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【受賞】捨てられ仮面令嬢の純真  作者: 山田あとり


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9/12

第9話 近づきたいのに

  ✻ ✻ ✻



 セレスがレオから手をふれられたのは、二度だけだ。結婚式の誓いの口づけの時に頬へ。そしてその後の馬車でふたたび頬を、そっと。


(……あれは、いい雰囲気だったと思うんだけど)


 思い返したセレスは空を見上げた。

 ここは館の庭だ。小さな空間だが風そよぐ木かげにベンチが置かれていて落ち着く。美しく刈り込まれた王宮の大庭園も悪くはないが、ここにいてセレスの心はなごんだ。


 馬車での空気のままレオと親しくなっていき、流れで彼に身を任せることができていたら――と考えてしまった。

 でもそれは無理な話。即・帰宅し、即・初夜というスケジュールでは仲を深める時間などない。


(緊張しすぎた私がいけないのだけど。ああ、レオさまになんて言えばいいのかわからない)


 頑張りますから抱いて下さい、とは言えない。


(レオさまは、私のことをどう思っているの? 尊重してくださるけど……やっぱり女性としては好みではないのかも)


 以前レオは、王太子妃婚約者として立派に振る舞っていたとセレスを評してくれた。

 だが、妻に迎える女としては物足りないのではないか。だから放置されている……と考えるのが正しく思えてきた。


(あれだけ男前でいらっしゃるのよ。高貴な血のお生まれだし、たくましい騎士でもある。結婚にしばられず、あちこちの恋人を渡り歩いて楽しんでいらっしゃるのでは……ならば私の存在などお飾りにすぎないの?)


 庭のベンチでくつろいで見えるセレスだが、頭の中はぐるぐるする悩みに埋めつくされていた。



  ✻ ✻ ✻



 ところでレオがセレスに手をふれたのは二回だけではない。結婚式より前、婚約破棄を告げられ失神したセレスを抱き上げたのが最初だ。その瞬間のことをセレスはもちろん覚えていなかった。レオからは「サンルームへお連れした」と言われたが、すっかり失念しているのだ。


(上着でくるんだとはいえ、あの時のセレスティーヌはくったりと肉感的だった……)


 仕事を午後早く退出できたレオが帰宅しながら考えているのは、もちろんセレスの攻略法だ。館に戻れば妻としてセレスが待っているのだから。

 いかに自然に手を取るか、サラリとエスコートするか。ダニエルに叱られたことをレオは真剣に検討している。

 その流れでよみがえったのが、初めてセレスを抱き上げた日の記憶。王太子執務室の床に伏す痛々しいセレスの姿と、面倒くさそうなリュシアンの顔が忘れられなかった。


(あんな男にセレスティーヌを奪われなくて本当によかった)


 来春には王位を継ぐはずのリュシアンを「あんな男」呼ばわりしながら、レオはセレスの体の重さを思い出した。

 セレスはほっそりして見えるが、完全に力の抜けた人間というのは女性でもズッシリくるもの。だが鍛え抜いているレオにとってはなんでもなかった。妻をしっかり支えられる男であることが誇らしい。


 あの時は血の気のない顔で目を閉じるセレスのことが心配で、呼吸しているか耳を寄せ確かめた。

 耳朶をくすぐる吐息にふるえ、思わず「セレスティーヌ……」と苦しい想いをつぶやいた。そこでセレスが目を開けたのだ。


(名を呼んだのを聞かれたかと焦ったが……意識が朦朧としていて助かった)


 気づかれていたら、かなり失礼なことだった。セレスから無作法な男と思われるなど耐えられない。

 だが紳士的に振る舞いたいあまり、夫婦として不完全な状態でいるのはレオの失策だろう。

 

(セレスティーヌ……どうしたら心を開いてくれるんだ)


 レオは悩む。だが前提から間違っていることには気づいていなかった。

 セレスは別に、レオに心を閉じてはいない。レオとの夜に緊張しているだけで、夫のすべてを拒絶しているわけではないのだ。



  ✻ ✻ ✻



 帰宅したレオは、迎えに出たのがダニエルだけで拍子抜けした。今までセレスも毎日玄関ホールへやって来ては微笑んでくれていたのだが。


「奥さまは、お庭を散策なさっています」


 教えたダニエルから目配せが飛ぶ。チャンスだ。レオはうなずいた。


「今日は帰りが早かったからな。俺も庭を見てみよう」

「行ってらっしゃいませ」


 セレスのいる庭というのはプライベートな造りになっていて、玄関前とはつながっていない。館のホールから裏へ抜けたところだ。

 小じんまりした庭へ歩み出たレオは、ベンチにいるセレスをすぐに見つけた。何やら深刻な表情だった。


(セレスティーヌ……悩み事か? それはもしや、俺との結婚についてでは)


 そのとおりだ。

 だがレオが想像し戦慄したような、結婚を後悔するものではない。どうしたらレオに歩み寄れるかわからず、困っているのだった。


「――レオさま!」


 人影が動いたのにハッとしたセレスは顔を上げ、夫の帰宅に気がついた。でも立ち上がるより早くレオがベンチに近づく。


「少し早く帰れた」

「お出迎えせず申し訳ありません」

「そんなのはいい」


 レオはさりげなく隣に座ってみた。だがセレスがそっと腰を離す仕草に軽く傷つく。

 セレスにしてみれば、自分より大きなレオがゆったりできるよう気を配っただけなのだが。気持ちがすれ違っている時は何をしても裏目に出るものだ。それでもレオはめげずに話題を探した。


「……今日は、何をしていたんだ? 館にはもう慣れただろうか」

「あの……ダニエルに領地のことを相談していました」

「領地?」


 いぶかしげにされ、セレスはおどおどうなずいた。



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