反撃ののろし
「その黒の英伝の一冊を私が保持していること、もう一冊の情報が頭に入っていることをフィクサー社は知っている。
だから迂闊に手を出せないんですよ。
おかしいですよね?
エヴィルである、この世の悪である私をただそれだけの理由で野放しにしている。
一般の国民からしてみれば、そんなことは知ったことじゃ無い。
早く捕まえてくれ、と思うでしょう。
だが、それが出来ない。
なぜなら、黒の英伝の情報が、私という存在と一緒に消えかねないから。
そんな組織が権力を持っているこの国に、もはや未来なんて言うものはない。」
腐り切ってる。
御堂はそう断言した。
そして、そうは思はないかと言わんばかりに俺を見る。
確かに、御堂の言葉を否定することは出来ない。
その言葉が本当ならばの話だが。
「・・・今の俺にはお前の言葉の真偽を確かめることは出来ない。
それでもお前のやりたいことっていうのは、
1パーセントくらいはわかったような気がする。
それを踏まえて聞くよ。
なぜ俺にそこまで執着する?
どういう意図で俺に関わる?」
とどめを刺そうと思えばいつでも出来たはずだ。
なのにこいつはそれをしない。
あまつさえ、アレだけの力差を見せつけておきながら、まだ俺を諦めていないように見える。
それがどうしてもわからない。
「ふふ、ただの勘ですよ。
この先私の目的を果たすのに、あなたがどうしても鍵を握ってるんじゃないかと思えて仕方ないんですよ。」
勘だと?
この後に及んで勘に頼っているのかこの男は・・・。
いや、そもそも勘だけで巻き込まれているのか、俺は。
「根拠のないただの勘ですが、最後の最後で頼れるのはこの勘なんですよ。
そして、私の勘はよく当たる。
ただわからないのが、鍵を握っているであろうあなたが、私にとって吉と出るか凶と出るかがわからない。
それならばいっそ仲間になってもらおうと思いましてね。
ですがその様子だと、どうやらなかなか簡単にはいかないみたいですねぇ。」
他人事のように、自身の服装の乱れを整えながらそう言った。
俺は今一度深呼吸をし、御堂を見る。
こいつは、まだ俺に何かを隠している。
それがなんなのか、なんのことなのかは知らないが、ここまで用意周到な奴ほど、口数が多く、その実、真実を語らない。
この男が言ったことは、あながち本当のことだろう。
けど、大事な部分は言ってない。
だったら俺はそれに乗っかってやろう。
盛大に騙されてやるとも。
「何度だって言ってやる。俺はお前の仲間にはならない。お前がこの国を壊すのなら、俺は全力で戦う。」
わざわざ改まって言う必要もなかったが、まぁ、いいだろう。
「ふっ、いつからそんな愛国者になったのですか?あなたは根っからの破壊者でしょう?血筋がそうなんだから。」
あからさまの挑発。
前の俺なら飛びかかっていただろう。
だが、俺は俺だ。
お袋の考えなんて知らないし、知りたくもない。
それでも俺がお袋を探すのは、一言文句を言ってやりたい。
ただそれだけのことだ。
「愛国心なんてさらさらないし、率先して国を守るつもりもない。そんな大袈裟なことに首をつっこむ正義感なんて俺は持ち合わせていない。
俺はただお袋を見つけたいだけ。」
けどなぁ、と俺は続けた。
「俺の目的とお前の目的はいつかぶつかるような気がするんだ。
まぁただの勘だけどな。」
ニヤリと笑って見せた。
売り言葉に買い言葉なんて言葉があるが、まさにそんな感じだ。
御堂はやれやれといった感じで、肩をすくめた。
「・・・本当に面白い人だ。ですが、仲間にならないのなら仕方ないです。この先危険因子になる前に、あなたを殺します。」
とうとう、望みを捨てた御堂の本気が出た。
見ただけでわかる。
先ほどまでの殺気とは比べものにならない。
俺の身体中からブワッと汗が吹き出る。
身体が危険信号を送り、この場から早く逃げろと言っている。
いやいや、逃げられるものか。
一歩でも動こうものならそれが戦いのゴングとなる。
さっきまで死にかけていた俺には何の対策もない。
それに加えてこのダメージ。
飛車角落ちでプロの将棋士と戦っている気分だ。
そして今、詰みに近い形になっている。
「く・・・何かないのか・・・。」
死にに来た覚悟はあったが、いざとなればこんなに怖いものだとは。
今更になって後悔の念が高波のようになって襲いかかってくる。
「行きますよ。」
パチンッパチンッ!
