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悪魔シリーズでござる

 “赤いクマさん”のクランハウスの裏手で俺は一人、その周囲に張り巡らされた不可侵の壁に触れていた。クランハウスにはクランメンバーが許可した人間しか入ることしかできない。俺は当然、クラン“底辺連合”の人間なのでこの見えない壁を越えることは出来ない。


 しかししばらくして、ふっと俺の手の先がその壁を通り抜けた。次に足も。

 通れる。

 よし、無事にのぞみは俺が入ることを“許可”できたみたいだ。


 さて、行きますかね。


 俺は心のなかでそうつぶやき、忍者刀“柳”の柄を軽く撫で、その敷地内へと音をたてないように飛び込んだ。


     *


「キャラクターは集まれば集まるほど強くなる」


 作戦説明の時、俺はまずそのことを全員に伝えた。ニンゾーやブリキ、ランバートと言ったいわゆる英雄(キャラクター)と呼ばれるやつらは皆、実感がわかないようで首を傾げているが、のぞみは得心いったようで大きくうなずいた。


「確かに、その通りだと思います」

「主殿、それは単純に人数の差で強くなる、というわけではないんでござるか」

「違うな。当然それもあるけど、俺が言ってるのはこの世界だからこその強さってやつだ」

「……スキル、ですか?」


 ブリキが察したようでそう言った。俺とのぞみは同時に頷く。


 タップ&ブレイバーズはパーティで戦うのが前提のゲームである。始めたばかりの初心者はパーティに複数のキャラクターを組み込めないが、それは攻略のモチベーションを上げるため、最終的に解かれることを前提としたリミッターのようなものだ。

 パーティに五人いる状態。これがこのゲームでのスタンダード。


 当然、キャラクターのスキルの多くはこのスタンダードに合わせて設定されている。


「ニンゾーのスキルは“服部忍三の速度を三倍に”だからな。あまり実感はないかもしれないが、ブリキのだとわかりやすいだろう。ブリキの“絶対防御(オールディフェンス)”はパーティ全体の防御力を一定時間、極限まで引き上げるスキルだ」


 以前、バルバの銃撃を防いだスキルだ。

 この世界ではさすがに遠く離れた仲間までは守れないので、ある程度近くにいる必要があるが、それでも盾の範囲を超えた周辺にまでその効果は及ぶ。


「パーティが多くても全員がその恩恵を受けられる。それなら当然、その人数は多い方がいい。この世界では人の数だけスキルがあって、それが集まるとそれだけスキルの効果には幅ができ、対応できる状況が広くなるんだ」

「なるほど……」


 竹姫のような敵が一体である前提のスキルもあるが、それは“ボス”戦に特化してるからこの場合は例外になるけどな。

 俗に強化(バフ)弱体化(デバフ)と呼ばれるタイプのスキルはその恩恵がパーティ全体に及ぶものが多い。


「それでだ。俺は今回、向こうの様子を偵察するにあたって敵を分断しようと考えてる」

「集まれば強くなるなら、分けてしまえということでござるな」


 その通り。


「今わかってるのは敵が七人であるということ。このうち一人、“狙い撃つ バルバ”はこっちが捕えてるから実質六人だな。この六人のうちキャラクターはその半数、三人だろう」


