その原動力 1
しかしながら、
出会いというものは突然やってくるというもので、生きているうちに会える人間など、日本の人口から考えればほんの一握り。
そしてその出会いから関係を深める人間なんてのは、さらに一握りだ。
この出会いといもの、これは厄介なことに自分ではどうすることも出来ない。
辛うじて自分で出会う人間を選べたとしても、縁が無ければ関係は生まれない。
例え、
自分がその人間と関係を持ちたいと思ってたとしてもだ。
その逆に、意図しない出会いというものもあって、フィーリングというやつなのか、何回も会っていないうちに関係が生まれてしまう人間もいる。
例え、
自分がその人間と関係を持ちたいと思ってなかったとしても。
なので、人の出会いとその人間との縁というものは、生まれた瞬間から決まっているのではないかと俺は思うのだ。
“運命”という言葉は好きじゃないが、俺にはそう思えてならない。
類は友を呼ぶ、
そういう言葉があるように、自分が望んだ友が善なのか悪なのか、それを確かめる術というのは、案外その友を見るより自分を見つめた方が早いのかもしれない。
ただ先ほども言ったとおり、自分を見つめて善悪を知ったとして、それがどちらにせよ自分ではどうすることも出来ない。
前置きが長ったらしくなってしまったけれど、つまりなにが言いたいのかというと、
世間的になどではなく、
俺にとってこの“暗夜行”の団長 冬月玄士という男との出会いは、
果たして善へと向かうものなのか、悪へと向かうものなのか、ということ。
「どうりで、只者じゃないとは思っていたが、まさかこんな大物が見舞いに来てくれるとはね。」
俺はそう言いつつ、ベッドの上で臨戦態勢をとる。
が、腹部の痛みに堪え、かつ平然と振る舞うのはさすがに無理があったのか、冬月はとっくにソレに気づいている様子だった。
「ははは、若いいね。疑わしくは全てに牙を剥くって感じで。嫌いじゃないよ、そういうの。ただまぁ、今はしまっとこうよ。」
ニヤニヤとまるでこちらの心情を知った上で話している感じが、なんとも気に食わない。
「それに、俺は君を仲間にしたいと思っているんだ。そう敵意を向けられちゃあ、さすがに傷付くってもんさ。」
よく言うよ、ニヤニヤ本心見せないクセして。
しかし、日南が言っていた、俺を仲間にしたがっているという話はどうやら本当らしい。
全く物好きな奴だ。
「あんたも俺の影が目当てなのか?」
言った後で俺は何を言ってるんだと気づく。
この影以外に俺に何の魅力がある?
何の価値がある?
欲しいのはこの影であって、俺自身には何もないだろう。
「いや、今の質問は忘れ」
「そういえば、実際君の影にはどんな力があるんだい?そこんとこ俺も詳しく知らなくてねー。ははは、良かったら教えてくれよ。」
俺の言葉遮られ、あまつさえ呆気にとられた。
「あんた、俺の影のこと知らないで仲間に誘ってたのか?」
食い気味で俺は冬月に聞く。
「まぁ、全く知らないってわけでもないんだけどね。」
少し仰け反るような体制で冬月は答える。
それを聞いて乗り出した身を戻す。
「俺の影のことを知らないで、じゃあなんで俺を仲間に誘うんだよ。」
聞くのが怖かったのかはわからないが、何が目的だ?とは聞けなかった。
「影のことは知らないが、君が人助けをしていたのは知っていたからね。俺たちはそういう集団なのさ。だから仲間に誘った。」
不満かい?
と冬月と目が合う。
どうやら、過去に助けた人の記憶から俺のことが消え去っても、俺が人を助けたという事実は無くなっていないらしい。
「・・・そういうことなら他をあたった方がいい。俺はもう、人を助けたりなんかしない。ひっそりと普通に暮らすんだ。」
そう、飛鳥さんと約束したから。
んー、と何やら難しい顔をする冬月。
「けど、実際君は楓ちゃんを、あのメガネくんを助けたんだろ?」
「あれは自分の蒔いた種だ。
俺が全ての責任だったから介入した。
それだけのこと。
それに、見てみろよ。
仮にアレを人助けというなら、この様はなんだ?