と例の衝撃波が飛んでくる。
うねりを上げ俺の退路を断つ。
「はっ、逃げるきなんてさらさらねぇ!」
俺は左右にギリギリ交わし、また距離を詰めるべく走る。
が、先ほどのようには行かなかった。
走り出した俺の目の前に、御堂はすでに構えていた。
「顔、ガラ空きですよ。」
バキッッ!!!
「うぐぉっ!!!」
俺は顔面に右ストレートをもろにくらい、川の方へ吹き飛んだ。
そして、体制を立て直すところで、俺の目に御堂がしっかりと映りこむ。
またも距離を詰められているということを、そこで認識した。
「遅い遅い!」
瞬きすら許されないラッシュが襲いかかる。ガードはなんとか間に合うが、後ろに下がりながらの防戦一方。
さっきまでの俺の戦い方を、御堂は俺にやり返しているのだ。
接近戦はおざなりなんて、大した予想をしたもんだと、今になって浅はかだったと気づく。
「ブレイブビートっ!!!」
ブォンッ!と音が耳をつんざく。
俺は耳を疑った。
遠距離攻撃のはずのこの技は今まで俺が近くにいる時は打てなかったはずだ・・・。
いや、打たなかったのか?!
まさかこの至近距離で撃てるのかっ?!
そう思ったのもつかの間、ガードの上から波動が伝わり、それは痛みとなって爆発した。
そして、川の上へと吹き飛ばされ、この時期の川の水温を気にする間もなく背中きら水面に叩きつけられた。
バシャァァンッ!!!
水しぶきが上がり、冷たい水の中へ身体がひきづりこまれる。
幸い川の流れは緩やかで、水死することはなさそうだ。
いや、そんなことよりも、俺の寿命を脅かす輩が地上にいるではないか。
(くそ・・・どこまでも予測が外れる。)
手も足も出ない。
腕も策も全て一枚も二枚も上手。
俺の実力じゃ到底敵わない相手だとはわかっていたが、
このまま何も出来ないのか・・・?
いや、なにを悠長なこと言ってるんだ。
このままでは殺されるんだぞ。
何か考えなければ。
生憎、御堂も水の中までは追いかけて来なかった。
時間は息の持つ間、少しだが取れる。
考えろ。
俺は思考を巡らせた。
水の中のせいだろうか、頭が冷えてよく回る。まずは、あの“音”をなんとかしないと。
スピードはなんとかついて行けるが、その後の攻撃がザルになってしまう。
もっと早く動けないものか・・・。
スピードさえ奴を凌駕できれば、音波を避けた後の攻撃に繋がる。
遠距離攻撃は相手が速ければ速いほど、攻撃が当てずらくなり隙が生まれる。
どうにか御堂を撹乱する術があるのであれば、この力を奴に叩きこめるのに。
次第に身体が冷たくなり硬直してくる。
マズイ、そろそろタイムアップだ。
春先にまさか川で泳ぐことになるとは思いもしなかった。
ましてや、夜に。
水面から差し込む月光を仰ぎ見て、どこか自虐的な気分になる。
と、そこで、脳に電気信号が走った。
まぁ、つまりひらめいたということだ。
俺はふと黒い影を見る。
水中でも、ユラユラと立ち込めていて、どことなく幻想的な雰囲気を出している。
と、そんなことはどうでもいいとして、問題はこの黒い影。俺はさっきの御堂の話を思い出した。
・・・待てよ、この黒い影は有り余る力を象徴して出てきているんだよな?