 キャラクター三人にプレイヤー三人。

 対してこちらは竹姫を除き、ニンゾー、ブリキ、ランバート。

 ランバートの剣と盾が拘禁された際に向こうのギルドに没収されていることを踏まえると、ややこちらの方が戦力が少ないことになる。厳密なキャラクターという意味では。


「だったら、こちらの方が有利でござるな」

「え? でもランちゃんは全力で戦えないから、不利なんじゃ……」

「主殿を入れて、四対三でござる」


 のぞみはニンゾーと俺を見比べ、考え込む。


「確かに……ハトリさんは頼りになるかもしれませんけど……でもキャラクターと戦えるほどじゃ……」

「可能でござるよ。主殿もそのつもりなのではござらんか?」

「そうだな。俺は今回、分断するにあたって『俺』と『ニンゾー、ブリキ、のぞみ、ランバート』のチームに分けようと思ってる」

「馬鹿な! プレイヤーがたった一人でキャラクターと戦うだと?」

「……またその話を繰り返すか?」


 そう言うと、ランバートは悔しそうに黙り込んだ。


「二人を捕まえた時の話といい、追いかけているときといい、一度も見えないクランリーダーおよびそのパートナーのことが気がかりなんだ。多分、そいつがとびきりヤバい」


 その存在が俺の中で最も大きい不安要素だった。

 おそらく、想定外のことが起こるとしたらそいつを中心にしてだ。


「だから今回はそのリーダーと他の下っ端たちを分断しようと思う。ランバートの言うように俺はプレイヤーだ。だからこそ、顔さえ見ればそのキャラクターのスキルがどんなものかわかる」

「となると、相手を二人と一人に分けるんでござるな。拙者とブリキなら、連携も十分、のぞみを守りながらでも同数なら遅れは取らんでござろう」

「貴様っ……私だけではのぞみを守れないとでも言いたいのか」

「ああもう、話を止めるなよ。より厳重に守ってた方がいいだろ?」


 不安要素といえば、ランバートもそうなんだよなあ。

 まあ、のぞみを守るためなら大丈夫だとは思うが。


「しかしそれなら、のぞみを危険な場所へ連れて行く必要はないだろう。引きつける役なら私さえいれば」

「可能性の一つとして、敵のリーダーが顔を出さないことが考えられる」


 今までも敵のリーダーはバルバの話に出てきただけで、その存在が非常にあいまいだ。

 もしのぞみが目の前に来たとしても、他のメンバーに命令して向かわせる可能性だって十分あり得る。


「だから今回のぞみには、俺のクランハウスへの入場を許可する役を頼みたい。それにはキャラクターのお前だけじゃ無理なんだよ」

「出てこなかった場合は、中に入るんですか?」

「まあ、そうだな」

「……危険、じゃありませんか?」


 のぞみはあまり気が進まないようだった。

 しかし、その心配は違う。


「むしろ、手が遅れる方が厄介だ。バルバと接触しなかったらまだのんびりしてられたんだけどな。たぶん向こうでは、なかなか帰ってこないバルバにやきもきしてるはずだ。そこから犯人は俺達だと見切りをつけて攻めてくるまで、どれくらいか予想がつけにくい」


 敵の中にブラックボックスが存在する以上、後手に回るのは非常にまずい。


「早急に必要なのは、『敵のキャラクター名、及びそのスキルを明らかにすること』。そしてその時に重要なのは今もっとも危険だと思われる、『スキル不明の敵のリーダーを仲間と合流させないこと』だ」


 そうなると直球ではあるが、俺が言ったような作戦になるんじゃないだろうか。

 『俺』と『ニンゾー、ブリキ、のぞみ、ランバート』のチームに分かれる。

 のぞみは俺の入場許可をし、その際に敵を引きつけながらクランハウスから離れる。

 敵のリーダーが出て来たら俺はそいつを分断、別ルートで逃亡しながら分析。

 出てこなかった場合、ニンゾーたちにのぞみを任せ、俺は一人リーダーを探りにクランハウスへ侵入。相手は二人だし、ランバートもいるからニンゾーも遅れは取らんだろうという算段だ。


 サブミッションとしてクランハウスに入る場合はランバートの剣や盾の回収ってところか。


 四人の反応を待つ。


「やっぱり、二人をずっとクランハウスでかくまうわけにはいきませんよね」


 ブリキが言った。

 たしかに、クランハウスに相手の連中は入ってこれない。絶対安全なセーフハウスだ。

 しかし、それをすると二人は拘禁されてるのと変わらない。それに以前のロイドのこともある。遠からず、俺達とあいつらは衝突する。これは最初に俺とニンゾーがのぞみたちに手を貸したための必然だ。

