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ブラックヒーロー  作者: 華原梓
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思わぬ伏兵、願わぬ覚醒

驚くほど冷静でいられた。

血に染まった教室を前に、俺の頭は冴えわたっている。

今自分がしなければならないことを、頭で考える前に行動していたのだから。


「日南、大丈夫か?」


俺は彼女の肩を優しく揺する。

閉じられていた目がわずかに開かれた。

怪訝そうに俺の顔を見た日南は、よっぽど今の姿を見られたくなかったのか、身体ごとそっぽを向く。


「・・・脳みそ100%使って、このザマよ?大丈夫なワケないでしょ。」


口ぶりは相変わらずのままだが、その声は普段の日南からは想像がつかないほど弱々しかった。

そうだよな、大丈夫なわけないよな。

俺は日南の腕を自分の肩に回し、そのまま引きずるように教室の隅へと運んだ。


「あきれましたよ、わざわざ帰ってきたと思えば何をしてるんですか、あなたは。

まさかそんなことをするためだけに戻ってきたんじゃ」


「黙ってろ。」


そう言って日南をそっと床に寝かせる。振り返って、今度は日比谷の方へと向かった。

日比谷は特に出血量がすごかった。

だが、俺の大丈夫か?の呼びかけに、

かすれた声で答えてくれた。


「当たり前じゃねぇか・・・」


へへっ、と力無く笑って強がってみせる姿が俺の心に突き刺さる。

二人とも無事だった。大怪我をしてるとはいえ、命までは取られていなかった。俺はそれだけで涙がでそうになる。

日比谷も日南と同様にズルズルと身体を引きずって、教室の隅へと運んだ。


「全部俺のせいだ。ゴメンな。本当に申し訳ない。あの男の目的は俺だったんだ。俺がもっと考えて上手くやっていれば、こんなことには・・・」


言って二人のボロボロの身体が目に入る。

その度に自分の情けなさに押しつぶされそうになった。そして、それがとてつもなく悔しかった。


「唐沢、それは違うぞ。」


ゆっくりと日比谷は口を開いた。


「お前が目的だったにしろ、なかったにしろ、俺は戦ってたさ。目の前にエヴィルがいて何もしないわけがない。だからこの状況はお前のせいでも何でもないんだよ。」


な?と日比谷は隣でグッタリと壁にもたれかかる日南に目線を送る。


「そうね、その通りだわ。」


人の意見に素直に賛同する日南は初めて見た。

それほど、もう余裕がなくなっているのか、それとも考えることすら辛くなっているのか。どちらにしても目に見えて彼女は憔悴しきっている。それは日比谷も同じだった。

それから、二人は再び目を閉じる。今はゆっくり休んでくれ。今の俺に言えるのは、そんなことくらいしかなかった。


「・・・至極残念です。あなたにはエヴィルの血が流れているというのに、まるでその価値がわかっていない。なんとも嘆かわしい話です。これじゃあ、結界を張り直した意味がまるで無い。」


後ろでエヴィルの男が溜息混じりに言う。俺の一連の行動が納得できないみたいだった。


「かつてウイルスに打ち勝った人類は約75%。残りの約15%の人類が死亡してしまったのはご存知ですよね?では何故約15%もの人達が死んでしまったのか?対応できなかったからですよ。人類の"進化”に。」


エヴィルの男はその進化という言葉をえらく強調して言った。

何が言いたいのか、この先この男が何を言うのか、俺にはわかっていた。


「いつの時代もこの世を動かす人物というのは、その進化の頂点にいる者。時代を先行く者なんですよ。唐沢くん、あなたはもうわかりますよね?今の時代でこの頂点に君臨しなければいけないのは、イディオムなんかではない。我々エヴィルなんですよ。」


その言葉一つ一つに、ブレが全くなかった。

これが純粋な悪、圧倒的なエゴイズム。

この男の最終的な目的はわからないが、一つ言えることは、企みの規模が一国レベルだということだ。

こいつはこの国を乗っ取るつもりなのだろうか?


「えらく雄弁じゃねぇか。自分の思想を語るのはそんなに気持ちがいいか?」


俺はエヴィルに向き直り、真っ正面に立つ。


「進化の頂点?時代の先?馬鹿馬鹿しい。お前ら危険思想のバケモノが何を言ってやがる。」


挑発したつもりだったのだが、エヴィルの表情は変わらない。それどころか、うっすら笑みすらこぼれていた。


「それは同族嫌悪ですか?」


この男はどうやら人を挑発する天才らしい。

元々、フィクサーの連中が救助しに来ることを伝えに来たのだが、結界が張り直されているのであれば仕方ない。

いや、むしろ好都合と言ってもいい。


「口の減らない奴だ。けどまぁいい、お前との会話にもうんざりしてたところなんだ。いいぜ、その挑発乗ってやる。」


ゴオオォォーーー!!!


