第19話 隣国の思惑
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名実ともに国王となったリュシアンは、マルロワを訪問中の各国要人と順に会談をこなしていた。ただし、後ろに宰相ラヴォー公爵と補佐官マティアスを伴ってだ。何か失言をされては困る。
今向き合っているのは、隣国ビルウェン王国よりの使節だった。
「隣国の慶事に立ち会うことができ、喜ばしく思います。我がビルウェン王国ともいっそうの友誼を深めるよう求めたい、との言葉を預かって参りました」
「うむ。それはマルロワの、そして私の願いでもある。大義であった、ハーラルト卿」
謁見の間に現れたビルウェン王国の一行は、正使ハーラルト卿以下全員が重々しい礼服に身を包んでいる。だがその末席に恭しくおさまる中年男一人だけは雰囲気が違う、とマティアスはひそかに注視した。
この男、実は先だって町をうろついていた商人のギードだ。式典よりずいぶん前からマルロワに潜入し、国情を探っている。
それが今日、ハーラルト卿にくっついて王宮へ乗り込んできた。ギードがわざわざ使節団にまぎれたのは、マルロワ宮廷の空気を知り――そしてマティアスの為人を見極めるためだ。
マティアスは現在、王位継承権第一位に繰り上がった重要人物となっている。リュシアンにマルロワを統治させておくよりマシだと思えれば後押しを惜しまない、というのがビルウェンの思惑だった。それはつまり、王位簒奪をそそのかすという意味なのだが。
「我が国とビルウェンの国境において――」
リュシアンはつまらなそうに口を開いた。
「貴国の民が不法を為していると報告が上がっているが」
「聞き及んでおります」
申し訳なさそうにしてみせたのは正使ハーラルト卿だった。が、議題になる事柄については事前にマティアスと使節団とで折衝済み。答弁は形式的なものだ。
「その地方におきましては昨年、特産の品が不作でございました。困窮した民の暴挙をお詫び申し上げる。領民を救う施策を行うとお約束しましょう」
「早急に願いたい。マルロワの民を守るのが王たる私の務めだ」
もっともらしくリュシアンはうなずいてみせた。
謁見を終えたビルウェン王国使節団を外まで送っていくのはマティアスだった。きらびやかな廊下をほぼ並んで歩きつつ、正使ハーラルト卿の半歩だけ後ろをキープしている。
「補佐官殿は、新たな王のお従兄にあたられるのでしたか」
ハーラルト卿がなんでもなさそうに言い出し、マティアスは片眉を上げた。
王位継承順位については承知しているぞ、という意味を込めた前置きだと思われる。言いたいことがあるのだな、とマティアスは身がまえた。
「若い主君を支えながら、補佐官殿もまだお若い。ご苦労も多いことでしょう」
「ねぎらいのお言葉をありがたく思いますよ。陛下は確かに若く、夢を追う心をお持ちの方ですね」
にっこり答えるマティアスの言い方は、どちらとも取れた。リュシアンは理想に燃える君主なのか、はたまた夢想に溺れる馬鹿なのか。ハーラルト卿はふぉっふぉと笑う。
「統治に年齢は関係ありません……ですが若さゆえと思われるなさりようには民も厳しい。お気をつけなさるがいいかと」
「さすがビルウェンを支えるハーラルト卿のお言葉は重い。ご忠告いたみいります」
「いやいや。何、式典の日にも市中で騒ぎがあったと聞きおよびましてな」
それは舞踏会が始まる時間にあった倉庫略奪と火災のことを指していた。マティアスはチラリと後ろに目をやる。そこにいるのはギードだ。
「小さな事件でしたが、ご存知でしたか。お抱えの商人からお聞きになったと思っておきましょう」
「ほう……勘のよろしいお方ですな!」
感嘆の声はギードから上がった。貴族の使節に混じっているが商人だと言い当てられ、マティアスの値踏みに結論が出たらしい。ツツ、とマティアスの後ろまで出てきたギードは小声になった。
「貴殿はお若いが、国政も人の機微もわかっていらっしゃる。あなたのような方が上に立てばマルロワは安泰でございますなあ」
マティアスはあいまいな笑みのまま答えなかった。「上に立つ」という言い方には不穏な意味がこもっている。軽々しく応答していいことではないのだ。
その用心深さも含め、マティアスはハーラルト卿の眼鏡にも適ったらしい。やわらかく追い打ちがかけられた。
「我々ビルウェンとしても、マルロワに泰然としていてもらわねば困りますのでね。補佐官殿が気概を持っていらっしゃるなら支援は惜しみませんぞ。このギードはしばらく商売で貴国に滞在いたしますので、なんなりと」
淡々と告げ、ハーラルト卿一行は退出していった。
マティアスは無言、そして無表情だった。リュシアンに対して感じていたことを言い当てられたのは不快だ。だが――。
「……利用できるものは使えばいい、か」
ギードとの駆け引きが面倒なのはわかっている。しかも国を賭けての博打だ。
だが、このままでいたくはなかった。それにリュシアンを王座から降ろした方がマルロワのためになるのは明白なこと。
他国人から見ても、リュシアンとマティアスは利害の一致しない間柄なのだと考えると乾いた笑いがもれた。リュシアン本人は仲のいい従兄だと思ってくれているのに。




