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ブラックヒーロー  作者: 華原梓
11/18

決裂と決別

「日南っ!!!」


俺は全速力で彼女の元に走った。

迂闊だった。

なぜ俺は気づかなかったんだ・・・?!

辺りが暗かったなんて言い訳にもなんないぞ。

何やってんだ俺は!

同じような失敗を繰り返して、また何にも守れねぇのかよっ!


「クソーーー!!!」


ダメだ、まるで間に合わない。このままじゃ・・・!

と、俺は咄嗟に足を止めた。

この状況で足を止めることなどあってはならないことであって、何がなんでも食らいついてでも日南の元へ向かわなければならないのだが、

俺はピタリと足を止めた。

そして、ドサッと俺の胸に寄りかかってくる日南を受け止めた。


「なっーー?!」


一瞬思考が停止し、俺は御堂を見ることしかできなかった。

腕に収まった彼女は意識を失っているだけで、特に後ろから何かをされたわけではなさそうだ。

御堂は、そのまま俺に向けて日南を押しだした、ただそれだけだった。

呆気に取られている俺を、御堂はニヤリと笑い見据える。


「やはり、あなたのスイッチは人が守れなかったという点なんですねぇ。理解はできませんが、わかりましたよ。」


どうやら、日南に対しての攻撃意欲はなさそうだ。

俺はその場に彼女をそっと寝かせ、御堂と向かい合う。


「ふふ、また暴走されては困りますからねぇ。まぁ、逆に言うと、今この場で彼女を傷つけさえしなければ、あなたはずっと自我を保ったままというわけですよねぇ?

それが例え自分の命の危機に面したとしても。」


ニヤニヤと笑いながら、御堂はそう言った。

そして、何も言えないでいる俺に続けて口を開く。


「沈黙は肯定ですか?

