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星の夜の騒乱、その三でござる

※ストーリー進行上、必要な情報が足りていなかったため急きょ 『タダシと警部と』 と 『星の夜の騒乱、その一でござる』 の間に 『ハトリさんのいない日』 という話を割り込み投稿しました。この話の前にそちらを読んでいただいた方が、流れがわかりやすいと思います。


まだまだ未熟な部分の多い小説ですが、これからもどうか『伝説の忍者』をよろしくお願いします。

 俺は呆然としていた。何が起こっているのか、認識がいまいち追いつかない。

 しかしはっきりしているのは、俺がまだ生きているということ。

 がちゃがちゃと金属音が後ろから近づいてくる。俺は首だけ回して後ろを見た。全身鎧に身を固めた誰かがこちらに近づいてくる。その人物は俺の隣まで来て、手を伸ばす。


「大丈夫ですか、ハトリさん」

「その声……のぞみか」

「はい。お久しぶりです。あ、少し待ってください……ランちゃん!」


 手を取り、立ち上がる。痛めた肩が悲鳴を上げるが、それも今は気にならない。鎧姿ののぞみは盾を構えるランバートの背中に声をかける。


「その人、沖倉さんは防御を無視する攻撃をするから気を付けて!」

「……それは私の“勇ましき騎士”では防げないのか?」

「ううん。大丈夫。ランちゃんのスキルは絶対にその人には破れない!」


 “守護の騎士 ランバート”のスキル、“勇ましき騎士”。

 誰より前線に出て国を、民を、その身をもって守り続けた彼女のスキルは非常にシンプル。“自身に『無敵』状態を付与し、一定ターン攻撃を引き受ける”というもの。

 防御力の上昇ではなく、『無敵』。それを破るためには対になる付与、『無敵貫通』が必要になる。

 つまり、“防御力無視”でしかない沖倉の“岩砕流”をもってしても突破不能。

 ランバートはかすかに笑った。


「ならちょうどいい。こいつは私が引き受けた。のぞみはその男を連れてここを離れてくれ」

「ち、誰だか知らねえが、逃がすわけが……っ」


 沖倉が俺の方を一瞥して、顔をしかめた。

 ランバートが盾を構える。


「私を無視して私の後ろにいるものを攻撃できると思うなよ?」

「ハトリさん、ここはランちゃんがなんとかしてくれます。今のうちに」

「ああ……」


 俺はのぞみに付き添われる形で沖倉に背を向ける。次の瞬間、鋭い剣戟の音が鳴った。

 ランバートと沖倉が打ち合っているのだ。騎士とサムライ。今はどうやら、ランバートの方が押しているようだった。


「走れますか?」

「ちょい、厳しい。肩を貸してくれるか?」

「はい。どうぞ」


 のぞみの肩に腕を回す。数週間前に最後に会った時より、その体はずいぶんたくましくなっているような気がした。この短期間でいったい何が、と思いかけて以前“守護の騎士 ルーク”が言っていたことを思いだす。


『ランバートものぞみさんも、毎日とても努力しています』

「私、あれから体を鍛え始めたんです」


 のぞみは照れくさそうにはにかみながら言った。


「守られてるだけじゃダメだって、ハトリさんを見てそう思ったんです。きっと頭からプレイヤーの私じゃ何もできないって思い込んでたから、だからランちゃんもあんなに気を張り詰めてたんだって。どうですか、今のランちゃん。きっと昔なら、私一人で行かせることなんてなかったと思うんです」

「このッ! 邪魔だぁあああ!」


 沖倉の苛立たし気な声が聞こえる。相性が悪いのだろう。沖倉がこちらに追いつく様子はなかった。俺は頷く。


「……ああ、すごくいい感じだ」


 のぞみは笑った。


「ですよね」


 俺達は“底辺連合”のクランハウスに向かう道をまっすぐ進む。もう回り道したりしない。できるだけ早く、一歩一歩確実に歩みを進めた。


「……それにしても」


 少し気になることがあって、俺は歩きながらのぞみの方を見る。


「クランタウンに来れてるところからすると、今はルークのいるクランに所属してることになるのか? ルークのとこって、結構クラン内がごたごたしてた気がするけど」

「そうですね。本当はもっと早くクランタウンに来たかったんですけど、おっしゃるようにルークさんのところが私とランちゃんの加入を拒否していまして……もう少し時間がかかるかな、とも思ってたんです」

「想像より早く解決したのか?」

「いえ、実は私たちがいま所属してるところはルークさんのところじゃないんですよ」


 ルークのところじゃない?


