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夢をつなぐ  作者: キッド
7/9

4話

「へぇ、やるねぇ。 あれは君たちの得意とする攻撃の一つなのかい?」


「えぇ、まぁそうですよ。 あのロングパスを出した子は違うチームですけど」


「なるほどなるほど、身長の大きい子を使わない手はないよね、そりゃ」


楽しそうに笑っている上級生チーム、工藤愛は近くにいたミカに話しかけ自陣へと帰っていった。


工藤愛、白鴎学院3年OMF。

彼女はこの学院で輝かしい成績を残してきた。

1年生で新入生ながらも、足元のテクニックと異常なまでのスピードから監督に認められ、いきなりのスタメン起用。

そして初試合ながらも縮こまることなく、ハットトリックを達成。

彼女の名は一気に知れ渡り、それは全国までに。

全国優勝とまでは行かなかったものの、彼女は最優秀選手に選出。

このまま行けば、プロ入りも夢ではなかった。


ただ1年前、事件は起こった。

工藤愛が2年になり、監督が変わった。

監督は自分のしたいサッカーが、チーム力の高いサッカーであって個人技のサッカーではない、と自己紹介のときに言い放ち、今まで何年もかけて浸透させてきた白鴎学院のすばやいカウンターサッカーを打ち壊し、キープ力を持ち味とするパスサッカーを信条とし、チームに浸透させようとチーム作りを始めた。。

今までスタメンだった愛の先輩や同級生は何とか自分のポジションを与えてもらったものの、当時、レベルの高い技術とフィジカルを持ち、カウンターサッカーにあった個人の突破力とスピードのある愛のプレーを見た監督からベンチ外通告を受けてしまう。

生まれ持った才能だけではなく、努力や決して人を上から見下さない性格を知っている愛の先輩や同級生たちは、監督に講義したものの、意見は通らず結局変わらず、愛自信も先輩や同級生たちに、自分がもっと努力すればいいだけのこと、と抗議しないように頼んだ。

あきらめきれない愛は何とかチームの戦術にあわせようと、ドリブルでいけるところも無理にパスでまわし、ゴールへのアイディアが浮かぶ場面でもキープし仲間へ預ける、どうにか個人技で目立つようなプレーは控え、周りに合わせようとした、が、何も変わらず、スタメンどころかベンチにさえ入れてはもらえなかった。

もっとチームのためにと、そう考えた愛は自分の練習量を減らすことなく、それどころかさらに増やした上、1年生の面倒を見ようと練習中にアドバイスなどをしようとしたが、監督に止められ、もう何もするなといわれてしまう。


そしてついに我慢できなくなったチームメイトたちはボイコットを起こした。

試合に出るメンバーは監督の言うことを聞かなくなり、勝手に自分たちの練習をした。

それ以外の同級生や先輩は練習に来なくなった。

そんな中でも愛はがんばろうと1年生たちに言い聞かせ、自分のせいでこんなことになってしまっているのだから、なんとしても試合に出られるようになり、もう一度みんなとサッカーができるようにと練習したが、ボイコットの原因は愛にあると監督から言われ、結果的に愛は場活を退部させられ、愛以外の1年生も含むメンバーたちは信じられないと自主的に退部していき、それが今のサッカー部となった。

