6話
→ ↓ ← ↑
「どうするんですか、神堂先生!! いきなりこんなことになって。
もし負けちゃったらどうするんですか!?」
「おーっす、まだ監督じゃないが、候補の神堂祐志だ、好きに呼んでくれ、よろしく」
選手をベンチの周りに集め、自分はベンチに座り、勝手に自己紹介を始める祐志。
試合が始まりそうだろうが、自分が試されていようが裕志のテンションは変わらない。
というよりも光景事態が変わらない、のんきそうに見える祐志に、その姿に心配であせる伊藤先生。
先輩たちに負けて重い空気だったが、二人のコントの様なもので周りの空気は、よくわからないものになっていた。
「先生、こういうのもなんですが、私たちは勝てるんですか?」
「ん?」
異様な空気の中、話を切り出したのはCBだった柳文香だ。
これまでクラブチームでもキャプテンを務め、チームをまとめてきた文香は、チームを代表するように、試合で感じたことを話した。
「結果は0-1でしたけど、一方的といっていいほどの内容でした。
技術もチームの質も明らかに先輩達の方が上で、何より体格が違います。
こっちは枠に入ったシュートなんてひとつもないどころか、シュート事態だって1本だけです。
勝てるんですか?」
どうやら文香だけではなく新入生の誰しもが、力の差を感じたようだった。
勝てるのか、不安で仕方ないという風なことを訴えるように皆が祐志を見つめている。
特に愛にとことんやられた奈々は、半泣きの状態だった。
「一方的だったな、確かに。
完璧な負け試合だ、徹底的にやられちまったな」
祐志は、文香の言葉を否定しようとはしなかった。
「勝てないってことですか?」
「結論を急ぐなよ、誰も勝てないとは言ってないだろ?
俺が言ったのは、今の試合はひどかったってことだ。
しかも負けた理由もはっきりとしてねぇ。
本当に負けた理由は力の差か?」
表情を一切変えず、ニヤついたまま祐志はたち上がる。
新入生たちとは違い、祐志の顔は自信にあふれていた。
「ベンチで見てた子、名前は?」
「ふぇ?あっ、はい。 内藤空です」
「空か、外から試合を見てて、どう思った?」
えっ!?とパニくって、慌てふためく空だったが、落ち着き、うーんと悩んだ後に口を開いた。
「先輩たちも、みんなも、どっちのチームもうまかったです。
でも、ひとつだけ違ってて、先輩たちはなんていうか、遠くて、のびのびやってて。
でも私たちは、なんていうか、皆が近くて、窮屈というかぐちゃぐちゃしてて、やりにくそうにしてた、と思いました」
なにやらうまくまとまっておらず、最終的に空はすみませんと頭を下げた。
しかし祐志はおなかを抱え、盛大に笑った。
「ぐちゃぐちゃか、あっはっは、そうかそうか、そうだな、その通りだよ、ぐちゃぐちゃね」
そんな祐志に呆気をとられたのか、新入生だけでなく、伊藤先生までポカーンとしていた。
「・・・・・・ようは全員ボールによりすぎだったんだよ。
個々の間合いが狭くてパスコースがふさがれる、だから中盤でパスがうまく回らないし、シュートまでいけない」
「そうか、綾香、君が試合前に言っていたことはそういうことだったのか。
僕たちは何とか見せ場を作ろうと、ボールに寄ってしまって、逆に質を悪くしてしまったのか。
綾香、君はそうなることをわかっていて」
「そういうこと」
その場の誰もが試合を振り返り、そして思い当たる節があることに気がつく。
何とかアピールしないと、ボールに触らないと。
そんな気持ちがあって、自分たちは負けた、此処でようやく本当の負けた理由について気がつく。
「大方、この試合で評価つけるとか言われたんだろうが、別にボールに触れてれば高い評価をするわけじゃないよ。
ボールを持ってる選手の評価なんか、見てるやつにさせればいい。
俺が評価するのは、ボールを持っていない選手が何を考えて、チームのためにどう動いてるかだ。
それに試合は勝とうと思ってやるだろ、評価されようと思って試合するなら、出ないほうがいい」