 避けられるものじゃあない。そう言うとブリキは眼を伏せた。


「そうですよね……」


 ブリキはあまり切った張ったが好きじゃないんだろう。とても優しい女の子だ。

 俺だってほんとは好きじゃないさ。だけどそれをしなきゃ苦しくなるなら、嫌と言ってばかりもいられない。

 息をするためには口を開き、鼻から吸い、肺を膨らませなければならない。首を絞める輩がいるなら、もがいて突き飛ばさなきゃいけない。


「拙者は賛成でざる」


 ニンゾーは腕を組みながらそう言った。


「拙者も、そしておそらく主殿も攻めるのと違って守るのは苦手でござろう? 出来るだけ自分たちが有利になるように動くべきだと思うでござる」


 俺達は忍者だ。騎士じゃない。

 盾を持つこともないし、そもそも敵に姿を見せてはいけないくらいだ。

 それが守りに転じた時、どんな不具合を起こすかわからない。俺がこちらから仕掛ける姿勢を取っている一番の理由だった。


 ニンゾーの話を聞いて、のぞみは決心したようだった。


「私も、賛成します」


 のぞみが言うと、しぶしぶという具合にランバートが頷く。

 満場一致。攻めだ。

 と言っても今回ですべて解決する気はさらさらない。


「あくまで今回は情報収集が目的だ。くれぐれも、自分たちのことを一番に考えて行動してほしい」


 今度は全員すぐに頷いた。

 さて、じゃあバルバのこともあるし、あまり時間をかけない方がいい。

 みんなが準備を始めようとする。俺はその中でのぞみとニンゾーだけ引き留めた。


「のぞみ、ニンゾー」


 ランバートがまた疑うような目で見てきたが、のぞみとブリキに言われてその場を去った。俺とのぞみ、ニンゾーだけが廊下に残る。


「のぞみ、最初に言っておきたいんだ。俺達の中で一番、足手まといになり得るのは間違いなくのぞみだ」


 そう言うとのぞみは表情を曇らせた。

 しかし、自分でも当然わかっていたのだろう。すぐに顔を上げる。


「だから万が一、ニンゾーたちが危なくなったときは、のぞみを切り捨てることになる」


 のぞみは死んでも、元の世界に帰るだけだ。

 ニンゾーやブリキ、ランバートはそんな風にはいかない。そのことをわかっているのだろう。のぞみは大きくうなずいた。


「はい。確かに、ランちゃんと別れるのは寂しいです。でもそのせいでランちゃんたちが傷つくのは……もっと嫌です。ニンゾーさん」


 のぞみはニンゾーを見た。


「もしもの時は、私を……殺して下さい」

「……あいわかったでござる。しかし心配することはないでござるよ」


 ニンゾーはぽんぽんとのぞみの頭を撫でた。小さいニンゾーがするとちょっと違和感があるが、その表情はとても穏やかで、年相応の落ち着きを感じさせた。


「拙者たちはきっと、最後までのぞみを守るでござる。……少しばかり不本意でござるが、ランバートも一緒に」

「……ありがとうございます」


 さて、重要な話は終わった。俺もさっさと準備に入ろう。


「主殿」


 のぞみは先に部屋の方へ向かったが、ニンゾーはその場に残っていた。

 何やら耳の後ろをかいている。なんだ?


「これを貸しておくでござるよ」


 そう言って差し出したのは、忍者刀『柳』だった。


「柳じゃないか。なんでまた」

「……主殿は今回は一人でござるからな。拙者はいざとなってもブリキが守ってくれるでござる。だから主殿は、少しでもいい武器を持っていくべきでござる」


 ぐいぐいとそのまま押し付けられた。ニンゾーは代わりに俺の刀を抜き取る。


「貸すだけでござる。また後で研いて持ってくるでござるよ」

「……おう、ありがたく使わせてもらうわ」


 俺は鞘からわずかに引き抜き、その刃を見る。前世では毎日のように手入れし眺めていた美しい輝き。


「さ、拙者たちも早く準備をすませてしまうでござる」

「そうだな」


 俺達は軽く拳をぶつけ、それからこの後の戦いに向けて気を高めていった。


     *


 俺は“赤いクマさん”のクランハウスの上で玄関の辺りを見下ろした。

 そうするとちょうど奴らが出てきたところで、遠くに逃げていくニンゾーたちを追いかけるように二人の男が走る。一人は中背の鎧の男、どこかけだるげな様子をしているのが“守護の騎士 ロイド”だろう。対してもう一人はその倍はあろうかという巨体。鋼のような肉体に棍棒を抱え、まさしく原始的な強靭さを見せつけていた。


