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見合いは結婚を前提としているから、それから先はとんとん拍子に話は進んだ。
今年の正月に餅食べながらしたつぶやきが笑い話になるような勢いで、1年とたたないうちに悟と道代の祝言の日取りが決まった。
何度目かのデートの帰り際、水流添家の玄関先で別れを告げる時に悟は道代に伝えた。
「何もかも自分ひとりで背負わなくていいんですから。僕にも荷を預けてください」
深い意味はなく、いっしょに生きていきましょうね、と言ったつもりだった。けれど、道代は大きな瞳に大粒の涙を浮かべて泣いてしまった。
長子の責任、家を継ぐ重圧、跡取り……
想像以上に彼女の心をがっちりと捉えていたようで、がんじがらめになってる道代が不憫でならなかった。
そして……見合いの席以来お互いに話したことはないけれど、出会いのきっかけとなった出来事も重くのしかかっていたのかもしれない。
彼女の負担を軽くしてあげるにはどうしたらいいのだろう。
悟は考える。
側にいますよ、支えますよ、と口先だけならいくらでも言える。
彼女が求めているのはそんな安っぽいことではない。
心から安心して気易い関係になるまで、ちょっと大変かもしれない。
でも……いいか。先を急がなくても。
僕たちはこれからが長いんだから。
悟はこの頃はヒマがあったら彼女のことばかり考えていた。
何が好きなんだろう、どうすれば喜んでくれるだろう、プレゼントをあげればいいんだろうか、お花や洋服はどんなものが好きなんだろう。
そういえば、学生だった頃は緑色のリボンを良く結んでいたと言っていたっけ。
天鵞絨の深い緑の色合いは彼女によく似合う。
いい年したお嬢さんに、リボンを贈るのは子供っぽいかな。でも、好きな色ならいいかな。リボンってどこに売ってるんだろう。
道代の喜ぶ顔が見たかった。
だって。
悟はまだ彼女の心の底から見せる笑顔を知らなかったから。