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こんぴけん  作者: ホワイト
番外編 (記憶の奥には・・・)
8/12

こんぴけん SS (思い出は舟歌とともに)

というわけで番外編です。

今回は怒ると怖い(?)あの先輩のお話です。


やっぱり以前掲載したものの改訂版ですが、これを消化しないことにはその先も載せられないので、その辺はご勘弁ください。


ではどうぞ~




 その頃の私はある意味で非常に孤独だった。

 別に二年間の中学生活の間友達がいなかったとかそういうわけではない。『友達』はいた。しかしその人たちが『親友』であったかどうかは今から思い返しても疑わしい。

 なぜかみんな話しかけてくる時に一種の『遠慮』があることが解ってしまう。きっと当の本人たちはそういう気持ちは表に出すまいとしていたのだろうが、瞳の奥にあるものは隠せない。

 よく私が好きだと告白してくる人もいた。しかしいつも断っていた。

 なぜか? それはある意味で非常に単純明快、しかし非常に難解でもあった。

 はっきり言って自分の容姿には自信があった。また、頭も良かった。別に私がナルシストであるとかそういうわけではない。ただ、私に話しかけてくる人の目の中に自然とそういうものを見出してしまったからだ。良家の令嬢であるわけでもなかったし、長所を鼻にかけるようなこともしていなかった。それでも相手の瞳の中にそういうものに対する気後れ、だとか憧憬、であるとかが渦巻いているのを見るとなんとなく嫌になる。『あなたとは生きている世界が違う』と顔に書いてあればそれが上から見ているのかか下から見ているのかに関わらずいい気がする人はいないだろう。それと似たようなものだ。とにかく会う人話す人からそのように見られていたせいで、その頃の私はかなり人付き合いを鬱陶しがっていた。

 ……いつまでも愚痴を垂れていてもしょうがない。この話の目的は全く別のところにあるのだから。

 私の、世界の見方が180度変わった出来事、それをこれから話していきたいと思う。





 中学生として過ごしてきて三年目の春、新学期が始まってから一月ほどしたある日が始まりの日だった。



『放課後に体育館裏で待っています』

そう書かれた差出人の名前の無い手紙。

もう何度受け取ったか分からない。どうせいつもの決まりきったパターンで告白されるのだろう。

放課後になるまでは灰色の時間が続く、私を昼食に誘ってくれたり、一緒に帰ろうと誘ってくれるような人はもはやいない。誘われたら普通に応じていたのだが、いつからかその誘いも無くなった。


『きり~つ! 礼! さようなら~!』

型通りの挨拶が済むと生徒たちは思い思いの行動をとる。……今日は告白を断ったら図書室で本を読むことにした。そして用事を済ませるために早めに体育館裏に行く。


「ごめん、待たせた?」

今回の相手がやってきた。

「いいえ、待ってないわ。」

「俺さぁ、サッカー部でキャプテンやってる矢向っていうんだけどさ、」

「矢向君ね。それで?」

いつものように相手の目を見る。すると彼も他の人たちと同じように目線をそらして話を続ける。

「あのさぁ、俺と付き合ってみない?」

そういうことを言うのならばせめて相手の目を見据えて言うべきだ、と少なくとも私はそう思っている。

「ごめんなさい。」

きっぱりと断ってその場を後にする。こういうときにいつも思うことは、相手を見定める時の私の目はどれほど冷たいのだろうか、ということだけだ。



 結局その日は図書室で最終下校時刻間近まで過ごしていた。既に学校の敷地内に人気はあまり無く、遅くまで残っている先生方がいる職員室の灯りが夕闇に染まる校庭を照らしている。