バケモノと間違えられて撃たれる始末だぜ?
いや、実際にバケモノか・・・俺は。
やっぱりアイツの言ったとおりの人間なのかもしれない。」
ーー君は本質的にコチラ側なんですよ。
俺はエヴィルになるはずの人間だったんだ。だから、本当はこういう世界に首を突っ込んじゃいけなかったんだ。
多分、飛鳥さんはこうなることがわかっていたんだろう。
だからあの時、俺を止めたんだ。
帰って来れなくなる、と。
そして母親もこうなることがわかって、姿を消したのだ。
「そうは言っても、俺にはそれが君の本心だとはとても思えないけどねぇ。」
チッと俺は舌打ちをした。
「あんたに俺の何がわかる?!
今まで散々助けてきた奴らに悪魔付きと呼ばれる気持ちが!
イディオムを超えたかった俺が、自分はイディオムだと嘘をついた途端、警察の俺を見る目が変わった時の劣等感が!
気づいた時には、もう遅いとわかった時の絶望が・・・!
あんたにはわかるのか?!」
俺は何をこんなに感情的になっているんだろう。
こんなことを言ったって、この男にわかるわけないだろう?
しかし、そうはわかっていても、溢れ出した感情を止めることは出来なかった。
「わかるわけないだろ。君は一度でも人に理解してもらおうと努力したかい?ただわかって欲しいってのはエゴや甘えだぜ?」
そんな冷たい言葉に俺は納得せざるを得なかった。
それは自分でもわかっていたことだから。
けど、人から言われるのがこんなにも胸にグサリと刺さるとは、思いもしなかった。
「だからこそ、君には仲間が必要なんだ。」
思いもよらない言葉に俺は、目を見開く。
わからない。
なぜこの男はこんなにも俺を・・・。
「冬月、だっけ?冬月はなんでそんなに俺に執着するんだ?」
その質問に冬月は、んーとまたも唸り、顎に手をやる。
「まぁ、確かに俺も君をスカウトしたい気持ちは強いんだが、さらに君に執着してる子がウチにいてねぇ・・・。」
暗夜行に俺に執着する奴がいる?
にわかに信じがたい話だ。
「まぁ、ぶっちゃけ楓ちゃんなんだけど。」
あ、これ言っちゃダメだったっけ?
と冬月は困ったように頬をかく。
俺は声を大にして言いたかった。
んなわけあるか!と。
「冗談はよせよ。あいつ、俺のこと大嫌いだぜ?顔見るたびに罵ってくるし。」
「愛情の裏返しさ。」
そんな言葉を普通に言うなよ・・・。
「だ、第一あいつ、あんたに依頼されなきゃ俺なんか守ったりしないとかなんとか言ってたし、ありえないだろ。」
まぁ、感謝はしてるけど・・・。
その俺のセリフを聞いて冬月は目を丸くする。
「俺は楓ちゃんに君を守れだなんて依頼、出してないぜ?」
・・・は?
けど彼女はハッキリと言っていた。
とても嫌そうな顔で。
その顔は今でも思い出せる。
まぁ、なんというか・・・とても嫌そうだった。
「あいつが俺に嘘つく理由なんてないだろ。」
冬月はニヤリと笑い、顔をズイッと近づけてくる。
「唐沢くん、君は乙女心がわかっちゃいないねぇ。あんまり詮索するのは野暮だよ。」
ははは、と笑う。
なんだそれ・・・。
取り敢えず俺は、それ以上聞くのをやめた。というより、聞いたところで理解できそうにないからだ。
乙女心なんてもの、分かれと言う方がおかしいってもんだ。
論文にでもまとめて発表できたらノーベル賞もんだぜ。
「さて、ここらが本題なんだけど。」
急に話を切り替えて、冬月は真面目な顔をする。俺もつられて、真面目な顔をしてしまう。
俺をスカウトしにくるのはついでか?
