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夢をつなぐ  作者: キッド
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1話

―――神堂 祐志―――



教員初の仕事、担当クラスでの自己紹介と配布物の配布が終わり、俺はクー姉に呼び出され、学院長室にいた。

学院長室には俺とクー姉ともう一人、短い黒髪のきれいなスーツの女性、おそらく俺と同じ教員であろう人がいた。


「さぁ、ゆうちゃん。

教員初日はどうだった? 面白かった? 面白かったわよね? 面白かったでしょ?」


なにやら凄いテンションで学院長席から身を乗り出してくるクー姉。


「三回も同じことを言うな、恩着せがましく聞こえんぞ。

……まぁ、どうもこうもない、普通だよ」


「あら、つまらないわね。 せっかくの男子禁断の花園なのよ?男子が望んでることなのよ? もっと状況を楽しんで、テンション上げなさいよ」


「誰がそんな状況にしたんだっての。

俺より、あんたが楽しむ気満々じゃねえか」


「あら、ばれちゃった?」


「ばればれだっつの、いつからの付き合いだと思ってんの……ってか、もう一人の女性教員の視線がいてぇからよ、早いとこ紹介してくれぃ。 このままクー姉が喋ってたら通報されかねねぇ」


「あぁ、そうだったわね」


ようやくお互いに紹介を始めようとする姉さん。

全く、この人は。

これで学院長勤めて三年目ということだから驚きだ。

よくもこれで学院長が勤まるものだ


「こちらは伊藤里奈先生、あなたと同じこの学院の教師よ」


「はじめまして、神堂先生。 学院長からお話を伺っています。

伊藤里奈です。 教科担当は音楽です。 どうぞよろしくお願いします」


クー姉から紹介され、礼儀よくお辞儀しながら自己紹介を済ませる伊藤先生。

ほー、短い黒髪に加えきれいな顔立ちしてんな。 いかにももてそうな顔してるよ。

これが今の日本じゃ珍しい清楚系って言うのか、なるほど、こりゃ希少価値だわ。


「こちらこそ、知っているとは思うが神堂祐志、教科担当は体育。

新米なんでよろしくっすよ」


相手にお辞儀をされたんだ、こちらもしないわけにはいかず、深々と頭を下げる。


「それで神堂先生、先ほどの男子が望んでいることという話なんですけど」


まずい、なんかやばい話にくらいついてきたな。

男が一人ってだけでも最悪の状況なのに、それが体育教師で、この伊藤先生に悪いイメージをもたれたら俺はもう雇うどうこう以前に気まずすぎて、この学院にいられなくなっちまう。

