その原動力 2
「何帰ってきてんだ、お前は。」
コンビニの前に立つと、飛鳥さんからそんな熱烈歓迎を受ける。
いやー俺は愛されてるなぁ。
「バカかお前は。腹撃たれたんだろ?平気なツラして病院抜け出して、大人しくもできねぇのか。」
呆れたように溜息をつく飛鳥さん。
口は相変わらず悪いが、俺を心配してくれてるのは十分にわかる。
そう思うと、何故か口元が緩んでしまう。
これはいけないと、手で口元を隠したところで飛鳥さんに睨まれた。
「・・・何がおかしいんだ?鉄平ちゃん?」
元々キツネ目の飛鳥さんは怒るとさらに目尻が釣り上がるが、今は逆にニッコリと笑っている。
と思ったが、否。
笑ってない。
まるで笑えてないよ飛鳥さん。
「い、いやぁ、なんと言うか、飛鳥さんが店番してるのって違和感しかないなぁ、なんて。ははは、、、」
「ほう、それは私が普段仕事していなくて、店番くらい毎日やれよってことを言いたいんだな?そう言うことだな?」
そんなこと言ってねぇよ!
何この人!被害妄想がなんかリアルなんですけど・・・!
「あ、飛鳥さん?怒ると美人が台無しですよ?もっと笑いましょうよ!」
ニコーと俺は率先して笑って見せる。
「こうか?」
鬼がいた。
鬼が笑うとこんなに怖いものなのか・・・!た、食べられる!
「た、助けて・・・、」
「言いたいことはそれだけか?」
なんかそれ聞いたことある!しかもすげぇ最近に!
「ふふ、安心しろ。冗談だよ。さすがに怪我人のお前をどうこうしようなんて思うほど鬼じゃねぇよ。」
いや、さっきまでまさしく鬼がいたんだが、などと口にしていうほど俺もバカじゃない。
「腹パンで許してやる。」
「えらくピンポイントな罰だなぁ!」
この人、自分の口から俺が腹撃たれたって言ってたよな?!
そもそも腹パンって久々に聞いたわ!
「いや、待て。お前は何か勘違いしてる。」
真剣な表情で飛鳥さんは俺の言葉を阻止する。
勘違い?俺は何を・・・
「腹パンは腹パンチのことだぞ?」
「知ってるわ!」
何を真剣な顔して言ってんだこの人は!
そもそも俺が腹パンをどう解釈したと思ってんだよ!
「そうか、覚悟はもう出来てるということか・・・。毛一つ残さない!」
「ちょっと!違うから!覚悟なんて出来てないし、それにどうやったって腹パンで跡形もなく俺を消し去ることはできない!」
「ふん、果たしてそうかな?」
「試すなーー!」
ギャーギャーと逃げ回る俺を見て、飛鳥さんは心底楽しそうだった。
俺は確信した。この人は生まれ持っての真性ドSだと。
「ふっ、それだけ動けるなら心配ないな。」
ピタッと飛鳥さんは動きを止めた。
なんだ、やっぱり演技だったのか。
いや、まぁ演技でないと困るんだが。
「本当、その影の力でこんな危ない目にあって、その影によって銃弾から救われて・・・なんなんだろうなぁ。」
しみじみと飛鳥さんは言う。
その顔は笑ってはいたがどこか悲しそうな感じだった。
・・・まぁ実際この影が壁になってくれたお陰で、銃弾は浅いところで止まったわけで。
「私も、その影に振り回されっぱなしだ。
今だにあの時の判断が正しかったのかどうか、私にはわからない。」
レジ台のうえに頬杖をつき、どこか遠くの方へ視線をやっている。
あの時というのは多分、俺に人助けを教えた時のことだろう。
情けない。
そんなことを飛鳥さんに思わせてしまっていること自体、そもそも俺の責任であるというのに。
「飛鳥さん、俺は警察署で飛鳥さんに迎えに来てもらった時、あの時の自分の判断を今でも後悔してますよ。
あなたに言ってもらったことを、俺はなんで捨てたんだろうって。」
ずっとそんなことを思いながら、自分を騙してきた。
これで良かったんだと思い込んだ。
「・・・お前は、私をいくらでも恨んでいいんだぞ?