だったら、内側に収めておくことは出来ないのか?力をそのまま身体にしまいこむことは出来ないのか?
・・・いや、御堂も言っていた通り、身体が力に耐え切れなくなる。それこそ死んでしまって本末転倒だ。
けど・・・身体の一部だけなら・・・。
サバァンッ!
俺は川から飛び出し、もう一度河川敷の地面を踏んだ。
「ふふ、長い水浴びでしたね。もういいんですか?」
ニヤニヤと嫌味を言ってくる。
それを、はっと一蹴して、俺はビショビショになった靴を脱ぎ、軽くジャンプする。考えても仕方ない。
出来るか出来ないかは後回しだ。
もうやるしかない俺には選択肢がねぇ。
「言ってろ、度肝抜いてやる。」
とは言ったものの、試したこともなければ、上手く行く保証もない。
そんなものに俺は全てをかけていると思うと、なんだかこの言葉も負け惜しみにしか聞こえない。
「・・・やるしかない。」
俺は影を足だけに集中させ、イメージする。湧き出てくる影が俺の足の中で留まっているところを。
外から出ないように毛穴全てに蓋をするところを。
想像しろ、集中しろ。
俺の足は影そのもの。
頭の中で何度も唱える。
すると、俺の足がみるみる黒くなる。
チラリと御堂を見ると、打つてなしの俺をあざ笑うかのように、次の行動を待っている。今にも、何をしてくれるんだと聞こえてきそうな笑みをこぼし、俺を待っている。
なるほど、俺が何を企んでいようと、邪魔するつもりはないというところか。
ならば、期待に応えよう。
立ち昇る影は次第になくなってきていた。
今や両足は別の何かのように見え、草を踏む感覚はあるが自分のものじゃない錯覚に陥っていた。
俺は親指から小指まで順追って動かしてみる。ぐにゃぐにゃと動く指を見て確信した。
大丈夫だ、行ける。
ポンポンと軽くステップを踏み、右足軽く後ろに引いた。
自分の中でカウントダウンをする。
陸上選手のようにクラウチングはとれないし、そもそも俺にはそんな経験は無いのだが、もし、俺が五十メートル走者だったなら気分はこんな感じだっただろう。
つまりは、情けないことにとても緊張しているということだ。
三、
この思いつきのような作戦が通用しなければ、俺に策はもうない。
二、
こんなことを言うのは、あまりにも無責任で都合の良すぎるわがままかもしれないけれど。今だけは聞いて欲しい。
一、
影よ、俺を守ってくれ。
ーー、零
ーーヒュンッ。
蹴り出した時には、俺は御堂の後ろにいた。
どうやら、行き過ぎてしまったみたいだ。
俺が元いた場所は、地面がえぐれている。
多分蹴り出した時に出来たものだろう。
「うっ!ぐぅ・・・。」
まさに度肝を抜かれていた御堂の後ろで、俺は両足に激痛を感じていた。
これが、力に耐えられないということか。
一部だけの溜めでここまでとは・・・。
だが、これは決して悟られてはいけない。
何度でも使えるように平然を装え。
相手を騙せ。
これが最後のチャンスなんだ。
死に物狂いでしがみつくんだ。
「・・・さて。」
俺は呆気に取られている御堂の方へ向き直り、そう呟く。
同時に御堂もこちらへと振り向く。
その顔に笑みは消えていて、状況が上手く理解できていないような、何が起こったのかまるでわからないような、そんな表情だった。俺は必死に痛みに耐え、無理矢理笑顔を作る。
いつも見せられてる、あの粘っこくて、まさに悪者のような笑顔を。
「さぁ、反撃開始だ。」