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変態登場、その二でござる

 プレイヤーの襲撃。そしてキャラクターの強奪、とでも言えばいいのか。もしこのペロリストユウト以外もそう言った手段を思いついているのだとしたら、二日で十人以上と言うプレイヤーのリタイア数も頷けるかもしれない。

 おそらく、強制帰還プレイヤー十数人のうち半数ほどがキャラクターと馬が合わず仲たがいし、その残りが別のプレイヤーの襲撃によって殺された、と。

 しかし冷静に考えて、プレイヤーを殺したとしてそいつの連れているキャラクターが味方に付くと、本当に思ったのかね。いや、俺もプレイヤーとキャラクターの仲たがいの可能性を考えていなかった、どこかでキャラクターを一人の人間でなくゲームの駒として考えていたのだから頭から否定することもできないか。


 タップ&ブレイバーズでは実装されていないが、プレイヤー同士の対戦、そしてお互いの持つ資源などを奪い合うソーシャルゲームというのは存在している。

 ミニスケープ、いわゆる箱庭的なオンラインストラテジーゲームがそれにあたるか。お互い街を築き、それ同士で疑似的な戦争を行うことで資源を奪い合うというジャンルのゲームだ。

 こいつらはきっとそういう感覚なのだろう。

 キャラクターを勝利の報酬と考えている。


「武蔵丸、そいつを殺せばまず国内の強い奴のことを教えてやるんだな!」

「…………」


 武蔵丸はその言葉に反応しない。

 ただ片手を軽く太刀の柄にかけ、こちらを見る。


「主殿」

「なんだ」

「奴は一体どういう男でござるか」


 俺はその質問に、頭の中に入っている“鬼面の武蔵丸”のデータを思い起こす。


「……動きはあまり早くない。ただ軽装の割にかなり丈夫な奴だと思った方がいい。主な戦型はカウンター、まあ反撃だな。自分の領域を定め、そこに入った相手を居合で斬るという感じだろう」

「ふむ、こちらの戦い方がばれているというのはなかなか厄介である……なっ!」

「ひっ!?」


 武蔵丸が口を開いたタイミングでニンゾーがユウトに準備していた棒手裏剣を投げるが、しかし素早く見切った大太刀による居合ではじかれてしまう。たん、と小気味いい音がして手裏剣は木の幹に刺さる。ユウトは尻餅をついた。


「あ、危ないんだな、ニンゾーたそ……」

「……さすがにこれでは無理でござるか」


 ニンゾーは忌々しそうに残りの手裏剣を仕舞った。ここでいくら投げても無駄に終わるだろう。それなら温存して不意を突いた方がいい。ここはゲームの世界だが、無限に手裏剣が出てくるわけではないのだから。


「一度距離を取るぞ!」

「あいわかったでござる」


 ニンゾーはまた懐から何かを取り出し、足元に思い切り投げつける。

 ぼふん、という何ともコミカルな音がして周囲に煙が立ち込める。


「む、煙幕であるか」

「げほげほ、に、逃がさないんだな!」


 逃げねえよ。

 俺は煙の中でニンゾーから手裏剣を受けとり、ニンゾーだけを先に遠くへ行かせる。俺はその場から少し移動するだけにとどめ、奴らのいた方を見定めた。

 煙の中でも行動できるよう、俺は一定の歩幅と正確な方向感覚を身に着けている。俺がわずかにしか移動していない一方で、ニンゾーはざっざと派手に落ち葉を踏みしめながらその場から離れていく。しかも手も使って獣のように移動しているのだろう。足音はきちんと二人分ある。これであいつらは俺達が逃げたと思い込む、と。上出来だぜ、こんなにも組みやすい奴はきっと他にいないだろうな。

 こちらの意図を完全にくみ取ってくれる。

 その上手際までいいときた。

 まったくもって荒事には最高の相棒だ。


 俺は少し左後ろへズレた後、受け取った手裏剣を放った。狙いはやはり、足手まといであろうユウトの方。

 さあ、どうだ、と反応を待ったが、期待を裏切り弾かれるような金属音が響く。

 しかもだ。


「……そこであるな」

「うおぅ!」


 あろうことか奴はピッチャー返しのごとくまっすぐ俺の方へ弾いたのだ。煙が返ってきた手裏剣で揺れるのを確認できなかったら、おそらくきれいに眉間に突き刺さっていただろう。