 バルバが最も新しい時代の英雄(キャラクター)ならば、こいつはもっとも古い時代の英雄(キャラクター)

 “蛮族の勇者 アルカイ”だ。

 しめた。あいつは動きの遅いパワーファイター。俊敏なニンゾーと強固なブリキにとっては最もやりやすいタイプの相手じゃないか。

 それにロイドは“騎士シリーズ”の中で最も半端なステータスをしている、攻撃もできる防御主体のキャラクター、言い換えれば器用貧乏な奴だ。こういっては何だが、いわゆる強キャラには分類されない。

 これなら心配はいらないだろうな。下手したらそのスピードをいかしてのぞみをかばいながらでも勝ちが狙えるだろう。


 ……それにしても、やはり二人しか出てこなかったか。


 敵のリーダーはこの中にいるんだろう。

 俺はそっと屋根のふちに手をかけ、窓から二階の部屋に身体を滑り込ませた。


 クランハウスの中には数名の気配がある。

 おそらく残っているのはプレイヤーと、それからリーダー格のキャラクター。

 俺が侵入したのは空き部屋だった。家具の一つも置かれていない、照明器具もないので昼間とはいえ薄暗い。俺は足音を消し、扉の方へと移動した。

 ……一階から話し声。

 これはプレイヤーだろうか。だとしたら二階にある強烈な気配、これがバルバが恐れるキャラクター。

 思ったより近い。二つ隣の部屋くらいだろうか。なにやら動いている音が聞こえるが、具体的に何をしているのかまではわからない。

 先に他の部屋を見ておくか。俺は廊下に出て気配のある方とは逆に向かって歩き出す。

 構造は“底辺連合”のクランハウスとほとんど変わらなかった。規格が統一されているのかもしれない。となると(ホーム)との移動用のポータルがあるのは一階の奥の部屋か。一階にはプレイヤーが動いているようだし、今日はそこまで見に行くのは難しそうだな。


 俺はひとまず、気配のない隣の部屋へと入った。

 鍵はかかっていない。わずかに開いた扉の隙間から体を入れると、中は雑多なもので溢れていた。物置のような使われ方をしているのか?


 俺はその中を少し歩き回り、その一角に見覚えのある鎧があるのに気付く。

 ゲームの中のイラストで見たことがある。これはランバートの鎧だ。

 ロイドと同じデザインのひと回り小さい銀の鎧だが、それはわずかに埃をかぶっている。剣と盾もそれに立てかけるように無造作に置かれており、部屋の一角で鈍い銀の光を放っていた。

 ……これをもって移動するのは難しそうだ。剣くらいなら持って帰れるかもしれないが、鎧と盾は難しいだろう。

 ひとまず、後回しにするか。


「がああああああああああああああっあ、ふぐぅ……」


 その時聞こえてきた声は、おおよそ人の出すものではなかった。

 声の出所はキャラクターの気配のあった二階の部屋から。しかしその壮絶な叫び声にも、一階にいるプレイヤーが反応する様子はない。先程までと変わらず何やら会話を続けている。

 俺は知らず知らずのうちに垂れていた汗をぬぐった。

 キャラクターの部屋にはもう一人いるのか?

 気配なんて他にはなかったような気がしたが。

 唾を飲みこむ。俺は意を決して、声のした部屋の方へと移動した。


 耳をすませば、わずかな息遣いが聞こえてくる。

 二人分だ。

 一人は無理やり口をふさがれているのか、隙間から漏れるような息。

 もう一つは笑いの混ざった、ひどく下卑た吐息だった。


 俺はそういう息遣いをする種類の人間を知っている。

 扉をわずかに開けて、中の様子をうかがう。


 裸の女が、床に倒れていた。

 それ以上は、俺の精神が拒絶してうまく情報として入ってこなかった。

 部屋から流れ出てくるどろりとした悪意。吐き出したくなるほどの鉄の匂い。女の体とは遠い位置、わずかに開いた扉のすぐ前にも肌色があって、必死にそれが何かを認識しようとして、数秒後にやっと、人の左手首より先であることを理解した。


