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○○取の翁、その五でござる

 森の中を駆けるオキナの表情は、今まで見た中で一番真剣みを帯びていた。

 かつて、俺が仕えた主人を彷彿とさせるほどに。

 しかし彼は平和な世界で暮らした一人の大学生に過ぎない。森の中では草木に足を取られ、枝に鼻の頭を叩かれ、手の平は切れてわずかに血をにじませていた。


 俺達はというと、オキナとは一定の距離を保ちながらそれぞれ気配を消し樹上を跳びながら進んでいた。速度の違いから、わずかに先行している。

小菊ちゃんの悲鳴。俺には聞こえなかった。

 だけど、もしそれが本当なら。

 枝を蹴る足に力がこもる。


 竹姫の走る速度はオキナとほとんど変わらない。彼女もまた、俺達のようないわゆる武の人間ではない。しかも着物で動きやすい格好とは言えないのだ。無理もない。


「きゃっ」


 竹姫が足を滑らせる。

 オキナはそれに気づき、引き返して手を伸ばす。竹姫は、申し訳なさそうにつかみ、体を起こした。鮮やかな柄の入った着物には泥や千切れた草が張り付き、見るも無残な姿になっていた。


「……タケ、スキルを再使用するのは後どれくらいかかるかのう?」

「……おそらく、二十分以上はかかるかと……」


 そうか、とだけ返してオキナは再び走り始めた。

 竹姫が何かつぶやいたような気がしたが、それは離れた場所の俺には聞こえなかった。

 それからしばらく走り続ける。ニンゾーが俺の元へと跳んできた。


「主殿。前方に、小菊を確認したでござる。ただ……」


 ニンゾーが指す方はオキナがまっすぐ目指す先だった。

 畜生。すげえなロリコンイヤー。

 ドンピシャだよ……最悪な方でな。


 俺はニンゾーが言葉を濁した対象に、思わず顔をしかめた。


「うぅ……ぇぇえ……」

「オラぁ! 泣くんじゃねえ! 俺はよぅ、ガキの泣き声がいっ……ちばん嫌えなんだ!」


 毛むくじゃらな手を小菊ちゃんの首に回す、前歯の一部抜け落ちた中年男。

 その左手には古めかしい短銃が握られ、その先が小菊ちゃんの頭にぐりぐりとあてられる。腹の中から、むかむかしたものがこみあげてくるのがわかった。傍らには木製の手枷をはめられたぼさぼさの髪に髭を生やした男がいるが、こいつは生気を失ったように立ち尽くすばかり。

 毛むくじゃらがその生気のない男の方を振り向く。


「オイ! こいつを人質にすりゃあ、てめえの言ってた奴は本当に何もできないんだろうな? ああ?」

「……はい。そいつはその女の子にやたらと執心の様子だったので、おそらく……」

「はず、とかおそらく、とか、もうちょっとハッキリものが言えねえのかてめえはぁ!」


 毛むくじゃらが生気のない男を蹴り飛ばす。

 うめき声もあげず、また手枷のせいでかばうこともままならず、そのまま倒れる男。

 その時、少しだけ前髪の間から顔が覗く。

 俺はその顔に見覚えがあった。あの時とは服装も違う。髭も生えていなかったが。

 だが確かに、そいつは最初の高ランカーイベントにいた、やたら高価なブランドで全身を包んでいた男だった。

 服も、時計も、もはや彼の身には何も残ってはいないが。

 おそらく、この毛むくじゃらに奪われたのだろう。

 毛むくじゃらはげっはっはと汚い笑い声を挙げながらさらに小菊ちゃんを締め上げる。

 小菊ちゃんが苦しそうにわずかに声をもらし、慌てて食いしばるのがわかった。


「……おちつけ」


 ニンゾーと、何より自分自身に言い聞かせる。

 ニンゾーは忍者刀『柳』に手をかけ、その顔こそ冷静を装っているが全身から怒気が漏れていた。だが、おちつけ。俺達がここで暴走しても、小菊ちゃんは助けられない。銃口はたがわず小菊ちゃんに押し付けられたままだ。奴は指をほんの少し動かすだけで、その命を奪うことが出来る。

 だがこちらにはまだ気づいていない。考えろ。

 後ろからまわれば一撃で倒せるか?

 手を狙って銃を落とす方が確実が?