 なんてこった、さすがは英雄サマだぜ。


 次第に煙が晴れ、その奥から一本角の鬼の面が顔を現す。


「貴様、本当にユウトと同じプレイヤーであるか?」

「できればそんな変態と同じにされたくないが、まあそうだな。こことは違う世界から来た一人の大学生だよ」

「……ほう、その世界にも強者はおったか。少しだけ、興味がわいてきたのである」

「いや、そいつはどうかな。どっちかっていうとそこの変態の方が戦いに関しては普通だぜ」

「そうか、なら吾輩はそちらへ行く方法を探さんでもよいであるな。安心したのである。ユウトはどうせ吾輩を連れて行ってはくれぬであろうからな」


 だってニンゾーたそぺろぺろだもんな。

 あんたみたいなおっさんは連れて行かんだろうよ。

 俺は残り少ない手裏剣を仕舞い、忍者刀に持ちかえる。しかしこの短く細い刃ではあの大太刀は受けきれないだろう。

 さあどうしたもんかね。


「しかし、まさかの出会いである。今日は弱者を斬るだけに終わると思っていた故、退屈だったのである。貴様ならきっと、吾輩を楽しませてくれるであろうよ」

「いえ、そっちのケはないんで」

「安心せい、吾輩にもないであるよ。くく」


 そんな冗談を言いつつ、お互い動けない。

 いや、俺の方がまだ動けるか。あいつはユウトから離れすぎると俺の手裏剣からユウトを守り切れない。しかし俺の方は動く隙を作りたくないというだけで、そう言った移動制限は全くない。

 動くなら今の内だろうな。


「おっと」


 俺は動こうとして忍者刀を取り落とす。

 まさかその隙を鬼面の武蔵丸が逃すはずもなく、奴はこちらにその刃を届かせるべく一歩踏み出す。

 そこで俺は思い切り、その落ちていく忍者刀の柄頭を蹴り飛ばした。


「シュートっと!」

「ぬ!?」


 いくら細く短いとはいえ手裏剣とは比べ物にならない重量の刀である。今までのように一閃してはじくというには、やや無理がある。

 その時初めて、武蔵丸は正しく防御の体勢を取り忍者刀を受けた。これが武蔵丸一人であったなら、受けずにかわしてそのまま斬り込むという選択肢もあったのだろうが、放たれた忍者刀の射線上にはユウトがいる。

 ほら、そいつがいなくなると情報を得られないだろ?


 俺は奴が受けの体勢を取るのを確認し、すぐさま戦線を離脱した。


「正面から戦うのは忍者の戦法じゃないんでね」


 そう言い残して、俺はニンゾーの跡を追うように森の奥へ駆けた。


     *


 しかして、厄介な相手だ。俺は森の中を駆けながら思う。

 こちらの戦い方は相手に気づかれないように近づき必殺の一撃を放つ、もしくは素早さで翻弄し削り取るというものだろうが、こと待ち受ける相手にはめっぽう弱い。そもそも近づくことが出来ず、また相手が動かないので翻弄もできない。こちらの体力ばかり奪われる結果になるだろう。

 たぶんそんなつもりはなかったんだろうが、あのユウトとかいうペロリストは対ニンゾーに最適なキャラクターを相棒としたわけである。


「よっと」


 俺は手近な木に登り、猿のように枝の上にしゃがみ込む。

 さて、追いかけてくるかあきらめるか。そんな風に考えるだけ無駄な選択肢を並べてみる。俺は自分の気配を最小にまで抑え、枝葉と一体化するような気分のまましばらくその場にとどまった。


「やはりユウトは足手まといである。街へ戻った方がいいである」

「ば、馬鹿なことを言わないでほしいんだな! あ、あいつらが一人の僕のところに来たら何もできないんだな!」


 案の定と言うか、二人はそろって追いかけているようだ。

 いやはや、これでユウトと別れられなくてよかったと言えるだろう。

 たしかにユウトの言う通り、二人が別行動を始めた途端にユウトの方は簡単に処理することが出来るだろう。しかしだ。ユウトを殺したとして、強者を求める武蔵丸はどう行動する?

