そして7年後
✩ ✩ 七年後・渡会春菜 ✩ ✩
私が始めてサッカーの試合を見に行って、あのお兄ちゃんを追いかけ始めてから七年という月日が経った。
あの試合で私は重大なミスをしてしまった。
お兄ちゃんの名前を、家族に尋ねるのを忘れてしまったのだ。
それ以来、私は幾度もサッカーの試合をテレビで見たり、雑誌などを読んだりして探しては見たものの見つからず終い。
親に聞くという方法を十歳の頃に考え付いたものの、チーム名や肝心なキーワードが思いつかなかったために、それも行動せずに終わってしまった。
……聞いても無駄だったかも。お父さんに聞こうにも、お父さんは日本のリーグや代表戦、海外の試合を年に百試合くらい見てるって言ってたから、あのときの試合で日本人だった選手って誰?、って聞いても今じゃ日本人も世界に出る時代。
おそらく特定は難しいと思う。 五年前ということも考えてもね。
そういえばあの試合のとき、サポーターから日本代表として迎えるといわれていたけれど、どうなったのだろう?
そのすぐ後にあった代表戦では、お兄ちゃんの姿はベンチにすらなかったし。
何はともあれ、私はあの試合を見た日からお兄ちゃんの姿を、私の中にあるおにいちゃんの動きのイメージを追いかけ、日々練習に励んだ。
お父さんに教えてもらったり、男の子に混じって練習したり、一人でボールを蹴ったり。
そしてサッカーを始めて七年、私、渡会春菜は中学生になった。
かつて有名な女子サッカー選手を生んだ名門校、白鴎女学院に入学することを決めた。
まだまだ下手くそだけど、私はこれからだ。
これから三年間、この名門校で頑張って、日本一、いや世界一のプレーヤーになってみせるんだ。
☆ ☆ 神堂 祐志 ☆ ☆
俺の名前は神堂祐志。
去年大学を卒業し、今年から社会人になった新米だ。
そこまでまじめに授業を受けた覚えなどなく、学校生活や勉強はもちろんのこと、体育祭や 文化祭ですら記憶にないほど。そんな俺は留年ではないのだが、二十四歳で大学を卒業し、こうして二十五歳で社会に出ることができた。
働くって何するかって? ろくに学校にも通って無かった俺が、奇跡的になれた職業はなんと、中学の体育教師だったんだよ。
まぁ、もともと運動神経はいいっていわれてはいたし、大きな怪我をしたとはいえ動けなくなったわけじゃないし、長い時間動かさなければ全力でダッシュすることだって可能だし、人に教えることは苦手だが身体動かすことに関しちゃ、教えるどうこうより実践して教えるほうが解りやすいからな、適任だろ。
これも雇ってくれた学院長のクー姉に感謝だな。
……まぁ、なにはともあれ中学教師として、今日から働けるようになった。
……なったんだが。
「では神堂先生、あなたには予定通り我が学院のサッカー部監督をやってもらいますよ」
あれ?なんでこうなってんだ?
うきうき気分でスキップしながら登校した俺だったが、いきなりといっていいほどのタイミングで会議室に呼び出されてしまった。
そして今に至る。
コの字型の机に座っている、この白欧女学院のお偉いさん方七人くらいに囲まれている状況。
……なんだこれ? 俺なんか悪いことしたのか?
