新たな目的
ズザザザッ!!!
地面の上を転がりながら俺は吹き飛んだ。
そして、すぐ様体制を立て直すが、それも間に合わずガードすることしかできない。
「ごはっっ!!」
ガードした上から御堂の音波が襲いかかる。学校での攻撃なんか目じゃないくらい、遥かに威力もスピードも上がっている。
息が詰まって今にも肺が弾け飛びそうだ。
「うぐぐ・・・!」
震える膝に鞭を打ち、なんとか立ち上がる。予想はしていたが、ここまで力差があるとは・・・。
まともに御堂に近づけすら出来ないなか、どうやって攻撃を当てるんだ。
もはや戦いにすらなっていない。
「手も足も出ないとはこのことですねぇ、さぁ、もっと足掻いて下さいよ。
この程度じゃあ何も守れませんよ!
“サウンドテイル”!」
ーーズゥオオンッッ!!!
また来た!俺は横に飛び、なんとかそれをしのぐ。
そして、反撃の手を出すべく、御堂の元へかけ走る。
「甘い甘い、避けるのでやっとですか?」
ーービートウェイブ!
パチンッパチンッ!
と連発して波動が来る。
俺はそれを左右に避けて、いやなんとかという程度で、辛うじて避けて、これまたなんとか御堂との距離を縮めることが出来た。
ここだ。
絶対にこの距離を保つ。
遠距離攻撃のあいつは近づかれた敵に無防備のはず。
接近戦に持ち込んでやる!
「喰らえっ!」
ーーバキンッ!!!
渾身の一撃、だが相変わらず手応えが無い。
そう、ここからが本当にやっかいなところで、この男がまとう音の壁をなんとかしないことには、ダメージを一切与えられない。
「オラオラオラッ!!!」
俺はとりあえず立て続けに攻撃を繰り出した。
こいつの能力切れを期待するのはあまりにもギャンブル過ぎる。
ここは、ぶっ叩いて割っていくしかない!
「ふふ、接近戦ですか。上等ですよ。」
ガシッと、俺が繰り出す拳を掴む。
なるほど、そう簡単には攻撃させてくれないというわけね。
俺は掴まれた拳をそのまま押し込み左足を振り抜く。
御堂はたまらず拳を離しガードにまわった。音の壁があるとはいえ、こちらも影の力を使っている、威力は言わずもがなだ。
ズザザザッとガードしたまま御堂は地面を滑る。
俺はすぐさま、また距離を詰めそのままの勢いで後ろ蹴りを放つ。
「・・・ほう、その若さで大した体術ですね。格闘技でもやっていたんですか?」
攻撃を繰り出すが、御堂は楽にそれらを受け流す。全く、どの口が言ってやがるんだ。
「生憎、格闘技はやったことこなくてな。
それでもどっかの口の悪りぃバトルマニアにしごかれてりゃ、いやでもこれくらい身に付くんだよ。」
ひらりと身を浮かし、距離をとろうとする御堂に俺は死に物狂いでついて行く。
縦横無尽に駆け回る中、御堂の動きが若干鈍った。
地面に足を着いた時、窪みに足をとられたのだろう。
グラッと体制を崩したのを、俺は見逃さない。
余裕のあるこいつと違って、全神経を御堂の動きに注いでいたからこそ見抜けた
一瞬のスキ。ここしかない・・・!
「ウオォラッッ!!」
全ての影を右腕に集中させ、御堂の顔面目がけて、思いっきり振り抜いた。
さすがにこの距離、この威力、このタイミングならば、音の壁では守れないはず!
ーーパチンッ!
「ふふ、このタイミングで私がスキを見せると、本気で思ったんですか?」
耳元で聞こえた声を最後に、俺の身体が動かなくなる。
繰り出した右腕は空を斬り、御堂は猫騙しのような格好をしていた。
俺は何をされた?
何も聞こえない、目の焦点も合わない、身体も動かない。
まるで、世界が止まっているようだった。
「なかなかあっけなかったですねぇ。ですが、あなたもわかっていたでしょう?
