第9話 (お酒は二十歳になってから)
一ヶ月ぶりの更新です。
例によってサブタイの中の()の中の言葉に深い意味はありませんが、もちろんお酒は二十歳になるまで飲んじゃだめでっせ(笑)
七月三十一日、今朝きたメール。
『今日は先日話したように隅田川の花火大会に行きます。集合場所は水川駅北口、集合時間は午後四時半です。持ち物は特になし、交通費は部費から出ます。何か予定が入ってしまって来れないという人は折り返し連絡してください。』
この丁寧な書き方は籠原先輩である。先日の『お楽しみ』の後の朝食時に全員参加で花火大会に行くことが決まった。そういう訳で今現在午後四時、そろそろ家を出なくては。ちなみに俺と神田と桜木はいつもの交差点で待ち合わせをして行く事になっている。
「よし、そろそろいくか。」
家を出てすぐの交差点、そこには既に神田がいた。
「いよーっす、遅いぞ~。」
「まだ間に合うだろ?」
「そうだが、オレは待ってたんだ。」
「いつからだよ?」
「二十分前からだ!」
「……それは気が早すぎるってもんだろ……」
「いや、行く前にアイスを食べるためにはむしろ遅いぐらいだ!」
「お前は食べることしか考えてないのかよ!?」
「暑いんだからそれぐらいいいだろ!」
「そういう問題じゃねぇ! しかも「い」が一つ多い! つーか桜木はまだ来てないみたいだな。」
「ああ、だな。でもそろそろ行かないと間に合わなくなるぞ?」
「何やってんだ? あいつ。」
「ふっ…… まだまだだな、代々木。女の子はこういうときは準備に時間がかかるものと相場は決まっている!」
「そうかい、でもそろそろ時間的に間に合わなくなるぞ?」
「うむむ、そこはオレも困ってるんだ。」
「んじゃ籠原先輩にメールして『遅くなる』って伝えておけば?」
「そうか、その手があったか!」
早速メールを打つ神田。逆にお前はそういうことを微塵も考えつかなかったのか?
「よし、これで大丈夫。そういえば代々木、お前は服装とかには気を遣わないのか?」
「そういうお前だって何にも考えちゃいないんだろ?」
「いや、オレの場合はどうすれば一番太ってるように見えないか、ということに気を遣いまくっている。」
「……そうかい、でも見るからに暑っ苦しいってわけじゃないんだし、そこまで気を遣わなくってもいいんじゃないのか?」
「さすがはオレの親友、だが気を遣わなくってはいけない事情もあるのだ!」
「どんな事情だよ……」
「それはだな……」
そのとき神田の携帯の着信音が鳴った。
「おっと、ちょっと待っててくれ。 ……ふむふむ、なるほど。」
「籠原先輩からか?」
「その通り、ちなみに中身は『小金井くんも遅れてるから大丈夫』だそうだ。」
「小金井さんが遅れてるって……確定なのか?」
「さぁ? 確かになんとなく引っかかる言い方だが……それと籠原先輩は既に駅の北口にいるそうだ。」
「はえぇ……」
「オレも驚きだ。さすがは籠原先輩。」
「ついでにもう遅れるってことが確定してる小金井さんもな……」
「おっ、あそこを走ってくるのは桜木さんじゃないのか?」
「みんな~、おまたせ~!」
向こうから桜木が走ってきた。 ……おい、あれは……
「おお~っ、桜木さん、浴衣着てきたんだ!」
「ホントに着てきたのか……」
「うん、着付けに時間がかかっちゃって、遅くなっちゃった。」
桜木はそう言いつつその場でくるりと回る。
「いやいや、オレや代々木みたいに普段通りの格好で来られたら面白みがないから、グッジョブだ!」
「……悪かったな、普段通りの格好で。」
「遅くなっちゃったわたしが言うのもなんだけど、みんな、早く行こう?」
「おおっと! そうだ、既に籠原先輩は駅前にいるんだった! では全力で歩いていこう!」
「走らないんだな。」
「オレに走ることを強要しないでくれ!」
「しねぇよ。」
やけに(無駄に)ハイテンションな神田を先頭にして駅への道を歩いてゆく。
「ねぇ、代々木くん、浴衣変じゃないよね?」
「あ……あぁ、まったく問題ないし、似合ってると思う。」
「よかった~、似合ってなかったらどうしよう、ってずっと思ってたんだよ~!」
「そうなのか? 結構似合ってるぞ? ……なんつーかいつもと違うって結構新鮮だな。」
「えへへ、ありがと。でも秋乃先輩の方がずっと似合ってるんだよ~。」
「なんでそんなこと知ってんだ?」
「だって見たことあるもん。」
「……左様ですかい……」
そして予定時刻より十分ほど遅れて駅に着く。