だからサッカー部には一人として部員はいない、昨年の3月から試合も出てはいない状態となった。

それでも表沙汰にならなかったり、新入生が知らなかったりしなかったのは、現学院長の柏木久美が口止めしたからだ。

もしもこれが公表されていれば、今年の新入生の中にサッカー部に入りたいという女の子はいなかったはずだ。


「さてと、それじゃこちらも攻めるとしようか。

……やぁ、君が僕のマークかい?」


久しぶりのグラウンド、試合で上機嫌の愛は先ほど見事なロングボールを前線に入れた自分のマークである新入生のDMF、安藤奈々に話しかけていた。


「なかなかいいキック持ってるじゃないか。 大事にしなよ、中盤から前線にロングボール送れるなんて女子サッカー界じゃ重宝されるんだから」


「はぁ、ありがとうございます」


うれしいんだか、うれしくないんだか、敵にほめられよくわからない気持ちになる安藤奈々。


「ま、キック力だけじゃ中盤は務まらないよね。

ヘイ、ボール」


愛は足元にボールを要求し、味方から送られたボールをトラップし、前を向く。

簡単には抜かせない、私だってサッカー始めてからずっとボランチををやってきて、どんな相手でもマークしてきたんだ。

強気な安藤奈々は、対峙する愛のフェイントにも動じない。

1度目のフェイントにも引っかからずに、ついていけると思った矢先だった。


「あ、れ?」


目の前に愛はいない。

頭はパニックになる。

1度目のフェイントでは引っかからず、目の前に愛もいた。

抜かれた感覚もない、ましてや一瞬で消えることなんてありえない。

そう思い、後ろを振り返った先に愛の姿があった。

ありえないと思ったその一瞬で抜かれていたのだ。


「まぁ、及第点かな。 釣られなかっただけでも合格だよ」


安藤奈々を置き去りにした愛は、ものすごい速さでどんどんとゴールに迫る。

前線にはポストで張っている長身のFWが一人。

DFはポジションを前に取りすぎた右サイドバックを除く3枚。

数的に言えばDFの人数も足りていて、オフェンスの人数が足りない状況にもかかわらず、愛の顔には自信なのか余裕なのかわからない笑み。


「絵理!!FWにマンツー!! かんなはボールにプレッシャー!!」


ミカの指示を受け、加藤絵里は長身のFWをマーク、CBの鯨井かんなはボールホルダーの愛へとプレッシャーをかけに動いた。

今まで同じ地区で何度も対戦してきたということもあり、お互いに動きを把握しているようだった。

だが、完璧とは程遠かった。

かんなは奈々が抜かれたことに動揺して動きが鈍く、愛との距離をつめることができず、絵里は相手の年の差で現れている身長やフィジカルの強さに押され、うまく抑えきれてはいなかった。



「いい連携だけど、まだ甘いよ。 プレスかけるならもっと寄せないとね、そこんとこはっきりしないとパス通されちゃうよ!!」


愛はディフェンスのかんながマークにつききる前に、FWにパスを出す。

ボールにつられたかんなの隙をつき、愛は裏へと抜けていく。


「かんな、マークはずさないで!!」


「遅いよ、彼女はもうボールに意識がいってる。

君がカバーして、私を止めてみなよ」


ミカが叫んだときには、もうかんなは完全に振り切られていた。

絵里とのポジション取りに勝っていた長身のFWは、愛からきたパスを、ダイレクトで愛にリターンし、きれいなポストプレイを演出した。


「(ゴール前はこの人と、私と後ろにチカ。 状況は1対2だけど、この人は全国最優秀選手、キーパーと1対1にさせられない。

私がここで止める!)」


ディフェンスのコーチングに徹し、最終ラインにいたミカだったが、状況によりやむを得ずカバーに入る。

中盤から最終ラインまで、ほぼ一人で崩してきた愛に対して、ミカはキーパーと1対1の状況にはさせまいと、シュートコースを防ぐよりも、抜かれないために距離を置く。

その行動を見て、キーパーのチカはニアのシュートコースを防ぐ。

さすが今まで地区で最強を誇り、都でも屈指のチームでゴールを任された二人だった、動きに迷いがない。


「(ファーにシュートコースはない、ニアはチカが防いでくれる。

私がこの人を止めればそれでいい)」


ミカは今までにないくらいに集中する、相手は全国区の選手、今までに止めてきたどんな相手よりも、強い。

愛の上半身に眼が行く、ボールには触らないものの、体はニアに流れている。

何の疑いもなく、ミカは愛についていこうと、ニア側に体を流してしまう。


「(この状況でニア……しまった!!、フェイント)」


気づいたときには遅く、愛はすでに上体を戻している。


「(まだ大丈夫、あきらめない。 今からでも足さえ出せばシュートコースを)」


足だけ投げ出すかのように、シュートコースを防ごうとするが、それさえ追いつかない。

すでに愛は、体を戻し、ファーにボールを左足でワンタッチで流し、すぐに右足でシュートという流れを、ミカが足を出す前に終えていた。


「(あの一瞬でもうシュート体制に入ったのか!?

逆に振り切られていたとはいえ、足の届かない位置にいるなんて)」


「こいつ、どんだけシュートまでの流れが速いんだよ!!

くそっ、何が何でもとめてやる!!」」


ニアでミカが振り切られた瞬間に、チカはファーへと走り、愛のシュートをセーブに飛び込むが。


「よく走ったけど、残念。 アウト回転のシュートだからねぇ

セーブできなくても落ち込むことはないよ」



右足のアウトサイドで蹴られたシュートは、チカから逃げるようにゴールへと吸い込まれていく。

1-0、先輩のチームなのだから、強いチームなのだからといった気持ちは、新入生チームにはなく、悔いる気持ちや、前向きな気持ちだけだった、が、それらの気持ちは全てが同じ方向を向いているわけではなく、それぞれが個々の活躍、つまりは目立って、先輩からの評価を良くしようと考えているばかりだった。






「神堂先生!!点取られちゃいましたよ!?」


校内から見ていた里奈は大はしゃぎしていた。

とはいえ、惜しいシュートを放った直後の出来事だ、素人の里奈でなくても驚きを隠せない場面ではある。


「うん、そだね。

しかもほぼあの女の子一人に」


中盤からもってきて、ほぼ一人で1年生のDFぶち抜いた工藤愛のプレーに、試合が始まってから顔色を変えなかったさすがの祐志も驚いていた、それなりに。

中学生離れしたプレー、いい形がつくられた直後、しかも初めて作ったチャンス、初シュートでのゴールを冷静に決める。

いや、中学生離れしたという表現さえ過小評価かもしれない、日本人離れした天才、しかも技術的な面だけでなく、フィジカル面においてもの天才、祐志のなかでの愛の評価は高かった。


