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捨てられ仮面令嬢の純真  作者: 山田あとり


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第41話 人々の行く末

  ✻ ✻ ✻



 レオが新たな王になるというのはまだ極秘事項だった。しかし館の人々には伝えないわけにいかない。彼らも身の振り方を考えなくてはならないから。

 セレスとレオは男爵夫妻だ。だから小じんまりした館を貴族街の端にかまえていたのだが――。


「私どもは……どうなりましょうか?」


 家政婦長アネットは、使用人一同を代表し主人に尋ねた。開け放たれた居間の扉の外には、心配そうな下男と女中、料理人らがのぞいていた。

 レオが国王に、そしてセレスが王妃になってしまうなら当然王宮で暮らすだろうし、この館は閉めることになる。


「……ラヴォー公爵家から来てくれた者も多いし、戻れるように手配しよう。王宮についてきてくれてもいいが……」


 レオが迷うと、セレスは申し訳なさそうに首を横に振った。


「宮廷には厳しい作法があるし、使用人の中にもハッキリした上下があって……私とは、ここでのように近しくできないと思うわ」

「えええー? 奥さまといられなくなるんですかあ?」


 切ない声をあげたのはコラリーだった。セレスの専属侍女として、とても仲良くなっている。離れたくないのはセレスも同じだ。


「王妃の周りには貴族のご令嬢が配されるのが通例だもの。コラリーがいじめられたりするのは嫌なのよ」

「うっわ。王宮ってそんなことがあるんですか。どうしよ……」


 コラリーは顔をしかめた。このおおらかな商人の娘を連れていっても堅苦しい宮廷には馴染めないだろう。王妃に仕える上級侍女は、行儀見習いや箔づけのため貴族の娘が務めるものだ。


「――私はレオさまについて参りますよ」


 宣言したのは執事のダニエルだ。彼ならば公爵家で作法を仕込まれており、侍従の仕事もこなす。王宮だろうとなんの問題もない。


「私は公爵邸に戻ります。この館で雇われた者の仕事ぶりは私が公爵さまに保証しますから、皆は安心なさいね」


 アネットは下男や女中の不安を拭うために主人夫婦に直談判しているのだった。どこまでも下の者を気づかう姿勢がセレスの気性とも合い、頼りになる家政婦長だ。別れるのが寂しい。


「はあ……でも私は悩みますー」


 ひとり去就に迷うのはコラリーだった。専属侍女は他の使用人とは違い、セレス個人に仕える存在。公爵邸へ行っても仕える相手がいない。


「いいのよコラリー。まだ時間はあるわ。一緒に考えましょう」


 セレスはコラリーにも幸せになってもらいたかった。切ないため息をもらすセレスの隣で、レオはハタと思いついた。ウスターシュ。


(コラリーはウスターシュをどう思っているだろう。好意があるなら結婚を勧めるとか……いや俺からそんなことは差し出がましいか)


 これはちょっと根回しが必要な案件だ。セレス経由でコラリーの気持ちを確かめねばならなかった。



  ✻ ✻ ✻



 数日後、セレスは町へ出た。レオも一緒だ。

 暴動の空気はおさまり、もう略奪なども起きていない。街路の封鎖が解かれて日常の姿が戻りつつあった。

 だからセレスは市井の人々にそれとなく暇乞いをしようと思った。間もなく国王代替わりの件が発表になるから。

 王妃ともなれば、身軽に市場を歩くこともできないだろう。今日だってずいぶん無理をしていた。やや離れて騎士団員が数人ついてきているし、警ら隊の姿もさりげなく多い。未来の国王夫妻を警護しなければならないが、これは「レオさん」と「仮面の男爵夫人」としての最後だろう。二人をそっとしておきたいという騎士団長フェルナンの気づかいが感じられた。


「奥さまとお散歩するの楽しかったんですけどねえ」


 コラリーは口をとがらせる。さすがに王宮へついていくのは無理だと判断し、再就職先を探している最中だ。


「私も楽しかったわ。どなたか優しい方にお仕えできるといいけれど」

「……いっそ小金持ち向けの仕立屋を始めるなんてのも、面白そうだと思うんですけど。どうですか」


 いきなりコラリーが提案してきてレオはぎょっとした。そんなにガッチリ自立する方向で考えているのか、この侍女は。実は道の先でウスターシュとばったり会う予定なのだが。

 セレスが探りを入れたところ、ウスターシュについて「一緒にいて楽な人」だという評価が返ってきた。微妙すぎて傍からは話が進められないので、直接会わせるしかない。


「まあコラリー、お店だんて素敵ね。でも……ちょっとした資本が必要なのではない?」

「です。そのためにもしばらく働かなきゃって思うんですよ」


 コラリーはあくまで自分の力でなんとかするつもりらしい。男に頼ろうとするより健全だと思うが、ウスターシュの気持ちを考えると複雑だった。


 市場に到着すると、セレスとレオに気づいた人々が集まってきた。口々に戦勝の祝いと施しへの礼を伝えてくれて二人は感激する。皆に愛される妻のことが誇らしくてレオは満面の笑みだ。


「だってそれは、セレスちゃんの人徳ってものよ」


 パン屋のおかみさんが笑ってセレスの背をはたく。レオが公爵家の息子だと知り小さくなっていたのに、懲りていないようだ。セレスが王妃になってから青ざめないといいのだが。


「あれ、レオ! 奥方とコラリーさんも」


 ひょいと寄ってきたのはウスターシュだった。偶然をよそおっているが目当てはコラリー。いつもより格好つけた笑顔でなんだかおもしろい。セレスは笑いをこらえながらコラリーにささやいた。


「……ウスターシュさんともあまり会えなくなるかも。話しておいたら?」

「ああ彼、館を閉めるのは知ってるんですもんね」


 王位の件について騎士団員は承知だ。コラリーが行き場をなくしていると聞いて、ウスターシュは張り切っているらしい。二人にするから頑張れ、とレオは目配せをした。

 少し離れていく二人を気にしつつ、セレスはキリ、と顔を上げた。馴染んだ市場の人々に言わなくてはならないことがある。


「私、ここにはあまり来られなくなりそうなんです。だから皆さんにご挨拶をと」


 微笑むセレスにみんなは驚きの目を向けた。



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