共通部
短編小説です。シナリオ風にエンディングが2バージョンあります。
今日も来ている、と彼女は小さな池の傍らに佇みながら思った。
暗闇の中から、じっとこちらの様子をうかがっている気配。
それに形はなく、気配だけが感じられるモノノケという存在。
最初は気にも留めていなかった。
人ならざるものを見ることのできる彼女にとっては、モノノケの気配があることなど日常茶飯事のことだったからだ。
だが、そいつは来る日も来る日もじっと自分を見ている。
ただ見つめているだけである。
ある日、とうとう彼女はモノノケに問うた。
「お前、何がほしいのだ?私に何を望むのだ?」
モノノケは言った。
「お前の魂がほしい。」
「私の魂?何故私なのだ?」
「お前の魂は輝く光のようだ。真っ直ぐに射抜こうとするような輝き。ワレはそれがほしい。」
闇に生きるモノノケにとっては眩い色。
だからこそそれがほしいのだとモノノケは言うのだ。
「残念ながら、まだこの魂をお前にくれてやるわけにはいかぬ。早よ、立ち去れ!」
にやりと不適な笑みを浮かべながら、彼女は言い放つ。
言霊は不思議な浄化の光を帯びる。
モノノケはそれを交わすかのように、闇へと消えていった。
そんなやり取りを何度も繰り返したある日だった。
再び彼女はモノノケに問うた。
「お前は毎日飽きもせず、どうして此処に来るのだ?」
モノノケは言った。
「その魂の色。見ているだけでも綺麗だ。だからお前に会いに来ている。」
「そうか……。残念ながら、私には自分の魂の色は見えないが、綺麗だといわれるのは嬉しいものだな。」
「初めは、喰いたい思った。だが、見るのもとてもいい。」
「そうか。」
そう答えた彼女の顔には、うっすらと笑みが浮かべられていた。
魂を喰いにきたモノノケと、それを払う人間の少女。
だが、いつの間にかこの奇妙なモノノケとのやり取りは、彼女にとっても楽しいひと時となって行った。
だが、その日々も突然終止符を打たれることとなった。
退魔の力を持つ彼女が、その儀式中に同僚に裏切られ、深手を負ったのだ。
ぴちゃん、ぴちゃんと闇夜に響く水音は、彼女から流れ出る血の音。
ずるずると低く響く音は、彼女が重くなった体を引きずるようにして歩く音だった。
必死になって、向かったのは何故かいつもモノノケとであう、池だった。
「おい、モノノケ。いるのだろ。」
彼女の呼びかけに答えるように、モノノケの気配が感じられる。
「私はもう、死に逝くものだ。だから、お前にくれてやる。この魂を喰らい尽くせ。」
彼女の瞳は、もう物を写すこともなく、にごり始めていた。
しかし、その射抜くような眼光の鋭さは変わらない。
見えぬ目だからこそ、その強さを増したといっても過言ではなかった。
もっとも信じていた者の裏切りは、彼女の中に初めて復讐と絶望を恨みとねたみをもたらした。
もう、その魂は輝くものではなかった。
反対に燃えさかる紅蓮の赤となっていた。
彼女の呼び声に答えるように、闇から現れた黒い影は、獣のようでも、神のようでもあった。
だが、その正体と結末を、彼女は知らない。