無謀な喧嘩、無情な結果
「ウォラァッ!!!」
ーードオオォォォンッッ!!!
けたたましい轟音が教室に響く。
吹き飛ばしたエヴィルの男が巻き上がる砂煙の中から飛び出してきた。
咄嗟に俺もそれに応戦する。
ガキンッ!ガキンッ!
拳と拳がぶつかり合う音。
まるで衰えをみせない男の顔は、オモチャを与えられた子供のように嬉しそうだった。
何を考えているかまるでわからない。
「素晴らしい!やはりあなたは私の見込んだ通りですよ、唐沢くん。あなたのその影、我々エヴィルのとは比べものにならないほど強力だ。全く、三千万などというはした金を出した自分が恥ずかしいくらいですよ!」
ーーサウンドテイル!
立て続けに衝撃波が飛んでくる。
俺は拳に力を込め、それを叩き潰した。
そして、すぐさま反撃の手に出る。
床を拳で叩きつけ、エヴィルの男の頭上を軽々と越える。
後ろをとった俺は切り返しの足に力を込め地面を蹴り込む。
凄まじく勢いが乗り、男に一直線へと向かった。
俺には日南ほどのスピードもなければ、日比谷のように攻撃を飛ばすことも出来ない。
が、この影の強みは攻撃力にこそある。
「遅いですよ、止まって見えます。」
瞬時に距離を取られる。
さすがに先ほどまで日南と戦ってたいただけあり、そのスピードは俺より遥かに速かった。悠々と動くエヴィルの男を見て俺は笑う。
「速いか遅いかなんて大した問題じゃねぇんだよ。今この時においてはな!」
避けれるもんなら避けてみろ!
振りかぶった拳は普通の拳じゃなかった。
俺の身体の二倍はあるかというような大きさに、まるで悪魔の腕のように禍々しい見た目。
黒い影がその腕にだけ集中し、なお黒さを帯びている。
「あと半歩、距離をあけるべきだったな。」
ーーバキィィンッッッ!!!
拳とエヴィルの男の間の空間すらも裂く勢いで振り抜いた。
俺はこの目でエヴィルの男を吹き飛ばす姿を確認した、が。
手応えがまるでない。
元に戻った腕をジッと見つめ、確かにあの男に触れたことを思い出す。
壁のようなものがあった。
あの男の周りに、守るように壁があって、俺の拳はそれに阻まれたと思う。
「あいつが言ってた学校の周りを覆っている“結界”と何か関係があるのか?」
・・・仮にそうだとすれば、相当な大きさの
結界をあいつ一人が張っていることとなる。
ならば今、あのエヴィルの男はどれほど能力を酷使しているのだろうか?
「うぅ・・・さ、さすがですね。音壁を張っていてこの威力。益々興味深い。それに、先ほどのあなたの腕。もっと見てみたい。」
ーービートウェイブ!
即座に俺はその衝撃波から距離をとるべく、ジャンプした。
そして、それを待ち構えてたかのように、男も飛ぶ。
空中で打撃の攻防が繰り広げられる。
殴り殴られ、お互いの攻撃で双方が距離をとる。
俺が肩で息をしていると、不意にエヴィルの男は、臨戦態勢から気を抜いた。
「その影の力、少し気になりますねぇ。どうも、強すぎると思いませんか?」
突然の質問に動きが止まる。
本当におしゃべりの好きな奴だ。
それとも、俺の隙でも作ろうって魂胆か?
「何が言いたい?」
俺は出来るだけ気を抜かずに会話に応じた。
「いえ、単純な疑問ですよ。あなたのその影、生まれつきのものですよね?」
この男、俺のことをどこまで知ってるんだ?
それを知っているのは日比谷と飛鳥さんだけのはずなのに・・・
いや、そういえば日南も知っているような口振りだった。
ということは暗夜行の組織自体が俺のことを知っているということになる。
どこから情報が漏れた?