今まで表情がニヤついてた祐志だったが、真剣な顔に変わる。
それは祐志だけでなく、選手たちもだ、不安だった表情も、真剣な、ただ祐志の言葉だけを聴いていた。
「最初から負けるなんて思ってやる試合なんか、少なくとも俺はないね。
確かに、こっちは不利だ。体格の差もあるし、チームプレイだって向こうに分がある。
はっきり言って勝てる見込みは少ないさ。だからといって必ず向こうが勝つかは解らない。
だから面白いんだ、サッカーてのは」
そしてにこっと、笑ってみせる。
選手の表情も引き締まる、1試合目とは比較にならないほど、考えていることもまとまる。
勝つことだけを望んでいる。
「心配すんな、どんなに不利でも俺は勝てると思ってるよ。
そのための戦術もある、君たちには度胸も負け劣りしない技術もこうした表情ができる熱い気持ちもある。
これで勝てなきゃ、あいつらにも、君たちにも監督として認めてもらえないしな」
今までばらばらだったチームはひとつにまとまる、自分たちのやることを理解したからだ。
何も難しいことではない、勝つために試合をする。
祐志の言葉は、新入生たちに信頼を得るどころか、たった少ない時間の中でチームをまとめてしまった。
→ ↓ ← ↑
「監督・・・・・・これは本気ですか?」
祐志の出した戦術ボード、それぞれのポジションを見て、文香は驚く。
驚いたのは文香だけではない、春奈を除く試合に出ていたメンバーはほぼ驚いていた。
システムの変更、ポジションの細かな入れ替え、大きな変化ではないものの、これでうまくいくのかということに加え、ポジションの変わったものはうまくできるのかと不安だった。
そして、何より驚いたのは
「監督」
愛に徹底的にやられた安藤奈々がベンチに入り、逆にベンチだった内藤空がスタメンになったのだ。
先ほどまで泣いていた奈々も、ようやく落ち着きを取り戻していた。
「私が、個人プレーに走った挙句、先輩に負けたから、交代なんですか?
さっき監督が言っていた、勝つために、私は必要なく、ソラが必要ってことなんですか!?」
奈々は普段、声を荒げることはなかったが、このときは違い、大きな声で祐志に声を発した。
それは同じチームメイトだった左サイドの石井らんもびっくりしたほどだった。
一発触発、返答によってはいつ喧嘩になってもおかしくはなかった。
そうと答えるのか、それとも。
だが、祐志の答えは誰も予想だにしなかったものだった。
「いや、勝つためにはどちらも必要だ、空も奈々もな」
重い空気の中、祐志は相変わらず笑っていた。
そして答えも、誰も予想しなかったものだ、両方必要。
誰もが思ったはずだ、この監督は何かおかしいと。
「ならなんで、私が」
「空も奈々もどっちも必要、が、気持ちで負けてるやつ、もしくは気持ちが下,
後ろを向いているやつは必要ない。 前向きな奈々だったら、迷わず使うよ」
「私の気持ちが、後ろ向きだったって言いたいんですか?」
「違うのか? 向こうの上級生にディフェンスもオフェンスも圧倒的な力の差を見せつけられ自分ではかなわないと、諦めた。
だから向こうのチームにボールを奪われた後、追いかけなかったんじゃないか?
・・・・・・少なくとも、俺にはそう見えたがね」
祐志の言葉に、奈々は何も言えなくなる。
圧倒的な力の差を感じたのも事実、諦めてしまったことも事実、そんな相手に自分は何ができるのかと気持ちが後ろを向いていた。
それをこの神堂祐志という人は全て見透かしている、何も言い返せない、全て本当のことだから、私が悪いからと。
メンバーから外れたのも当然なのかもしれないと……それでもあきらめは付いていなかった。
「それでも私は」
「ただ、あれだけのミスを犯した上でもまたチャレンジするだけの勇気があるのであれば話は別だ。やり切れるのであれば試合に出す。
・・・・・・勝てるか?もう一度、あの上級生と対戦して」
あきらめてはいない、むしろもう一度プレイしたい。
そう思っていた奈々だったが、祐志の言葉にひるんでしまう。
もう一度やって、勝てるのだろうか?
