆらと記憶の水溜まりへと沈む。
――戦の種火が灯る前――。
荒々しく、忙しなく戦の準備に動く兵達をよそに、
国王は自らの娘である王国の姫<ワタシ>を、
城の奥にある金属の扉がある部屋に連れ込んだ。
部屋に入るや否や、
国王である父は眼を伏せて娘である私に近づいて。
「すまない……。
まさか向かいの国が、こうも戦に強いとは思っていなかった。許しておくれ私の愛しい娘よ!
どうかどうか私を守っておくれ私に愛を無垢なる愛をわたしに」
そう言葉を発しながら私を抱きしめようとしてくる父の眼は、
赤黒く濁ったような色に染まっていて。
怖くなった私は身じろいで、
腰に携えてあった中くらいの剣を指でそっと触って、
父が私に覆いかぶさった瞬間に柄を掴み、背中へと突き刺した。
「あ、あああ……!!
こんなにも、愛していたというのに。
なぜ、何故、私を守ってくれないのだ―― 」そう零す国王は、自らの血にまみれながら寝具へと這いずりながら、恐ろしくゆっくりと向かい、倒れた。
わたしと一緒にいてくれたことなんて。
私をちゃんと見てくれていたことなんて、なかったくせに。
国王である父の身体から赤い赤い血が流れ落ちるのと同じように。
娘である王国の姫の眼からは、悲しみを含んでなお澄んでいる雫がいくつも流れ溶けていく。
黒く色ずく血と、
にじみながらも形を残していく事の無い涙は、
決して交わることはなかった。
――――「ミツケタゾ」鈍く光る黒色に満たされた鎧の男がそう言って少女の肩に剣を構えた。
「ねえ、騎士さん。 あなたは、わたしをあいしてくれる……? 」
――。
――。
――――グシャリ。
何かが鳴った音は、辺りに響く事も無く。
ただ雨音と雷鳴の中に静かに消えていくだけだった。
「次ハ――ドコダ」
無残に崩れ朽ちた辺りに残ったのは、
歪んだ誰かの声と、
幸せそうに笑ったままの少女だけ。