 そもそも他に伏兵はいないか?

 何が目的だ?


 手枷をされた男、おそらくプレイヤーであろうそいつとの会話から、小菊ちゃんを人質として使う気らしいことはわかる。小菊ちゃんが人質として有効な、プレイヤーなら誰でも知っているような有名人物。

 ……心当たりがありすぎるな。


 毛むくじゃらの目がぎょろっと、こちらを向いた。

 気づかれた!?

 ……いや。


「……聞こえるぜえ、向こうから二人、繁みをかき分けて来やがる。楽しみだなぁ、オイ、“時を止めるスキル”とやらはよう?」


 男は息を吸い込み。

 解き放つ。


「オラぁ! 出てこいやぁ! てめえの大事な大事なガキはここだぜぇ! げっはっは!」


 雷鳴のごとき咆哮。

 小菊ちゃんが今にも泣きだしそうな顔でぐっとこらえている。

 そしてオキナたちは、姿を見せてしまった。


     *


 第六のダンジョン、花妖精の茶会。

 そのルートから大きく外れた森の中で男たちは対峙していた。片方は緑の髪の絶世の美女を引き連れ、もう一人は金色の髪の幼き少女をその腕に抱えながら。オキナの視線を追うと、毛むくじゃらの中年男の足元に転がった無数の茸へと行き着いた。毛むくじゃらは無意識に、一歩踏み出してそれを踏む。

 誰が見てもわかるほど、オキナの表情は怒りに歪んでいた。


「おぬし、大海賊バルトロムじゃな」

「“様”をつけろや……そう言うてめえが“オキナ”とかいう辺鄙な名前のガキで間違いねえよなあ?」

「いかにも。わしがオキナじゃ……そいつもプレイヤーか?」


 オキナが傍らに倒れた生気のない男を見やる。

 大海賊バルトロムは笑った。そして小菊ちゃんを抱えたまま、その倒れた男の頭に足の裏を振り下ろす。ぐ、だがげ、だがわからない声を一度出しただけで、男は静かに踏まれたままだった。


「ああ、そうさ。ったくよう、こいつは突然俺の目の前に現れて、何かと偉そうにするもんでよう。こうして、痛い目に、あわせてやったってぇわけよ! げっはっは! まあずいぶんとご立派な服と変わった時計をつけてたんでそいつは有効活用させてもらったがな!」


 声に合わせて何度も、バルトロムは足を振り下ろす。


「おい、何をしとるんじゃ」

「動くんじゃねえ、こいつが見えねえのか?」


 バルトロムは小菊ちゃんにさらに力を込めて銃口を押し付ける。小さな声で、本当に小さな声で、いたい、と言ったのがわかった。幼女の声に関しては俺よりも耳のいいオキナのことだ。それはもうはっきりと聞こえただろう。

 握りしめた手のひらは真っ白になっていた。


「しかしこのダンジョンっつうのはずいぶんと勝手がいいじゃねえか。ザコを蹴散らすだけで金が山のように降ってきやがる! 海賊が森で金稼ぎたぁ、ずいぶんおかしなことになってるが、かまわねえさ。楽に稼げるならそれに越したことはねえんだからよ」


 だがな、とバルトロムはその視線を竹姫へ向けた。


「……略奪と違って女が足りねえ。そういうところは気が利かねえんだよなあ」


 べろお、と舌なめずりする。

 竹姫は不快そうにわずかに顔をしかめた。


「俺の要求はただ一つ、そこの女、てめえは“時を止める”なんて便利な技を持ってると聞いたが、違いねえな?」

「……はい」

「だったらてめえはこっちへ来い。それで小便臭いガキと交換だ」


 俺とニンゾーは互いに奴の銃口が小菊ちゃんから離れる瞬間を待っていた。

 しかし、用心深いことにその機会はなかなか来ない。

 せめて、せめてあの銃だけでもどうにかできたら。装填数はどのくらいだ? 先込め式なら一発か? だったらどこかで無駄打ちさせて……いやそれを小菊ちゃんに向けられたら?