「すいません、遅れました。」
「大丈夫、春香ちゃんが着付けに時間がかかったっていうのは見ればわかるから。」
「うぉおおおお! お姉さま~! メッチャ浴衣が似合ってます!」
「……神田君、あなた大丈夫?」
「全然平気っスよ!」
「体じゃなくて頭の方よ。」
「うあっ! 今日はいつになく冷たいっス!」
「神田、俺も桜木も似たような意見なんだが……」
「……すんません、もうちょっとテンション下げます……」
「そういえば小金井さん、まだ来てないんですか?」
「ええ、寝過ごしちゃったから遅れるって。」
「寝過ごした?」
「小金井くん、今日は房総半島を一周してきてるのよ、もちろん列車で。」
「ぼ……房総半島……」
「あ……ありえねぇ……」
「でも三十分前ぐらいで東京にいたはずだからそろそろ着くとは思うんだけど……」
「もう着いてるよ?」
「きゃっ! ……小金井くん!? 驚かさないでよ……」
「いやー、あまりにもスキだらけだったからついつい。」
「……何か言う事は?」
「遅れてごめんね、さぁ、行こうか!」
小金井さんが全員分の切符を配る。そして改札を通るとホームへと上る。
「そういえば小金井さん。その服、制服っスよね?」
「うーん、半分正解。ズボンはそうだけどワイシャツは違う。」
「でもなんでこんな時に制服着てるんですか?」
「僕にはそういう服のコーディネートのセンスはないから、それだけ。」
「そんなことないっスよ。絶対に代々木よりはましっスよ。」
「うーん、でも僕の場合は持ってる服が似たようなのばっかりだから。」
「……それだとコーディネート以前の問題ですよね?」
「そうだねぇ……」
「そういえば籠原先輩って普段はどんな服着てるんスか?」
「え? 私?」
「籠原さんはねぇ、おとなしめ、というか清楚な服を着てることが多いのかな。派手な服を着てるとこって見たことないから。」
「へぇー、参考になるっス。」
「何の参考だよ……」
「おっ、電車が来たよ。目的地までは二十五分弱で着くから。」
「あのー、どこで降りるんでしたっけ?」
「浅草橋って駅。そこから歩くよ。」
そして電車に揺られること二十五分弱、浅草橋駅に降り立つ。花火大会に来たと思われる人でホームは結構どころではなく混んでいる。
「みんな~、はぐれないようにね~。」
「いや、マジではぐれそうっス……しっかしずいぶん人がいますね。」
「まぁお祭りだし。 ……っとと! さっそく迷子になるなよ~。」
「そんな……こんな人込みじゃ無茶ですよ……」
「じゃあ手でもつないだら?」
「それは名案……ってそんなの無理っス!」
「そしたらロープでもって繋いどく?」
「それはもっと問題な気がするんですけど……」
「まぁ万が一にもはぐれちゃったら僕か籠原さんの携帯にでも電話してよ。そしたら可能な限り救済措置をとるから。」
「はぁ……まあはぐれないように努力はします……」
「さーて、先輩たちが見物場所を確保してくれているはずだから待たせちゃ悪いし早めに行こう。」
「先輩って誰ですか?」
「あ、そっか。君たちは会ったことがないんだったっけ。先代部長とか先々代部長とか、とにかくコンピ研の歴代の先輩たちだよ。だいたいは『お泊り会』のときに顔会わせをするんだけどね。」
「どんな人たちなんですか?」
「優しいし、おもしろい人たちだよ。せっかくだし話してみたら? きっとすぐに仲良くなれるよ。」
「そうですか。」
「ねぇ、ところで神田君はどこに行っちゃったのかしら?」
「え? 代々木の後ろ辺りにいなかったっけ?」
「……いないですね。」
「まさか……さっそく迷子になっちゃったの?」
「……可能性は否定できない……というか確実にそうだろうね……」
「神田ー、どこだー?」
『ここだ~!』
だいぶ横の方で神田が必死に人波に流されまいとしてい…………あ、流された……
「おっと、神田君を見失わないうちに僕らも早く行こう!」
結局改札口を出たところで神田に合流することができた。
「……人波こえぇ……マジで迷子になるかと思ったっス……」
「まあ本当に迷子にならなくてよかったじゃん。」
「……何でもいいですけどここにいると邪魔じゃありません?」
「んー、そうだね。それじゃあ行こうか、今度こそはぐれないでね。」
「了解っス。」
そして見物客であふれかえっている道を歩いていく。
しばらく歩いてゆくと、交差点の真ん中でこちらに向かって手を振っている人がいるのが見えてきた。
『おーい、小金井~!』
