鑑定士=エンジニア
[プロローグ]
世界大戦が始まってどれくらい経っただろう。もう人間が戦う時代は過ぎた。今はもう、ロボットが指揮を取り、ロボットが戦う時代。度の過ぎた戦いを繰り返しながら、ついには人間の数をロボットが越してしまった。どこもかしこも荒れ地になり、かつての都会はどこにも見当たらなかった。
これは、そんな世界の片隅で起こった、ロボットたちの物語。
とても平和だと言える状況ではない。ただ逃げ惑う人間たちを眺めるだけの日々であった。もう鳥すら鳴いていない。動物といえば、何も考えず駆け回るネズミや虫と、そこら中で怯える人間くらいのものだ。
そんな世界で、ただひたすらに空を見つめる者がいた。多分十五歳くらいの少女で、背中からはコードがむき出しになっている。あの子もロボットだろうか。何故そうしようと考えたのかは未だに分からないが、あのままではきっと不便だ、直してやろうと思い、私は少女の背に手をかけた。
何故か、彼女に惹かれたのだ。
「あ、スミマセン。アリガトウ。」
私に気付いたのか、少女は片言の日本語でそう言った。
「別に母国語で良いよ。私もロボットだから同時翻訳できるし。これ、直しちゃうね。」
「ありがとうございます。」
そう言うと、少女はまた空を見つめた。どこか人間らしい、夢見る表情だった。
「星が好きなの?」
思わず聞いてしまった。少女は「はい…」と言葉を詰まらせながら答えた。
「好き、というか…。何か、思い出すんです。昔のことを。」
「昔のこと?」
背中を修理する私を横目で眺めながら、少女は続ける。
「どうも上手く思い出せないんですが…。…あいにく、いつかの戦いでメモリを傷つけてしまったようなんですよ。でも、暖かくて、とても懐かしい思い出なんです。」
少女は笑っていた。ロボット特有の不自然なものではない。優しさと喜びの混じった、本物の笑顔だった。私は「そっか。」と頷いてみせ、修理に集中した。
三十分も経つと、少女の背はほとんど元通りになっていた。
「できたよ。」
夢見心地の少女に声をかけると、彼女はまた嬉しそうに笑い、
「ありがとうございます!」
と言った。それから続けて、
「私、製造年月がちょっと古くて、誰も直せなかったんです。でもお姉さんはちゃちゃーって直しちゃって、本当、すごいなぁ。」
と、半ば悲しそうに、半ば嬉しそうに言った。こんなふうにして褒められるのは久々で、なんだかこそばゆくなった。
「そういえば、何で私に背中を触られた時あんなに落ち着いてたの?私が敵じゃないとは限らないでしょ。」
照れを誤魔化すかのように、次の話題へと繋げる。少女は直った背中をさすりながら答えた。
「だって、お姉さんどう見ても非戦闘ロボットですし、万が一攻撃されても大丈夫かなあって。でも、明らかに手つきがエンジニアとかその類いだったので、直してくれると思って背後を許しました。コード出てるくらいじゃハッキングはされませんし、まあいいかと思って。」
この子は空を眺めながらそんなことを考えていたのか。きっと、優秀な戦闘ロボットであるに違いない。まだ嬉しそうな少女に感心しながら、私はその場を立ち去る準備をした。
「あ、待ってください。」
少女は優しく声を上げた。
「お姉さんの名前、教えてください。あと、所属部隊も。…もし本当に敵だったらここで倒さなきゃなりません。」
急に冷たくなった声に驚きつつ、私は自分の情報を読み上げる。
「製造番号、C-28。個体名、ユズ。鑑定士、エンジニア。所属部隊はテリアであったが、壊滅したため現在は無所属。」
「体の型は?」
「2090年製の日本第三型。フジモト式。」
言い終えると、少女はほっと息をついた。
「良かった、敵ではないですね。」
明らかに緩んだ少女の顔を見て、少し違和感を覚えた。ロボットがこんなに自然な表情をするものだろうか。この子はもしかしたら…。
「…君は?」
「え?」
「君はどうなの?」
一気に空気が凍りつく。
「君の個体情報を教えて。」
また少女の顔が曇った。言いたくない、という顔。これを見て私の疑問は確信に変わった。
「偽装しても無駄だよ。私は世界でも有数の鑑定士。あなたが虚偽の情報を述べても、さっき修理した背中の配線を思い出せば個体情報は分かるんだから。」
これを聞くと少女は諦めたように言った。
「…製造番号、B-01。個体名、クロエ。戦闘要員。所属部隊、メイヴ。」
「身体の型は?」
「…2075年製、イギリス第二型。基本はフジモト式。表情プログラムにラルタ式を採用。」
言い終えて、少女はさっきとは違う意味でため息をついた。言ってしまった、と言わんばかりのその表情は、儚げでとても美しかった。
一方で私はこれ以上ないほどに興奮していた。イギリス第二型の、フジモトとラルタの合同式。これは世界に五体しかない極めて希少な個体で、その姿と表情は人間と見分けがつかないのだという。その上戦闘能力に長けて製造法は秘密。ロボットオタクのロボットとしては体が粉々に砕けてでも生で見たかった個体が、今、目の前に。そして、私はそれを直したのだ。直したのだ!
私の推しは正体がバレたら処分、を繰り返される謎に満ちたスパイロボットの少女であるが、推しじゃないにしろ、第二型に会えたということに価値がある。
嬉しさのあまり回路がショートしそうだ。だか、これで彼女が個体情報を言うのに渋った理由に合点がいった。地球史上最高と謳われるその戦闘能力は、世界に五個しか存在しないのだ。バレて解体でもされたら、強さのインフレに加えて戦争が激化してしまう。それなら納得………ん?
私の思考は、言葉にし難い矛盾を捉えていた。懸命にそれを言葉に直して、口にする。
「…いや待って。所属部隊メイヴって言った?」
「はい。メイヴです。」
「メイヴってあの、大阪からの派遣部隊?」
「はい。」
「いや待って待って待って。君イギリス出身だよね。今も普通に英語喋ってるし。なんで日本所属の部隊なわけ?普通出身国から派遣されるよね?……そんなわけないけど…スパイとか?」
少女は、クロエは笑った。さっきの優しい笑みではない。繕うような、機械的な笑顔だ。
「すみません、機密事項なんです。」
そう、と小さく返事をすると、クロエは私の肩に手を置き、「なんで…。」と囁いた。
「あっ、もうこんな時間。もう行かなきゃ。」
何事もなかったかのようにクロエが間の抜けた声を出す。何故かとてもわざとらしく感じた。
「それではまた、ユズさん!また会えると良いな。戦争が終わったら、お互い壊れず会いましょう!」
返事をする間もなく、クロエは去って行った。焼却炉のほうへ、威勢よく去って行った。