早いとこ誤解を解いておかなくては。


「まさか、神堂先生って変態のお方なのですか? だから体育教師で女学院に単身で」


「いえいえ、そんなまさか。 あるわけないじゃないですか。

これは、そこの学院長席に座っているちっちゃいですね」


「神堂先生が5歳のときの話なんだけどね、一緒に遊んでいるとき何を思ったか私のね」


「そこの偉大なる席に座られているお方にこちらの学院に入れていただきました」


くっそおぉぉ、この人には俺のありとあらゆる弱みを握られているんだった。

ささやかな悪口ですら反応し、俺のイメージを悪くしようとするのか。

とはいえ5歳のときの話をされるとは思わなかった、あの話を聞いたらどんな人間にでも、俺が変態だと思われる自信がある。

つーかそんな前の話まで覚えてんのかよ。


「はぁ。 それでは柏木学院長の手配でこちらの学院にこられたというわけですね」


「ん、まぁそんなとこです。 俺は別に何処でもよかったので、柏木学院長の案件に乗っかっちまったんですが」


「でもさっきあったときは飛び回ってたじゃない。 『やっほー、これからおさわりし放題の生活が俺を待っているんだぜぇ』

とかいって学院長室を」


「もうクー姉黙っといてや!?」


「なっはっは、まぁいいじゃない。久しぶりに会ったんだから。

久しぶりに、遊びたかったのよ」


席から立ち上がり、近づいてきたクー姉は俺の背中をパンパンとたたきながらそんなことを言う。

こういうところだろう、この人といるとペース崩れるのは。

長い付き合いだからお互いのことをよく知っている、知られたくないことでも。

普段、俺は自分のことを他人に話すような性格じゃないからな、過去を知っているのはクー姉ぐらいだ。

今まで、よくもまぁ関係を崩さずにお互いやってこれたものだと自分でも感心する。



「紹介は終わったわね、それじゃ話を戻して、朝ゆうちゃんに質問されたことを」


「待て待て、話が読めないぞ。 何で伊藤先生はここにいる?」


手をパンパンとたたき、本題に入ろうとするクー姉を俺は急いで止めにはいる。


「いまさら何を言ってるの? 朝話したでしょ? もう一人の顧問にも話をしてるって」


「え?」


「え?じゃないわよ。 部員集めとか色々あるんだからゆうちゃんみたいな新米の先生に一人、押し付けるわけにはいかないでしょ? 当然のことじゃない?」


どうやら当然のことらしい、そういや、朝そんなことを言っていた気もしなくもない。

仕方ないだろ、朝いきなりきたと思ったら呼び出し食らうし、サッカー部の監督やれだとか、全国優勝しなきゃ解任だとか、俺だってわけわからなくなってたんだ。


「伊藤先生はあなたと同い年よ、めちゃめちゃかわいいでしょ? これで新入部員も獲得できるんだから」


「やめてください学院長、そんなお世辞なんて」


「あら、お世辞じゃないわよ? 私より全然きれいじゃない」


なにやら女性陣だけで誉め殺し大会が開催されている様子。同い年か、ってことはこの人も新任の先生なのか?

それにしては以前から知り合いみたいな空気出してるけど。

まぁ、クー姉もそんなに歳がはなれてるわけでもないし、というか問題はそこではなくて幼児体系が問題というか。


「む。 ゆうちゃん、今、私の体系のこと考えてた?考えたでしょ?考えたわよね? 顔にすぐ出るから解るんだよ」


「いや、まぁ」


「否定はしないんだ!?」


そりゃまぁ、成長が中学生で止まっているようなクー姉とスーツ姿で色っぽさを増している伊藤先生を比べるとどうしても幼児体系ということを考えてしまう。

悪くはないとは思う、クー姉は身長は俺の胸に届くか届かないか程しかないが、俺が見る限り胸はあるほうだ。

聞いた話じゃ、身長が低く、胸が大きい女性というのは一部の男性からものすごい支持を受けていると聞く。

そういう連中に人気投票なんかさせたときには、クー姉は無敵の強さを誇るに違いない。

・・・・・・だが、今はそんな話は関係ない。


「でもさ、新入部員っていっても女の子だろ? 男子なら下心で入部してくるやつはいるかもしんねぇけど、女子からしたら顧問のかわいさとかは関係ないんじゃ」


「……」


今まで考えてなかったのかよ!?