と茶化そうかと思ったが、どうやらそういう空気ではないらしい。
「君のズボンのポッケにこの紙が入っていてね。何かわかるかい?」
中の内容はわからないが、おおよその予想はついていた。
その紙を見て、むしろやっぱりあったかという感じだった。
「その顔はわかっているんだね。なら話は早い。この件は」
「さっきも言っただろ?俺が蒔いた種だって。俺が全部片付ける。」
はぁ、と溜息が聞こえる。
冬月は自分のポッケから新たな紙を取り出し、俺の前で広げてみせた。
影がなかったので、最初はわからなかったが、そこには俺が知っている顔が写っていた。
「この男は御堂英二。君とやり合った、エヴィルの男さ。」
知っている。間違えもしない。
「情報、詳細が一切不明の謎の男。わかっていることは、国がこの男を黙認しているということ。つまり、見逃されているんだ。」
耳を疑った。
そんなことが本当にあり得るのか?
いや、しかし思い起こせば、あれだけの騒ぎを起こしておいて、いの一番に俺を捕まえに来たところを見ると、納得はできる。
「・・・なぜ、国はあんな奴を?」
小首を傾げて、冬月は肩を竦めた。
「さぁね。詳しいことは知らないけど、まぁ、それだけ相手にするのが億劫な相手なんじゃないかな?」
・・・なるほど。
あの男の実力がそれほどのものだったとは。
いや、俺は身にしみて感じたか・・・。
あれ程の強さ、相手にするには国もタダじゃ済まない。
・・・だとしても、だ。
俺は身を乗り出して、冬月に迫った。
「この件はあんたら暗夜行には渡さねぇ。もちろん、フィクサーにもだ。
そもそも、そのラブレターは俺宛だろうよ。何勝手に空けてんだよ。」
俺は冬月の手から、俺のポッケに入ってた方の紙を奪いとった。
そこにはある場所だけが書かれているだけだった。
「こいつ・・・日時も書かないで、俺が行かなきゃどうするつもりなんだ?」
まぁ、それは俺にも言えたことか。
「御堂は来るよ。ただ唐沢くんが来なかったとして、別の人物が来たとしても、返り討ちに出来る自身があるから、こうして君にこの紙を忍ばせたんだよ。」
なるほど、相当な自信家だな。
あるいは、俺が来ることを見越しているのか。
「そうか、なら尚更俺が行かなきゃな。」
よいしょっと、俺はベッドを降りた。
点滴の針を抜き、病院服をその場に放り捨て、自分の制服に着替えた。
それを何も言わず、ただ無言で見つめる冬月。
「わかってると思うけど、この場所、誰にも言わないでくれよ。」
去り際に、俺はそう釘刺して、
冬月の隣を通り過ぎ、部屋を出て行こうとした。
「俺は止めないよ。」
冬月は俺を見ずにそう言った。
「例え傷も癒えてない状態で、身体がボロボロで、行けば死んでしまうかもしれないとしても、君が行くと言うなら俺は止めない。」
俺に止める権利はない。
と冬月は続けた。
「自分の意思に従うがいい。思う存分やってくればいい。君が本当に知りたいことがわかるはずだから。
けど、それは残酷な結果かもしれない。
知らなければ良かったことなんてこの世にはたくさんある。
今更、君の決意をブレさせることはもう、言いたくはないが、
でも、これだけは言わせてくれ。
無責任かもしれないけど、言わせてほしい。」
ーー無事帰ってこい。君には帰ってくる場所がある。
冬月は一体どんな顔をして、そう言ったのだろう。
お互い背中を向き合わせていたから何もわからなかった。
「それが、入団条件だよ。」
最後にそんなことを付け足されてしまう。
俺は返事をしなかった。
まさか初対面の人間にこんなことを言われるとは思わなかった。
「“帰る場所”、ねぇ・・・」
俺は再び足を動かして、病室を後にする。
俺はポッケに入っている紙をぐじゃぐじゃに潰して、ゴミ箱へと捨てた。
どこか心がスッと軽くなったような気がして、なんだか笑ってしまった。
「・・・ははは、現金だなぁ俺も。」
いざ、こういう時となれば意外と落ち着くもんなんだな。とまるで他人事のように思う。
「さて、決戦の前に行かないと。」
今まで散々あの人には迷惑をかけてきたけど、これが本当の最後だ。
俺は病院を背に、愛すべきオンボロコンビニに向かった。