 求めていた強者の情報を逃し、そして目の前には忍三という強者がいる。

 足手まといがいない武蔵丸なんて、正直戦いたい相手ではない。

 だがユウトが生きている限り、さらなる強者の情報という可能性が残っているので奴はユウトを守らざるを得ない。


 つまり、ユウトが生きたまま鬼の足かせとなってくれる今がベストなのだ。


 さて、と俺はちょうど二人が真下に差し掛かろうという時に残りの手裏剣を取り出す。

 頭上からの攻撃はどうかな?


「む」


 垂直に降り注ぐ手裏剣の雨。

 これもやはりはじかれるか、と思っていたらここで意外なことが起こった。


「くうっ……!」

「お、命中したか」


 三発放ち、そのうち最初の二発はユウトに、そして最後の一発は少し時間をずらし武蔵丸へと放ったのだが、この三発目だけ見事に武蔵丸の左肩へ命中した。肩からぽたりと血を流し、一瞬苦悶の表情を浮かべる。

 が、本当に一瞬だった。

 さっと肩に刺さった棒手裏剣を布で包むように持って抜きとり、傷口を破いた袖で止血した。直接持たなかったのは毒でも警戒したのか。

 ああ、残念。毒は塗ってないんだよな。

 というかさっきの三発で俺は正真正銘丸腰だ。やっぱり、この戦いが終わったら武器屋で装備の調達を最優先にしよう。


「そこか! ふんっ!」

「うおっ!? のんきに考えてる場合じゃねえ。退散っと」


 俺の留まっていた木が輪切りにされ、先程と同じように、ず、と横へずれる。というか小枝じゃないんだからそうすぱすぱと斬らないでほしいもんだ。


「まったく、猿のような奴だ」

「上にも注意しなきゃだめだぜ。ほらほら、鬼さんこちら」


 鬼面の武蔵丸の言葉通り、俺は猿のように枝から枝へ移りながら距離を取る。

 しかしやはり、武器を失ったのが痛いな。

 一度忍者刀を回収しに行くか、それとも無手のまま戦いを続けるか。

 そう考えているとき、少し先の枝の上に佇む影を見て、俺は考えを変えた。


「……ちゃっちゃと締めに入るか」


 ニンゾーが回収してきたのだろう。先程蹴り飛ばした名もなき忍者刀が投げられる。俺はそれを受けとり腰に差した。


「準備は出来たでござるよ」

「抜かりないか」

「当然でござろう。拙者を誰と心得る」


 ご存じ、服部忍三(ニンゾー)だろうよ。


「それじゃあ、とどめの一手と行きますか」

「うむ。服部忍三、参るでござるよ」


 俺達は互いに頷きあい、そして再び枝から枝へと風のごとく移動を再開した。


     *


「む、またか!」


 ニンゾーに追加でもらった手裏剣を木の上から投げつける。だがさすがは英雄、二度目は通じない。時間差で投げつけた三発目も、返し刀で防がれてしまう。


「ふん、芸がないのである」

「肩の調子はどうだ? 俺、意外と肩もみ得意だぜ」

「猿にやられてな、今は遠慮するのである」


 俺は木の枝の上から武蔵丸を見下ろす。

 奴は、笑っていた。

 豪快に、まるで獲物を見つけた獣のように牙をむく。


「おっかないな。田舎のイノシシや熊ももう少しおとなしかっただろうよ」

「違いないであるな。吾輩にかかればそ奴らも豆腐と変わらぬであるよ」

「豆腐ね。話は変わるが味噌汁は豆腐派か?」

「そうであるな。豆腐こそ至高ぞ」

「そうか、俺とは気が合わないな」