「ある人がルークさん経由で連絡をくれたんです。ハトリさんの件を早く解決したいなら私のところに仮加入すればいい。そうすれば待たずにすぐクランタウンに来れるって。それでダンジョンの中で待ち合わせして、クランの参加許可をいただいたんです」

「ある人?」

「ストレイド警部です」


 ……またか。まさかここで彼女の名前を聞くことになるとは思わなかった。もしかして彼女の灰色の脳細胞はこの事態すらも予測していたというのか。恐ろしい人よ。

 しかし、どうして彼女がそこまでするのだろう。俺は少し考える。

 俺が拘束される理由がパートナーのタダシにあったから? いや、それにしてもそこまで熱心に動く理由には届かない気がするんだが。別に、タダシはそこまで間違ったことをしたわけじゃあないんだし。

 事実、俺は人を殺していて、タダシはそれを告発しただけ。

 うん、これっぽっちも、間違ったことはしていない。


「なんだかあの人は、別の思惑があるみたいな様子でした」

「別の、思惑?」


 のぞみの言葉に聞き返す。のぞみもあまり自信はないようで続く言葉を慎重に選んでいた。


「その……あの人自身が明言してたわけじゃないんです。でも、なんていうか……」


 と、そこでのぞみは言葉を止めた。

 のぞみの視線が前に向く。俺もそれを追った。

 沖倉が追いついてきたわけじゃない。また、ラン・ハオユでもなかった。前方、通りの中央にこちらを向いて立つ人影。のぞみよりも、俺よりも大きな身体。俺はその名をつぶやく。


