未熟者の限界
通用する。
この力があれば形勢は同等、いやむしろ逆転までできる。
御堂がどれほど奥の手を隠しているかはわからないが、今の反応からして、俺のスピードは奴にとって脅威であるのは変わらないだろう。
奴の攻撃さえ、あの音さえ当たらなければ、勝機は俺にある。
「・・・うっ。」
身体さえもてばの話だが。
「・・・やはり、私の考えは間違いではなかった。影にはこれほどの力が隠されていたとは!」
怪訝な表情から一変、御堂は新しいおもちゃを得た子供のように手を叩いて喜ぶ。
俺は滴る汗をぬぐい、自分の足を確認した。
なるほど、気を抜けば影の武装は解けてしまうのか。
いや、問題はない。
要領は得た。
使おうと思えばいつでも纏える。
ただ、問題はそこじゃない。
一番の問題はこの男、御堂。
なんだこの余裕は・・・?
このスピードに対応しうる何かを、まだ隠しているのか?
「また何かゴチャゴチャ考えていますねぇ。
あぁ、確かクセでしたっけ?それ。」
鼻で笑うとはよく言うが、ここまで言葉通りに笑われたのは初めてだった。
「そうだなぁ、考えるのはよそう。」
俺は足に影を集中させる。
ビキビキという効果音が今にも聞こえてきそうだ。
予想通りさっきとは違い、難なく俺の足は影によって武装される。
そして、言うまでもなく激痛がほとばしる。
「・・・行くぜ。」
ーーボォンッ!!!
勢いよく地面を蹴り出したせいか、またも御堂を通り過ぎる。
だが、今回はこれで良かった。
後ろに回り込んだ俺に反応しきれていない御堂の背中をめがけ、もう一度踏み込む。
もう目の前というところで、御堂と目が合った。
「遅い!」
俺は勢いに任せ、そのまま右ストレートを叩き込む。
「ぐふっ!」
ようやくまともな一撃を入れられた。
そして畳み掛けるように攻撃の手を緩めない。
決着は早ければ早い方がいい。
ここで決める。
ボンッ!ボンッ!ボンッ!
地面に足が着いてはまた蹴り出しまた着地と、相手にダメージの余韻を与えないほどの速さで攻撃を繰り出す。
相手の目には俺が写っていない。
行けるぞ!
ここで倒すんだ!
不意に御堂がガクンと膝を着いた。
そしてそれは、俺をおびき寄せるためわざと作った隙かどうかを判断した。
同じ手は俺には二度通用しない。
攻撃すると見せかけ、俺は御堂を飛び越えた。御堂からしてみれば一瞬俺が消えたように見えたのだろう。
完全に敵を見失った状態の奴に、ここしかないというタイミングで、渾身の膝蹴りをお見舞いした。
バキィッッ!!!
糸の切れた操り人形のように御堂は吹き飛んだ。
そして、地面の上をゴロゴロ転がりながら川のそばで止まる。
起き上がる気配は感じられない。
俺はこの時、初のダウンを御堂から奪い取ったのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
俺の方も勢いをつけた余韻で、ブレーキをかけてから数十メートルのところまで引きずられた。
これだけの勢いだ、起き上がれないのも不思議ではない。
「はぁ・・・クソ!」
痛みで視界がかすむ。
頭の中をトンカチで直接叩かれてるような気分だ。
吐き気すらする。
本当にもう立ってくれるなよ・・・。
俺はそのままその場を後にする。
「すいません。昔から人の期待というのには応えられなかったもので。」
後ろからの声に咄嗟に振り返った。
「なっ?!」
気づいた時には目の前に衝撃波が迫っていた。そしてそれは避けきれるはずもなく、俺の身体へとめり込み、通り過ぎ、遅れて勢いよく後方へと身体を運んだ。
世界ぎ回る。
そうか、俺は転がっているのか・・・。
ズザザザーッ
芝の上へ投げ捨てられ、ようやく止まった。影の力を酷使した後にあの攻撃は流石に応えた。
「くっ・・・つくづく狸ヤローだな、お前は。」
なんとか立ち上がり、吹き飛ばしたはずの御堂を見る。
ボロボロなのは服だけで、当の本人はと言うと、なんら変わりなかった。
戦う前と。
「ふっ、褒め言葉としてとっておきましょう。こう見えても褒められて伸びるタイプなんですよ。私は。」
服装の乱れを丁寧に直し、砂汚れをパンパンとはたく。
その余裕に絶望すら感じてしまう。
だが、なんとなくこうなる予感はしていた。そういう理由があったからだ。
「はっ、知らねぇよ。褒められて伸びるって自分で言うのは大体、努力してない奴の言い訳だろーが。」
ヒントはやはり影にあった。
足に武装した影。
確かにスピードは御堂を凌駕するものとなり、圧倒的有利な状況で戦いを進められた。
しかし、足に全てかげと集中力を注いだせいで、攻撃力の方がおざなりになっていた。
俺の打つ拳は、影を纏わぬただの人間のそれへと成り下がっていたのだ。
いくらスピードで勢いがついていたとはいえ、そんな拳が奴の音の壁をぶち破れるはずがない。
「・・・なんでそんなこと、すぐ気がつかなかったのかねぇ。」
自嘲にも似た笑いがこみ上げてくる。
今のところ全ての策が裏目に出ている。
それに気づかないほど俺はバカじゃない。
どうする?