 俺は木の上奴は木の下、高低差のある二つの場所で、そんなくだらない問答を繰り返す。


「な、何を無駄口をたたいてるんだな! は、は、早くあいつを殺すんだな!」

「……矜持のわからんやつである」

「いや、そいつの言うことももっともだ。さっさと終わらせよう」


 俺を指さすユウトをちらと見る。

 そいつは俺に対し、おびえと敵意の混ざり合った視線を向ける。

 無理もない。刀も暗器もない世界で育って画面を介して戦いを見ていたお前らには、俺達はさぞ恐ろしく映るだろう。


「ふん、だが鉄くずを投げるばかりでは決着なんぞつかんのである」

「それは進んで距離を詰めようとしないお前にも言えるだろうよ。一方的に攻撃できるだけこっちの方が有利じゃねえか? それにそっちにゃ足手まといもいるようだし、な」

「う、うるさいんだな!」


 ふむ。と武蔵丸は考えるように首をひねった。

 それから何かあきらめたように、一歩踏み出した。


「吾輩は待ちかまえ討つ方が得意であるが、致し方ないのである。こちらから攻めさせてもらおうぞ」

「いいのか、そいつから離れることになるが。情報のために守りたいんじゃないのか?」


 そう言ってユウトの方を顎で示す。

 しかしそんなことは取り合わず、武蔵丸は鬼面の下で笑いながらなおも進む。


「確かに強者の情報は惜しくはあるが、それより今は貴様という強者と万全に戦えぬ方がもったいないのである。なに、ユウトがおらんでも以前に戻るだけよ。もう奴は不要なのである」

「お、おい!? そ、そんなことは許さないんだな!」

「そりゃ光栄だが、ちょっとありがたくないかな」


 ぎゃーぎゃーとペロリストが外野でわめく中、俺達はただまっすぐ向かいあう。


「下りて来んのであるか? 吾輩と一対一、正々堂々の勝負をしようではないか」


 ゆっくりと、木の上の俺を見上げながら近づく武蔵丸。

 俺は思わず笑ってしまった。


「む、なぜ笑うのである」

「いや、正々堂々か、と思ってね。なあ武蔵丸、“鬼面の武蔵丸”よ。お前は何か勘違いしちゃいないか?」


 その瞬間。

 さらに一歩踏み出した鬼面の武蔵丸が“踏板”を踏み抜いた音を聞いた。

 それにより落ち葉に隠された仕掛けは作動し、ぴんと細くも丈夫に結われた輪っか状の縄が奴の足を捕えた。


「これはっ!? くくり縄であるか!」

「獣みたいなあんたにはお似合いの罠だとは思わないか? 上に注意しろと言われたからって上ばかり見てるからそうなるんだよ」


 くくり縄はイノシシなどの害獣を捕えるための罠だ。

 その縄の反対側がそばの木に固定されているせいで、見事に武蔵丸はその場から動けなくなる。そして踏み抜いたときの体勢が悪かったのか、ぐらりと体が傾く。


「だがこのような細縄! たやすく切り裂けるのである!」

「させぬでござるよ」

「む!?」


 風を切る音。

 俺の上っている木とはてんで違う方から“それ”は武蔵丸めがけて飛来する。

 武蔵丸はそれを先程までの手裏剣のように弾こうと、太刀の標的を縄から飛来物へと移した。移してしまった。


 じゃらじゃらと。

 その“鎖分銅”は見事に大太刀の周りをぐるりと回り、がっちりとその刃を絡めとった。おそらく、並の人間ならあっという間に引き奪われていたであろう。それを必死に握りこんで抵抗できたのは、さすが“鬼面の武蔵丸”と言うほかない。