その程度の力では何も出来ないといことを。」
ですからもう終わりですーー。
さーっと血の気が引いて行くのがわかった。御堂が俺から離れる。
これはマズイ。
「あ、ーーーあう、」
声すら出せない状況で、ガードすらままならないのは言うまでもないだろう。
「今一度言います。力こそ全てだ。」
ーーブレイブビート。
気づいた時には俺は宙を舞っていた。
衝撃音すら聞こえない、音の無い世界がぐるりと回る。
スローモーションのように景色が映り、徐々に地面が近づいてくる。
そして、どしゃっと叩きつけられた。尋常じゃない痛みが追うように走り、今度はそれで視界が霞んでしまう。
「・・・やはり、あなたじゃ駄目でしたか。まぁいい。替えはこれからいくらでも生み出せる。」
御堂の姿が段々遠ざかって行くのがわかった。
そうか、終わったのか俺は。
なら、色々と悩むこともなく、ようやく楽になれるのか。
痛みが引いていき、眠気が襲ってくる。
このまま目を閉じてしまえばどれほど心地いいか。
少し疲れたなぁ。
ーーいや、待て。
果たしてこれは俺が望んだ結末なのだろうか?
何一つわからないまま、ここで終わっていいのか?
やり残したことは?
後悔は?お袋は?
これで本当に納得できるのか?
「ほう、まだ立ちますか。」
無意識のうちに俺は立っていた。
残念ながらこのまま終わって楽になるという選択肢は最初からなかったらしい。
「ま、・・・ま、まだ、」
荒い息遣いがなかなか収まらず、深呼吸をして落ち着かせた。
「お前の言う・・・ち、力が全ての世界なんて妄想だ。・・・せ、世界はそんなに甘くない・・・。はぁ、はぁ、そんなくだらない詭弁でこの国を、乱すんじゃねぇ・・・!
エヴィル!」
かつて力を求めた俺が言ってもなんの説得力もないのだが、まぁこれくらいの棚上げは許して欲しい。
「ふふ、あなたは何か勘違いをしている。私の言う力社会が夢物語だとでも思っているのですか?」
いく度となく聞いてきたこの含みのある言葉。何が言いたいのかまるでわからない。
「断言しましょう。そう遠くない未来に、平和ボケしたこの国は一変します。」
その言葉こそ俺には信じられなかった。
「はっ・・・、ま、まるで戦争でも起こるようなことを言いやがる・・・。」
俺がそう言った途端、御堂が笑う。
「その通り。戦争が起きます。ただし軍事武器は一切の役に立たない戦い。」
ーー異能戦争がね。
「・・・馬鹿馬鹿しい。お前の言葉に信憑性のかけらも感じねぇ。」
だが御堂は相変わらずニヤニヤと余裕のある笑みを浮かべている。
そして、口開いて語り出すのだが、それは俺にとって、とても信じがたい話だった。
「かつて、イディオムが生まれるきっかけとなったウイルス。
これを昔の学者は数々の失敗を重ねて、血の滲むような日々を過ごし研究してきました。それこそ、数え切れない犠牲を払ってね。
まぁ、最終的に人類がそのウイルスに適応していったので、その学者たちが何かを発表することもなかったんですが・・・。」
ここまでの話は誰だって聞いたことある、いわば昔話だった。
そんなことに付き合ってられる余裕もなく、俺は御堂に攻撃を仕掛ける機会を伺っていた。コイツのお喋りが功を奏したか、身体もかなり回復している。
流石は影の力。
生半可な回復力じゃねぇ。
しかし、そんな昔話が、ここから俺の知らない話になる。
「実は、出来ていたんですよ。
人類がウイルスに適応する前に、不自然な死に方を止められるワクチンが。
ただ、学者たちはこれを世界に発表しなかった。なぜならそのワクチンには決定的な副作用があったからです。
それは、力が溢れ出てしまうということ。
身体が力に耐えきれなくなってしまうのです。」
ゾワリと悪寒が走った。
なんだこの既視感は。
知らず知らずのうちに、俺の心臓は高鳴っていた。
もちろん悪い意味で。
「被験体の人間はウイルスには耐えられても、力の増幅には耐えられなかった。そして、一貫して被験体には同じ症状が出た。」
ーー黒い影が身体から溢れ出たそうです。
「なっ?!」
いや、やはり言うべきだったのかもしれない。俺の嫌な既視感は正しかった。
これは正に、俺の黒い影のルーツ。
いかにして、黒い影が生まれたかの話。
なるほど、どうりで制御が効かなかったり、超人染みたパワーや、回復が出るわけだ。
と、こんな馬鹿げた話を信じる前に、
一つ、根本的な疑問がある。
「なんでお前がそんなこと知ってるんだよ。その学者に直接聞いたわけでもないのに、そんな都市伝説みたいな話、本当に信じてるのか?