「サッカーてポンポン点が入るものなんですか!? 私、見るの初めてでよくわからないんですけど」


「人の感覚もあるからいい切れはしないけど、この試合を此処まで見てるとそうだね。

枠には入ってないけど、どっちもいい形作ったし」


祐志の言葉にうなずき、なるほどと里奈。

そしてようやく落ち着いたように話す。


「なら大丈夫ですよね、チャンスだって作れてるわけですから」


「でも、理想は点がボコスカ入られたら困るけどね。

どのスポーツにも言えることだけど、以下に点を取られないで点を取るか、いかに点を取って点を取られないか。

極論ではあるけど、どんなことにも言えることだよ。 結局は勝つためにやる、そのためには得点が必要だし、得点されないことが必要。

矛盾しているようだけどそうじゃないんだ、ただ難しいだけ。

その両方ができるってことは絶対に勝てるてことだからね」


それを聞き、里奈は首をかしげる。

里奈は生まれてこの方、自分からスポーツに関わったことが一度もない。

全くないとは言い切れないものの、学校の授業でかじった程度だ、詳しいことやルールなどわかるわけはない。

そんな里奈が祐志の話を理解することは、非常に困難なことだった。


「チャンスは作ってるからいい感じなんですよね?

でも点を入れられちゃったからまずくて・・・・・・結局のところどういうことですか???」



「はは、ようはわからないってことだよ、今は負けてるから不利だけど勝てるかもしれない、俺にもわかんない。

ただこの試合を此処まで見てわかったことはあるよ」


「わかったこと・・・・・・ですか?」


「あぁ、最悪だよ、あいつらは。 これじゃ上級生どころか小学生とやっても負けるほど」


普段の祐志とは違い、険しい顔を崩さないまま、グラウンドを眺める。

そのとき、初めて里奈は祐志がサッカーの監督なんだなと実感した。



グラウンドではすでに試合がリスタートされていた。

0-1。誰が見ても新入生たちが不利なのは一目瞭然であり、攻めなければ引き分けにすることができない。

それは新入生たち全員もわかっていることだったが、なかなか前線にボールを運ぶことができていなかった。

その理由は


「誰か、フォロー!!」


「もっと一人ひとりの間隔あけて! それじゃ短すぎる」


うまく連携が取れていないところにあった。

ボールホルダー(ボールをキープしている人)に対して、周りの味方が間隔をあけすぎれば、パスの距離が大きくなってしまい、途中でカットされたり、うまく通らなくなってしまう。

逆に間隔が狭すぎれば、パスは通るものの、人が密集しすぎてしまい、うまく攻めきれなくなる。

特に中盤のパス回しは、絶妙なお互いの距離が要求されてくる。


新入生に多いのはどちらかといえば間隔が狭いほうだ。

パスが通っても、周りの味方との間隔が狭く、中盤は密集地帯になっている。

FWのルルとハルは、相手の最終ラインにはれているものの、ボールホルダーとの距離が離れすぎている。

FWがおりてくる(位置を下げる)のか、MFが修正するのか、戸惑っていたときだ。


「こっち!」


パスの出しどころがなかったときに、誰かが開いた縦のスペースに走りこんできた。

先ほど愛に抜かれたDMFの安藤奈々だ。

彼女が前にでるということは、かなりの賭けだった。

奈々がボールを奪われたら、DFは最終ライン、そして愛にボールがはいってしまえば必ずといっていいほど、0-2となるだろう。


状況としては出るべきではなかった、もう一人のDMF、アヤとの連携も取れていない上、チームの状態もよくない。

パスもうまく回らず、動きもばらばらだ。

得点を許し、心情としては前には出れない、とんでもない勇気が必要だった。

そんな中、奈々を動かしたのは愛とのマッチアップだった。


あんなにも簡単に、一瞬で抜かれ、力の差を感じたことは初めてだった。

今まではどんなにチームが負けていても、自分の力は同等かそれ以上、なにより自分が劣っているなど、感じたことがなかった。

だが愛とのマッチアップで感じたのは、完全な敗北。

何でも勝てない、スピードもテクニックもパワーも、それも一瞬で感じた。


今までに感じたことのない敗北感と同時に湧き上がったのは負けるものかという感情。

なんの考えもなく、ただがむしゃらな気持ちが動かしたものだったが、今の状況を動かすには最適なものとなった。

迷わず出されたパスを受け、奈々はただ前へとドリブルしていく。

そして、その前に立ちはだかるのが、愛だった。



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