「……そうだ、楽譜を買いに行かなきゃいけないんだった……」

今更ながら新しい楽譜を買わなければならなかったことを思い出す。

 そして下駄箱で靴を履き替え、校庭を通って校門へ向かおうとしたその時……

「…………?」

なぜかどこかからピアノの音が聞こえてくる。自分もピアノをやっているからわかるが、この音の主は半端ではなく上手い。

 校庭に幽かに響く音をたどっていくと、体育館にたどり着いた。もう運動部も帰ってしまった後の体育館はガランとしているが、確かにピアノの音はそこから聞こえてくる。

 そして体育館の中を覗き込むと、舞台の上に普段はしまってあるはずのピアノが出ていて、そこで誰かがピアノを弾いていた。正体を確かめるため、舞台に近づく。

「なにをやってるの、もう最終下校時刻よ。」

「何やってるかって、見ての通りピアノを弾いてる。でもって最終下校時刻なのも知ってる。」

「ならばどうして帰らないの?」

「簡単、まだ帰りたくない。」

「それでも帰りなさい。先生たちに迷惑よ。」

「……先生たちには普段から迷惑をかけまくってるから今更気にしない。それにしても君、なんか嫌なことでもあった?」

そう言うとちょうど一曲弾き終わったその男の子が椅子を立ってこちらにやってきた。

「声がすこ~し刺々しいよ?」

そして私の目を真っ直ぐに覗き込んできた。

普段ならばここで相手の考えていることが大体分かってしまうのだが、今回は全く逆だった。この男の子が何を考えているのかさっぱり読み取れない。逆に自分の考えを読み取られているような気さえする。

「ふむふむ…………そうか、よし! そんなに上手くはないけど君に特別に一曲プレゼント!」

おもむろにそう言うと、男の子は再びピアノに向かうと音楽を奏で始めた。

「……この曲……」

聞き間違えようはずも無い。この曲こそ私がこの後楽譜を買いに行こうとしている、すなわちこれから練習する曲そのものなのだから。

曲が終わるタイミングを見計らって曲名を口に出す。

「……スケルツォ 第二番……」

「おっ! 正解!」

ちょっとうれしそうな顔をしてその男の子はこちらを向く。……改めて思ったが、この男の子、やはり異常に上手い。完璧なレガートと強弱の幅広さ、そして何よりもペダルの使い方が抜群に上手い。

「いやー、解る人が聴いてくれるって嬉しいね、君はクラシックを聴くの?」

「……一応ピアノを習ってるわ。」

普段は頭に『一応』だとはつけないが、あれほどの演奏を聴いたあとでは自然と謙遜してしまう。

「そうなの? 折角だから何か弾いてよ?」

「もう最終下校時刻はとっくに過ぎてるから帰ります。」

「ありゃ? そういえばそうだったね、じゃあ僕も帰ろ。」

その男の子は素早く舞台から飛び降りるとあっという間に体育館を出て行った。

……私も早く帰らなくちゃ……

結局この日は楽譜を買い忘れてしまった。



   その翌日……


『ねぇねぇ、聞いた? 矢向君、やっぱりフラれちゃったって。』

『聞いた聞いた、しっかし矢向君でもダメか~』

教室に入った時に真っ先に聞こえてきた会話。どうやら昨日のことがもう生徒の間に広まっているようだ。つい声のした方をちらりと見る。

『あ……』

その会話をしていた女子生徒たちは私と目が会うと気まずそうに教室を出て行った。

「…………」

もう毎回のことなので慣れたが、あのようにあからさまに避けられているとさすがに少し心が痛む。

そして授業が始まり、三時間目の中程……

「わ~っ、すいません! 寝坊しました~!」

遅刻した生徒が一人入ってきたようだ。おそらくは私の隣の席の生徒だろう。二年間、さらに今年まで私の隣だが、この生徒がまともに学校に来たことはおそらく数えるほどしかないだろう。

「小金井~、本当は小一時間説教たれてやりたいところだ。が! お前は学校に来れば許すことにしているからとっとと座れ!」

先生も慣れたもので、素早く授業を再開する。なんでもこの生徒は素行は遅刻に無断欠席は当たり前、さらに宿題もまともにやってこないほどめちゃくちゃだが、この学校始まって以来と言われるほど成績は良いらしく、先生ももはや素行に関しては少々愚痴を垂れるだけらしい。