ふふ、本当にわからない。

自分の命まで後回しにして、守るだの守れないだの、ゴチャゴチャ煩わしい考えを張り巡らせて。

かと言って、確固たる正義感があるってわけでもなく、動機すらあるのか無いのかわからない。

過去に囚われてまるで操り人形のように動き、挙げ句の果てに自分でも自制出来ない力で暴走。ハッキリ言って気持ち悪いですよ。

普通じゃない。

飛んでますよ、あなた。」


ニヤニヤ笑っていた顔が次第に嫌悪感のあるそれに変わっていく。


「・・・俺にはお前がなに考えてるのかがわからねぇよ。

気持ち悪いのはお互い様だろ。

それに、ゴチャゴチャ考えるのは俺の専売特許だ、お前にとやかく言われる筋合いはねぇ。」


けどまぁ、エヴィルに普通じゃないなんて言われるってことは相当なんだろうな。


「私の気持ちはずっと言ってるじゃないですか。あなたをエヴィルに連れて行くことただそれだけです。」


それ以外は何もいらない。


ゾクリと背筋に寒気が走る。

何もいらないということは、手段を選ばないということ。

この男は間違いなく、平気でそういうことやる。

何も素性の掴めないやつだが、それだけは言える。


「アレだけブツブツと文句垂らしておいて、それでも俺を狙っているのか。ハンッ、お前の方がよっぽど気持ち悪いよ。」


その言葉でまた御堂の顔から笑みが出る。


「ふふ、言ったでしょ、あなたの事を理解出来ないと。いいんですよ、理解しなくて。

むしろどうでもいい。あなたのその力さえあればね。」


俺の力、俺の影。

この男の目的はただそれだけ。

わかっていなかったのは俺の方だった。

こいつは純粋に力だけを求める悪だ。

わかっていなくて当たり前じゃないか。


「私はてっきりここへ来てくれたから、誘いを受けてくれたとばかりおもっていたんですがねぇ。

どうやらそうでもなさそうですね。

ふふ、ぬか喜びもいいところですよ。」


なにやら含みのある言い方だった。

とりあえず、ここへ来ることは知っていたとわかっていたかのような、そんな口ぶりだ。


「・・・やっぱりお前、あの学校で俺を嵌めやがったな?」


わざと手を抜いて、フィクサー社の連中に俺がバケモノの姿になっているところ目撃させ、俺を内側から壊れるように御堂はそう仕組んだのだ。

エヴィルに落ちて来やすいように、普通じゃないことを俺に自覚させるために。


「沈黙は肯定でいいんだよな?」


俺は(はらわた)が煮えくりかえそうな思いだった。

そんなことのためにこいつは、日南と日比谷を利用したんだ。

目的のための道具のように、犠牲にしたんだ。


「まぁ、それも今となってはどうでもいいんですよ。

あなたは、ああいう手の込んだ事をしなくても、こちら側に来る。

今の世界はあなたにとって窮屈でしかないはず。

いずれ居場所がなくなって、不満が募り、行き着くところは一つしかない。」


俺が怒りを抑えているのを知っていて、御堂はわざと挑発してくる。


「それがエヴィルだと言いたいのか?」


それでも俺は静かにそう言った。

言ったが、何も返事は返って来ない。

沈黙、そう肯定だ。

どこまでも馬鹿にしてくる野郎なのだ。


「そこまでわかっていて、では改めて聞きますが、あなた何しにここへ来たんですか?」


死ににでも来たのですか?


冗談ではなく、本当にわからないという顔で、御堂は俺に聞いてきた。


「私があの時、本気を出していないとわかっていて、加えて影に呑まれず戦うと心に誓って、なぜあなたはここへ来たのですか?

私には死にに来たとしか思えないのですが。」


舐めてるんですか?

と御堂の影が大きく揺らめく。

さっきまでのニヤけた表情のまま、殺意だけが俺を襲う。


「・・・なに、簡単なことだ。俺も実は本気で戦ってなかったって、それだけよ。」


誰にでもわかるハッタリ。

言った俺ですら笑いがでる虚勢。

そんなもの通用しないのは百も承知だ。

実際、御堂は笑もしない。

・・・仕方ねぇよ。

俺にも正直わからないんだから。

なんでここに来たのか、あらゆる反対を振り切って、色んな人の気持ちを踏みにじって、覚悟を決めて、もう迷わないと心に誓ってここまで来た理由が俺にもわからない。

俺は本当にここに死にに来たのか?

そう自問自答していても、俺の口は止まらなかった。

無理矢理にでも、言葉を発した。


「お前に殺されることなんざ、念頭にねぇよ。俺は自殺志願者でもなんでもねぇ。」


果たして、この御堂という男と戦ったところで、俺は前に進めるのか?

過去との因縁にケリをつけることになるのか?


「っていうか、ラブレターもらって無視する男子がいるかよ。本当お前とは思わなかったけどな。」


何を言ってんだ、俺は。

無理矢理笑顔つくって、無理矢理言葉吐き出して。


「・・・わかっていますよ。あなたがここに来た理由、あなたはわかっていなくとも、私にはわかりますよ。いや、あなたもわかっているんですよね?」


・・・少なからず、俺の意図はバレているような気がした。あの教室で会った日から。


「はぁ、何言ってやがる。なんでお前に俺の気持ちがわかるんだよ。」


それでも俺は惚け続けた。

自分なりの意地というか、ただ自分がそれほどまでに、あの人を求めていることを認めたくなかった。


「けど、それを聞いてしまうと、本当にエヴィルに来なくてはならなくなる。だからあなたは無理矢理知らないふりをしている。

自分の気持ちを無視している。」


俺は、今から言われる答えを、誰よりも先に知っていたのかもしれない。


「ふざけたことを・・・」

「というか、私に聞く前にわかっているんでしょ?答え。多分、それで正解ですよ。」


ーー唐沢恵子はエヴィルです。


時間が止まった。

いや、いっそこのまま逆戻りでもして欲しかった気分だ。

御堂から発せられた人物は、俺を捨てた母親の名前だった。


「ずっと聞きたかったのでしょう?

そのことが。あなたは無理にそのことに関して、気持ちに蓋をしたつもりなのでしょうが、ふふ、なんてことはない。

無意識に身体が動いて私の元へ来たじゃありませか。」


手を広げ、御堂が笑う。

この時俺は御堂のことなんて目もくれてなかった。そんな余裕などなかった。


「嘘・・・だろ?お袋が、エヴィル?」


聞きたくなかった。お袋のことなんて今更、なんだって、出てくるんだよ・・・。


「嘘なんかではないのは、あなたがわかっているでしょ。けど、それでも私の口から聞きたかったんですよね?

