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ブラックヒーロー  作者: 華原梓
15/18

一方、その頃 1

ーー数十分前。


「なにしてくれてるのよ、あなた。」


日南は、走り去っていった唐沢を追いかけることが出来なかった苛立ちを、目の前の日比谷にぶつけた。

杖代わりにしていた木刀を片手でクルリと回し順手に持ち替える。

もはや怪我人だった彼女はそこにはおらず、いつもの凛とした姿勢の日南が戻っていた。ただそれは回復という意味ではなく、彼、日比谷の目には初めからそうだったかのように映った。

それを彼はあらかじめ知っていたのだろう。さほど驚く様子もなく、自身の半壊した眼鏡をクイッと上げる。


「やっぱりな。猫かぶっていやがったか。」


しかし、あれだけ病院でボロボロだった彼女が、今こうして平気な表情で自分に敵意を見せているとは、日比谷にはにわかに信じがたい光景であった。

タフなやつ。

その言葉だけで片付けてしまえばそこまでだが、ここはもう一人協力者がいたと思った方が定石だろう。

ましてや、悪魔憑きのような存在でもあるまいし。

そして今、その協力者がいるという考えが、彼にとって脅威となっている。

二対一、いやなにせ日南は一枚岩ではない。暗夜行という組織で動いていて、それでいて唐沢をどうしても引き入れるつもりなのであれば、自分の敵は二人だけとは限らない。

日比谷は、協力者は治癒能力者だろうと踏んでいた。

そうすれば日南のあの超回復も納得がいく。彼は考えを巡らせる。

元々頭より身体が先に動いてしまう天才肌の彼にとって、戦いの中考えるという行為がとても新鮮に感じた。

いや、よく言えばそうだが、悪く言えば慣れていなかった。なので、とった策が、


「なぁ、日南。」


時間稼ぎだった。


「お前は鉄平を騙した。

自分はあなたのせいでこんなボロボロになったの、って言わんばかりに弱々しく偽って、あいつの罪悪感につけ入ろうとしたんだろ?」


その言葉に日南は小さくも動揺を見せる。

騙した。

日比谷が発したそのセリフは、見た目以上に彼女の心を揺さぶっていたのだ。


「・・・仕方ないじゃない。あぁでもしない限り、唐沢くんは止まってくれなかったわ。」


思いの外、彼女の敵意を鎮めることができたことに驚く日比谷。

自分たち以外に人の気配がしないのも確認済みというのもあって、自分をどうこうするつもりはなさそうだと少し安堵する。


「あの人、死ぬつもりなのよ!戦ってわかったでしょ?!あのエヴィルの強さ、唐沢くん一人で勝てるわけ無い・・・!」


冷静に見えて意外と感情のこもった言葉だと日比谷は思った。

それは、彼女の無表情という性質が余計に彼にそう感じさせたかはわからない。

が、彼女の言葉に日比谷も同意せざるを得なかった。

二人ともあのエヴィル、御堂英二と戦っているからこそわかっていた。

次元の違う強さ。御堂にはそれを感じさせるものがあった。

底の見えない、もはや底がないほどの力。

目の当たりにしてよく自分たちが死ななかったものだと思うくらいだった。


「だから、行かせたくなかった、と?いや、違うね。」


ピクリと日南が揺れる。

彼女は途端に目の色を変えて日比谷を睨んだ。その眼光は鋭く、冷たく、日比谷の言葉を遮るのには十分過ぎるほどだった。


「違わないわ。私は唐沢くんを暗夜行に引き入れるのが仕事なの。ここで死なれては」


「そんな分かりやすい嘘、信じちゃやれねぇよ。」


日比谷は少し笑いながら、今度は日南の言葉を遮った。


「エヴィルの野郎が鉄平を殺す?あり得ない。あいつは鉄平を殺さない。絶対にな。」


それはお前も分かっているだろう?

と問いかけてみたところで彼女からの返事はなかった。

日比谷にとってそれは肯定と等しき態度だったので、彼は再び口を開く。


「どうしてもエヴィルは鉄平が欲しいんだ。それが何故かはわからないが、あの口振りからして、殺してしまうようなことはまず無い。

むしろもっと危険なのは・・・

まぁ今はいい。そもそも来ることがないだろう。」


なんだか含みのある言い方に日南は疑問を覚えたが、彼女が質問をする前に日比谷に遮られる。


「お前は自分が、あいつに必要とされていないのが気に食わなかったんだろ。

なんの相談もなしに勝手な行動をとられるのが嫌だったんだろ?

なにせ、昔は何も出来なかったんだ。

そりゃあ今回は躍起になって止めるよなぁ?」


はっ、と吐き捨てるように日比谷は笑う。

目は笑わず、日南をじっと見据えていた。


「・・・だからなんだって言うの?あなたには関係ないでしょ?」


至極冷静に、彼女も日比谷を見据えてそう言った。

凍てついた空気。

火花こそ散らないが、二人の間には確かに生半可じゃない確執があった。


「束縛癖のあるメンヘラ女特有の考えだぜ。唐沢くんは私が守らなきゃ、ってか?