 そして今日も特に何も無いまま終わる。帰り際に体育館から聞こえてくる音に耳をすませてみたが、あのピアノの音は聞こえてはこなかった。

 そして昨日買い忘れた楽譜を買うために数年前に水川駅前に出来た大型書店へと足を運ぶ。いつもながら楽譜コーナーにいる人はそれほど多くない。

「……あ、」

しかし、そこには予想外の先客がいた。

「ん? ……あれま、こんにちは。」

そこで楽譜を見漁っていたのは紛れもなく昨日体育館で出会った男の子だった。

「楽譜を買いに来たの?」

「そうだよ~、君も?」

「えぇ。……ところでそれは何の楽譜なの?」

「コレ? シューベルトのピアノソナタ。それで、君は何を買いに来たのさ?」

「ショパンのスケルツォ集よ。」

「あれか~、昨日弾いた第二番やるのかな?」

「そうよ。」

「ふ~ん、そうか~、じゃあかなり上手いんだ?」

「……そうかもね。」

「さて、と。あとは~……」

その男の子はシューベルトの楽譜が置いてある場所を離れると、別の作曲家の作品集を次々と手にとってはちらっと見てすぐに棚に戻す、それを繰り返して棚を一通り見終えると、

「それじゃあ、また明日?」

と言ってその場を立ち去った。


   その次の日の放課後……


帰り支度だけは整えて、体育館へ向かう。今日は運動部が体育館を使わない日なので、耳をすませる必要もない。確かに中からピアノの音が聞こえてくることを確かめて、私は体育館の中へと入った。

「……いた……」

やはりそこにいたのは昨日本屋で会ったあの男の子だった。舞台の隅に腰掛けて挨拶をしてみる。

「……こんにちは。」

「ん~? あっ、こんにちは。聴きに来てくれたのかな?」

「そうね、そんなところかしら……」

「ん~、何か聴きたいものある?」

「そうね……落ち着いた曲がいいわ。」

「オッケー、それじゃあImpromptu D899-3でもいきますか~!」

そしてその男の子の両手が鍵盤から歌を紡ぎ出す。もはやこの世のものとは思えない美しい響きが、人のいない体育館に反響して、さらに幻想的になる。

「……他にはなにかリクエストはあるかな?」

演奏を終えた男の子が質問を投げかけてくる。

「そうね……何でもいいわ……」

ある意味では非常にそっけない答え方をしたのだが、肝心の男の子は

「よーし、任せて!」

と、気にした様子は無い。

そしてその男の子の演奏を聴いているうちにいつの間にか夕日が体育館を染めていた。

「………………ふぅ……」

思わず漏らしたため息を、その男の子は聞き逃していなかったようだ。演奏を終えて席を立つとまた私の目を覗き込んでくる。

「……なんか色々あるみたいだけどさ、これから弾く曲は何にも考えずに聴いててもらえる? きっと少しは気が楽になると思うから。」

それだけいうと男の子は再びピアノに向かうと、聴いたことのない曲を弾き始めた。

 いきなり心を鷲掴みにする和音から、ゆったりと下降、そして少しの沈黙を挟んで水の上を滑るように左手が動き始め、少し遅れて右手が哀愁、憧憬、諦観……もはや言葉では表現できないほど様々な感情を含んだ音の詩を奏でだす。

その曲だけは今までの曲より遙かに強く、私の心の中に入り込んできた。言葉は無くとも、全てを受け入れ優しく包み込んでくれる、そんな気がした。曲が進むに連れて、私の中の何かが融けてゆく、そんな気がする。

 流れるような重音トリルから自然に冒頭の旋律が戻ってくる。そして、終わりに向けて少しづつクレッシェンドしてゆく。

 この曲も終わりに近いのだろう……。左手の和音が奏でる旋律の上で右手が軽快に、そして優雅に音楽を形創ってゆく、胸の奥から何かが込み上げてくる気がする。まるで今の今まで心の奥底に溜まっていたものが、出口を見つけたかのように。

消え入るような和音を弾いた後、昇るべきところまで昇った右手の音が鍵盤の上を高音部から一気に低音部まで駆け下り、オクターブの、決然とした力強い音でこの曲を締めくくった。