「あっ、宇都宮さ~ん! お久しぶりです。」
「ういっす、久しぶりだな、小金井。」
「こんにちは、宇都宮先輩。」
「おう、籠原か。そっちは今年の新入生か?」
「ええ、本当はここで自己紹介させたいところなんですけどね~。」
「確かに人も多いからとりあえず移動するか。そうだ、小金井、今年は来たメンツが豪華だぞ?」
「そうなんですか?」
「おうよ、黒磯さんと渋川さんだけじゃなくって勝田さんとかまで来てる。」
「あれま、そりゃまたすごい!」
そしてその大先輩らしい人について人込みの中を進んでゆく。
「なぁ、神田、それにしても凄い人込みだよな……神田!?」
「心配ご無用、ここにいるぞ。」
「なっ!? いつの間に背後に!?」
「さっきまた流されそうになったから代々木の後ろに憑くことにしたのだ!」
「俺に憑くな!」
「別にいいじゃないか、憑いたって。」
「怖ぇよ! なぁ、桜木……桜木!?」
「もしかして桜木さんはオレの後ろに……いないだと!?」
「お~い、さ~く~ら~ぎ~!」
『ここだよ~!』
「……だいぶ流されたな……」
「だな……」
『お~い、代々木くんたちどこ行くのさ~!!』
「? 何でだ?」
『こっちに着てよ~』
「……この流れはまさか……」
「まさかの……」
『早くしないと迷子になっちゃうよ~!』
「俺らが迷子!!」
「なんだって~!」
慌てて桜木のいる方へ戻る。
「うわ……あぶねぇ……危うく迷子になるところだったぜ……」
「冷や汗が凄いことに……」
「代々木君も神田君も何やってるの? ちゃんとついてきてって言わなかった?」
「申し訳ないんスけど今までの文章を読み返した限りそんなことは言ってなかったっス、お姉さま。」
「神田君、隅田川に沈めるわよ?」
「あぁぁ……今日のお姉さまはまた一段と過激で……」
「カ・ン・ダ・ク・ン ?」
「ゴメンナサイ、生まれてきてゴメンナサイ、生きててゴメンナサイ。」
「神田、そこまで卑屈になる必要は無いと思うよ? ねぇ、籠原さん?」
「……小金井くんに免じて許してあげるわ、神田君。」
「あぁっ、お姉さまっ! お慈悲をっ!」
「神田、お前は命が惜しくないのかよ……」
「……神田、次は僕でも籠原さんをセーブできないと思うから、適宜がんばってね?」
「……あ……秋乃先輩から黒いオーラが出てる……」
「おいおい、いきなりブラック籠原炸裂は止めてくれよ、頼むから。」
「……別に私は怒ってませんから大丈夫です。宇都宮先輩。」
「……いや、だから既に凄まじく怖いんだよ……小金井、何とかしろ。」
「無理です、唯一止められる方法は僕の命が危なくなるのでやりたくありません。」
「……まぁいい、そろそろ着くぞ。」
案内された場所は、河川敷の土手の上だった。既に敷かれていたブルーシートの上で何人かの人が酒盛りを始めているようだ……
「おい~っす、いらっしゃ~い!」
「久しぶりだな、小金井と籠原!」
「後輩諸君もいらっしゃ~い!」
「まぁ、とりあえず上がろう、みんな、靴脱いで。」
「小金井さん、靴だけでいいんスか?」
「神田、何もかも脱ぎ捨てるのは止めときな。」
「……最低ね。」
「ぐはぁっ!」
「秋乃先輩の会心の一撃! 神田君はたおれた!」
「……桜木、悪ノリはやめろ……」
「まぁまぁ、さて、それじゃあ新入部員の自己紹介から始めますか?」
「だな、ほい、新入り諸君、自己紹介を始めてくれい。」
「代々木実です。」
「神田武彦です。」
「桜木春香です。」
「おーし、三人とも『です』の位置がきれいに揃ったな! それじゃあこっちも自己紹介だ。 俺は先々代部長の黒磯だ、ヨロシク。」
「ほいじゃあお次だ、先代部長の宇都宮だ、よろしく。」
「俺は宇都宮と同期の渋川だ。よろしく。」
「オレは三代前の部長だった勝田だ、ヨロシク。」
「黒磯の同期の湯河原です。宜しく。」
「同じく黒磯の同期の衣笠だ、よろしく。」
「俺は勝田の同期の友部だ、ヨロシク。」
「今日来たのはこれで全員ですか?」
「そうだ、まぁこのメンツがそのまま夏季合宿の手伝い要員だがな。」
「そうですか、そしたら何人かの先輩たちが酒に飲まれる前に合宿の栞を配っちゃおうと思います。」
「おう、今年も大宮先輩のとこの別荘借りてやるんだろ?」
「はい、もう大宮さんに確認済みです。」
「さすがに仕事が速いな……っていうかそれやったのは籠原か?」
「さすが黒磯さん! 正解です!」
「籠原、小金井の奇行は相変わらずか?」
「ええ……もちろん……」