そういう生き方をさせてしまったのも、そういう考え方にさせてしまったのも、全部私の責任なんだから。
お前の責任なんて、何一つとしてないんだ。」
まるで、俺が何を考えていたか分かっていたかのように、飛鳥さんはそう言った。
「辛い生き方させてるのはわかっていたんだ。こっちの世界で暮らす方法なんていっぱいあった。
ただなぁ・・・お前が人を助けて嬉しそうにしてるのを見てて、何も言えなかった。
私も嬉しくなっちまってな。」
育ての親失格だな、と力なく笑った。
「それでも、育ての親失格だったとしても、鉄平、
私はあんたを止める。」
不意に目と目が合った。
その目は、案の定悲しみを含んだものとなっていて、俺はたまらず視線をそらす。
「お前がまた無茶をしようてるのなんて、
目を見りゃあ、わかる。それに、このタイミングで私に会いに来た理由もな。」
さすがに詳しくはわからねぇが。
と、飛鳥さんの眼光が鋭くなった。
咄嗟に怯んだ。
俺は少し深呼吸をし、口を開く。
「・・・俺のやってきたことが、飛鳥さんの教えが、間違いだなんて思っちゃいない。
いや、間違いにしちゃあダメなんです。俺は俺の過去を無駄にしたくない。」
ーー何も聞かず、行かせて下さい。
ここでケジメをつけなきゃ、俺は前には進めない。
俺は深々と頭を下げた。
飛鳥さんの顔を見てそれを言えないのは、罪悪感に押しつぶされそうになるからだ。
こんなことをして、一番辛い思いをするのは飛鳥さんだ。
それを分かっていて俺は・・・
「鉄平、また私の言うこと聞かねぇのか?」
「・・・・・」
なにも言い返せない。
何を話してもそれは言い訳にしかならないような気がして、顔を上げることすら出来ない。
「今日会った時に気づいたよ。お前のその顔、何を言っても聞かないって顔だ。
何度も見てきたんだから私にはわかる。」
そう言って飛鳥さんは俺の、深々と下げた頭をそっと撫でた。
「だからお前の辛さもよくわかるんだ。」
そして、その頭を手繰り寄せ、俺を力強く抱きしめた。
「申し訳ない。
私にはもう、お前を止めることすらできない。お前のそんな顔を見て、息子のそんな姿を見て、どう止められると言うんだ・・・。」
「飛鳥さん・・・」
辛いのは飛鳥さんも同じだった。
俺を危険な目に合わせたくない。
しかし、かと言って頭を下げる俺を前にして、それを否定することもできない。
想像も及ばない葛藤だろう。
あぁ、俺はなんて親不孝な息子なんだ。
今まで散々迷惑をかけてきたのに、俺は何一つ恩返しが出来ないまま、また迷惑をかけている。
終わりにしなければ、今日で全て終わらせるんだ。
「飛鳥さん、あなたの判断は全て正しかった。俺に人助けを勧めたのも、今日ここで僕を行かせるのも、全て正しかった。」
ーー俺がそう思わせてみせます。
今度はしっかりとその目を見て言った。
「だから、俺が今日この判断をしたことを、飛鳥さんは誇りに思ってください。
自分が育てた息子がこんなに立派になったことを。」
そう言うと、飛鳥さんはふふ、と優しく笑み
をこぼした。
「なにが立派な息子だ・・・、自分で言うもんじゃねぇっての。全く。」
ポリポリと頭をかく。
飛鳥さんの照れ隠しの仕草だった。
「正しいとか、間違ってるとか、そんなん関係なく、あんたは自慢の息子だよ。」
胸張って自信もて!