「トーラス……」


     *


 のぞみは無言で俺を下ろした。そして、訓練したのだろう。流れるような動作で剣を抜く。しかし、俺達から見るとどうしても未熟だ。


「お前が脱走したって話、もう出回ってるぜ、ハトリ」


 トーラスはのぞみには目もくれず、俺だけをじっと見る。

 俺はゆっくりと、自力で立ちあがった。足首が痛む。一瞬、顔をしかめる。

 “星座シリーズ”。牡牛座の名前を冠するそいつは、背中に見事な星空を背負いながらこちらへ歩みを進める。俺ものぞみを手で制して、前に出た。

 すぐ目の前に迫る巨体。俺はわずかに見上げるような形になる。


「……なあ、お前の口から聞かせてくれよ」


 トーラスは静かにそう言った。何を、とは言わない。わかりきっている。

 俺は一度大きく息を吸って、それから口を開く。


「……俺はお前の仲間を、家族を、オフューカスを殺した奴等の一員だ」

「そこに、後悔はあるのか」

「後悔は、あるさ。人殺しして後悔しなかったことなんて一度もねえよ」

「だけど、殺したんだな」

「そうしなくちゃ、俺の仲間が傷ついてた」

「今回の脱走も、仲間のためか?」

「……ああ、俺はクランハウスに行かないといけない」


 しばらく、沈黙が下りた。

 俺はトーラスの言葉を待った。


「……足、痛めてんのか」

「え? ああ……そうだな」

「肩、貸してやるよ。そっちの嬢ちゃん、鎧来て人を支えるには体力が足りねえだろ」


 トーラスが俺に手を伸ばす。俺はのぞみを振り返る。確かに、その通りだった。のぞみは少しだが疲れが見え始めていた。クランハウスまでの道のりはまだ長い。


「……トーラス」

「難しい話だわな。そもそも、直接殺したのはお前じゃねえわけだし」

「でもザコネは……オフューカスを殺した奴は俺を助けるためにオフューカスを殺した。その原因は他でもない、俺にあるんだ」

「肩、貸すにゃあちょっと身長差があるが、まあ我慢してくれ。それともいっそおぶってやろうか? なんてな」

「トーラス」

「……正直、俺だって頭の中がぐちゃぐちゃなんだぜ」


 トーラスは自嘲するようにかすかに笑った。


「俺の住んでるとこ、常夜の街っていうんだが、そこには俺達(星座シリーズ)しかいなくてよ。喧嘩は毎日のようにしてるが、争いや殺し合いなんてもんには縁がねえ。だから、よくわかんねんだ。仲間が、家族が、少なくとも俺の物差しで間違ったことをして、その結果殺されちまった時にどんな顔をすりゃいいのか。あるいは俺が仲間じゃなくて親だったのなら楽だったのかもしれん。どんな悪事に手を染めようが愛してるって、お前に怒りを抱くことができた。あるいは俺達が兄弟じゃなくて赤の他人なら楽だったのかもしれん。悪いことしたなら、自業自得だって突き放すことができた。だけど、違えんだよ。俺はオフューカスの仲間で兄弟で、親父じゃなけりゃあ他人でもない。ぐちゃぐちゃだ。頭の悪いおれじゃあ、どうしていいのかわかんねえ。だけどな、ハトリ。それとはまったく別に、俺はお前のことが気に入ってんだぜ。善い奴か悪い奴かはわかんねえけど、少なくとも、ヤな奴じゃあねえ」


 ほら、急いでんじゃねえのか? トーラスが手を伸ばす。


「他の星座にゃ、お前のことはまだ話してねえ。だからそれを伝えた時、誰かがお前に敵討ちをしに行くことがあるかもしれねえが、それは勘弁してやれよ。そいつは俺達の兄弟を殺したお前たちの義務だ」

「……トーラス。お前はどうなんだ」

「俺か? 言ったろ。俺ぁ案外、お前のことが気に入ってんだ。もしお前が俺を前に口先で誤魔化そうとするなら違ったのかもしれん。だが、まあ、なんだ。さっきの言葉でわかったよ。お前はやっぱり、俺が気に入るようなタイプの人間なのさ。お前はまっすぐな奴だ」


 

 ……俺はトーラスの手を取った。

 よ、と一声。トーラスが俺の腕を自分の肩に回す。


「嬢ちゃんはどうする。着いてくるか?」

「……ハトリさん」

「俺の方は大丈夫だよ。やっぱり、ランバートの方も心配だろ?」


 のぞみは頷いた。そりゃそうだ。

 戻ってやりな、そんな意味を込めて俺も頷く。のぞみは察して、来た道を引き返した。

 のぞみとランバートは変わったのだ。ただ守られるだけの関係から、守り守られる関係へ。


「……目的地はお前のクランハウスだったな。じゃあ、行くぜ。傷に響いたら言えよ」

「ああ……恩に着る」


 未だにラン・ハオユが追ってくる気配がない。もうここまでくると、俺を無視してリンの元へ行ったと考えた方がよさそうだ。

 トーラスはゆっくりと歩きはじめる。

 どうか、あの姉妹の誤解がとけてくれていればいいんだが……


 一歩一歩、確実に、俺達はクランハウスを目指した。


     *


 肩と足の痛みは引くどころか次第に増していく。気が付くと暑さとはまた別の種類の汗が噴き出していた。

 ……もしかしたら骨がいっちまってるのかも。

 しかし、ここで歩みを止めるわけにはいかなかった。トーラスに支えながらゆっくりと、俺は前に前にと足を伸ばす。

 クランハウスまで、このペースならあとどれくらいかかるのか。

 四十分、五十分……いや、一時間。下手をすればそれ以上というのもあり得る。

 少しずつ、今の自分がじれったくなってくる。何を俺はちんたらと。骨の一本や二本でなさけねえ。そう心の中で自分を叱咤していた、そんな時だった。


「主殿!」


 俺を呼ぶ声。トーラスは足を止めた。

 俺は声の方に顔を向ける。道に沿って並ぶ建物、その上から、小柄な体躯が降って来た。

 忍者装束に紫の髪、ニンゾーだった。ニンゾーの前髪は風に乱れ、また、肩は上下している。


「ニンゾー。ずいぶん息が上がってるな」

「はぁ、はぁ……“瞬身”を使ったからでござろう。……ふぅ、無事で何よりでござる」

「……クランハウスの方で何かあったのか?」

「リンの姉が来たでござる」


 ……やっぱりか。


「それで、どうしてニンゾーがこっちに?」

「そいつが言ったんでござるよ。今頃、主殿は死んでいるだろうと。そこでブリキとリンと相談して、拙者だけ主殿を探しに来たでござる。その様子なら、でまかせだったようでござるが」