日比谷は自分じゃないと言っていたが。
「フフフ、さっき言ったじゃないですか、あなたは、コチラの世界じゃ有名だと。フィクサーもエヴィルもそして、暗夜行も、少なからずあなたのことを知っているはずですよ。それがどういう風に伝わっていて、どう思われているかは別としてね。」
そう言って意味深にニヤニヤ笑う。
「あなたの影が生まれつきのものなら、私どもエヴィルの影と発生条件がまた違う。それがその強さ、というのであれば・・・」
ーーあなたは何を失ってそこまで影を大きくしたんですか?
ハッと、そこで気づく。
戦いに夢中になっていて今の今まで気がつかなかった。
俺から立ち上る黒い影が、すでに俺の身体の半分以上を覆い隠していたことに。
「単純に悪意だけで育つ我々の影とはまるで違うその影。なにを糧にそこまで強大になったのか、何か大切なもの失ったに違いないと思うのですが・・・」
横目でエヴィルの男はこちらを見てくる。
あの目は、知っているのだろう。俺が何を失って、この力を得たのか。
「もう黙れ!お前には関係ねぇだろ!」
嫌な汗が頬を伝う。
今までの過去が今更脳内を走り出す。頭が割れそうに痛い。
思い出すなと身体が拒否してるみたいだった。
「関係ないことはないですよ。あなたは、本質的にはエヴィルなんですから。だって、そこまでして欲しかったのでしょう?力が。欲しくて欲しくてたまらなかったんでしょう?あらゆる人を守り、助け、いつしかそれが自分の生きる意味となっていたにも関わらず」
ーーその事実を悪魔に売ったんですから。
ドクンッ。
胸の鼓動が早くなるのがわかった。
息が荒くなり、思考回路がグルグル回る。
身体の痛みが消え、心臓だけが熱湯をぶっかけられたように熱くなりだした。
「しかし、どんなものなんですか?自分の生きた証が、跡形もなく消えてしまうといのは。残るのは喪失感?後悔?それとも、快感にも似た高揚ですか?」
ーー黙れぇぇ!!!
ボゥッッ!
俺の身体は完全に影に、いや、闇に包まれた。
口を開くのすら面倒に感じる。
今はただ、この有り余る力のはけ口が欲しかった。
「素晴らしい、実に興味深いですよ、ブラックヒーロー!」
ーーシュンッ
俺は一歩踏み出す感覚でエヴィルの男に近づいたつもりだったが、いつの間にか目の前まで来ていた。
驚き、目を丸くする男の顔がハッキリと分かる。この距離ならまず外すことはない。
俺は右腕を振り抜いた。
ブォォンッ!
と空気が擦れる凄まじい音が聞こえる。
見れば俺の右腕はすでに悪魔のそれに変わっていた。
左腕もそして、両足も。
大きさは、さっきの一撃と違って変わってはいなかったが、威力の方も変わってなさそうだ。
面白いほどエヴィルの男が向こうへ吹き飛んで行くのを見て、そう確信した。
俺はそのまま、吹き飛ばした方向へ走っていく。
が、男がぶち当たったであろう壁付近に当の本人の姿が見当たらない。
「想像以上ですね。ではこれなら、どうですかっ!」
吹き飛ばしたはずの男はいつの間にか、俺の背後にいた。
と、そこでキィィーンと耳鳴りがし、ガクンと膝をついてしまう。
多分、耳から脳へ直接衝撃を当てられたのだろう。
そうか、こいつは“音”の能力者か。
後ろを見ていないが、男が腕を振りかぶるのが空気の摩擦音で分かった。
だから、その攻撃の手を掴むのなんてことは造作もないことだった。
ガシッと掴んだ腕をそのまま力任せに前に投げつける。
ひらりと身軽に着地した男は、何か拳法のような構えをした。
「脳へダメージを与えたはずなのに、動けるんですね。さすがは悪魔付き。私も本気で行かせてもらいます。」
ーーフラッパー!
バチバチッ!!と男の身体の周りにオーラのようなものがまとわりつく。
「もうご存知の通り、私の能力は音。“フラッパー”は身体に強力な音波が盾代わりに備わる技、あなたといえど触れればただでは済まないでしょう。影の攻撃、音の守り。さぁどちらが強いかやり会いましょう!」
両手を広げて俺を誘うような格好をとる。
はぁ、と一つ溜息をつき頭を掻く。
「さっきも言っただろ?挑発には乗ってやるって。」
ドゴォォーーンッ!!!