初めて会った時からずっとそんな顔をしてましたからねぇ。」


「ふざけんなっ!!!」


俺はそう叫んで御堂の言葉を遮った。

そう、もはや叫び。

なんの気もこもっていない、悲痛さだけを含んだただの叫びだった。


「そんなことあるわけないだろっ!お袋は、俺の影を見て出て行ったんだ!この影を毛嫌いしていたのに、なんでわざわざ自分に影を宿すような真似するんだ!」


それは自分に言い聞かせているような、そう思いたい願望を口にしているだけの言葉。

こんなことを目の前の男に言ったところで、結局事実は変わらないと心のどかでわかっているんだ。

それが俺には悔しくてたまらなかった。

今までだって、何度こんな経験をしたことか。頭ではわかっているのに、目をつむりたい現実を目の当たりにすると、心がただっ子のように閉ざしてしまう。

まるで身体ばっかり成長した子供だ。


「もはや、私の口から言うことは何もありませんよ。否定したいならどうぞ勝手にやってて下さい。そこまで付き合い切れませんよ。」


はぁ、と溜息を一つつき、御堂は俺の真横までゆっくりと歩いて近づき、ピタリと止まる。そして、ニヤリと笑い口を開いた。


「けど、実際どうです?

あれだけ嫌がっていたエヴィルに自分の母親がなっていしまっているという現実を知って。ショックですか?

ふふ、まぁそうでしょうねぇ。今のあなた、そんな顔をしていますよ。」


ーー本当に、絶望の似合う人だぁ。


恍惚とした表情を浮かべ、俺の横を通り過ぎていく。


「う、うあぁぁあーー!!!」


振り向いた勢いで、そのまま御堂に突進し、殴りにかかった。

影もなにもまとわず、ただの拳で、懐に突っ込んだ。


ガキンッ!


案の定その拳が御堂に当たることはなく、音の壁で止まる。


「なんですか?このパンチは。」


繰り出した拳を上から掴まれ、そのまま払いのけられる。

体制を崩し、そのまま尻もちをついた。


バキンッ!!!


立て続けに今度は御堂からお返しのパンチを、顔面にもろにもらう。


「ぶふっ!!」


地面の上を二転三転と転がり、そのまま河川敷のしたまで転げ落ちた。

痛い。

ものすごく痛い。

痛みで涙が出るほどだった。

こんなにも力差があったのか。


「もう、遊びは終わりにしましょう。あなたの居場所はこちら側なんですよ。所詮、表の世界では生きていけない。しかし、表の世界なんて退屈で汚いだけです。裏から、我々エヴィルが力で支配するのですよ。それにはあなたが必要なんです。」