なんて考えてどうにかなる状況じゃないことも重々承知している。
そもそも考えたところでどうせ、逆手に取られて裏目に出る。
そして、俺の身体の限界が来ていることも奴には、御堂にはもうお見通しなのだろう。
「どうしたんです?黙りこくって。まさか、もう万策つきたんじゃないでしょうね?」
ニヤニヤと相変わらず、不快な笑みを浮かべ御堂は言う。
そこに腹を立てるほど、俺にはもう余裕もないし、元気もない。
「なに、お前があそこで倒れていてくれれば、どんなに楽だったかと思ってよぉ。」
俺はそう言って自分の両手を見た。
影を纏わず殴りまくった結果が傷となってありありと出ていた。
どっちにしろ、このままじゃ拳も使いもんにならない。
「まぁ、心配すんな。お望み通り、存分に楽しませてやるよ。」
すぅーと思いっきり酸素を鼻から取り込んだ。
これから起こることに祈りを捧げるように、俺は心の中で真摯に願う。
もう少しだけ、頑張ってくれ、影。
影に飲まれるな、支配しろ。
操るんだ。
頭の中でそう念じ、俺は両手両足に影を送り込む。
決して外には逃がさないように、力を漏らさないように。
纏え、鎧の如く、これは俺の力だ。
身体が負けてんじゃねぇ!
ーーーぶしゅっ!
鼻から血が吹き出した。
鼻血なんてレベルじゃないほどの出血量だったが、構わない。
気にしてられない。
次第に鼻だけじゃ済まなくなり、手や足の血管、ついには頭の血管からも血が吹き出た。
「ぶふっ!」
最後は吐血。それでも俺は倒れなかった。
そして自分の両手両足を見やる。
黒く禍々しい影は、外に出してくれと言わんばかりに内側で暴れていた。
「・・・よし、いい子だ。」
ペロリと口元に流れてきた血を一舐めした。久々にしっかりと鉄の味を味わった気がする。あまり気分がいいもんでも、美味いもんでもねぇな。
流さないにこしたことはねぇ。
その一連の様子を御堂は瞬きを忘れたかのように、食い入るように見つめていた。
「私はあなたという人間を侮っていました。いや、“人間”というチンケな枠に収めてしまうのはあまりにも不躾だ。」
今まで上品に着ていた上着を、意外にも乱暴に脱ぎ捨て、俺に向かって構えた。
「・・・ここに来て、時間稼ぎとかやめてくれよ。見ての通り死にそうなんだ。」
これは冗談でもなんでもなく、言葉そのままの意味だった。
それを聞いて、大仰に大きく手を広げる御堂。
「とんでもない。
こんな素晴らしい至福の時間を終わらせるのは私としても心苦しいところですが、しかし。正面からぶつかりあなたをねじ伏せてみせます。
それくらいできなきゃあ、黒の英伝を手にした時、影の軍隊を服従させれない。」
むしろ好都合だ。
と燃えに燃えている様子だった。
この時初めて、己の敵である悪に、エヴィルに、御堂に至極不本意だが感謝してしまった。仮に全力で逃げられでもしたら、体力が尽きてしまう可能性があったからだ。
しかし、あいつは全力でぶつかると言ってくれた。
思わぬ誤算、うれしい誤算だった。
「つくづく変態ヤローだ・・・。」
首の皮が一枚繋がった。
これで御堂はもう、問題ではなくなった。
後は俺自身。
「さぁ・・・待たせたな。」
ボンッ!ボンッ!ボンッ!