 ……くそ。


「ほんとはよう、てめえの持つ“時を止める”スキルっつうのをこいつから聞いて、それが目的だったんだがな。聞けばそのスキルの持ち主は絶世の美女らしいじゃあねえか? げっはっは、スキルと女が同時に手に入るとは、ずいぶんとお得な買い物が出来そうだぜ」


 圧倒的有利を前に、気分を良くしたバルトロムの欲望丸出しの一人語り。

 俺は静かに、オキナの返事を待っていた。

 お前はどうする? ロリコン野郎。

 竹姫を渡すのか?

 小菊ちゃん(ようじょ)を取り戻すために、パートナーを売るのか?


「……おじいさん」


 竹姫がオキナの前に出て、振り向いた。

 その表情はこちらからは見えない。

 だけど声の調子から、どこかその場にそぐわない明るさを感じた。


「ここは迷うまでもありません。小菊ちゃんを取るべきです! 私は……大丈夫ですから」


 そう言ってバルトロムの方を向き直る。

 その表情は凛々しく、睨むようで、少しだけ悲しげで。


「待て。わしはまだ何も言っておらんぞ」


 オキナがその腕をつかんだ。


「おじいさん?」

「なんでわしがタケを渡すと思ったんじゃ。馬鹿者が。お前は今も昔もわしの相棒じゃ。あんな息の臭そうな下衆野郎に渡す道理は端からないんじゃよ」


 オキナはその腕をそのまま引き戻し、自分の元へと竹姫を寄せた。

 まったく、あの変態(ロリコン)は基本的に悪い奴じゃないから困る。


 ……だけど余計にどうしたものかと頭を抱えるのも事実だ。


 バルトロムは気を悪くしたのか、口の端をひきつらせ舌打ちを止めない。

 こちらにまだ気づいていないのが幸いだ。まだどうとでもできる。

 俺はタイミングを待った。

 奴が銃口を外すタイミング。


 そしてそれはやってきた。


「チッ……素直にその女を寄越せばこいつは返してやったのによ。頭の悪いガキはこれだから嫌いだぜ。俺とてめえの間に、どれだけの力の差があるのかも気付けねえ。いざとなりゃあ力づくで奪えるってことに気づくべきだったな」


 そう言って、バルトロムはその銃口を小菊ちゃんから外した。

 向く先は当然、オキナ。

 これは好機だ。俺は駆け出すため、樹上から飛び降りて静かに着地し、そして発砲する前にその手に手裏剣を投げつけようとして。


「“出て来な、野郎ども”」


 それはかなわなかった。

 ポータルのような光に包まれながら目の前に突然現れる小汚い男。

 頭がそのことに追いつけなかった。なんだ? どうしてこいつは突然現れた?


 とてもゆっくりと、時間が流れる。

 そしてその時間の中で、思い出すのはゲームでの“大海賊バルトロム”のことだった。


     *


 大海賊バルトロムは、戦闘力に置いて特別優れたキャラクターではない。

 平均より少し下。むしろ弱い部類に入るキャラクターだ。イラストに描かれている毛むくじゃらの太い腕はしかし、女体化した服部忍三の細腕よりも弱い攻撃しか放つことが出来ず、武蔵丸よりもタフネスで劣る。

 しかし、奴は他のキャラクターには持たない特徴を持っていた。


 それは獲得コインの増加だ。


 ダンジョン内で敵キャラクターを倒した時、その敵はコインを落とす。それは決まっただけの額で、バルトロム以外のどのキャラクターを使用しても変わることはない。

 しかしバルトロムだけ、その敵から得られるコインが1.5倍になるのだ。

 金稼ぎのバルトロム。初心者なんかは頻繁にコイン不足に陥るため、重宝されるキャラクターだ。


 けれど、廃人達はあまりこいつを使わない。

 なぜならスキルが弱すぎるからだ。

 どんなゲームでもそうだと思うが、序盤さえ切り抜ければ必要なコインは確保できるようになる。わざわざ1.5倍取得しなくてもいいからなら当然、そのスキルやステータスといった性能でキャラクターを選ぶだろう。


 バルトロムのスキルは一度だけ攻撃力の五倍の攻撃を与える、というもの。


 一度だけ、である。

 服部忍三なら五ターンの間、三倍の攻撃回数で攻撃できるので増えた攻撃回数は合計十回。結果的にバルトロムの倍の攻撃回数が見込めることになる。それにバルトロム自身の攻撃力が低いというのも人気が出なかった一因であった。攻撃回数だけなら忍三の半分、実際に与えられるダメージなら三分の一以下にまでなるのだ。


 多くはこれに当然、満足しなかった。

 しかもこの攻撃力増加に、他のキャラクターによるステータス強化、いわゆるバフスキルの効果が適用されないというのが決め手となった。

 結果、大海賊バルトロムは金稼ぎのバルトロムでしかなくなってしまったのだ。


 しかし。

 それはあくまでゲームの話だ、と俺は思い直す。

 こいつのスキルは一体どういうテキストで表現されていた?

