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悟の年頃ではきょうだいが5人6人それ以上は珍しくない。
実際、悟は6人兄弟の上から数えて6番目だった。
長子ではない上に末子の男子。
跡継ぎという責任感がないかわり、まったく期待はされず、穀潰しと言われかねない。
背は平均的、顔もこれといった特徴にとぼしく、体型はどちらかというと痩せ形で、ひょろっとしているけれど実は力持ちだ。髪は色が薄めでさらりとしてくせがない。慢性的近眼で眼鏡が手放せない。近眼の常で目を眇めてしまう癖があるので、目付きはあまり良い方ではない。
のほほんとした性格でするすると大家族の中を渡り歩いてきた。
頭だけはきょうだいの中でずばぬけて良かった。勉強は嫌いじゃなかった。やったらやっただけ結果が返ってくる。努力の跡が点数で見えるのだから。わかりやすい世界だと思った。
小学生の頃は神童と呼ばれ、中学では近隣一の秀才と目され、高校ではまれに見る逸材と言われ、学業成績で彼に並ぶものはいなかった。
家族が多いと進学などでハンデがつくけれど、輝かんばかりの成績のおかげで学費に困ることはなく、返却不要の奨学金をもらって大学院まで進めた彼は、周りがそのまま学校に残るように勧める声を聞かず、その頭脳をふんだんに活かせるポストを用意してくれた企業に就職した。
学費はかからなかったけれど、食費に住居費、その他雑費となると話は別。これまで親きょうだいに経済的に面倒を見てもらった。今度は自分が受けた恩を返す番だから、たんまり稼げるところへ行って仕送りしたかったわけで、その希望は充分に叶えられた。
大学院へ行くくらいだからそれなりの年かさになっている悟には、就職してかなり経った現在も女性とは縁がなかった。
稼ぎもいい、長男でもない、性格に問題があるわけでもないし、実際に交際の真似事はしたことがあっても相手の方から離れて行った。
そうだろうなあ、と悟は思う。
いつも付き合いのきっかけは女性の方から告白されて。
それを「いいですよ」と二つ返事で受けてそのまんま。
彼が特に好きでもない相手との男女交際が長く続くわけがない。
女の方がいたたまれなくなって去るパターンばかりだった。
「何を考えてるかわからない」
別れ際には決まってそう言われた。
「目が、笑ってなくて恐い」
とも言われた。
普段はにこにこと人当たりが良く、丸めがねも手伝って第一印象は穏やかで優しいと言われる。
けれど、時々、視線が鋭くて相手の心の奥底をえぐるような目で見ている……とも言われてしまう。
親きょうだいや上司からも、「その目付きはなんだ」と言って何度か叱られた。
その目も何も、でんでん虫じゃあるまいに、びよーんと目が飛び出て自分で自分の顔が解れば話は別だが、どんな顔をしているかが自分が一番わからない。
けれど、無意識の表情が酷薄そうに見え、それが本質なのだと異性には映るらしかった。
それならそれでいいや。
悟はのほほんと考える。
食うに困らないだけのお金はあるし、自分の身の回りの世話ぐらいは学生時代の下宿生活で鍛えてある。炊事・掃除・洗濯ぐらいどうってことはない。
「僕は多分、ひとりで生きて死んでいくんだろうなあ」
正月の帰省の折に、三が日恒例のすこーんと抜けた青空の下で餅をはふはふと美味そうに食いながら、年明けに似合わぬ何とも不吉なことをぽつりと口にしたら、親もきょうだいも黙り込んでしまった。
これはまずい、悟は自分からは嫁取りは絶対しないに違いないと判断した親族たちの動きは速かった。
以来、縁談が紙吹雪が舞い降りるように彼の下に届くようになった。
言われるままに見合い写真なんか撮るんじゃなかったと後悔しても遅い。
ただただ面倒で、仕事が忙しいのを理由に、送られた写真や釣書すら開きもしないまま返送する日が続いた。
そんなある日、彼は柄にもなく義侠心を出し、少女を助ける役目を担ってしまったのだが、これはどうしたことだろう。
一目見るまで帰らないから! と職場に電話をかけてきて、噛みついてくる親族に近くの喫茶店へ呼び出され、いきなり彼の目の前へ差し出す見合い写真を見て悟は言葉を失った。
これは。
もしかしたら。
あの時の少女じゃないのか?
つんとすまして写っているけれど、この面差しは多分、間違いない。
「見た?」
親族は鼻息荒く言う。
「はい、見ました」
悟は何とも素直に返事した。
「じゃ、会うわね?」
「はい?」
「月末の日曜日。大吉だからあけておきなさい」
「はいー?」
「じゃ、そういうわけで。決まったから!」
親族は写真と釣書を置いて悟を置き去りにして帰っていった。
人と外で会う時は気をつけなければならない、相手のペースに巻き込まれたら逃げようがない。
推されると弱い悟はまんまとその手に乗り、彼はとぼとぼと写真が入った封筒を持って職場へ戻った。
自分が飲んだお茶代ぐらい出していってくれよう、この辺りはコーヒーだって高いんだからさあ、とぼやきながら。