「……え……あれ……どうして…………」

気がつくと、私の頬を涙が流れていた。

「……はい。」

男の子は何も言わずに、ハンカチを渡してくれた。


 一度流れ出した涙はなかなか止まらず、結局最終下校時刻を過ぎてもしばらくするまで止まらなかった。だけれども、こう言っては変かもしれないが、精一杯泣いたおかげで、私の中の何かが変わった、そんな気がした。


   その翌日……


 私が自分の席に座って授業が始まるのを待っていると、珍しく隣の席の生徒が一時間目が始まる前にやってきた。ふっと顔を上げたとき、目線がぶつかる。その時、思わず声を上げてしまった。

「あ…………!」

「おはよ。」

私の隣の席に来た、いつも遅刻や欠席をしている生徒、その顔は、間違いなくあの体育館で出遇った男の子の顔だった。その男の子は自分の席に腰を下ろすと、こっちを向いて話しかけてきた。

「とりあえず改めて、はじめまして……かな?」

「……はじめまして……籠原秋乃です……」

「……小金井聡です。」

そして二人同時に、同じ言葉を言った。

『今後もよろしくお願いします。』











「…………っていう感じね。」

「へー、そんな話があったんですか……」

「知らなかったですよ~、それより秋乃先輩にそんな時期があったなんてそっちの方が驚きです!」

「そうかもね、あんまり人には話さないから。」

「んで、実際のところその時に小金井さんと遇えて良かったんスか?」

「……そうね、おかげで『親友』も出来たし、みんな普通に話しかけてくれるようにはなったけど……」

「けど……?」

「……小金井くんの変人っぷりも隅々まで知ることになっちゃったし、先生には『もう手に負えないから』って小金井くんに説教をしておいてくれって頼まれちゃうし……」

その時部室のドアが勢いよく開き、誰かが飛び込んでくる。

「みんな~、おまたせ~!」

「どうしたんですか? 小金井さん。」

「いや~、昨日サボった分のプリントとか受け取りに行ったら現文の佐野チャンに捕まっちゃってさ~」

「それもいいけど小金井くん、昨日仕事を全部やってないのに学校サボってたでしょ?」

「あれ? おかしいな? ちゃんと全部やってったはずだよ?」

「昨日の分は?」

「……誤差の範囲内だよ!」

「はい、そういうことで今日中に昨日の分と今日の分を終わらせてね?」

「やっといてくれなかったの?」

「あたりまえじゃない。」

「酷いな~…………」

「はい、頑張って。」

ぶつくさ言いながらパソコンを起動する小金井さん。

「……ねぇ、小金井くん、この後『舟歌』聴かせてくれない?」

「ん~、ショパンの?」

「そうよ。」

「別にいいけどそしたらこっちをちょっと手伝ってくれるとうれしいな~。」

「頑張ってね、終わるまで待っててあげるから。」

「……手伝ってよ……」

「だめよ、責任は自分で取りなさい。」

「わかったよ……」

 (小金井くん……いつも私だけにあの曲を聞かせてくれてありがとう……)

籠原先輩は少しうれしそうな顔をして、必死で仕事をこなす小金井さんを見ていた。


どうでしたか?

籠原先輩の意外な過去、そして小金井君との出会いの話は楽しんでいただけたでしょうか?


ちょっとこちらの不手際で次回もSSとなりますが、また読んでいただけるとうれしいです。


それではまた!



さて、ここから先は雑談です。


タイトルは結局「こんぴけん」に落ち着きました。

実はタイトルはずっと悩みの種だったんです。

正直言って、話の中身をズバッと表現できる言葉がないんです。

いろいろさまよった結果、現在のタイトルに落ち着きました。

それと、後書きで書いた不手際というのは、もともと間に一話入っていたものを削除したため、話の時間的前後関係を考えるとSSが続いてしまう、ということです。

まっ、そんなことあんまり気にしねぇよな~という希望的観測の下、普通に連載するんですけどね~


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