苦悩と不能、苦労と愚行
クラス中が静まり返った。
いるはずのない人物を目の当たりにして、この混乱の中誰もが思ったはずだ。
コイツが犯人じゃないかと。
ガタンッ!
机が倒れる音がクラスに響く。
見ればクラスメイトの男子がしびれを切らしたように教卓へと歩いて行く。
「おいっ!てめぇだろ!この騒動を起こしたやつわ!どうなってんだ、あぁ!?」
マズイ。
どんどんクラスメイトが教卓に近づいていく距離に俺は戦慄を覚えた。
今あの黒い影が見えているのは俺しかいない。
どうする?!
俺が、俺がなんとか、なんとかしなければ・・・!
その時。
ズキンッ!と胸に刺さるような痛みが走る。咄嗟に俺は胸に手をやった。
俺に何ができるっていうんだ?何かをして、無理をして、また過去の二の舞を踏むつもりなのか?
「おぉ、なんとも元気がいいですね。やはり若いというのは素晴らしい。しかし、私は貴方とおしゃべりしにきたのではありません。
失礼ながら少しばかり口を閉じてもらいます。」
瞬間、全身に鳥肌が立った。
何をしてるんだ俺は、何がしたいんだ!?
このまま指を咥えて見てるだけか?!
そんなのはゴメンだっ!
ここで何かしないと人として終わるだろ!
「皆!ふせろ!!!」
俺は教卓の前のクラスメイトに飛びかかり、半ば無理やり身体を伏せさせた。
ドーーンッ!!!
先ほど同じ爆発音が頭上から聞こえてきた。何が起こったのか、まるで見当もつかなかったが、そんなことはどうでもよかった。
俺は自分が覆いかぶさった男子の安否を確認し、限界まで大きな声を出しこう言った。
「逃げろっ!!!」
普段、俺の発言に左右されるやつなんてこのクラスにはいないし、今までだってそうだった。
しかし、この時ばかりは違った。
俺の声とともに教室の出口からクラスメイトが一目散に逃げていく。
「あぁ、外は先ほど衝撃で封鎖させてもらっているので、窓から逃げた方が良いですよ。」
クスクスと笑う不気味な男。
一瞬罠かとも思ったが、廊下側の窓から逃げていくクラスメイトが見えて、少し安堵した。
まるで意図が掴めない。
俺の頭がさらに混乱していく。
そして、再び静まり返る教室、不思議なことに、あれだけの爆発音があったにも関わらず、教室のどこにも損傷はなかった。
そんなおかしな状況下で、俺は元凶のそいつを見据える。
今はそれどころではない。
全くの謎の男。
なに一つこちらに情報がない中、この男がイディオムだということだけは直感でわかる。
「やっと二人になれましたね。」
ニヤリと笑い、男が静かに口を開いた。
いやに紳士的な口調が、余計に男の不気味さを際立たせている。
「気持ちの悪いセリフ吐きやがって、目的は俺なんだろ?こんなまどろっこしいことになんの意味があるんだよ!」
ハハハと心底楽しそうに男は笑った。
それはとても純粋な笑いだった。
なにがそんなにおかしいのか俺には理解できず、その笑みに寒気すら感じた。
「なに、余興ですよ。意味はありません。しかし、あなた。僕の間違いじゃなければ、クラスメイトを助けてませんでしたか?」
おかしいなぁ、と男は首をかしげる。
「僕の情報だと確か唐沢鉄平くん。あなたは人助けが嫌いということになっているんですが。」
こいつも何故俺のことを・・・
俺は動揺を見せないように精一杯強がった。
「フン。お前の情報になんの意味があるんだよ。目の前の俺が全てだろ。」
そう俺が言うと、「確かに、」とポンッと手を叩いた。
「では今のあなたを信じましょう。えぇ、信じますとも。」
なんとも調子の狂うやつだ。
「さて、本題に移らせてもらいます。唐沢くん。この黒い影、あなたにもありますね?」
・・・コイツなんでそんなことまで、
「なにが言いたい?」
「あなたは我々“エヴィル”の仲間なんじゃないかと思いまして。」
「仲間?何を言って・・・」
ちょっと待て、エヴィルだと?その名前には聞き覚えがあった。
そうだ、あの夜も俺は"コチラ側に来い”と仲間の誘いを受けた。
その時の男、多分あれもエヴィルだったのだ。
あの時は思い出せなかったが、今はっきりと思い出した。
俺にとっては忘れていた方がいいほど嫌な記憶だった。
ーーエヴィル。
イディオムの成れの果て。
力に溺れ、悪意を満たすためだけにその力を利用する者。
そして、身体に収まり切らなかったその感情はやがて黒い影となって、身体から湧き出る。
・・・誰に聞いたんだっけ?
あぁ、そうだ母親だった。
母親はそのことを俺に教え、俺の前から姿を消したんだった。
まるで遠い昔のことのように、俺は思い出す。悪魔付きと呼ばれていたあの頃を。
「君はイディオムではないのに、エヴィルなんですよね?実に興味深いんですよ。何故一般人である君が黒い影を持ち続けることができるのか。」
ぜひ我々の元に来て欲しい。
男はそういうと
ドカッと教卓のうえにアタッシュケースを無造作に置いた。
そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ここに三千万ある。まぁ年俸だと思ってもらって構わない。君はこれだけの価値があるからね。必要ならもっと用意するが。」
「いらねぇっ!!!」
俺は憤りで机を蹴っ飛ばした。
「その金で、俺に悪者になれと、お前はそう言ってるのか?」
「えぇ。そう言っています。ただ、、、戦えないものを仲間にするわけにはいかない。」
ここで試してみましょう、と男が笑った。
ーーコツン。
何が起こったのか、その瞬間俺の身体吹き飛んだ。
後ろの壁に叩きつけられ、地面へと落下。
昨日の腹部のダメージがまだまだ癒えきってないとうのに、この衝撃は身体にかなり応えた。俺は何をくらったのだ?
確かあいつは黒板を軽く小突いただけだった。なんだこの能力は!?
「働かざるもの食うべからず。なんて、言葉があるでしょう?戦ってもらわなきゃ。」
簡単に言いやがる。わけわかんねぇ能力使いやがって。
「おいっ!俺がここで死んだらお前っ、元子もねぇんじゃねぇのか?!」
「んーそん時はそん時ということで。」
くっ、なんで二日続けて俺は命の危機に直面してるんだ?!どうする?!
ーー「オラァッ!」
突如として聞こえてきたそんな荒々しい雄叫び。
なんとも聞き覚えのある声だったが、こんな状況からか、なんだか懐かしくも感じた。
「あら、命乞いするなんて、成長したんじゃない?」
「唐沢!大丈夫かっ?!」
バリンッ!と何かが割れる音とともに、教室に二人の影が見えた。
「フム。結界が破られるとは。」
皮肉にも、この瞬間この空間に、暗夜行、フィクサー、エヴィルのこの世を動かすであろう三者が揃ってしまった。