黒い影が俺の身体から湧き上がる。その影は両腕、両足、そして目に宿った。


「・・・待ちわびましたよ、唐沢くん。いや“ブラックヒーロー”」



今から約8年前、俺はこの黒い影の存在に気づいた。

きっかけは、些細な出来事だった。

木に引っかかった風船を取ろうとした俺は木によじ登っていた。

あともう少しのところで支点にしていた手を滑らし、そのまま地面に叩きつけられた。大した高さではなかったが当時の俺からしてみれば、相当な衝撃だっただろう。

うずくまって決して泣くまいとしていたのは今でも鮮明に覚えている。

もう一度木によじ登ろうと思い、木の枝に手をかけたところで、やめた。

なぜかはわからないが、なんだかあの風船に届きそうな気がしたのだ。普通に考えて、十歳の子供が届く高さではない。

それに木から落ちた際に多少の怪我もしていた。それでも俺は風船だけを一点にみつめ、飛んだ。


ーーその瞬間、俺の全身が黒い影に包み込まれた。


結果的に言えば、風船には届かなかった。ただ俺は、自分の身体から湧き出た正体不明の黒い影に、酷く怯えた。

自分は何かの病気かと思い、風船そっちのけで自宅に足を走らせた。

そして、すぐに母親に相談したが、十歳の俺には到底理解出来ない難しい言葉で説明され、まぁつまりはぐらかされたのだ。


今思えばその時の説明に、イディオム、エヴィルが含まれていた。


そして、俺には悪魔が付いてるのだということは、ハッキリと詳しく納得するまで説明された。

その後しばらくして俺は飛鳥さんの元へと預けられることとなり、母親は俺の前から消えた。


この黒い影のせいだと思った。


そしてその影を悪い物だと思い、十歳ながらにして俺は人目を避けて生きることにした。しかし、飛鳥さんがそれを許さなかった。


「鉄平。その黒い影は、鉄平を守るものであって、人を守るためのものなんだよ?お前が辛い思いをする必要なんてないんだ。」


そう言って俺を抱きしめてくれた。



人を守る力ーーー。


本格的に動き始めたのは、それから五年後のことだった。

俺はひたすら人助けのために毎日を費やした。何てことはない、自分には黒い影がある。

なんだってできるんだ。

そう思い続けた。

不思議なことに俺の黒い影は、イディオムではない普通の人間にも肉眼ではっきりと見えた。

故に、付いた名前が


ーー“ブラックヒーロー”


浮かれていたんだろうな。

どんどん上がっていく知名度を前に本来の目的すらも見失っていたのだろう。

それから“悪魔付き”と呼ばれるようになっていくのは、そう時間がかからなかった。

影が悪魔で俺はそれにとりつかれたヒーローなのだそうだ。

言い得て妙で、もう笑いしか出てこなかった。

俺のしてきたこと、信じてきたことが音を立てて崩れていった時、その名前だけは残り、あとは何一つとして残らなかった。


三年前、俺は全てを失ったのだ。そして、今に至る。



「その名前、なんでお前が知ってる?」


俺の質問に、エヴィルの男はニヤリと笑う。


「いやいや、私どもの裏の世界で、あなたはかなり有名でしたよ。なんて言ったって、誰にも見える黒い影、私どもエヴィルにとっては好奇心をくすぐる塊のような存在なのですよ、あなたは。」


クックックと何が面白いのか、口に手を当てて笑っている。


「私はもう待ちくたびれましたよ。あなたがブラックヒーローとして活動してから、今のあなたの顔になるまで、三年待ちました。もう少し早く壊れると思っていたのですけどね。まぁそれももういい、こうして今あなたと向かい合ってることが全てです。」


ーーさぁ、見せてくださいあなたの力を。


ゴオオォォ!!!


エヴィルの男の黒い影が騒ぎ出す。

真っ黒い禍々しい影は、教室全体をも飲み込んでしまうほどに広がり始めた。それと同時に空気が重くなる。かかって来いと言わんばかりに無防備に手を広げる男に、俺は一つ深呼吸をし飛びかかった。



ーーー「私との決着がまだでしょ。」


バキッッ!!!