「いや、まんざらでまかせでもない」


 ランバートが来てくれなかったら俺はきっと、その言葉通り死んでいただろう。

 ニンゾーはトーラスに肩を貸してもらっている俺の身体を観察するように見た。


「……怪我でござるか」

「肩と足だ」

「……主殿はちょっと目を離すと、すぐに怪我をして帰ってくるでござる」

「返す言葉もねえな」


 まあ、それは今はいいじゃねえか。

 そう言いかけた時だった。乾いた音がクランタウンに響いた。ニンゾーは瞬時に表情を引き締めた。俺も音の方に顔を向ける。


「クランハウスの方でござるな」

「ハトリ、急ぐか?」

「ああ、頼む」


 トーラスと俺、それにニンゾーが並走する形で再び進み始める。


「ずいぶんでかい音だったな」


 歩きながら、トーラスが言う。


「主殿、あの音は……」

「……ああ、火薬が爆発する音だ。といっても爆弾じゃない。もっと小さな……銃?」

「しかしリンの姉は火薬を使う類の武器を持ってはいなかったでござるよ」

「装備はどんなだった」

「短剣と、肩にはリンのものとそっくりの矛を担いでいたでござる」


 矛を用意していたのか。もし戦うとしたら、相手方も全力ということになる。

 ……リンとランがきちんと会話できていたらそんな心配をする必要もないのだが。


「……しかし、歩いていたのではクランハウスまで時間がかかりそうでござるな……」


 ニンゾーが途中ぼそりとつぶやく。俺の方を見て思案顔。

 それからいいことを思いついた、と手のひらを打った。


「……いっそ、拙者が担いでいけば速いのではござらんか?」

「は?」

「なんだ、やっぱりそう思うか」

「いや、ちょっと待て。おい、ニンゾー」

「なに、恥ずかしがることはないでござる。あの夜も拙者に担がれていたでござろう」


 ニンゾーはそう言って俺の方に両手を出した。

 あの夜、とはベリオルと戦ったあの夜のことだろう。俺は腹に傷を負い、自力では歩けない状態だったから。

 いや、まあ、確かにそうかもしれんが……しかし大の男が少女に担がれるというのはさすがに……なんて頭の中でぐるぐる考えているうちに、気が付けばトーラスの手からニンゾーへ託される。


「おい。ちょっと待て、ニンゾー」

「安心するでござる。拙者もあれから人の運び方については色々考えたでござる。こうすればいいでござろう?」


 そう言ってニンゾーは俺の膝の裏と背中に腕を回す。

 いわゆる、お姫様抱っこという奴だった。


「……いや、ほんとに待て。せめて担ぐならトーラスに」

「こと速さに限れば拙者の方が優るでござる」

「今は急いだ方がいいんだろ? もし嬢ちゃんに任せていいのなら俺は正勇団のほうに行くぜ。あっちはきっと、お前の脱走騒ぎでてんやわんやだろう。一段落したら戻ってくると説得しておいた方がお前も動きやすいはずだ」

「そうかもしれん、そうかもしれんが……」

「いざという時には意地なんて捨ててしまえと以前主殿も言っていたではござろう。今は、いざという時ではござらんか?」


 そう言われると返す言葉に困る。俺は少しの間、低くうなった。


「……頼む」

「あいわかった」


 ニンゾーは満足げに笑う。細い両腕でがっしりと俺の身体を固定した。

 トーラスはくるりと踵を返す。正勇団の拠点へ行くのだろう。


「じゃあな」

「トーラス」


 俺はトーラスを呼び止めた。

 自分でも、何を言っていいのかわからなかった。

 謝ることは、許しを請うだけのただの甘え。かといって開き直ることは死者への侮辱。

 呼びとめておいて言葉に詰まる俺にトーラスは笑った。


「ハトリ、お前の性格は争いの世ではさぞや生きづらいことだろう。だけどもしも、お前が俺や、俺達に対して罪の意識を持っているのならば、約束してくれや。お前はどうか変わらんでくれ。どれだけつらかろうが、生きづらかろうかな」