 五倍で攻撃する、とは書かれていたが、その前にも文章があったはずだ。

 たしか。


 “手下を呼び出し一斉攻撃、一度だけ攻撃力の五倍の攻撃を放つ”


     *


「あん? なんだてめえあああああああ!?」


 とっさに手裏剣と忍者刀で突然現れた小汚い男、バルトロムの手下の海賊を仕留めるが、叫び声を上げさせてしまった。

 そう、こいつはバルトロムのスキル、“出て来な、野郎ども”によって“召喚”された手下たちというわけだ。


「なんだ!? そこでこそこそしてる奴! 顔を見せやがれ!」


 バルトロムが叫ぶ。その銃口は再び小菊ちゃんの頭に添えられている。

 しくじった。

 ちらと後ろを見ると、ニンゾーは声を出させず一瞬のうちにもう一人屠っていた。たまらないねえ。速さじゃあの頃には劣るってことか。

 ばれてしまった以上、出て行かざるを得ないだろう。

 俺はゆっくりと、ニンゾーには隠れておくように指示を出してからオキナの方へと向かった。


「はん、まだ仲間がいたってわけか。油断も隙もねえなあ」


 そんな風に俺の方を見ながらバルトロムが言うが、俺はあえて無視した。オキナの肩をたたく。


「竹姫をあいつに渡すようならためらわずクズの烙印を押せたのにな」

「悪いのう。わしは変態だが、クズと下衆にはならんと決めておるんじゃ」

「ついこの前に暴走してた奴がよく言うぜ」

「……それを言われるとぐうの音も出んのう」

「無視してんじゃねえ!」


 息を荒げながらバルトロムが睨む。

 その周りには一人、二人とまだ生きていた仲間たちが集まりだした。バルトロム含めて五倍の攻撃、ということは呼び出せる手下の数は四人だったのだろう。うち二人は俺とニンゾーが倒したのでこれで人数は三対三。しかしそのうちこっちの二人が戦闘向きでないことを考えたら、不利と言わざるを得ないか。

 いや、参った。


 小菊ちゃんが不安そうにこちらを見ている。

 大丈夫、という風に俺は片目をつぶって見せる。


 バルトロムは俺のそんな余裕綽々といった態度が気に食わないらしい。あまり刺激しすぎると小菊ちゃんにも危害が及ぶかもしれないのでこれくらいにとどめておく。

 真正面から見て、バルトロムの醜悪さが余計にはっきりした。ゲームではわからなかった顔の脂や飛び散る唾、ふけなんかがめちゃくちゃ汚い。正直、一番近くにいる小菊ちゃんがかわいそうで仕方がなかった。きっとワキとかもすごく臭いんだろうなあ。


「てめえもそいつの仲間なら同じだ。動くな。こいつがどうなってもいいなら話は別だがよ」


 そういって一層腕を締めるバルトロム。

 ……正直、こっちは相当トサカに来てるんだよ。

 けれど絶対にそれを態度に出さない。じっと、機会を待つ。


「……タケのスキルはあと五分ほどで使えるが」


 オキナが声を潜めてそんなことを言うが、俺は首を振った。おそらく、竹姫のスキルを使うのがここでの最悪の選択だろう。

 仮に竹姫のスキルを使うとして、止めるのは当然バルトロムである。

 そうなると奴は小菊ちゃんを捕まえた状態、小菊ちゃんに触れた状態で固まることになる。つまり、だ。


 倒れているプレイヤーの男が万が一、“竹姫がスキルを使ったらすぐにダンジョンをリタイアしろ”と命令されていたらどうする? 奴は悠々と、小菊ちゃんごと俺達の手の届かないところへ行ってしまう。そうなるとフリダシ、奴らは再び、さらなる準備を整えたうえでこの第六のダンジョンでオキナ達を待ち構えるか、もしくは小菊ちゃんがその悪意の標的となるか。


 どちらにせよ結果は最悪だ。

 俺達がしなくてはいけないのはバルトロムと小菊ちゃんを引き離すこと。

 その上でバルトロムを倒す……いや、殺すことだ。

 ここで情けをかければ、再び小菊ちゃんの平和は崩れ去る。オキナのような会心の余地のある変態よりも決定的に。そしてできれば、あの倒れている男も殺して現実へと返してやりたい。

 さて、その上でもう一度考える。

 どうする?