テクニックもフィジカルも、そして気持ちでさえも負けていたあの先輩に。
「できます!! 奈々ちゃんなら、できます」
答えが出ず、奈々の頭がぐちゃぐちゃになっていたそのときだった。
それまでおろおろしていた春菜が自信満々で、大きな声でできますといって見せたのだ。
「君は・・・・・・ハルだったか?
奈々とは親しいのかい?」
「いえ、今日知り合ったばかりです」
当然どこのクラブにも所属していなかった春菜は、今日まで奈々との面識もなかったし、むしろまだ一言も話してはいない。
それでも春菜は言い切って見せた、できますと。
「へぇ、面白いな君は。
奈々の代わりに言い切るくらいだ、何かしらの理由があるはずだよな?
話してみてくれ」
「えっ!? いや、え~~と」
春菜が言い切って見せた根拠、そんなものはなかった。
監督の言うことはもっともだし、何より自分のことだけで手一杯だったし、元々人を納得させるような話は春菜はしたことがなかった。
根拠もない、考えもない、経験もない・・・・・・けど一試合を通じて、奈々ならできるという自信はあった。
「試合をしていて、監督の言うように中盤はぐちゃぐちゃして、人が密集してました。
パスもつながっていなかったし、まともにドリブルもできてなかったです。
でも、奈々ちゃんやアヤは周りが見えているように見えて・・・・・・なんていうかボールを見て動くんじゃなくて、人を見て動いていたような
あーとっ、ごめんなさい、うまくいえないんですけどなんとなくそんな感じで」
「確かに、パスやドリブルがまともにできていたのは奈々のところだったし、アヤはパスの受けやすい位置にいたね。
後ろから見ていてよくわかったよ」
緊張しい感じで説明していた春菜を、文香がフォローしてくれる。
春菜はとても感謝した様子で、文香の手を握り、ありがとうと繰り返している。
「とにかくできます!!絶対に!!必ず!!」
「わかったわかった、元気いっぱいだな、君は。
まったく、耳が壊れそうだよ、キーンってなってる、キーンって」
春奈のあまりの声の大きさに、祐志は耐え切れず、とても迷惑そうに両手で耳をふさいでいる。
春奈も自分の声の大きさに気付き、恥ずかしさから顔を真っ赤にする。
良くも悪くも、どうやら春奈の言い分は祐志に伝わったようだ。
「ただし、最初にも言ったように俺は空も試合に出したい。
奈々を交代させるかどうかはわからないが、必ず試合の半分、つまりは5分たったら空と誰かを交代させる、いいな?
そんじゃ、いってこい」
祐志は五本の指を立て、5分で空と誰かを交代させると伝える。
どうやら奈々を試合に出すつもりになったようだ。
祐志に活を入れられたメンバーたちはそれぞれのポジションを確認しながらグラウンドへ、空はベンチへと向かっていった。
一方、奈々はというとまだ整理がついていないのか浮かない表情のままその場に立ち尽くしていた。
春奈や文香が後押しをしてくれた、しかしそれでも自分に自信が持てずにいたのだ。
「奈々」
そんな奈々を見て、祐志は声をかける。
やはり私と空を代えるのか、奈々は心のうちでそう思った。
当然だ、いまだに答えが出せない私なんて試合に出したくないだろう。
悪いところばかりを見せて、信頼など下がっていくばかり、いやそもそも今日顔を合わせたばかりだ、そんなものあるはずもない。
試合出してもらえない、それもいいかもしれない、私は結局勝てやしない。
この人は、監督は私を信頼していない、そう思えた。
だが
「奈々、俺はお前を絶対に代えない」
予想したものとまるで正反対の言葉だった。
代えない、あれだけ私よりも空を試合に出すといっていた監督が言った言葉。
わけがわからない、春奈と文香の言葉からなのか、ただの励ましの言葉なのか。
この人の考えは全く理解できない、わからない。
「ミスがあったのも確か。でもいいプレイがあったのも確かだ、ロングパスとかシュートを狙おうとしたりな・・・・・・ま、その前にボール奪われたけど」
けど、ひとつだけわかったことがある。
「勝てるか勝てないか、それは言葉じゃなくてプレーで示して来い」
立ちすくんでいた私の背中をぽんと、押してくれる。
自然と私の足は、力強く、グラウンドへと向かっていく。
監督は私のことを誰よりも見てくれて、信頼してくれている。