俺は男の手前で足を止め、目を疑った。

さっきまで虫の息だった日南がエヴィルの男に一撃を食らわしたのだ。

意識外からの思わぬ攻撃に男はさすがにガードできず、教室の壁側に吹き飛び、パラパラと砕けた壁の破片が舞う。

しかし、男は座り込むことなく、立ったままで日南に向き直った。


「全く、あなたは邪魔ばかりしますね。結界を掛け直したとはいえ、時間がないことには変わりないんですがねぇ。」


コキンと首を鳴らして、攻撃を受けた頬を軽くさすっている。

その程度のダメージだったことに、日南は何一つ驚いてはいなかった。


「言ったでしょ?あなたの身の安全は私たち暗夜行が守るって。それに個人的にこの男は気に食わないから。」


そう言ってはいるが、息はだいぶ荒くまだ血は止まっていない。

目に見えて無理をしているのだ。


「お前そんな傷で何言って、」

「死んでもらいますか。」


俺のすぐ隣で影が走った。

その影は一直線に日南に向かっている。

マズイ、今の日南にこのスピードについていける力は残っていない。

俺は、一歩遅れてその影を追った。

間に合え!必死に伸ばした手は、その影を捉えることはできなかった。

まるで、いつかの風船のように。


「クソッ!逃げろ!日南!」


床に転がりながら俺は叫んだ。

その時、


「逃げるわけないでしょ?」


と聞こえたような気がした。


「レジスト・ゼロ」


俺の視界から日南が消えた。

そして、バキッとさっきと同じ打撃音だけが聞こえてきた。

何が起こったのか、何が起きてるのかわからなかったが、あのエヴィルの男がとうとう床に膝をついていた。


「あらゆる抵抗力が無くなる能力ですか、それでこんなに早く・・・面倒ですね。」


抵抗力・・・?

そうか、身体にかかる重力、摩擦力、その他諸々の抵抗を自在にコントロールできる能力か!

それで自分は抵抗力を軽くしあのスピードで移動できのか!

と、俺が日南の能力を理解したところで、パチン!パチン!と音が響く。

エヴィルの男が教室に放った衝撃波が日南を捉える。

鈍い音と共に、日南は教室の壁に叩きつけられる。

この狭い教室じゃあ、奴の広範囲の能力に分があったのだ。


「捕まえましたよ。」


今度は日南が膝をつく。

そこを男は逃さなかった。

右手で拳を作り溜めを作っている。

みるみるうちに黒い影がそこに集中すし、黒い渦となっていく。

多分、いや間違いなくこれを食らってしまうのはマズイ。

俺は直感でそれを感じた。

と、その時。

日南の指が空を切る。


「ブルー・レジスタンス!」


ガクン!とエヴィルの男はまたも膝をつく。同時に俺も膝を着いた。身体が急激に重くなったのだ。

やがて、男の握られていた拳は開かれ、地面で身体を支えている。

急に何が起こった?

まるで上からものすごい勢いで抑えつけられているようだ。


「空間の、この教室の抵抗力をあげられましたねぇ。いやはや、全くもって恐ろしい。」


そう言った男は四つん這い状態、つまり無防備だ。

そうだ、抵抗を軽くできるということは、重くもできるということ!

今ならいける!

いかにこの男といえど無防備状態であの木刀を食らえば一溜まりもない!

これでエヴィルを倒せる!


ーーそこで妙な違和感を覚える。なんだ?なんで、この状況でこいつは笑っている?!


「・・・しかし、惜しかったですね。」


そのセリフで俺は我に返る。身体の重みが無い。

そして、視界の端で、日南が木刀を支えにうなだれていた。

強がっていたとはいえ、彼女はもうとっくに限界を超えていたのだ。

それを、この男はわかっていたのだ。

いや、この男だけではない。

俺もわかっていたはずなんだ。


「日南っ!!よけろーー!!」


俺の声は虚しくも日南には届かなかった。

なぜなら既に、彼女は意識を失っていたのだから。

そして、すでに能力のかかっていないエヴィルの男の攻撃は、意識のない彼女にとってはあまりにも早く、あまりにも残酷なものだった。


「ビートウェイブ。」


俺は日南の壁にすらなれなかった。

全くと言っていいほど間に合わなかった。

小さな彼女の身体は宙に舞い、教室の外へと投げ出された。

窓ガラスが割れる音がけたたましく廊下に響き、そのあとは物音一つ聞こえない。


「ひ、日南?」


返事はなかった。

なんであいつが、こんな目に合わなきゃいけないんだ?

エヴィルの狙いは俺だろ?

日南は、俺を守ろうとしただけで、日比谷だって、ボロボロで、二人とも意識すらなくて、


それで・・・それで・・・。


そこで俺は考えるのをやめた。

思考を停止させた。

ゆらりと身体から黒いものが湧き上がるのがわかった。

「さすがにもう起き上がっては来な」


ーードオオォォォンッッ!!!


俺はエヴィルの男を吹き飛ばした。

腹部に入れた一撃によって、男は黒板を突き破り隣のクラスをも破壊し、さらに隣の教室の壁に叩きつけられる。


「くっ・・・遅かったですねぇ。やっとやる気になりましたか?」


男は相変わらずニヤリと笑っている。

構わない。

むしろそれくらいでないと困る。


「楽に死ねると思うなよクソヤロー。」


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