 ニンゾーは、まだ息を潜めてこちらを見守っているだろう。

 いざという時、きっとあいつは的確に動いてくれる。

 これはきっと信頼だ。


「……ったく、手間をかけさせやがって」


 バルトロムがぼやく。


「俺はよう、舐められるのが大っ嫌いなんだ! この世界で一番は俺様じゃなくちゃならねえ! この世の金も女も、全部が俺のもんなんだ! わかるかガキども!」


 わかるかよ。

 心のなかでぼやく。ここまでわかりやすいと、むしろこちらとしてはやりがいまで生まれてくる。こいつはこの場で、確実に、殺しておかなくちゃならない。

 下衆は死なねば治らない。

 俺のような転生という可能性があるから、もしかしたら死んでも治らないのかもしれないが。


「そんな奴にはやはり、タケは渡せんのう」


 オキナはさらにぐっと竹姫を引き寄せる。

 竹姫さん、ちょっと顔が赤いですよ。ああもう、こっちはこっちでイチャイチャしやがって。


 俺は意識を残りの二人の手下へと向ける。

 同じような格好をした、太った男と筋肉質の男だ。武器はバルトロムと同じく、銃が一丁ずつと腰には半月刀のような片刃の刀。まるでテンプレみたいな海賊姿に舌を巻きそうになる。ニンゾーも漫画に出てくるテンプレ忍者みたいな格好だから強くは言えないが。


 そして隙はあるかというと……正直ありすぎる。二人とも人質がいることに安心しきってるのか、だらんと銃を構えるばかりでこちらを警戒していない。一番警戒しているのが船長のバルトロムだろう。筋肉質の方は先程から舐めるように竹姫の方を見ている。対して太った方は……ちらちらと小菊ちゃんの方を見ている。こいつもロリコンか?


「ボ、ボス……お、おいらがそいつを捕まえておきましょうか?」


 太った方が突然、そんなことを言いだした。そいつとはもちろん、小菊ちゃんのことである。オキナの表情が鬼のようだ。ああ、安心したよ。お前はやっぱりロリコンなんだな。


「あ? ……いや、そうだな。じゃあてめえが持ってろ。おっとお前ら、そこを動くんじゃねえ。俺の手下が担いでてもいつでもここを出られるってことは変わんねえからな」


 リタイアは召喚された手下にも適用されるのか。

 受け渡しの瞬間がねらい目か?

 いや、でも。

 バルトロムは丁寧に、一度も小菊ちゃんが誰にも触れていない状態がないように受け渡しをした。太った男は満足そうに腕の中に小菊ちゃんを抱きこみ、オキナの表情がさらに険しくなる。これでバルトロムは完全にフリーになってしまった。今まで小菊ちゃんを捕まえていた右手で半月刀を抜き放ち、こちらにその切っ先を向ける。


「さあ、じゃあ今度こそ、略奪の時間だ」


 そういってバルトロムが再び舌なめずりをした。

 抜け落ちた前歯の間から漏れる下卑た笑い。

 オキナが竹姫をかばうように前へ出て、俺も必死にない頭に血を巡らせていた。

 どうする。

 どうすればいい。

 バルトロムが一歩踏み出す。そして。

 俺にとっては本日二度目の、驚くべきことが起きた。


「ほら、お逃げ」


 太った男が、口調をがらりと変えて小菊ちゃんを解放したのだった。


     *


 太った男以外、全員の間で時間が止まる。

 何が起こったのか、わからなくなっていた。

 おそらく一番驚いていたのはバルトロムだろう。あんぐりと間抜けに口を開けたまま、信じられないという表情で太った男と解放されてこちらへと走り出す小菊ちゃんを見ていた。