俺は初動で斜め前に飛び、次の時点ではもう、奴の背後に回っていた。
案の定、御堂はついてこれていない。
そして、三回目の踏み込みで右拳を繰り出した。
「ゴォハッ!!!」
直撃したと同時にバリンッという何かが壊れた音が聞こえた。
それは御堂の音の壁を打ち破った音だとすぐに分かった。
俺は立て続けに攻撃を繰り出しす。
吹き飛ばしてはその方向に先回りしまた攻撃を加え、御堂はもはや宙に浮いたサンドバック状態だった。
が、
「ゴフッ!」
俺は無意識に膝を着いてしまう。
ここに来ての吐血、身体が悲鳴を上げているのだ。
口元をぬぐい、すぐ様立ち上がろうとする俺に、左右から衝撃波が襲う。
ドォォーンッ!!!
「ぐ・・・や、休んでるひまはありませんよ!」
パチンッ!パチンッ!
俺に向かってなおもとんでくる衝撃波。
あの状態、あのダメージで、こんな攻撃を仕掛けられるのは、何大抵の精神力じゃない。
俺は避けられないと思うや、それを両手で無理矢理握り潰した。
そして、発射したやつめがけて、突進する。
「そりゃこっちのセリフだ!」
バキッッ!!!
「うぐっっ・・・!!!」
またもクリーンヒットしたのか、低い唸り声を上げ、御堂は転がる。
と、俺も逆方向に転がった。
攻撃を加える寸前で奴も音波を放っていたのだ。
意識外からの攻撃ゆえに、俺はそれをノーガードで食らってしまった。
「ぐぁぁ・・・!」
今の攻撃で左手が使いものにならなくなった。多分、もう限界だったのだろう。
流石に利き腕じゃない方だけあって、くたばるのが早い。
だがいい。右腕さえあれば。
「うおりゃっ!」
その掛け声で、足元の芝を思いっきり蹴り込んだ。
すると、衝撃でえぐれた芝が細かくなり、弾丸のようになって御堂にせまる。
「小賢しいですよ!」
パンッ!
と柏手を一つ叩くと弾丸のようだった芝が、次々と壁のようなものにぶつかる。
音の壁を目の前に張ったのだろう。
ぼたぼたとその場に芝が落ちていく。
が、それに紛れ込んだ俺はそうはいかない。
バリンッ!
と壁を壊し、面食らった御堂の顔面に右ストレートを叩き込んだ。
ズシャーッ!
後方へと滑るように御堂は吹き飛び、俺は着地ができず、地面に転がり落ちる。
音の壁を割った直後の攻撃だったから、威力は落ちている。
仕留めそこなったか・・・。
案の定、むくりと御堂は起き上がる。
しかし、今までの余裕な態度は消え失せ、少しフラついてるようにも見える。
俺の方もフラつきながら起き上がり、一歩、また一歩と御堂へと、 歩みを進める。
「・・・」
「・・・」
あいつの方も喋る余裕がなくってきたのか、俺たち二人は無言のまま突っ立っていた。
立っているのがやっとの状態なのは俺の方なのに、なぜだか負ける気がしなかった。
いや、違うな。
俺はこいつに勝ちたいんだ。
もう、痛みすら感じない。
今日、何度も思ったが、次こそは大丈夫だ。行ける!
「・・・うおぉぉお!!!」
雄叫びを上げて走り出した。
全身全霊を持って、俺は地面を蹴り込んだ。
ーーパァァンッ!
それは聞き覚えのある音だった。
そう、これは銃声だ。
だが、今回はどこも撃たれた感触はない。
一体なんだ・・・?
「そこまでだ、バケモノども。」
声のする方を見ると白いロングコートのようなもの着た奴が一人、その後ろで軍隊服を着た奴らが数十人、こちらに敵意むき出しで立っている。
どうやら喋っているのは前に立っている白いロングコートの男のようだ。
「御堂英二、唐沢鉄平。我々フィクサー社はお前ら二人を拘束する。」