5話
「意外と負けず嫌いなんだね、いいよ。 もう一回相手したげる、来なよ」
悔しさを隠し切れず、闘志むき出しの奈々とは逆に、愛は受けてたつというよりも、受け入れて楽しむかのように笑顔だった。
先ほどとは真逆に、奈々がオフェンス、愛がディフェンス。
奈々にとっては、借りを返すにはもってこいの状況だった。
「馬鹿にして。
絶対抜いてやる」
1対1の状況、それが彼女の冷静さを奪い、愛と正面から戦わせるように仕向けさせた。
周りで味方がフリーになり、パスさえ出せば跡はキーパーと1対1というチャンスを見逃させるほどに。
「無理に抜かなくてもいい!! 私がフリー!!」
奈々のドリブルによって、マークが外れたアヤが大きな声で呼び込む。
多少、奈々よりもゴールより遠い位置に入るものの、攻撃の起点になるには十分な位置だった。
マークもなくフリーの状態、冷静に判断するならば、アヤに一度戻すべきだった。
だが、
「……」
愛しか見えていない奈々にとって、そんな状況がわかるはずもなく、声すら届いていなかった。
「仲間の声に耳を傾けなくてもいいのかい? 私も彼女にパスしたほうがいいと思うけど?」
「(ワンテンポだけでもいい、シュートができるだけの間隔をあけるだけでいいんだ。
ゴールまでそう遠くはない、大丈夫、イメージもついてる)」
「ふふっ、嫌いじゃないけどね、負けず嫌いなのは。
でもサッカーは個人競技じゃない」
シザースからシュートモーションへ。
そのすばやさは中学生でもなかなかできないほどのレベルだったが、愛はいとも簡単に対応し、ボールを奪う。
ゴール、ましてやシュートどころか、相手との間隔をあけることすら奈々にはできなかった。
「団体競技なんだ、エゴイストでなければならないが、周りが見えないほどに熱くなったらだめだよ。
でも、あの状況で前に出てきたのはよかったけどね」
ボールを奪った愛は、奈々を置き去りにし、そのままボールを運んでいく。
一方の奈々は、ボールを奪われたことがショックなのか、二度も負けたことがショックなのか、反応が遅れ、愛に追いつくことはできなかった。
「さて、終わりかな。 いくら急造チームでポジションはあまり関係ないとは言っても、ボランチが一枚崩れちゃ試合にならないからね」
余裕の表情を浮かべ、ドリブルでそのまま前線へとボールを運んでいく愛。
時間もそろそろ10分たったであろうという時間、愛はそのままキープして終わろうと思っていた。
プレッシャーが全くなく、そのまま終わると思っていたそのときだった。
「……まだ、終わりじゃない」
愛の前に小さく、すばやい何かが立ちはだかる。
アヤだ。
奈々のパスコースがないことにいち早く気づき、後ろでフォローに走っていた。
愛に素早く、プレスがかけられたのは、そのポジション取りがよかったためだろう。
「今度は小さい子が相手かい?
少しは周りが見えているみたいだけど、やれるのかい?」
「……それはあなたが判断することじゃない」
「へぇ、面白い!!」
愛はパスをせずに、そのままアヤへとドリブルで突っ込んでいく。
体格差は歴然というよりもアヤが小さかった。
160過ぎはあろうかという愛に対して、アヤは140くらいしかなかった。
「さて、君はどの程度、ついてこれるんだい?