 俺は反射的に、バルトロムの方へと駆けた。

 おそらく筋肉男の方は……やはり、ニンゾーの物であろう手裏剣が飛んでくるのが見えた。腿に突き刺さりうずくまったところにすかさず追撃をかける。その手際は見事と言わざるを得ない。

 バルトロムは目前に迫る俺より、背中を向ける小菊ちゃんの方へ銃口を向けた。


 しまった。

 とっさにその判断をするのか、こいつは。

 手裏剣を投げ射線をずらそうとするが、右手の半月刀がそれをはじく。

 畜生、舐めすぎてたか。

 とっさに、自分の体をバルトロムと小菊ちゃんの間に滑り込ませる。

 俺が代わりに一発受けるしか……!


 そう覚悟した時だった。

 割り込んだ俺とバルトロムの間に突如、金属の塊が降ってきた。

 俺も、そしてバルトロムも目を見開く。


 それは巨大な鎧だった。


 何処から降ってきた? くそ、今回はあまりにもイレギュラーが多すぎて思考が追いつかなくなりそうだ。

 冷静になれ。鎧が弾丸をはじく。俺はとりあえずその鎧を味方であると想定し、その横を通り抜けるようにしてバルトロムへと肉薄する。

 もはや、奴の対応力のキャパシティを越えたのだろう。驚くほどすんなりと、俺の刀は奴の首元へと吸い込まれていった。


     *


 俺は最後に地面に倒れたままの生気のないプレイヤーを一撃で殺した。出来るだけ苦しませずに送り返したかったから。プレイヤーは表情を確認する暇すらなく、光の粒となって消えた。タップ&ブレイバーズ運営からの注意事項にも書いてあった、精神疾患に対する補償とやらがまっとうに彼に与えられることを祈ろう。

 ……それにしても、この状況をどうしたものか。


 最初、オキナたちとバルトロムが対峙していた場所には今、新たに二つの人物が存在している。

 一人は当然、どこからともなく降ってきた堅牢な西洋鎧。

 フルフェイスの兜までかぶられていて人肌が全く見えないが、実際に動いていることからそれが置物でないことがわかる。何より、俺はその鎧のデザインに見覚えがあった。『絶対無敵☆鉄壁ちゃん』だ。となると、あの中には女性が入ってるのか。想像以上にでかいな。俺より少し身長が高いんじゃないだろうか。

 そしてもう一人はと言うと。

 バルトロムの手下……であったはずの太った男だ。


 泣きじゃくる小菊ちゃんをあやすためにニンゾーが現れ、その背中をさすり続けている。しかし警戒を解いていないようで、その視線はしっかりとこの太った男を見据えていた。


 俺もそいつを見る。もう一人の筋肉質はバルトロムが死ぬと同時にこの場から消えた。

 しかし、こいつはいまだにここにいる。


「……とりあえず助かった、でいいんじゃな?」


 オキナが掴んでいた竹姫の腕を離しつつ太った男に尋ねる。


「そうだね、ここらにはほかに誰もいないようだし、これにて一件落着と言ったところかな? いやはや、めでたいめでたい」

「お前は一体なんなんだ」


 太った男はうーん、と困ったように頬をかいた後、ぼふん、と突如煙に包まれた。

 俺達は警戒のため、刀を抜く。

 煙の中から現れたのはさっきとは打って変わって、むしろ痩せ型ともいえる、これまた身長の高い男、そしてその頭に乗る一匹のタヌキだった。

 タヌキ?


「ああ、あんまり警戒しないで。僕は君たちと敵対するつもりはないっていうか……むしろ、そう。そこの服部忍三のパートナーにとってはいい話を持って来たっていうかさ」


 声が変わっていた。

 さっきまでの海賊ボイスではなく、さわやかな、嫌みのない声。

 そして俺はその声に聞き覚えがあった。そして足元でくるくると丸まったタヌキが何よりの証拠と言えるかもしれない。


「あんたもしかして……縛り王“ザコネ”か?」


 思わず聞いてしまった。

 俺だって一人のファンだったから。

 男は頷いた。


「王だなんてなんだか恥ずかしいけど、うーん、そうなるのかな。どうも初めまして、幼女取の翁くんに服部忍三使いのきみ。一番弱いザコネです」


 もはや動画でお決まりとなった台詞。

 何処までもさわやかに、ザコネはこうして俺達の前に登場したのだった。


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