3話
神堂祐志
クー姉との話を終えた俺と伊藤先生は学院長室を後にし、新入生の待つグラウンドへと向かっていた。
「どうするんですか? 神堂先生」
「ん? なにが?」
「これからのことですよ、厳しい状況だって神堂先生が一番理解されたでしょう? 2ヵ月後の中学女子サッカーで最も大きな大会で優勝しなければならない。
その上、1年生だけですよ? 先ほどの学院長の話を聞く限りでは、上級生は」
「伊藤先生、さっき部員が集まって喜んでなかった?」
「それはそれ、これはこれです。 目の前のことを解決したら喜んで、また次のことに眼を向ける。
基本中の基本です。 神堂先生は不安じゃないんですか? 私は心配で心配で」
どうやら伊藤先生は不安で仕方なく、俺のことを心配もしてくれている見たいだ。
喜んだり、不安だったり、心配したり、大変だなこの先生も。
うーん、でもマジでどうするかなぁ……。
「不安なぁ……まぁ、やるべきことやるしかないし別に不安とか言われてもなぁ。
不安だとか心配だとかはねぇけど……うーん、でもどうするかぁ」
「そうですよ、まじめに考えなくちゃいけないですよ」
俺の後を追うように、後ろを歩く伊藤先生。
ふーむ……あっ! これは完璧だ、ひらめいたぜ。
「伊藤先生! ようやく決まったよ」
「本当ですか!?」
ぴたっと止まり、後ろにいる伊藤先生のほうへと振り向く。
伊藤先生も足取りを止め、ぱぁと顔を笑顔にし、俺の答えに期待を膨らませている。
「さっきからずぅ~~と、考えてたんだけどさ。 ようやく決まった」
「それで。 どうするんですか!? 学院長を説得ですか? それともこのまま1年生でですか?
それとも何か他に秘策が」
「伊藤先生の呼び名は、なっちゃん、だな。 完璧だ!!」
「……は?」
場に無言の時間が流れる。
いや、ずーと呼び名考えてたんだが、伊藤先生だと堅苦しいし、里奈ちゃんは普通だし、呼び捨ては恐縮だし、りっちゃんとかだとなんかいまいちだし。
「いやもうどうしようかと迷ってたんだが、なっちゃんしかなかったな、うん。
これ以上ないくらいの呼び名だよ、これ決まりね」
「は、はぁ」
「はっはっは、悩み解決。 よし、そんじゃいこう」
心のもやもやが晴れた俺は、その足取りをグラウンドへと戻す。
もうこれで心置きなくやっていけそうだな。
「あっ、ちょ、待ってくださいよ、神堂先生!
まだ何の解決にもなってないですよ?」
「あぁ、なっちゃん。 俺のことは祐志でいいよ。 俺は呼び名で呼んでるのにめんどくさいでしょ?」
「え、ああ、はい。 ……ってそうでもなくて、今後のサッカー部をどうしていくとか、方針は決めなくてもいいんですか!?」
「方針ねぇ……それよりもまずやること、見つけましたよ」
3階と2階のちょうど中間にある場所に、グラウンドが見える窓を見つけた。
そこで足を止めると、なっちゃんも答えを待つかのようにしてとまる。
そしてグラウンドを見つめると
「ここから、あいつらの試合でも見ますかね」
1年生と元サッカー部の試合が、始まろうとしていた。
試合・グラウンド
誰も予想はしていなかった。
強豪校とはいえ入学式の日なのだからせめて顔あわせくらいだろうと思っていたし、サッカーができる道具一式を持ってきているのは、自分と同じチームの人間だろうと思っていた。
だが違っていた、顔合わせなど同学年の中ですらまだ終わっていないし、監督さえ知ってもいない状態での選抜試験。
「10分間のミニゲームか」
リンスのDFであった柳文香、通称ミカは確認するようにそうつぶやく。
10分、プレーする人間からすれば短い時間であり、さらにそこから団体競技ともなれば一人一人の存在感をアピールできる時間はもっと少ない。
ましてや今回は試されているということが大前提だ、いかに自分を短い時間でアピールするか、その場の全員が必死に考えていた。
「まずは自分たちの入れるポジションを確認しておこう、ポジションが決まらなきゃ話にならないからね」
お互いに自分の入れるポジションを話していく。
「私はベンチに座ってます」
それぞれがポジションを確認する中、初心者の内藤空は、一歩身を引くように言う。
11人対11人、1年生は合計12人であるため誰か一人、ベンチでなくてはならない。
この中で一番経験がないのは自分だと、自分が引かなければいけないと感じたソラだからそういったのだろう。
「……すまないがそうしてくれ」
さすがに贔屓はできないと、一番サッカー経験の少ないと思ったソラの言葉にミカはうなずいた。
いくら歓迎し、仲良くなろうとしていても今は試合、誰もが試合に出たいし勝ちたい。
ソラの言葉に、少なからず罪悪感があるとはいえ、誰もが否定しようとはしなかった。
「ソラちゃん……」
ハルもそのうちの一人ではあったが、彼女には何も言えなかった。
試合に出たい気持ちと、仲間を思う気持ちとの間で迷っていたから。
ソラが引かなければ自分が出れる、だが逆に自分も初心者であることにかわりはないため、自分も引かなければいけない立場にはいる。
「いいんです、ハルさん。
私が出るよりもハルさんのほうがずっといいですよ、ポジションとかよくわからないし、目指すものとかもまだ。
それに私はまだグラウンドでやるよりも、見ていたほうがいいと思うんです。
足手まといになると思うし
だから、私の分までがんばってください」
「……うん」
ハルのいままで高まっていた気持ちが、がんばってくださいという言葉でさらに高まる。
そうだ、自分だって他人のことを心配している場合ではないんだ、この選抜でいい結果を残さないと退部しろといわれること可能性だってある、私が今できることはソラの分までがんばることだ、それが結果的にソラの手助けになると、ハルはソラとの間に言葉ではない、友情を感じていた。
「ポジションは決まったようだね、ならみんな聞いてくれ」
気持ちの整理をつけている間に、各々が自分のできるポジションをまとめ、決まっていたようだ。
GK 西条 チカ (リンスFC)
右SB 伊勢 百合香 (セラフSC)
CB 柳 文香 (リンスFC)
CB 鯨井 かんな (キリヤFC)
左SB 加藤 絵里 (キリヤFC)
DMF 松井 綾香 (?)