おちびちゃん」
「・・・・・・身長は、関係ない!!」
愛は先ほど奈々を抜いた時と全く変わらずに、ただシンプルに、早く振り切ろうとした。
一旦、右足で右に抜くと見せ掛け、アヤの重心を左に寄せる。
重心がよったのを見てから、愛は素早く、逆に振り切り、今度もマーカーを置き去りにしたと思った。
「・・・・・・!? 戻りが早い」
振り切ったと思った瞬間、アヤの足が伸びてきて、愛からボールを奪った。
ちゃんと重心が逆になったのを確認してから振り切った、なのに反応できるはずはない。
……いや、できるとしたらそれは足だけ伸ばして、無理な体勢でボールを奪ったのか、異様なまでに戻りが早かったのかどちらかだ。
そして愛はボールを奪ったアヤのほうを振り返る。
アヤはボールを奪うとすぐに、ゴールへと走っていっている。
「無理な体勢でとろうものなら、あんなに早く走れるわけがない。
……あの子は戻りが異様なまでに早いのか」
ボールを奪ったアヤを追おうとはしない愛。
そうなると当然、アヤにプレッシャーはなく、カウンターチャンスとなる。
ミドルシュートを打っても入りそうな位置までボールを運んできたアヤ。
一気にディフェンスは慌てだし、マークに行こうとする。
その中で、アヤは一人の選手に気がつく。
裏に出してと、サインがあったわけではなく、アイコンタクトでそういっている気がした。
「……ハル!!」
慌てたディフェンスは、ハルをフリーにしてしまっていたのだ。
ハルは、オフサイドラインぎりぎりというところにポジションを取り、アヤのパスを待っていた。
タイミングはばっちりだった、同じタイミングで飛び出しとパスが出た。
アヤは、ハルの飛び出しの位置を計算し、飛び出した後の位置でハルがボールを前で受けられるような位置にパスを出したはずだった。
「あれ? わっ、とと」
「!?」
だが、アヤのパスはハルの体の前ではなく、ハルの足元に入ってしまっていた。
全速力で走り、しかも後ろから来たボールだ。
サッカークラブで経験がないというハルでなくともうまくトラップすることは難しい。
当然ハルはそのボールをうまくコントロールできることはなく、キーパーに取られてしまった。
そしてそこで、上級生チームが持っていたタイムウォッチの音が鳴り、十分経過したことを告げた。
→ ↓ ← ↑
「さて、負けちゃったわけだけれども」
息のあがった新入生チームに、汗一つかいていない愛が口を開いた。
勝気な性格のチカはその言葉に、苛立ちを覚えたが、自分がシュートを止めることができなかったことを負い目に感じ、言い返すことはしなかった。
逆にラストパスに疑問を感じていたアヤは、まるで言葉が頭に入っておらず、黙ったままだった。
「まぁ、がんばったほうだとは思うけどねぇ。
これも勝負だし、仕方な」
「よぉ、よぉ、おまえら。
いいもんみしてもらたぞ」
愛の言葉を遮って、スーツを着た男性と女性が校舎のほうから歩いてくる。
校舎内で試合を見ていた、神堂祐志と、リナちゃんこと伊藤里奈だ。
二人は試合が終わると同時に、グラウンドへと移動を開始していた。
笑顔で近づいてくる祐志、その表情を見てなのか、里奈の表情は曇っていた。
「!? あなた、何でこんなところに」
「ん? よぉ、体育教師の神堂祐志だ。 初めての人はよろしく」
祐志の顔を見てなのか、今まで自信ありげな顔だった愛の表情は、驚きに満ちていた。
愛だけではない、ハルもまた驚いていた。
それはおそらく愛とは異なった理由で、何故此処に神堂先生が?
私、何かした?と、パニック状態。
「とはいえ、今日来たばっかだから初めての人だけか。
大体、中学生の女の子と知り合いってのはいささか問題あるしな」
「神堂先生!ちゃんとしてください!」
「・・・・・・なるほど、あなたが監督ってわけですか」
困惑していた愛の表情は、いつの間にかうれしそうだった。
それ以外のメンバーは、愛の言葉に内心驚きだった。
「だったら? ・・・・・・どうするよ、白鴎女学院3年、生徒の工藤愛君?」
「全て知っているということですか、情報源は学院長ですか?
まぁ、そんなことはどうでもいいです。
私たちはあなたを監督と認めていない、なら話は簡単でしょう?」
「自信満々だな。
こっちの一年生をまとめて、お前ら上級生チームに勝てってことか?」
自信に満ちた顔で笑みを浮かべている愛に対して、祐志もまた笑っていた。
上級生チームと祐志を加えた新入生チームの試合が、改めて始まろうとしてた。