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わーうるふ

作者: 夜猫

もう我慢できない…。

漆黒の闇にぽっかりと開いた丸い穴のような満月に、僕の身体を彼女を殺したい衝動が襲う。

彼女とは、幼馴染みで隣りの家に住んでいる浅葱結衣の事だ。

そんな結衣を殺したいと思うのは、僕、如月敏治が人狼だからだろう…。

いや、それだけが理由ではない。

僕は今までの結衣との出来事を思い返した。

「敏治。次の障害物競争、絶対一着になるのよ」

「無理だよ」

小学四年の時の運動会、結衣は足の遅い僕にピシャリと告げた。

はっきり言って、僕には無理だった。

家系は人狼だったが、僕は運動が苦手だ。

案の定、僕は一着にはなれなかった。

ビリから二番目…。

それでも、僕にとっては快挙である。

しかし…。

「このドン亀敏治!」

僕は思い切り、結衣愛用のハリセンでしばき倒された。

ちなみに、次の年は運動会の前の日に『特訓よ』と結衣に、砂浜を延々と走らされて、運動会を筋肉痛で欠席してしばき倒された。

僕は思い出して、牙が伸びてくる。

あの時もそうだ。

僕はまた次の記憶を思い返す。

あれは中学一年の一学期だった。

「敏治。期末試験、学年一位をとるのよ」

「無理だよ」

僕はそんなに頭は良くない。

いや、どちらかと言えば悪い方だ。

下から数えた方が早いくらいだ。

そんな僕が学年一位なんてとれる訳がない。

案の定、必死に勉強したものの、僕は学年一位をとる事が出来なかった。

三百人中、二百位。

それでも、僕にとっては快挙である。

しかし…。

「この馬鹿敏治!」

僕は思い切り、結衣愛用のハリセンでしばき倒された。

ちなみに、次の期末試験は一週間前から結衣が勉強を付きっきりで教えてくれた。

但し、間違える度にハリセンで叩くものだから、気付けば、病院のベッドの上で試験を受けられなかった。

僕は鋭い爪を伸ばす。

極め付けはあれだ。

中学三年の時の出来事…。

あれは酷かった。

下駄箱の中に手紙が入っていたのだ。

そう、俗に言うラブレターだ。

初めてラブレターを貰った僕は、完全に舞い上がっていた。

しかも、相手は隣りのクラスの可愛いと噂の娘だった。

「見て見て結衣。ラブレターだよ!」

「ふーん」

だから、結衣に見せびらかしたのだ。

しかし、結衣は無関心そうな素振りで頬杖を付いて、窓の外に視線をやる。

少し物足りなさを感じたものの、僕は気にせず、放課後に想いを馳せていた。

放課後になると、僕はすぐに手紙に書かれていた場所である裏庭に向かった。

裏庭には誰もいなかった。

着くのが早過ぎたのだろう。

しばらく、待つと手紙をくれた女生徒が現れた。

鼓動が大きく跳ねる。

出来るだけ冷静を装う僕の前に、女生徒が立つ。

「来てくれて、ありがとうございます。でも…ごめんなさい」

「…はい?」

「あの手紙の事は忘れて下さい」

手紙をくれた女生徒は、深々と頭を下げて謝罪する。

訳が分からない。

何故、突然、掌を返すような事を言い出すのだろう?

「えっと…どういう事かな?」

「私、知らなかったんです…如月君が…その…マゾだなんて…」

「…はい?」

「本当に、ごめんなさい」

何だか、僕は物凄い誤解をされていた。

僕がマゾ?

どこからそんな話になったのだろう?

女生徒は目に涙を浮かべて走り去った。

泣きたいのはこっちだった。

放心状態で立ち尽くしていると、校舎の陰から結衣がこちらを見ていた。

さも、おかしいと言わんばかりの笑みを浮かべている。

後で分かったのだが、僕がマゾだと女生徒に吹き込んだのは結衣だとわかった。

僕はザワザワと身体中の毛が伸びてくる。

気付けば、僕は人狼の姿になっていた。

「やってられるかーーーっ!」

僕は部屋にある小さなテーブルをひっくり返して、ゼェゼェと肩で息をする。

結衣を八つ裂きにするしかない。

僕は人狼の本能とちょっとの恨みで、結衣を殺す事を決意する。

僕は隣りにある結衣の家へと向かった。

呼鈴を鳴すと結衣の母親が出迎える。

「あら、敏ちゃん。今日はいつもよりワイルドね」

「え…?」

ワイルド…?