 しかし今回はその握力があだとなった。

 足のくくり縄と手に持つ太刀の鎖。まったく違う方向から引っ張られる力によって、武蔵丸はまるで間抜けな自作ダンスの途中のような格好になった。


 俺は忍者刀を構えて枝を蹴り、急降下する。

 ニンゾーは木の幹をぐるりと回ることで鎖が太刀を引いた状態を保つようにし、その逆側についた鎌を手に後ろからとびかかった。


 “鬼面の武蔵丸”。

 鬼面に着流しの大男はその胸には忍者刀、首には後ろから鎌がかけられる形で立ち尽くした。


「ほら勘違いしてただろ。お前が戦ってたのは俺じゃなく、“俺達”だ。それにな」


 俺はさっき笑った理由を教えてやる。


「「忍者に正々堂々もクソもない」でござるよ」


 最後の一手が打たれ、鬼面の武蔵丸が完全に“詰んだ”瞬間であった。


     *


「吾輩の……負けであるな」


 武蔵丸から常時放たれていた殺気にも似た気迫。それがなくなった時、俺達はそろってその武器を下げた。


「……殺さぬのであるな」

「まあ、不要な殺人はしないようにしてるんだ。これ以上俺達に突っかかって来るなら、当然殺さにゃならんだろうがね」

「命ばかり奪ってもむなしいだけでござろう」


 ニンゾーがそんなことを言い、うんうんと自分一人で頷く。


「むなしい、か。吾輩にはわからぬであるな。吾輩は今まで、負けたものは皆殺してきた故」


 そうだ。こいつは人斬り。

 強い相手を斬ることにその生涯をかけた英雄。


「な、何をしてるんだな武蔵丸! 自由になったんなら、そ、そいつを殺すんだな! あ、でもニンゾーたそには手を出しちゃだめなんだな!」


 ああ、まだいたんだペロリスト。

 ニンゾーはあからさまに嫌な顔をした。“たそ”はきっとこいつの中でトラウマワードになるだろうな。今度からかう時に使ってやろう、とこっそり思う。


 しかしこいつの処置はどうしたもんかね。

 別にこのままにしても何もできないだろうが、またちょっかいをかけられるのは面倒だ。問題なく対処できるであろうものでも、定期的に起こるとなると気が滅入る。


「ユウトよ」


 武蔵丸は静かに、ペロリストユウトの方へと歩いた。

 ユウトは自分の元へ戻ってくる武蔵丸をにらみ、そして俺の方を指さす。


「お、お前はまだ負けてないんだな! ほ、ほら、強者の情報が欲しいんなら、ば、博徒と言う奴の情報をくれてやるんだな! だ、だから僕とニンゾーたその邪魔をするそいつを――」

「貴様はこの世界には向かん、帰るがいいのである」

「――え?」


 それは鮮やかな一閃だった。

 俺達には見えたが、ただの一般人であるユウトにはそもそも視認することすら難しかっただろう。その居合はまさしく“鬼面の武蔵丸”にふさわしい一撃で、ものの見事にユウトの上半身と下半身を一刀両断した。

 上半身と下半身が前後、別の方向へ倒れてくる。

 その切り口から血が出る前に、ユウトはまるでダンジョンのモンスターのように光の粒となって消えた。

 きらきらと、あっけなく。

 一瞬の出来事だった。


「……弱者は斬らないんじゃなかったのか?」

「元の世界へ帰しただけなのであるな。だからこれは斬ったことにはならんのである」


 そう言うと武蔵丸は、今度はその大太刀で自らの腹を貫いた。

 半ばまで刺した後、ぐりっと、腹の中で向きを変え横に裂く。


 ばたばたっと血が落ち葉の上に滴る音と大男が呻く声が聞こえた。

 俺はそのあまりの痛々しさに顔をしかめる。隣を見ると、ニンゾーも同じような表情。

 せき込むように一度血を吐き、それから武蔵丸は赤黒く染まる太刀を引き抜いて地面に突き刺した。


「わ、吾輩は……今まで負けたものを殺してきたのである。なら吾輩だけ……負けてなお生きることは許されないのであるな……ぐ……」

「……介錯してやろうか? と言っても、お前の首を一撃で落とせそうな得物を持っていないが」

「……ふん、不要であるよ……もとより、苦しんで死ぬつもりなのである……」


 武蔵丸は地面に突き立てた太刀の柄を引き抜き、その下に収まっていた(なかご)と呼ばれる部分を外気にさらした。

 そこには何やら、文字の連なりが刻まれている。

 俺はそれを見た瞬間、こいつはそもそも墓に入る気がなかったのだなと理解した。


「戒名か」

「……この大太刀こそ、吾輩の墓であるよ……せめて死ぬ間際ぐらい、仏を想うというのも悪くないかと思っただけのことである……しかし吾輩は人殺し、最後だけいい顔をしても解脱はできんであろうな……」

