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***** ** 2

「何故……助けてくれたんですか?」


「うん?」


「あの時……はじめて悟さんに会った日」


「ああー」


お茶を飲み干してから、かたんと、悟は湯飲みを茶托の上に乗せる。


「だって、助けて、って叫んだでしょ。誰だって気づきますよ」


「叫べなかったです」


「はい?」


「大声で助けを呼びたかったけど、私――、声、出せなかった。喉が強張って声が出なかった――」


道代も湯飲みをお盆に戻した。


「災難に遭ったら、誰彼かまわず助けを呼べるものだと思ったけど、できないものなんですって。うそでしょと思ったけど、本当なのね。その時に臨まないとわからない。でもね、一度は声を出せたのよ、人も来てくれたんだけど、あの人に追い払われてスゴスゴ引き下がっちゃって。その後、口を手で覆われたから、どうすることもできなかったの」


「ああ」


そうだ、思い出した。


男に組み敷かれていた道代の口元は確かに男の手が被さり、彼女はもがいていたのだ。


「でも、僕は確かに声を聞いたんです。二度、はっきりと。道代さんの声でしたよ」


道代はぽろぽろ涙をこぼす。


「あ、ど、どうしたんです?」


さっきあやした時と違って、悟は動揺した。


「私の心からの願いを、聞き取ってくれる人がこの世にいるなんて思ってもみなかった」


悟はしみじみ感動していた。


自分は、他の人との付き合いを、内心でうるさく煩わしく思っていた。


けれど、道代だけは違っていた。


助けたいと、守ってやりたいと、身内ですら滅多に持ったことのない優しい感情を、彼女になら持てる。


道代にだけだ。


出会いのきっかけは、不幸な、最低な出来事だったけれど。


「僕は、あなたの声ならどこにいてもわかります。道代さんが望むなら、何でも叶えてあげたい」


「悟さん」


「好きですよ。初めて会った時から」


道代は眉の間にたくさんしわをこしらえて、顔をゆがめる。


「あ、ごめんなさい、あなたにとってはとても辛い出来事だったのに。でも、僕、人を守りたいと思ったのは生まれて初めてかもしれないんです。その気持ちに嘘はありません」


「守って、くれてました」


道代は涙を含んだ瞳で悟を見上げた。読書灯だけが灯る薄暗がりの中でも、彼女のまなざしはわかった。


「お願いがあるんです」


「何でしょう」


「後ろ、向いてくれますか」


「あ、はいはい」


ごそごそと悟は回れ右をしてちょこなんと畳の上に正座する。


「これでいいですか?」


「はい」


つ、と背中に当たるのは、道代の指先だった。


冷え切った手の平が背に触れ、ぴたりと、そっとあてがわれる。


「あの時……本当はこうしたかった。すがりつきたかったんです」


ほうとため息をついて、道代は頬を寄せてきた。


「あったかいです」


「そうですか」


「広い背中のこの人なら、私を絶対助けてくれるんだって思った。でも……いけない、迷惑かと思って、動けなかったんです」


「――良かったんですよ? そうしても」


悟はぽつりと言った。


「あ、でも、これからはいつでも、寄り掛かってもいいんですからね、僕の背中は道代さんのものなんですから」


首を縦に振る気配が伝わってくる。


今では全身を預けてもたれかかる彼女の温もりが慕わしかった。

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