馬鹿にも程があるぞ。」
体力的にも大分回復してきたところで、俺はまくし立てるように言った。
「ふふ、私も始めは信じてませんでしたよ。ただの噂話程度にしか聞いてませんでした。
アレを見るまでね。」
「アレ?」
勿体ぶるように御堂はそう言った。
「学者がそれだけの発見をしていて、何も残さないわけないでしょう?
私はアレを見て確信しましたよ。この国を変えららると。」
力強く握り拳を作り、御堂は俺の前に立つ。
「私の目的は窮屈なこの国を潰し、もう一度作り直すこと。
金や地位、名誉だけでなんでも出来てしまうこのクソみたいな国を、それらが何の役に立たない力だけが全ての国にね。
そして、アレにはそれができる力がある。
人工的に影を作ることができる方法が書いてある、あの本なら。」
本だと?
いや、それよりも人工的に影を作るといったのか?
「お前、まさかその本を・・・?」
ふふ、と御堂が笑う。
「何冊あるかわからないその研究書。
その一冊を私は保有しています。
さらに、所有はしていないが、もう一冊分の情報も、この頭の中にある。
そこには、私が今話したことも載っていました。この本が全て揃う時、影の力を量産することが可能になる。」
どうです?
本当に国が作れる気がしてきたでしょう?
俺は生唾を飲んだ。
額からの汗は決して気温が暑かったから流れ出たわけではない。
「そしてさらに面白いのが、この本。
どこにあるかわかっていない。
私は北海道の富豪から買い取ったものなのですが、まぁ、一般人からしてみれば、なんの価値も無いただの古びた本でしょうから、安易に手に入りました。
が、実はフィクサー社が一番欲しがっている。喉から手が出るほどにね。
つまりどういうことか?フィクサー社はこれを手に入れて、この国の実権を握ろうとしているんですよ。」
世間体が違うだけで目的はエヴィルと同じ。
驚くべき事実だった。
いや、実際全てが本当なのかはわからない。
わからないが、俺には全てが嘘だとも思えなかった。
「・・・で、それを俺に話して何が目的なんだ?俺が集めたくなるとでも思ったのか?」
そんなのはお門違いだ。
興味が無いと言えば嘘になるが、俺には関係のないことなのだから。
「ふふ、あなたは集める他ないのですよ。
なぜなら、それがエヴィルに情報を得るのと同じくらいに、唐沢恵子に近づく近道になるからです。」
「・・・なっ?!」
なぜ、お袋と本が関わっているんだ?!
本を集めることが近道になるって、
まさか、集めてるのか?!
何のために?!
お袋のことは聞けば聞くほど、わからないことばかりだ・・・!
「ふふ、そこまでは言えませんよ。」
御堂はニヤニヤと粘っこい笑を浮かべ心底楽しそうだった。
くっ・・・肝心なところは隠しやがる。十中八九わざとだろうが。
「しかし、気をつけた方がいいですよ。この本のことを嗅ぎ回ってると知れば、フィクサー社が黙っちゃいない。」
下手をすれば殺されますよ。
と釘を指してくる。
それは冗談でもなんでもないのだろうと、なんとなく察した。
「・・・その本の名前は?」
その言葉に御堂はしたり顔して、俺にさらに近づいてくる。
「それくらいは答えても、罰は当たらんだろ?」
俺のセリフに、まるで計画通りとでも言わんばかりの表情で笑う。
「先人の学者はこの黒い影に何を期待したのか、それとも絶望したのかはわからないですが、少なくともこの国を変えてしまうということはわかっていたようですねぇ。」
だから隠した。
と話した後、もう一度口を開き、静かに俺の耳元で囁いた。
ーー黒の英伝。