「心配はいらぬでござろう」


 トーラスの言葉にニンゾーが微笑んだ。


「主殿は、変わりたくても変われぬでござる。武に秀でておきながら甘く、常に後悔しながら刃を握る。でも、だからこそ、主殿なのでござる」

「ああ、そりゃあ……違いねえのかもしれねえな」


 トーラスは最後にそう言ってクランハウスの中心部、正勇団の拠点の方目指して走り出す。


「……では、拙者たちも行くでござるよ」

「ああ」


     *


 ニンゾーに運ばれながら、俺はランが来た時の様子を聞く。


「リンの姉は最初、武装こそしていたがこちらと争う様子はなかったでござる」


 ランは“底辺連合”のクランハウスへ真正面から訪れたという。

 まあ、クランハウスには外部の人間を弾く見えない壁がある。内部の人間が手引きしない限り侵入なんて出来ないのだからそれは当然か。


「一応、やって来た時間が遅かったこともあって拙者やブリキも表へ出たが、他でもないリンの血縁者でござろう? まさか敵とも思わず、拙者たちは三人とものんきに構えていたでござるよ。リンも、どうしたの? と不思議そうな様子ではあったが、おおむね歓迎の態度でござった」


 しかし、クランハウスに入れるということはしなかった。

 ある意味、クランハウスは最後の砦だから、その判断は間違ってはいない。


 クランハウスの前、門から一歩出たところで向き合うニンゾーたちとラン。

 ランは開口一番、挨拶もせずこういった。


『リン、マナブさんのところに帰りましょう』


「リンは驚いた様子でござった。しかし、それははっきりと断っていたでござる」


『突然なに? 姉さん。ボクは帰らないよ』

『どうして? マナブさんを怒らせたことが後ろめたいなら、私も一緒に謝ってあげるから』

『違う。違うんだよ、姉さん』

『……ハトリっていうプレイヤーのこと、そんなに好きなの?』


「そのあたりから少し、リンの姉の様子が変わってきたでござる」


 ニンゾーとブリキはその会話に口を挟まなかった。

 リンとラン、二人の間でだけ、言葉が交わされる。


『でも、ハトリという男はよくないわ。あの男は理由なき殺人者。リンは知らないのかもしれないけれどね。私たちも確かに、戦争でたくさんの人を殺したわ。でも、それは家族を、友人を、大事な人を守るため。あなたもそうでしょう? リン。あなたは絶対に、自らの欲望に任せて人を殺すような男と一緒になってはいけない。あなたは、優しい子だから』

『ちょっと待ってよ姉さん。何を言ってるの? ハトリさんはそんな人じゃないよ』

『……そう、思わされているの。あなたはまだ子供だから……騙されているのよ』


『聞き捨てならないでござるな』


「……そこだけ、拙者も少しカチンと来たので言い返したでござる」


 ニンゾーは俺とは目を合わせず、そう言った。


『一体どんな噂を聞いたのか知らぬが、主殿は己がために人を殺すようなことはしないでござる』

『ニンゾーの言う通りだよ、姉さん。ハトリさんはそんな人じゃない』

『……でも彼は捕まっているそうじゃない。マナブさんは言っていたわ。あの男は罪を犯したから拘束されているんだって。リンをそんな男のところに置いておくのは不安だって。ねえ、リン。マナブさんはもう怒ってないわ。ねえ、帰りましょう』

『……なんだよ。姉さんの方が騙されてるんじゃないか』

『……リン?』

『ああ、なんとなくわかっちゃった。そう。そういう筋書きなんだ。アイツの考えそうなことだね。他人を悪役に仕立て上げて、ボクを連れ戻そうっていうんだ』


 リンはくるりと、ランに背を向けた。

 そしてクランハウスの敷地、不可侵の領域へ一歩入る。


『リン!』

『ボクは帰らないよ……むしろ、姉さんが目を覚ましてよ。今みたいにマナブにいい様に使われて、アイツの欲望を満たす道具みたいにされて……ボクはそんな姉さんは見たくないんだよ。フーも心配してる。もちろんユイも。ねえ、姉さん……』

『マナブさんはそんな悪い人じゃないわ。だって、あなたをあの男から救ってくれたのよ?』

『……そうかもしれないけど』

『ねえ、リン。こっちに来て。一緒に帰りましょう』


『……でも姉さんはマナブが帰る時、一緒に向こうの世界に行っちゃうんでしょ。フーを置いて、ユイを置いて……ボクを、置いて』


「……ランは、なんて言ってたんだ?」

「少し、返す言葉に困っているようでござった」


 しばらく、二人の間には沈黙が下りる。

 ランは口を開いた。


『……それはまだ、わからないわ』

『嘘だよ。ボクにはわかる。きっとマナブが一緒に来てくれって言ったら、姉さんは間違いなくあいつについていく。自分でも気づいてるんでしょ』

『……リン』

『ボクがハトリさんのところに来た最初の理由は、ボクを向こうの世界に連れて行ってくれるかもって思ったから。……残念ながら、ハトリさんには断られちゃったけど、それでもボクがここに残ってるのはハトリさんが新しいパートナー探しを手伝うって約束してくれたから。マナブのところにいるよりずっといいって思ったから。……姉さん、ボクは絶対、アイツのところには帰らないよ』