DMF 安藤 奈々 (FCサクラ)
右SMF 星 えれな (セラフSC)
左SMF 石井 らん (FCサクラ)
FW 渡会 春奈 (なし)
FW 及川 瑠琉 (リンスFC)
システムは4-4-2、一般的なシステムといわれる形だ。
お互い無理をしているポジションはあるものの、よく標準的なこの形が作れたものだと、それぞれが感じていた。
細かいポジションに違いはあるものの、自分の好きな場所でプレイができる、通常ならポジションがかぶってしまうはずなのだが、これだけきれいにいくと、最早運命を感じざるをえない。
「これはいわば実力テストみたいなものだ、僕がチームを仕切ったり、自分たちの判断で動いてくれてかまわない」
全員がポジションを確認したとこれでミカは口を開く。
「ただ、一つだけ言っておく。 さっきの話しかけてきた、向こうのチームを率いている人がいるだろう?
彼女は昨年、一昨年此処でレギュラーだった3年の工藤愛だ。
1年のころからレギュラーで、彼女が出場する大会で全て最優秀選手に選ばれている、当然、全国でも」
メンバー全員が騒然とする。
そんな相手がいるチームに勝てるのか、認めてもらえるのか、自分のプレーが通用するのか。
疑問、緊張、恐れ、憧れ、高揚、……。
さまざまな感情であり、どれとも似ていないような感情を彼女たちは抱く。
「まぁ、俺たちにできることは全力でやることだけなんだ。
がんばろうぜ」
チカは胸の前で手をたたき、気持ちを高めようとする。
また、それにハルもうなずき
「うん、そうだよ。 がんばらなきゃ。
まだ、やってみなくちゃわからないよ」
と後に続いた。
「そうだね、チカやハルの言うとおりだ。
とにかく今は全力を尽くすしかない、がんばろう」
「「「おう」」」
お互いがお互いの言葉に納得し、檄を飛ばしたミカに呼応する。
そして、各々のポジションの位置へと向かっていく。
すでに準備していた先輩たちが待ちうけるグラウンドへと。
その中でアヤは一直線に自分のポジションに向かうのではなく、ベンチに向かうソラのもとへと向かっていった。
「……ソラ、今回はこういう形になっちゃったけど落ち込むことはない。
次の機会までにうまくなればいいだけ」
「え?」
「私は松井 綾香。 アヤでいい。
がんばっていれば必ずチャンスが来る……今は我慢のとき」
そういってアヤは走っていく。
ソラは突然のことでしばらく驚いていたが
「ありがとう、アヤさん。 私を励ましてくれたんだね」
アヤの優しさに気づき、小さくがんばれと、つぶやいてた。
「アヤ、ちょっと待ってくれ」
アヤは自分のポジションである中盤へと向かう中、ミカに呼び止められる。
名前を聞いたときから感じていた違和感が、いまだミカの中ではもやもやの状態だった。
「……何?」
「たいしたことではないし、いまさら代わることもできないだろうけど、君はクラブでやっていたんじゃないか?