「まぁ小金井だしな、そんぐらい許されてもいいんじゃねぇか?」
「えー、で、説明をしようと思います。と思ったんですけどめんどくさいので各自で読んどいてください。」
「さすが小金井、地味に手を抜くな。」
「栞の方は気合を入れて作りましたから。」
「たった一時間で?」
「草稿に三十分かけてるよ?」
「……それは草稿はさらに手抜きだったってこと?」
「さぁね~☆」
「おいおい、ここでコンピ研名物の掛け合いを始めなくてもいいだろ……」
「……えーっと、宇都宮先輩? 名物だったんですか?」
「ああ、確かお前さんは……代々木だったっけ? そうなんだよ、名物だったんだ。なんせ常日頃からあいつらはあの調子だしな。」
「おい、小金井。協賛に『オカルト研究会』が入ってるが、マジか?」
「マジですよ~。肝試し要員に手配しました。なんでもたまたま近くで彼らも合宿やってるらしいので。」
「……今年の肝試しは修羅場になりそうだな……」
「もちろん先輩方にも参加してもらいますから。」
「……マジかよ……」
「まぁ去年は面白い物が見れたし、たまにはいいんじゃないか? 俺らも行っても。」
「ああ、去年のアレね。」
「去年のアレってなんスか?」
「ああ、去年も肝試しをやってたんだが、小金井と籠原のペアだったんだな。そしたらこいつら二人してダッシュで帰ってきやがってよ~、いまだに笑い種だぜ。どっちもオバケ系がダメだったんだとさ。」
「……小金井さん、そのテのやつダメなんですか?」
「そうだよ。ダメなんだよね~。なんか本能的に受け付けない。」
「他にも色々と弱点はあるけどね……」
「それは言わない約束だよ~、籠原さん。」
「まぁとりあえず飲めや! 二十になってないヤツは鮭は飲むなよ~。」
「友部~、お前だいぶ酒が回ってるぞ?」
「いんや、まだ大丈夫だっちゅーの。」
「微妙に古いぞ~」
「気にしたら負けだ! 飲めや歌えやあらほらさっさ~」
「……勝田さん、いざという時は友部さんを頼みます。」
「分かってる、だがもしかしたらなんてことがあるかも試練から、宇都宮、頼むぞ。」
「既に危ない兆しが見えている気がするんですよね、変換ミスを全く気にしてないとかフォローしようともしないとか……」
「まぁ気にすんな。ほれ、新入りたちもそこのジュース飲んでもいいんだぞ? おつまみも食うか?」
「それでは……」
「ありがたく……」
「いただきま~す!」
そして花火を見つつ先輩たちとしゃべりながら飲み食いしている間に第二会場の花火も終わってしまった。
「ふー、食った食った! そして飲んだ!」
「いんにゃ~。まだふぁなびはちゅづくぞ~、」
「わハははハは! それ見ろ友部~、酔ってんじゃねーか。アヒャヒャヒャヒャ!」
「……黒磯先輩、この人たち頼みますよ?」
「ああ、そのために車を用意しておいたんだからな……」
「いいか、一年生たち、大きくなってもああなっちゃ駄目だからな?」
「はぁ……そうっスね……」
「さーて、撤収だ! 黒磯さん、酔っ払いたちは頼みます!」
「はいはい、了解した。」
そして酔っ払った先輩たちは黒磯先輩の車に押し込められて自宅へ強制送還されていった。
「よし、じゃあお疲れ。気をつけて帰れよ。」
「はい、それでは合宿のときにまた。」
「おうよ、んじゃな。」
そして先輩たちは帰っていった。
「さーて、それじゃあ僕らも帰ろう。」
そしてやはり満員の列車に揺られて帰途についた。
揺られること三十分弱、やっと水川駅に到着する。
「お疲れ様、全員ちゃんといるね?」
「すいません! 桜木が寝そうです!」
「ん? どれどれ……あっちゃ~、ホントだ。じゃあ代々木、そのまま連れてってあげなよ?」
「力が入らない人を運ぶって地味にキツいんですけど!?」
「キアイだ~、がんばれ~。」
「『気合』がカタカナだとなんか気が抜けるんですが!?」
「すまんな、代々木、オレとお前では背の高さがだいぶ違うから力にはなれないんだな。」
「神田! 手を貸せ!」
「オレの両手はもうすぐ夜食で埋まるから無理だ!」
「さらにこのあと食うのかよ!?」
「もちろんだ!」
「まぁおつかれさま、それじゃあね~」
「待ちなさい!」
「逃げる~! ……ぐえっ!」
「逃がさないわよ。」
「分かったから、逃げないからワイシャツの襟を後ろから引っ張るのはやめて!」
「代々木君、神田君、帰りましょ。」
「へ~い。」
「神田……結局手伝ってくれないのかよ……」
こうして花火大会は終わった。