むしろこういうもんなのか? 雇ってもらうって。
だがサッカー部の監督? 予定通りも何も、俺は体育教師として雇うとしか聞いてねぇぞ? しかも女学院ってことすら知らなかったんだが。
「我が学院のサッカー部は現在部員がいない、つまり神堂先生には部員集めからはじめてもらう」
「そして全国優勝をしてもらう、それができなかった場合はあなたは解任、当然教員としてもね」
「まぁ当然且つ簡単な話でしょう。 選手が一流で監督が無能なら優勝できなくとも、監督が一流で選手が無能なら優勝できる可能性のほうが高い、さらには選手十一人に高い金を払ってまで優勝させるより、一人の監督を雇って優勝したほうが低コストで済む」
「学院長がどうしてもあなたが良いと、しつこく頼まれたのだから雇ってあげたのです。 経験も、実績もないあなたをね。
結果が出なければ解任、当然の話でしょう?」
……めちゃくちゃ言いやがるな、こいつら。
サッカーを金銭感覚でしか捕らえてないって感じがもう丸出しじゃねぇか。
大体、監督や選手がどうのって話をしてたが、良い監督なんかごまんといるし、別に良い監督だからだとか、良い選手がいるからだとかで優勝、もとい勝っていけるわけじゃない。
実際、良い監督、良い選手が揃っているところでも、無名チームに負けることだってある。
そもそもこいつらはサッカーの試合、むしろサッカー自体見たことあんのか?
この学院の経営にかんでるお偉いさんがただから、そういう営業の話をするのは仕方ないとしても、もしあの芸術的で攻撃的、魅力的なスポーツを見て心から金をもうけるものとして捉えられないのであるならば、たいしたもんだな。
……まぁ、俺にとっては、いやこれまでの話を聞く限り、こいつらはスポーツマンをなめてるとしか思えねぇ。
何か言い返してやらなきゃなぁ。
と思ったのだが。
「失礼します、そろそろよろしいですかね?」
ドアをノックもせずに、軽い足取りで会議室に入ってきた小さなスーツの女性。
「そろそろ打ち合わせやら何やらがありますので、他の説明はこちらで行いますよ」
その小さなスーツの女性に引っ張られ、俺は何か言い返してやろうと思ったのだが
「うぉおおおおおおお!?」
小さな女性の俺の腕を引っ張る力が凄く、結局叫び声しかいえないまま会議室を後にした。
→ ↓ ← ↑
そのまま俺は引っ張っていかれ、ただ今、俺の職場となる白鴎学院院長室。
その学院長たる席についているこの百四十cm程の身長で童顔の女の人(先ほど会議室に無理やり乗り込み、俺を此処まで引きずってきた女性)が、この学院の学院長・柏木久美である。
「んで、どういうこったぃ、こりゃぁ?」
「なにがどういうことなの? ゆうちゃん」
「ゆうちゃんやめぃ!!こどもんときとはちがうんやから、普通によんでくれぃ」
……非常に遺憾なんだが、この学院長、柏木久美院長とは子供の頃からの付き合いである。
昔は姉弟のように、毎日の遊んでいた。
互いにゆうちゃん、クー姉と呼んでいたんだが……流石に俺は二十四、今年で二十五か、クー姉は二十七だから、お互いそんな年でもないだろ。
「あら? いいじゃない、お互い幼馴染みたいなもんなんだから。 ゆうちゃんも、私のことクー姉でいいのよ?」
「……ったくかわらねぇなぁ、クー姉。
いつの話をしてんだよ?」
全く、この人といるとなんか調子狂うんだよなぁ。
子供のころにしたってそうだが、さっきの会議室でも、俺がなんかやってやろうってするとき、どっかいこうって時、必ず現れる。
性別が逆だったら、ストーカー行為で騒ぎ立てられるんだが、そうもうまくはいかないから、逆に周りからは俺がストーカーのように見えてしまっている。
……なんて理不尽な世界になってしまったんだろうねぇ、この世界はさぁ。
「懐かしいよねぇ、あの頃はさぁ。 今じゃこうやって雇う身と雇われる身だもんねぇ」
「確かに懐かしいっちゃ懐かしいが、そんな年でもねぇだろうに。
まぁ、どこも雇ってくれなかった俺を、この学院に呼んでくれたことにゃ、感謝してるぜ?
でもよ」
「でも?」
今思い返してみるとそんな悪くもなかったよ、逆に感謝してるくらいだ。
子供の頃も、今回のこともな。
けどよ、なんで……。
「ぬぁんで、女学院!? めっさ気まずいだろ!? しかも体育教師、しかも男性教師俺以外ゼロだぞ!?