いや、やっていたんだろう? でなければボランチを志望することなんてできないはずだ」
自分のポジション希望を調査しているとき、初心者やちょっとかじった程度の人ならMF、と答えるであろうがアヤは違っていた。
ポジションは?と聞かれたとき、何の迷いもなくボランチ、と答えたのだ。
「すまない、追求しているわけではないんだ。
ただ、ボランチは意思疎通やコミュニケーションが必要不可欠のポジション。
まだ知り合ったばかりの人間とでは、やりにくいんじゃないかと思って」
今までDFリーダーとしてコミュニケーション、リーダーシップを発揮してきたミカとしての考えだった。
DMF、いわゆるボランチというポジションは単純に言ってしまえば攻撃の中心でもあり、守りの中心でもある、いわばチームの核だ。
もしも守らなければいけないときにDMFの守備がうまくいかなければ相手にいいようにボールをまわされてしまったり、ミドルシュートをどんどん打たれてしまう、逆に攻めでは、パスの出し手でもあり受け手でもある。
そのためうまくいかなければパスの出しどころがなくなってしまってパスが回らなくなるし、相手に奪われて、カウンターで一点、何てこともあり得る。
そのため、DMFはバランスが大事であり、ダブルボランチ(2人ボランチの位置にいること)では意思疎通を図る。
全員が上がっているときはどちらかがあがり、どちらかが低い位置まで、単純に言えば一人は攻め、一人はディフェンスにというバランスを取ろうとコミュニケーションを常にとっているのだ。
地域クラブでやってきたミカや他のメンバーならまだしも、ほぼ初対面のアヤがもう一人のボランチ、安藤奈々とコミュニケーションを図るのは難しいと、ミカは考えていた。
「……別に心配しなくていい。 今までだってボランチだったから、やってる中でもう一人の子に合わせる。
……それにこの試合、そんなに難しくはならないと思う」
「? どういうことだい?」
「……多分、やっていれば解ると思う。
ディフェンスの指示、よろしく」
「え? あ、うん」
そういうと、アヤはさっさと走っていってしまう。
新たな疑問を抱いたミカもいそいそと自分のポジションへと向かっていく。
どういうことなのか、彼女は何か感づいているのか。
試合になれば、アヤの言葉が終始、頭から離れないミカだった。
校内
その様子を校舎からから見ていた神堂祐志は、凄くうれしそうな顔をしていた。
「止めなくていいんですか!? 神堂先生。
これはある意味、上級生と新入生の揉め事と変わらな……って、なんでうれしそうな顔をしてるんですか!?」
「え? いや、凄く面白そうだから」
「どこがですか!!」
うれしそうに校庭を見つめる祐志とは対照的に、伊藤里奈は不安で仕方なかった。
彼女も祐志と同じく、今年からこの白鴎に来た新米教師だ。
ただ所用などで何度か学校には訪れているため、祐志よりは校内に詳しく、ある程度の校風やかなりのお嬢様学校という雰囲気は感じ取っていた。
その中で今、争いごとのようなことが起きており、さらには教師が楽観視しているのだ。
不安でないはずがない。
「(学院長は何を考えているんだろう。 こんな人を雇ったりして。
しかも単純なコーチじゃなくて、教師兼監督だなんて)」
里奈の祐志に対する評価は最悪だった。
監督や教師以前に、この人は人として問題があるのではないか。
大きな問題もあり、何も決めていない状態なのに、私のあだ名を考えるし。
揉め事を本来なら止めに入るのが役目なのに、それを笑ったりして。
そもそも、何で先生なんかになれたの? 学院長と知り合いだったみたいだし、そのコネでは入れたのかな?
どんどんと思いつめるうちに、祐志ではなく真偽の眼は学院長へと向けられていく。
「大丈夫だよ、なっちゃん」
「え?」
どんどん悪いほうに考えていく里奈の思考の悪循環を遮るように、祐志は口を開く。
「揉め事になるなら、もうなってるだろ? これから問題起こそうってやつらがサッカーなんてしないって」
「確かにそうかもしれないですけど。(絶対ってことじゃないし、先生がただ面倒臭いだけなんじゃないの?)」
「それにもし、こんなことで問題やら、なんやらになっちまうんだったら所詮はその程度のチーム。
優勝どころか、公式戦2,3勝がいい程度だよ。
実力も見たかったし、ちょうどよかったよ」
やはりあきらめてるだけなのでは?と、里奈は安心できなかった。
「ほら、試合、始まっちゃうみたいだよ。 なっちゃんはサッカーの試合見るの初めて?」
「ええ、初めてです。 実はルールもわからなくて」
そうこう話し合いをしている間に、試合は始まろうとしていた。
「へぇ、あの子身長大きいな。 一人だけずば抜けてる。
ボールは……下級生からか、まぁ、上級生だしとか言われてなめられたのかな?」
下級生ボールで試合がスタートする。
一度ディフェンスラインまでボールを下げ、回していく。 上級生チームからのプレスはない。
そしてFWが前線に張ったところでDFがMFに縦パスをいれ、そこからPA内の背の大きいFWの子にロングボールを入れる。
背の大きい子は、胸でトラップしボールを落として、うまく反転し、そのままシュート。
枠内ではなかったものの、はいってもおかしくないスピードだった。
「凄いじゃないですか!? あのゴールにボールを入れれば1点なんですよね!? 始まったばかりで入りそうでしたよ!?」
「(あれ? さっきまでなっちゃん、落ち込んでなかったっけ?)」
一転、里奈のテンションはあがっており、そのことに対して祐志は驚いていた。
ただ、いまのシーンに関して得点していれば完璧な攻撃のパターンだと祐志も思っていた。
「相手は全国までいった子がいるんですよね? このチームなら勝てるんじゃないですか!?
この試合だって、全国でも!!」
「そいつはどうだろうね……それにあいつ……」
うれしそうな顔だった祐志は表情を変え、険しい表情でグラウンドを見つめていた。