おいおい、彼女気取りかよ。」


表面上、対して変わらないまま聞いていた日南だが、胸中はそうではなかった。

目の前の男をどうこうすると言うより、この男がもし唐沢にこのこと話してしまったら、彼を騙していたとバラされてしまったら。

彼女はそれだけを心配していた。

なので、日比谷に対してなんの感情も抱くことはなかった。

まだ、この時は。


「ふざけんなよ。」


突如として風が横を通り過ぎて行く。

見ればそれらは日比谷の周りに集まり、まるで命を得たかのようにうねりを上げて吹き上がる。


「そんな(よこしま)な考えに鉄平を巻き込むな。暗夜行に引き入れる?寝言は寝て言え。あいつはいずれフィクサー社に引き入れる。絶対な。」


ここで初めて彼女は気づいた。

彼の意図に。

唐沢を行かせたのは、己の無力さを理解させるためだったのだ。

唐沢は負ける。

そして、そのタイミングで日比谷が声をかける。

長年二人で共に生きてきた仲だ。

なにを言うかは知る由もないが、弱った唐沢を説得するのはそう難しいものではないだろう。

目の前の男の目的はそういうことだったのだ。


「ふん、それがあなたの企み?

お笑いだわ。

フィクサー社に入ってまだ一年も経っていないペーペーが、何の権力があるっていうのよ。それに、そもそも唐沢くんはフィクサー社には入らないわ。」


ザルすぎて話にならない。

そう言い切った日南の半ば強引な言い草には、あながち全てを否定する要因は残念ながら彼には見つけられなかった。

確かに日比谷の目からしてみても、今のフィクサー社に唐沢が入るとは到底思えず、そもそも、彼女の言う通り日比谷には唐沢を引き入れるという権力は、皆無だ。


「確かにそうだ。今は、な。」


今は、という部分を厭に強調する。

彼の唐沢に対する執着心は、昼間自分の高校の教室で戦った、エヴィルを連想させた。

本能的に彼女は目の前の人物に危険を察知し、半歩下がる。


「・・・これだけの殺気を散らして、

誰も来ないということは、暗夜行の連中は

日南。お前以外にいないな?」


突如として、そんなことを聞かれた日南は、

その図星でもある言葉に、心底驚かされた。

さっきまでの乱暴な殺気から一転、この冷静

分析。

聞こえはいいが、彼女が今目の当たりにしている男は、そんな程のいい解釈を度外視にして、不気味だった。


「それを聞いて、どうするつもり?

ここで私とやり合うのかしら」


それでも日南は表情を崩さなかった。

それは、彼女の経験値がそうさせたのだろう。流石というべき、対応力。

何にしても、この張り詰めている空気の中では、一瞬の油断が即、命取りとなることは、

お互い重々に承知していた。


「お前がどれだけあいつのことを思おうと、

鉄平はそれに応えない」

いや、応えられない。


「何が言いたいのかしら?」


今の日南には刺激が強い言葉だったのか、

冷たく射るような彼女の眼光が、さらに殺気立つ。


「あいつは、無意識のうちに

母親の影を追っている。それを本人は認めたがらないようだが、俺にはわかる。

だからこそエヴィルに、執拗に執着する。」


だからこそ、フィクサー社に入るべきなんだ。


日南は顔を顰めて、木刀を日比谷に突き出した。


「おかしなこと言うわね。唐沢くんが母親の影を追っているのと、エヴィルに執着するの、なんの関係性があるのよ。」


その言葉に日比谷は、軽く溜息を漏らし、

両手を上に上げた。


「・・・まぁ、日南。お前が知る必要はない。それに今だって、そっちから何もしなければ俺だって何も・・・」


ーーゾクリッ。


日比谷の背中に激しく悪寒が走る。

咄嗟に後方に身体を向け身構えた。

ここで一番に頭を過ったのが、日南の仲間、つまり暗夜行の連中。

だが、このタイミングで現れる意味がわからない。

さっき調べて気配が無かったということは、いつの間にこの場に来たのだ?

キョロキョロと辺りを見渡す日比谷、それは日南にとっても同じだった。

寒気が走ったのは同じタイミング。

同時期に辺りを見渡す姿を、お互いが見る。目が合って二人は気づいた。

フィクサー社でも暗夜行でもない。

一体何者・・・?


「・・・そんな探さなくても、ここにいるよ。」


その声は、塀の上から聞こえた。

二人の視界に入った男は、さっきの凄まじい寒気を感じさせた人物とは思えないほど、柔らかい笑顔でこちらを見ていた。

しかし、二人にとって油断ならないことには変わりはない。

細心の注意で身体を男に向ける。

その男はスタッと地面に着地し、服装の乱れを手慣れた手つきで直す。

こんな夜中でもすぐに見つけられそうな、上下白のスーツに白のハット。

服装からしてまさに不気味。

日南からしてみれば自分の所属している組織の団長を連想させる格好だったが、

それよりもなお不気味。

しかし、街灯の下に出てきたその人物を見て、二人はさらに驚愕する。


「とりあえず、自己紹介でもしとくかな。」


あれだけの禍々しい危険信号を放ち、二人のイディオムを威嚇したにも関わらず、


「僕の名前は毒島与一(ぶすじまよいち)。まぁ、中間業者みたいなもんをやってるんだ。」


ーー普通の“人間”だった。


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