きゃーきゃーと騒いでいた学院長室は、俺の言葉によって一瞬にして静まり返る。

何でそんなことに気がついてなかったんだ。

この人は考えたことは即決行するひとだからなぁ……伊藤先生も大変だったろうな。

クー姉に振り回されて。


「……こほん、とりあえず本題に入りましょう。 まずゆうちゃんにやってもらうことは、朝も言われていたとおりサッカー部を1年で全国優勝させること。

それができない場合は即解任、教師もクビ」


「あぁ」


とりあえずはそういう話だったな、今日の朝の話は。

一見ふざけた話だが、これが夢ではなく現実だから笑ってもいられない。


「では此処からは詳しい話。

全国優勝とはいっても、莫大過ぎて解らないと思う」


「あぁ。リーグで優勝なのか、カップなのか、それとも……両方か。

目標は何処を目指しているのか、それによって俺自身の方針やら考え方が変わってくるんでな」


両方、てのは勘弁してもらいたいな。

だけどあの連中、朝会ったあの御偉い方なら言いかねないな。

サッカー、てかスポーツ自体を金儲けでしか見れない連中。

今までにもそんなやつとはあったことがないわけじゃない、大して珍しいことでもない。

どんなにスポーツを美化、神格化したところでお金は何処かしらで絡んでくる。


しょうがないさ、それで飯を食べているわけだし、お金がなければ観客を楽しませることのできる環境やイベントを開催することなんかできやしない。

でも・・・・・・そういう考え方しかできないやつらははっきりいって俺は嫌いだ。

子供なのかもしれない、景気の悪い今の社会では甘い考え方なのかもしれない。

それでもあの連中がスポーツを見て、そういう風にしか取れないのであれば、俺は間違っているという風に思う……まっ、あくまでも俺の気持ちだがな。


そんなことよりも今はリーグなのか、カップなのかということだ。

リーグとカップ、どちらもうまくこなすにはどんなことを差し置いても考えなくちゃいけないのはコンディション。

中学生であるため、プロのように平日に公式戦を行うことはまずありえない。

となると、試合は土日のどちらかということだ。

試合日程がかぶるということはそうそうないだろうから、時期がかぶってしまったときなんかは最悪だ、土曜も日曜も試合ということになってしまうんだから。

いくら疲労回復の早い中学生とはいえ、前日の疲れが全くないということにはならない。


連日で試合をすれば体の動きは鈍るし、集中力も低下する。 もっと怖いのは怪我をしやすくなるということだ

ましてや女子だ。 男子より筋力が少ない分、ハードワークをしてしまうと怪我をしやすくなる。



コンディションを考えるとどちらも優勝しろというのはほぼ不可能に近い上に、何回も聞いている話だと1からのチーム作りってことだよな。


当たり前ではあるが、どのチームもが抱えている練習時間やチーム力、チーム全体の意思疎通の問題が試合に直接関係してくるため、それまで積み重ねてきたものが出る。

逆に言えば、普段から積み重ねてきたものが多ければ多いほど、カップもリーグにもいい影響が出やすい。

……どんな練習をしようと、俺ができるのはせいぜい1年が限界、いや、半年くらいか。

どう考えたって無理な話だ。


「さすがにあの連中でもそこまで要求しないわ、ただ」


「ただ?」


ただ、といった瞬間、クー姉の表情は暗くなり、下を向く。

珍しいことだ、この年がら年中お祭り騒ぎのような人が暗くなるなんて、よっぽどのことなのだろうか。


「あなたが、サッカー部が優勝しなくちゃいけないのはカップの中でも一番の盛り上がりを見せるカップ……フレンカップ」


「フ、フレンカップだと!?

……ってなに?」


「知らないんですか!? 何で驚いたんですか!?」


「いや、なんかその場のノリで」


すばやく突っ込みを入れてくる伊藤先生。

そもそも中学女子サッカーできてから間もないんだぞ?日本は。

いくら有名とはいえ、まだこの国になじみきれていない中学女子サッカーの知名度は高が知れている。

俺が関わってきたのは男子サッカーだし、中学時代は日本にいなかったし。


「フレンカップって言うのは女子中学サッカーのカップ戦の中で一番大きな大会。


地区大会から始まって、最終的には全国で一番を競うことになるの。

プロ系列のユースクラブも地元クラブも学校も関係なく参加できる大会だけど、当然レベルは高いし、この大会を見て、プロのスカウトだって動くって言われてて、同時にU-15の選手も決まるって言われるほどの大会。

クラブチームはともかく、実力のある中学校以外はそうは申し込まないわ」


「へぇ~、まさに天辺決めるにはもってこいの大会ってわけだ」


「ちなみにうちの学校の過去の記録は全国ベスト4まで。 女子サッカーにおいて中学1、2を競うとまで言われているうちですらそこまでしかいってないの

どれだけ厳しいかは解るでしょ?」


ベスト4、か。

つまり、俺が目標を達成するためには過去の記録を上塗りするしかないってわけだ。

それができなきゃクビ……追い詰められてるなぁ、俺。


「それで? フレンカップてのはいつから開催なんだ?」


「全国大会が10月から。 地区予選から関東大会を6~9月で行う予定よ」


「6月!? もう2ヶ月もないじゃないですか!!」


俺よりも先にびっくりしてしまった伊藤先生。

そこまでびっくりされると、当の本人がどんなリアクションをとればいいか迷ってしまう。

とはいえ、2ヶ月ね。


「っていうのが詳しい話。 

何か質問は?」


クー姉は淡々としゃべる。

こういうしゃべり方をするときはクー姉がまじめなとき。

この人でも難しい問題に直面しているときは、一人の人間として厳しいと判断する。

たく、どっちのクー姉が本性なんだか。


「ちょっと、いいんですか神堂先生?こんないい加減なこと鵜呑みにしちゃって」


「と、言われてもなぁ。 直接俺が監督としてやりたいって言ったわけでもないし、教師としての契約条件がそういうわけなんだし。

・・・・・・まぁ、いいんじゃないか? こっちからの要望は、まだチームの状況やら練習環境やらを把握しないとできないし。

それに、今この話を断れば無職だったしな、仕事の話、クー姉が誘ってくれたこの学院だけだったし。

そう考えれば、可能性があるだけましですよ。 はっはっはっは」


「笑ってる場合ですか!? どれだけ能天気なんですか、神堂先生は!!

そんな、他人事みたいに」


「まぁまぁ、何とかなりますよ。

代わりといっちゃ何だが、質問いいかい? クー姉」


「えぇ」


「伊藤先生なんだが、部員集めのためって言ったよな?」


「そう、言ったわね。 何? いまさらそのことについて私をいじめるの? ゆうちゃんはSになっちゃったの?

私をいじめるのがすきなの? いいわよ、私はそういうのも」


「あー、そうじゃなくて。

外。 見てみな、伊藤先生も」


話合いに集中する二人に、窓の外を見てみろと指差す。

俺の指の先、そこにあったのはグラウンドに集まるサッカーのユニフォームを着た12人の少女たちの姿だった。



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