***
指定された日は、のほほんと明るい好天で、のんびりカラスがかあかあと鳴いていた。
幸先いいんだか悪いんだかわからないけど、今日のこの日まで何度も封を開けて眺めた写真の顔を思い浮かべながら、悟は見合いの席に臨んだ。
かぽーんとししおどしに竹の打ち付ける音ものどかで、仲人があれこれ言ってる言葉も上の空、机を挟んだ悟は、うつむいたきりの見合い相手を眺めていた。
うん。やっぱり、そうだ。
あの時の彼女だ。
今日の席に合わせてすっかりめかし込んで、見合いに出るには早すぎる年齢の彼女は、板についていないお化粧も初々しい。
少し、大人になったんですかね。
名前は……水流添、道代さん……。
可憐だ。
痛々しかった姿の印象が強くて、目の前の彼女との落差に、ほう、と悟はため息を飲み込んだ。
席に通されて顔を合わせた瞬間の彼女の顔が忘れられない。
悟が誰か、気づいている風だった。
ふたりきりで残されて、しばらく、竹の音と時折遠くで鳴くカラスの声以外聞こえない室内で、身じろぎもせずうつむく道代を前に、悟は
「まあ、楽にして下さい」
と、言ってよっこいしょと脚を崩し、あぐらを組んだ。
「失礼しますよ」
「……いえ」
小さく応える彼女は一度も顔を上げない。
「ありがとうございました」
蚊の鳴くような声で道代は続けた。
「ああー」
……やっぱり、気づいていたんだ。
悟は頭の後ろを無意識のうちにかく。
尚も言葉を継ごうとする道代へ、手で制して。
「僕は未来の嫁さんを助けたんですねえ」
悟は無意識のうちにそう言っていた。
道代の顔に初めて、血の気が通い、表情が揺れる。
「はい」と言ったきり再びうつむいた彼女の姿がか弱く、小さく見えて、悟の心にさざ波のように暖かい思いが広がっていく。
彼女を、守りたい。
それまでの人生で、愛や恋など考えたこともなかった彼にとって、初めて異性を意識した瞬間だった。