・・・必要、か。

俺が必要、そういえば最初に人助けをした時も、誰かに必要とされたくてやっていたっけな。懐かしい・・・。


「ふふふ、あはは。」


俺はいつの間にか笑っていた。

なぜか笑がこみ上げてきたのだ。

御堂の不思議な顔をが目の前にある。

そりゃそうだろう。

ぶん殴られて高笑いしてる奴なんて、イかれた奴か、ただのドMか、それくらいなもんだ。


「・・・居場所くらい自分で決めるっつうの。誰かに必要とされてるからそこにいるんじゃねぇんだ。」


そうだ、そんなもんは誰かに決められた居場所でしかない。

そこに自分は無い。


「人を助けるのは俺の意思だ。

それを償いと思っているから。

ゴチャゴチャ考えるのはクセだ。

そういう家庭環境だったら。

エヴィルにならないのは良心だ。

お前らの考えが理解出来ないから。

影に呑まれないようにするのは意地だ。

俺じゃなくなっちまうから。」


ーーこれが俺だ。


そう、簡単なことだったんだ。

わからなくなったら口にすればいい。

それが例え、願望であれ、妄想であれ、自分の行動でそれを本当にすればいい。

悩むことなんて何も無い。


「確かに俺はお袋のことが聞きたかった。あぁそうだ。お前と初めて会った時からな。」


今思えばそのことしか考えてなかったのかもしれない。

忘れようとしている時点で考えてるって証拠だもんな。


「けど、もういい。俺は自分の目で確かめる。誰にも惑わされない。人を助けて、エヴィルを倒して、お袋を探す。これが俺のやりたいことだ。」


今日ここに来た意味がこの時初めてわかった。やっぱり思ってた通りだ。俺は前に進むためにここに来たんだ。


「・・・そんな清々しい顔、あなたには似合いませんよ。」


つまらなさそうに御堂はボソリと言う。

上等だ。

お前にはそういう顔がお似合いだ。


「けどまぁ、お前の言うことも一理あるよ。俺はこの世界でしか生きて行けないんだって。ただ、それはエヴィルになるって意味じゃ無い。」


俺はそう言って、身体から黒い影を放つ。


「この影はそのためにある。お前らエヴィルに対抗するための力としてな。」


今度は俺がニヤリと笑った。


「その力、自分のために使おうとは思わないのですか?」


何度となくその質問をされ、俺は人のためと答えてきた。

だが、今は違う。

俺は飛鳥さんの言葉を履き違えてたんだ。

人のためだけに使う力なんかじゃない。


「思うよ。この力は自分のために使う。自分を守るためにな。」


人を助ける自分のためにこの力はあるんだ。


「別に今更、お袋に会ったところで、俺の中の何かが変わるとは思わない。ましてや、変わる気もない。

けどな、育児放棄した母親の頬っぺた引っぱたくくらいは、させてもらう権利がある。」


飛鳥さんがどれだけ苦労したか、俺がどれだけ悩んだか、それくらいはブチまけてもいいはずだ。


「あんたら、エヴィルが何かしようとしてるなら、俺がとことん相手になってやる。

それが、今のところ俺が考えられる、

俺にできる最善の人助けだ。」


何かが吹っ切れたのか、

今までウジウジ悩んでたのが、嘘のようだった。

なぜか、頭が凄く冴え渡った。

そのせいか、言わなくてもいいような言葉まで出てきてしまった。


「人助けがお袋への一番の近道だ。そのために誰かを犠牲にしようなんてことは思わないが、邪魔するやつには手段を選ばない。」


そして、その言葉を、御堂は聞き逃さなかった。


「それが、例え仲間だったとしても?」


・・・いやな質問をしてくる。

まぁ、そう来るとは、言った後で気づいていたことなのだが。


「ふふ、沈黙は肯定ですね。いやぁ、本当に実に惜しい。あなたは本来そういう人間なんですよ。」


エヴィルに俺の本質を理解されているのが気に食わないが、確かに、俺はもっとわがままな奴だったのかもしれない。


「ふざけんな。俺がこれからどれだけの人を助けると思ってんだ?そんな黒い心の持ち主じゃねぇよ。

お前は言葉の綾ってもんを知らねぇのか?」


ブラックヒーロー。


今更この名を名乗るつもりはないが、これから俺がしていこうと思っていることは、まさにブラックヒーローという名前がピッタリだ。自分の目的のために人を救う。

果たして、本当にヒーローとなれるのか、

それとも・・・。


「ふふ、人にそれほどの価値はありませんよ。それはあなたが一番わかっているでしょう?」


御堂の影がさらに大きくなり、今日初めて俺に敵意をむき出しにしてくる。

俺は深呼吸して、始まりの準備をする。


「もう、どう思われようと関係ない。

孤独も絶望も失敗も挫折も過去も、

全部俺のもんだ。

逃げなくたって、追っかけちゃ来ねぇ。

ただそれだけ。

それだけでいいんだ。」


ふぅーと一気に息を吐く。

そして、目の前の男を見据え、影を吹き上げた。

それに応じて御堂も自分の影を吹き上げる。


「私はあなたに勝って、こちら側に連れて帰ります。」


「俺はお前に勝って、お袋のことを洗いざらい吐いてもらう。」


お互いニヤリと笑い、それを合図に同時にぶつかり合った。



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