 リンとランは、しばらく見つめあう。


『……でも、それはもう無理だわ』


 ランは静かに言った。リンと、それにニンゾーやブリキも首を傾げる。


『だってあの男は今頃、死んでいるでしょうから』


「それで、その後はどうなったんだ?」

「……覚えてないでござる」

「覚えてない?」

「……いや、拙者も少し混乱したというか……反射的に“瞬身”を使ってこっちへ走り出したから……」


 ぷい、と俺から顔を逸らす。

 俺はぽかんと口を開ける。


「……ああ、いや、確か……拙者が主殿の方へ向かおうとしたのを察知したリンの姉が拙者の邪魔をしようとして、それをブリキが足止めして、ブリキだけじゃ手が足りないからとリンがクランハウスから矛を取りに行ったような……」

「適当だな、おい」

「……まあ、それはいいではござらんか」

「よかないだろ……まずいな、となるとランと戦闘になってるかもしれんのか」


 でもまあ、俺の無事が照明できたら全員でクランハウスの中に立てこもることもできる、か。……しかしランがそこまでマナブにほれ込んでるとは。ある種、ヤンデレ的な依存度の高さ。初めて見た時はえらくしっかりした印象だったが、あるいはその真面目さの反動なのかもしれない。


 リンも言っていたからな。姉さんは恋愛を除いて完璧だって。

 それにしても恋愛が足を引っ張りすぎだろう。

 そりゃ、リン達も心配になるはずだ。


「主殿、クランハウスが見えてきたでござる」


 想像よりずっと早い。ニンゾーと合流してからものの十分足らず、まだ少し距離はあるが確かに道の先にクランハウスが見えてきた。

 俺は眼を凝らす。そして、首を傾げた。


「ニンゾーが言ってた人数より多くないか?」

「……確かに、ひい、ふう、みい……六人、いや、七人いるでござる」


 七人って、元はブリキ、リン、ランの三人だったから倍以上じゃないか。

 一体なにがあったっていうんだ。


「到着すれば、ブリキから詳しい話も聞けるでござろう」

「そうだな。じゃあニンゾー、ラストスパート頼む」

「うむ」


     *


 到着した俺達に真っ先に気づいたのはブリキだった。


「ハトリさん!」


 その声に、リンがこちらを向く。俺の顔を見て、少し安心したように表情を緩める。

 俺はニンゾーに下ろされながら、クランハウスの前に広がる光景を確認した。


 正直、わけがわからなった。


 ブリキは盾を構え、リンも矛を構えた戦闘モード。

 そのリンの正面にはニンゾーの話にも登場したランが、矛を構えて立っている……しかし。

 その顔が向いているのはリンの方ではなかった。


 ランが向く先、そこには彼女のパートナー。プレイヤーのマナブがいる。

 そしてマナブは、“ストレイド警部”に取り押さえられていた。腕を固められ、石畳の地面に押さえつけられている。その傍らにはなにやら拳銃のようなものが転がっていた。


 それだけでもわけがわからないのに、もっとわからなくなっているのは取り押さえられているマナブとランの間に立つ二人、フーとユイの存在だ。

 二人はまるでマナブを取り押さえるストレイド警部の邪魔させないように、ランの前に矛を組み、立ちふさがる。


 ストレイド警部が顔を上げる。少し力を込めたのか、マナブが苦しそうに唸った。


「ハトリさん、無事でなによりであります」

「……ストレイド警部、こりゃあ一体……」

「ああ、混乱されるのも無理はないであります。そうでありますね、今の状況を一言で説明するのなら……」


 ストレイド警部は少し考えて、わずかに微笑んだ。


「一件落着、であります」




前書きの内容とは別件ですが……

会話の回数に対してトーラスのハトリに対する信頼度が高すぎる気もするので、もしかしたら三章終了後にトーラスとのエピソードを追加するかもしれません。その時は活動報告にてお知らせさせていただきます。


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