結衣の母親に言われて、僕は自分の姿を見直した。

そこでハタと気付く。

しまったーーー!

僕は自分の姿が人狼になっているのを忘れていた。

「結衣は二階よ」

「あ、ありがとうございます」

結衣の母親は親指をグッと立てて、僕にウインクした。

それにしても、結衣の母親はこんな人狼の姿を良く僕だとわかったな。

取りあえず、戸惑いながらも、母親に頭を下げて二階に上がる。

部屋の前で、緊張をほぐす為に一度大きく深呼吸する。

「何してるのよ」

「うわぁ!」

よし、開けようとドアノブに手を掛けた瞬間、扉は開け放たれた。

目の前にジト目で睨み付ける結衣の姿があった。

どうやら、中から結衣が開けたようだ。

僕は驚きのあまり、その場を飛び退く。

子供の頃から虐げられていたせいか、結衣を前にすると怖じ気付いてしまう。

駄目だ駄目だ!

僕は恐怖を振り払う。

ここで結衣には負けられない。

「が、がおー」

「……」

僕は腕を挙げて、襲うような風を見せる。

が、結衣は可哀想な子を見るような憐憫の視線を投げ付ける。

「がおー」

「この馬鹿敏治!」

「ぐはっ!」

それでも、必死に脅そうとする僕に、結衣のハリセンが振り下ろされた。

強烈な一撃に、目の前がチカチカする。

痛みで僕は半泣きの状態だ。

「な、何するんだよ」

「あんたこそ、何しに来たのよ」

「う…」

僕は必死で抗議の声を上げる。

結衣の凍り付くような冷ややかな視線に、僕は言葉に詰まる。

「ねぇ…」

「こ、殺してやるんだーーー!」

「……」

一応、自分の目的を口にしたものの、反撃が怖くて頭を庇いしゃがみ込むと、結衣の攻撃を待つ。

しかし、一向にハリセンが振り下ろされる気配がない。

恐る恐る顔を上げると、結衣は暗い表情で俯いていた。

「えっと、どうか…した?」

「敏治は…私の事、殺したい程嫌いなんだ…」

あまりにいつもと様子が違うので、何だか気になって思わず聞いてしまう。

結衣はポツリと呟いた。

結衣の声は泣いているみたいで、僕は驚いて結衣の顔を見る。

涙は流れてなかった。

「あの…結衣…」

「敏治の…馬鹿ーーーっ!」

恐る恐る声を掛ける僕に、結衣のハリセンがヒットした。

完全な不意打ちだったせいで、僕は張り倒された。

………はっ!

何か、意識を失っていたみたい。

人狼を気絶させる程の威力…。

恐るべし、結衣のハリセン。

見上げると、結衣は泣いていた。

「私…敏治の事好きなのに…」

ポロポロと零れる涙と共に告白された言葉に僕は唖然となった。

結衣が僕の事を好き…?

まさか、そんな…。

あれ程、いじめられてたのに…。

「だから、敏治に格好良くなって欲しかった」

その言葉で、結衣の行動の意味がようやくわかった。

「で、でも、僕…狼男だよ!?ていうか、何で、結衣は驚かないの!?」

「いや、だって…あんたの両親、満月にいつも変身して吠えてるじゃない」

なるほど。

それで、結衣のお母さんは僕を見ても驚かなかったのか…。

「ねぇ、敏治。私…」

「えっと…僕、勘違いしてたみたい」

そうだ。

僕は勘違いしてたんだ。

結衣の好意に…。

ちょっと、歪んでたけど…。

「それって…」

「僕、結衣の事…好きだよ」

「…ッ!」

感きわまったように、結衣はまた涙を流していた。

そう…結衣は確かに歪んでいた。

だけど、風邪をひいた僕を看病してくれたりとか優しいところもある。

そんな結衣を、僕は確かに好きだった。

だから、僕は笑顔でそう告げた。

「嬉しい…だったら、敏治を私なりに愛してあげる」

「へ?」

気が付けば、結衣の手にはハリセンではなく、鞭が握られていた。

嫌な予感がする。

「さあ、私の愛を受け取って」

「うわわ…っ!」

僕はもしかしたら、とんでもない事を言ってしまったかもしれない。

身体中に打ち付けられる鞭の痛みに、そんな事が頭を過ぎるのであった。

「何で、こうなるんだーーーっ!」

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