 俺は女の首の上に足を乗せて楽しそうに笑う男を見た。

 そしてやっと、バルバの言っていたことを理解する。


 特別性、まさしくこいつは特別だろう。だってこいつは人間じゃない。


 “悪魔シリーズ”。

 全キャラクターの中でも随一のレア度を誇る、その中の一人。

 赤い髪の間から黒いねじれた角が伸びている。

 目は三日月形に楽しそうに歪んでおり、口からはよだれを垂らしていた。


 弱体化(デバフ)系能力の中で最もとがった性能を誇る、敵を強制的に衰弱させるのにも似たスキルを持つ者。

 “生贄に応えた真紅の悪魔 ベリオル”だった。


 真っ先に思う。一対一でこいつと対面するのはまずい。そのスキルがどんな形で現実に適用されるのかは、予想することしかできないが、最悪逃げ出すことすら不可能になる。

 攻撃力の激減。“対価の強奪”というスキルがもし、ダメージの軽減だけでなく全体的な生命力、活力、筋力の低下を指すのだとしたら、バルバがあれだけおびえるのも納得できる。そしてあいつが弱点となりえるという意味も。

 ベリオルのスキルでは銃に対応できないのだろう。

 そう考えると余計に、スキルの効果が“筋力の著しい低下”であるという可能性が濃厚になる。


 駄目だな、撤退だ。

 そう思い扉から一歩引いたときだった。

 ぐったりと床に横たわっていた女が顔を上げてこちらを見ていた。

 そして助けを求めるように先のついていない左手を伸ばす。


「ん? 誰かいるの? あ」


 表現しがたい音が響いた。

 人間が壊れる時の音だ。女の腕はばたっと、重力に任せて床へ落ちた。

 そして次の瞬間、女性は光の粒となって宙へと霧散した。


「あーあ、びっくりしてつい力をいれすぎちゃった。駄目だなあ、壊れないぎりぎりでいたぶるのが楽しいのに。って、それはともかく……」


 ベリオルの金色の蛇みたいな瞳が、こちらを射抜いた。


「きみ、だあれ?」


 気が付いたら足音も気にせずにかけていた。

 まずい、あれはまずい!

 俺は入ってきたのと同じ部屋、同じ窓から外へ飛び出し、屋根伝いにクランハウスから距離を取った。しばらくして、やっと後方を確認するに至る。誰もついてきていない。遅れて汗が一気に噴き出した。


「……人外はずるいわー」


 言葉にしてなんとか冷静を取り戻す。

 久しぶりにあんなにビビったかもしれない。武蔵丸と戦った時もバルトロムと戦った時も、程よく緊張こそしていたが、ここまで怖いとは感じなかった。そりゃもともと気の弱そうなバルバならああなりますわ。


「帰るか」


 独り言が多くなってるな。それだけ動揺してるってことか。ニンゾーやブリキ、ランバートの前で“一人で大丈夫”なんて言った手前、あんまりかっこ悪いのもね。ここは見栄を張って堂々と情報を得てきたぜみたいな顔して帰るか。だって男の子だもんな。


 今一度、俺は深く深呼吸をしなおして、“底辺連合”へと帰ることにした。

 情報は得られた。あとは知恵を振り絞るだけだ。


     *


「ただいまー」


 汗もぬぐって涼しい顔でクランハウスに帰ってくる。

 ずいぶん急いで帰ってきたが、ニンゾーたちはもう逃げてきたかね。俺の方が早かったか? 十分あり得るなあ。俺、めちゃくちゃダッシュで逃げてたもんな。かっこわりい。


「なんでっ! なんで忍三先輩をッ!」


 最初、それが誰の声なのかわからなかった。遅れて気付く。ブリキの声だった。だが俺が知ってる限り、ブリキがそんな風に声を荒げることは今までなかった。一体何があったのか。

 俺はリビングの方へと向かう。

 そこにはおかしな光景が広がっていた。


 のぞみは部屋の隅で抱えた膝に顔をうずめ、温厚なブリキが声を荒げてランバートにつかみかかっていた。

 そして何より。


「……ニンゾーはどうした?」


 ニンゾーの姿がどこにもなかった。



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