「……せめて、お前が次生まれ変わる時代も戦いの時代であることを祈るよ」

「……ありがたいのであるな……吾輩は、平和な時代に生まれてもすることがないのである……」


 ずるっと、それまで気丈にも立ったままでいた武蔵丸がとうとう、崩れた。

 俺は武蔵丸に背を向け、街の方へ向かって森の中を進んだ。

 後ろからもう、声は投げかけられることはない。

 もう一度だけ、俺は最後に振り返る。

 そこにはやはり、太刀を握り続けて膝をつく鬼面に着流しの大男がいるばかり。


「……やっぱり、人の死ってのはむなしいもんだ」

「……その通りでござるな」


 俺達はそう言ってから、今度こそ武蔵丸に背を向け、街へ帰るのであった。


     *


 結局その日は全身ぼろぼろで、またゲリラダンジョンの時間もとっくに過ぎていたのでダンジョンには入らずに家へ戻ってくる。


「ふう、今日は本当に疲れたでござるよ」

「ああ、ちくしょう。結局ダンジョン回れなかったじゃないか。あのペロリストめ、本当に邪魔しかしなかったな」

「……奴のことはもう話題にしないでほしいでござるよ」

「ぺろぺろ?」

「……本気で気持ちが悪いでござる」


 まあ、そうだろうな。そばにいただけ俺でもどん引くほどだし。その対象になったニンゾーならそれ以上だろう。


「ああ、何だか思い出すと余計につかれるでござる。主殿、肩をもんでほしいでござる」

「主を使うなよ」

「おや、得意なのでござろう?」


 ああ、そう言えば挑発のためにそんなことも言ったっけ。

 実際得意ではある。師匠の肩を握力を鍛えるためとかいってもまされ続けたからな。

 だがこいつのとなると、なんか癪だな。


「……そう言えばニンゾー、あのペロリストの言っていたこと覚えてるか?」

「むう、そやつの話はしないでほしいと……」

「まあ聞けって。あいつはお前が人気投票で一位になってキャラクターソング、まあお前のイメージをもとに作られた歌があるって言ってたろ?」

「……確か言ってたでござるな。いやはや、人気者と言うのは照れるでござるが」

「そうなんだよ。大事なのは歌じゃなくて一位ってとこだ。その人気投票、一体どういう奴がお前に投票したんだろうな?」


 俺がそう言うと、ニンゾーの顔はさっと青くなる。


「まさか……」

「……あのペロリストみたいのがまだまだいると思った方がいいだろうなあ」


 ニンゾーは立ち上がり、俺の後ろへ回って肩をつかんだ。


「やはり仕えるのは主殿がいいでござるな!」

「今回の件も、ぱっとお前の身柄をユウトに渡してたら俺は戦わずに済んだのに」

「またまた、そんなことは言わないでほしいでござるよ」

「人気者はつらいなあ」

「……こんなにうれしくない人気は初めてでござる」


 ニンゾーが肩をもむ。もみもみ。

 ああ、気持ちいい。

 ちらと時計を見ると、四時を少し過ぎたくらい。思った以上に長い間、森の中を駆けまわっていたみたいだ。


 ぐう、と、俺の後ろで腹が鳴る。


「……そういえば昼飯を抜いていたでござるな」

「確かに腹がすく。今日はちょっと早めの晩飯にするか」

「それがいいでござるな。ふむ、今日は焼き魚定食にでもするでござるか」

「お、いいな。おろしポン酢でさっぱりと」

「相変わらず趣味が合うでござるなあ。味噌汁の具はやはり大根でござるか?」

「ああ――」


 と、言いかけて俺は少し考える。


「……いや、今日は豆腐にでもするか」

「……ふむ、たまにはそれもいいかもしれぬでござるな」


 ゲームのキャラクターも生まれ変わるのだろうか。

 それは残念ながら、自分が生まれ変わった理由もわからない俺などには何とも言えないことだ。しかしそれでも俺は願う。

 どうかあの一本角の赤鬼が再び戦場で大太刀を握り、喜々として戦っていますようにと。人殺しを勧めるようで忍びないが、やはり、あの男が一番生きているのは血沸き肉躍る、そんな戦いの場でこそだと思うから。


 俺達は並んで草履に足をかけ、それから“ホーム”の扉を開き、これまた並んで食事処へと向かうのだった。

 西に見える夕日が、今日はどうしてか一段と赤いような気がした。


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