と背中を強く叩かれた。
「ただ、やっぱり私は、お前を行かせたくない。真実を・・・知ってほしくない。」
知らなくてもいいことなんだよ。
この言葉が飛鳥さんにとっての最後の引き止めだろう。
俺は思う、この影の力をエヴィルが狙っている以上、あいつらは周りの人間お構いなしにアプローチをかけてくる。
それにより周りへの悪影響が及ぶのは目に見えている。
実際、被害を被った奴らがいるんだから。
俺が目的なら俺だけでいい。
「親不孝でゴメン飛鳥さん。けど確かめたいんです。」
立ち止まるのにはもう飽きました。
俺は久しぶりに笑ったように思えた。
だが、飛鳥さんの顔には笑みはあるものの、どこかまた悲しそうな表情が残っている。
「鉄平、お前は・・・どこまで進むんだ?
もう、何も縛るものもなくなって、何も悩む必要がなくなった時、お前は一体・・・」
心配そうに聞いてくる飛鳥さんを横目に、俺は空を見上げた。
「さぁ。けど、そうなったら取り敢えず、未来について考えたいですね。
昨日、今日で悩むのには時間をかけ過ぎてしまいましたから、明日のことでも考えていたいもんです。」
その夜は綺麗な満月が出ていて、その月明りは俺にとっては怖いくらいだった。
いっそ闇の方が落ち着く。
周りの光は俺にとっては煩わしいものでしかない。
俺が人一倍光るんだ。
だから周りは闇でいい。
「俺は結局、こっちの世界でしか生きていけないんですよ。」
なにも言えない飛鳥さんを背に、店を出て、街灯で照らされた道を一人歩いていく。
「鉄平ーー!帰ってくんるだぞ!」
大きな声がこだまする。
俺は振り向き、Vサインを作ってニッコリ笑った。
「飛鳥さん、俺はあなたに一つだけ嘘をつきました。
あなたを困らせたくない、あなたの判断を俺が肯定する、というのはもちろん本当です。あなたのあんな辛い顔なんてもう、見たくない。
見たくなかったんですが、」
ただ、それだけじゃないんです。
「・・・じゃあなんだよ?あれだけ長々と語った上で、まだ理由なんぞあるのか?」
長々とって・・・俺はははは、と少し笑い、店の方へ身体を向けた。
「まぁ、個人的に嫌な奴をぶっ飛ばしたいってだけだったりして。」
言った瞬間、飛鳥さんの笑い声が聞こえてきた。
膝を叩いて、もう大爆笑の域だ。
「アハハハッ!そりゃいい。なんだかお前から久しぶりに年相応の言葉を聞けた気がするよぉ!ぎゃはは!」
よくそこまで笑えるもんだと感心すらする。幸い人通りの少ないここでは、迷惑になるなんてこともないが、ふふ。
俺も飛鳥さんがそんなに笑ってるのは久しぶりに見るよ。
笑が落ち着いたのか、飛鳥さんは、ふと抱えていたお腹の手をこちらに突き出す。
Vサインだった。
「負けんなよ」
そう言った飛鳥さんは泣いていた。
先ほどの笑いの余韻なのかはわからないが、頬を伝う涙をゴシゴシ服の袖で拭いている。
「こんなことしか言えない私を許してくれなんて言わない。ただ、お前の母親は一人じゃない。
そのことを忘れないでくれ。」
絞り出した飛鳥さんの声は俺の耳にしっかりと聞こえた。
なんだか目頭が熱くなり、目元を抑える。
どうやら飛鳥さんのがうつったみたいだった。
「・・・晩ご飯はカレーでお願いします。」
無駄にしちゃいけない。
飛鳥さんの意思を、影の力を、俺の過去を、全て肯定してやる。
俺の明日、いや、未来のために。