どうしろってんだよ!?
普通なら間違いなく即刻逮捕で追放だよ、永久追放だよ。
体育教師なんか身体的な接触が少なからず出てくるだろうが
なに考えてんだよ?」
「あぁ、そんなこと。
別に問題ないでしょ。ゆうちゃん、……祐志先生は男女関係ないし、接し方とか意識とか変わんないだろうし」
「俺は純情なだけだ、別に意識してないとかそういうわけじゃねぇ……しかもそれ、遠回しに俺がホモみてぇじゃないか?」
「えっ?」
「えっ?じゃねぇ!! なんだその、私なにか間違えちゃった?みたいな顔は!? 違うからね!?普通に女子が好きだからね!? ノーマルだからね」
「まぁ、そんなどーでもいいことはほっといて」
「扱いひでぇな、おい」
昔からこの人といるとこういうところが調子狂うんだよなぁ。
なんか必要以上につっこんじまうし、疲れるし、振り回されるし。
「ともかく貴方には体育教師、及び1ー2のクラスの担任をやっていただきます、それと」
突然クー姉は立ち上がり、窓の外を見る。
「サッカー部の顧問兼監督をやって貰います」
「……クー姉、流石にそれは」
考えてることは解る。
普通に考えりゃ、それは適任だろうが。
「ん? 何か不満でもあるの?」
「いや、不満って言うか……クー姉、知ってるだろ?」
「なに? じゃぁこのまま黙って解任を待つとでも?」
「……いや、そこまでは言ってねぇが。
でも俺はもう動けるか解らねぇし、教えんのはプレーすんのとまた違うんだぜ?」
「余裕でしょ。 努力と根性で何とかなる!!」
全く解ってねぇ!? いろはのい、どころか日本語すらしらないど素人くらい解ってねぇ。
この人、というかこの学園の人たちはスポーツ選手達に失礼な人しかいねぇな。
「……貴方はどちらにせよ、サッカーの世界から離れることなんてできないよ。
だからコーチもやったし、真剣に悩んだ。
……真剣に悩めるってことは、それだけ本気でやってたってことでしょ?」
「……まぁ、な」
「選手にしろ、監督にしろ、ほとんどかわらないよ。
大事なのは気持ち、熱心さ。
技術とか教え方とかはあくまで+αでしかないよ」
……それは俺にもよく解ってる、技術や体力、戦術なんていうのはやる気があって、どこまでやれるかで十分補える部分だ。
どんなやつでも果てしなくやり続けることができれば何処までだって高めることができる。
重要なのはそれを獲得するために必要な、【気持ち】。
俺はその部分がかけている、いや、失っちまってる。
本当はやりたいさ、好きで好きでたまらない。
……でも、どこかで恐れちまってるんだ。
また、途中であんなことがおきてしまうことを。
「勝手な話だって言うのは解ってる、今までのどんなことよりも。
今、決断しなくてもいい、やりながら状況を見て、嫌になったら辞めに来てもいい。
私はこれ以上、何かいうつもりはないわ」
確かに身勝手だな、これ以上までない。
普通ならそうだ、だけど今回のことはクー姉が俺にチャンスを与えてくれたんだろう。
俺が教員として働けるために、俺が過去の出来事を克服するために、俺がサッカー界に戻ってこられるために。
……ずるいよな、そこまで考えちまってること理解しちまったら、断れねぇよ。
「解った、やるよ」
「……今決めなくてもいいのよ?」
「監督が迷ってたら、選手にいい指導なんかできっこないだろう?
ましてや、日本一のチーム目指すのによ」
「本当!? よし、そんじゃ任せたわよ。 目指すは日本一よ。
それじゃ早速メンバー集めヨロシクね、不安にならなくても大丈夫よ、もう一人顧問の方を任せてあるから。
全校生徒が六百人だからね、いけるわ、すぐ集まるわよ」
「あとさ、詳しい話を聞いてないんだが。
できればそこんとこききたいんだけど?」