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助けて、と女の声がした。


か細く、幼い声だった。


彼が夕闇迫る公園を通ったのはたまたまのこと。


今日は仕事がはかどって、なんと定時で早じまいできた。


浮かれた気分に誘われて滅多に通らない道を歩いた、人通りの少ない時のことだった。


彼、悟は声のする方を見やる。


声はすれど姿は見えず、おそらく木陰か植え込みの影の方。


ああ、なにやらご発展なのだろうな。


以前、同じような声がしたので駆けつけたら盛り上がりの最中だったカップルがいて、気まずいどころではなかったことがあった。


男と女の機微には疎い自分だ。


うん、今度もそうかもしれない。


危うきに近づかない方がいい。


つとめて見ない振り、聞こえないふりをして通り過ぎようとした彼の背後に、再度、助けてと声がし、脅すような男の声といっしょにばちんと叩く鈍い音がした。それに被る小さな悲鳴は泣き声をはらむ。


これは……ちょっと違うかもしれない。


悟は足を止めた。


もし、本当に助けないといけないのなら、と彼は自分の細腕を見た。


見かけより力はあるけれど細身で筋肉はほとんどついてなく、どちらかというと非力に近い。特に武芸に秀でているわけでも喧嘩が強いわけでもない。


でも……泣いている子を放ってはおけないよね。


「あー、何やってるんですか?」


遠くから声を掛けてもいっしょだから、声がする方へずんずん進み、植え込みに入って言った。


目に飛び込んできたのは、女性の白い太腿。


男にのしかかられてる女性は……セーラー服の女学生だった。


彼女より年かさの、でもまだ若そうな相手の男子は血走った目で悟を見る。


口元を男の手で押さえつけられた彼女はおびえきって、でも諦めてないようで、必死の形相を悟に送る。頬は張られて赤く腫れ、口元には血が滲んでいた。


あ、と一瞬固まりそうになったけれど、じたばた暴れる脚を見る限りでは同意のもとではなさそうだ。


「なんだ、お前は!」


「何だと言われても」


うん、となけなしの勇気をふるい、悟は続けた。


「えっと、こんなところでは彼女もかわいそうでしょう、場所を変えるか、離すかしてあげてはどうです?」


何と間抜けたことを言ってるんだろう思った。しかも悟は、普段の語り口はおどけているように飛び抜けて明るい。緊迫感ある場面には相応しくないくらいあっけらかんと言い放たれたように受け取れたのか。相手は「何おう!」といきり立った。


そんな彼氏に一切絡まず、「君、大丈夫ですかあ?」とこれまたすかっと明るく声を掛けたものだから、君と名指された女子学生は少し拍子抜けしたようだった。


「あ、大丈夫じゃないですよね、ごめんなさい」


ぺこりと頭を下げた悟へ、相手の男は殴りかかった。


……そのつもりだったみたいだが、ことを始めようとしていた彼はズボンを脱ぎかけており、足元を取られて、びったんと顔から地面へ激突した。


うわ。


お気の毒。


逆の立場だったらやってられない。


半分見えてる男の尻の割れ目を見ながら、悟は女子学生へ目を向けた。


がたがた震えてる彼女を正面から見て、今気づいたように見とれる。


姉たちが愛読していた雑誌の表紙絵を飾ってもおかしくないような、大きな目が印象的な少女だった。そして、肉感的でコケティッシュな風貌は男を呼び寄せてしまうような魅力を放っている。側を通ったら振り返らずにはいられないような。


でも、だからといって。おそわれる理由にはならない。


男女三人のやりとりを、他にも聞いていたらしい人が人を呼び、その人が近くの交番へ駆けつけ、わいわいとお巡りさんといっしょに複数の大人が入り込み、その場はちょっとしたお祭り騒ぎとなった。


女の子は、人目から隠さないといけないですよね。


悟は警官以外の目にさらさないよう、広くはない背の後ろに彼女をかくまう。


あまり多くの人に見られたくないだろうし。


きっと僕が一番、彼女が忘れて欲しいと思う相手なのだろうし。


ちょっと残念に思いながら、悟は周りの人たちの動きを見守っていた。


事情を聞きたいと赴いた署で、いろいろと話をしていたら、女性の家族が一言お礼をと言っているが、と担当者から伝えられた。


「いや、僕はいいです、今の話は聞かなかったことにして下さい」


「でも、先方は是非にとのことなんだが」


「お巡りさん」


悟は言った。


「僕はすぐ帰っちゃって名前もわからないただの通りすがりということにしときましょうよ、変に顔とか名前とかが解ってしまったら、相手の家族も今後が気になってしかたがないんじゃないですか。だって……嫁入り前の女の子なんですから。評判とかいろいろあるんでしょう?」


そうかね、と警官は言い、そうです、と悟は頷き返した。


そう、通りすがりでいいんだ。僕は。


泣き顔しか記憶にない少女の顔と、そして白い太腿の印象が脳裏に焼き付き、心穏やかでいられず、身中に熱いものがこみ上げてきたにも関わらず。


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