ためらいなく、俺はエヴィルの男を殴った。
「かっ、はぁ!」
またも吹き飛ぶ男を俺は先回りし、元の場所へとまた殴りつける。手の骨に直接衝撃が走り、まるで内側から破壊されているようだったが、殴れないほどではなかった。
「ぐっ、、ビートウェイブ!!」
シュンッ!シュンッ!
二発の衝撃波が飛んでくる。
俺は先ほどと同じく拳でその衝撃波をねじ伏せ、もう一発、懐に拳を繰り出した。
ドゴンッッ!!
と鈍い音ともに男は攻撃の余韻で後ずさり、たまらず膝をつく。
「はぁ、はぁ、こ、これは手に負えません。
仕方ないがここは・・・え?」
瞬きをするのを忘れるくらいに目を丸くするエヴィルの男。
そりゃそうだろう。
目の前に黒い衝撃波が飛んできたのだから。それも避けようもないほどの大きさの真っ黒い衝撃波。
ガガガガカッッ!!!
その黒い衝撃波は男を引きずりながら勢いよく中庭の方へと連れて行く。
俺がそこへつく頃には丁度体育館の壁にもたれかかっているところだった。
実に気分が良かった。
「・・・は、はは。なんだい、じ、実に楽しそう・・・じゃない、か。」
はっ、それはそうだろう。
お前のような奴を痛めつけるのは実に気分がいいもんだよ。
俺は男の胸ぐらをつかみ、高々と持ち上げた。もう少し遊んでやろうかと思ったが、丁度今飽きたところだ。
「最期に何か言いたいことは?」
聞きたくもないが死に行くものに慈悲をかけても罰は当たるまい。
「ははは。ど、どっちがどっちだか、わからないですねぇ・・・ま、全く。」
何のことだかさっぱりわからなかった。
まぁいい。
俺は右手で黒い玉を作る。
この距離で当てたら、上半身と下半身が引き裂けるほどの威力はある。充分だ。
ーーー死ね。
「フィクサーだっ!動くな!バケモノ!」
丁度、俺が右手を振りかざすタイミングで声が聞こえた。
見ればフィクサー社の人間の銃を構えてこちらに何か言っている。
そうか、こいつの結界が解けて入ってきたのか。
何とも悪運のいい奴だ。
俺は掴んでいた胸ぐらを離し、エヴィルの男を地面に落とす。
ドサッと力無く倒れこむ男はすでに意識はなくなっていた。
そうだ、日比谷と日南。
大丈夫とは思うがあいつらを早く病院に連れて行かないと!
俺は元の教室に戻るべく、体育館から離れた。
その時、意識不明のはずのエヴィルの男の口元が笑ったような気がした。
ーーパァァンッ!!!
轟いた銃声音は、さすがに俺の耳へと届いた。
しかし、そこから教室に向いた足が一歩も動かない。動かせない。
なんだって言うんだよ・・・
俺は足元見やる。
そして、視線を下にずらしたところでようやく気づいた。
「・・・え?」
瞬間、頭から血の気が引いた。
横っ腹に尋常じゃない痛みが走る。
同時にグラリと世界が回転し、身体が急に重くなった。
自分が横転したことにさえ、気づけなかった。
俺は・・・俺が、撃たれたのか?
横っ腹を抑えた手が真っ赤に滲んでいた。
「取り押さえろー!!」
フィクサーの連中が倒れこむ俺へと向かってくる。
おいおい、ちょっと待ってくれよ、捕まえるのは俺じゃなくてこいつ
・・・あれ?
エヴィルの男はもういなかった。
なるほど、一杯食わされというわけか。
薄れゆく意識、もうすぐブラックアウトする寸前のところで、体育館の入り口、ガラス張りになっているドアが視界に入った。
映るのは当然自分の姿。
ーーあぁ、そうか。
「バケモノは俺だったのか・・・」