1話 奇跡の少女の誕生
長崎県佐世保市には、一風変わった海軍工廠があった。
そこは艦船や兵装を開発・製造する施設であり、同時に“人工艦船生命体”の建造拠点としても知られている。
すでに数十隻が実戦配備され、海上での運用も日常的に行われていた。
そして今日、その工廠で――新たな個体が誕生しようとしていた。
工廠の一角、駆逐艦建造区画へと続く通路。
厚い隔壁と認証装置を抜けるたびに、空気の温度がわずかに変わる。
機械油の匂いはほとんどなく、代わりに消毒液と薬品の匂いが薄く混ざっていた。
やがて通路の先に、整然と並ぶ巨大な円筒状のカプセルが現れる。
透明な培養槽の中に満たされた液体が、ゆっくりと循環している。青白い照明に照らされ、それらはまるで深海に沈む発光体のようだった。
「……状態は安定。問題なし」
白衣の男が端末を見ながら呟いた。造船担当の立神だ。一つ一つの数値を追い、わずかな異常も見逃さない目だった。
その隣で、艤装担当の針尾が無言のままカプセル群を見上げている。
「報告書と同じ傾向だな」
「成熟速度も規格内だ。問題はない」
淡々としたやり取りが続く。
「……本当に、同型をあと十隻以上作るのか」
針尾がぽつりと漏らす。
「既に一隻の建造が始まっていると聞いてる。ここは残り一隻だ」
立神はそう言いながら、カプセルの一つを見上げた。
「もうすぐ戦いが始まるらしい。……この子たちを作った者としては、一隻も欠けることなく終わってほしいな」
……沈黙。
その意味を、互いが理解している沈黙だった。
カプセルの中で、液体がわずかに波打つ。
「……今の、数値変動か?」
立神が端末を確認する。
「いや、異常値は出ていないな」
規則正しい循環の中に、ほんの僅かな“揺らぎ”が混じっている。しかしそれは、異常と呼べるほどのものではなかった。
「ここにあるのは全部、戦力になるのか?」
針尾の問いに、立神は少し間を置く。
「戦力になるかどうかは、現場の人間と艤装次第だ。だが戦力になってもらわなきゃ困る」
そして肩をすくめた。
「俺は造船、お前は艤装。役割は違うが、同じものを仕上げてる」
「そうだな」
針尾は小さく息を吐いた。
「明日は進水式だ。俺の仕事はここまでだな」
「違いない。そこから先は俺の番だな」
針尾はわずかに笑った。
その視線の先では、カプセルが静かに揺れていた。
まだそれは、艦とは思えぬ少女のようである。




