第18話 すべてを
その言葉は当然レオにも聞こえていた。一瞬で氷のように冷えた目を、伏せて隠す。怒りを飲み込んだレオは、ふるえそうな妻の手を取った。
「セレスティーヌ、行こう。気にすることはない」
「レオさま……」
国王夫妻に続き、チラホラと男女が踊り出すフロア。レオは堂々と足を進めた。青ざめながらついてきたセレスと向き合うと、微笑んでささやく。
「やっとセレスティーヌと踊れる――夢だったんだ」
「え――?」
ホールドした二人は足を踏み出した。
曲の途中からでも迷いないステップがセレスをリードし、硬さをすぐに取り去る。初めて踊る二人はなぜか息がぴったりだった。セレスの唇にだんだん笑みが浮かぶ。
レオの足取りは明確な意思を伝えセレスを導く。軽く左手を押すだけで進む方向を示した。踊る人々のひと組をスイとよけざま――。
「――まるで仮面舞踏会じゃない?」
嘲笑してきたのはミレイユだった。セレスの息がとまりかける。姉に言葉を投げつけると、ミレイユは尊大な笑顔で離れていった。
ふらつきかけたセレスの手を強く握り、レオは言い聞かせた。
「誰の言葉も聞かなくていい。俺だけを見ていろ」
ささやきに、セレスはハッと自分を取り戻す。
そう、もうミレイユやリュシアンに何を言われようといいのだった。だってセレスにはレオがいる。恋しい人が、ここに。
もう大丈夫。落ち着いてリードに身をゆだねながら、セレスは尋ねた。
「レオさま――さっき夢、て」
何も怖くなくなった。レオがいるから。だからなんでも訊けた。
レオから返されるのは熱いまなざし。
「セレスティーヌを見ていたんだ。ずっと」
「ずっと?」
「王太子妃になどならないでくれ、と願っていた」
それは――ずいぶん前から恋していたという告白だった。
絶句したセレスは軽やかに踊り続けながら、ただレオのことを見上げていた。
セレスはその日、レオ以外と踊らなかった。レオもセレスとしか踊らない。疲れたら二人でテラスへ出て火照りを冷ました。
レオはもう、セレスの手を離さなかった。それは帰宅する馬車に乗っても同じだ。
「セレスティーヌ――」
ぴたりと腰をつけて座ってもセレスは逃げなかった。レオはそっと妻の手の甲に唇を落とす。
「レオさま」
「――愛させてくれるか?」
意味をこめたその言葉にセレスは無言だ。恥じらって何も返せない。うるさい鼓動がレオに聞こえそうで困った。
だけど愛する夫へ、精いっぱいの気持ちをあらわしたかった。セレスはそっとレオの肩へ頭をもたれさせる。怖れではなく喜びにふるえるセレスの体を、レオの腕が力強く抱きしめた。
セレスのおとがいにレオの指先がかかる。二人の熱いまなざしが絡まった。薄紅の唇がためらいにわなないたが――優しくふさがれる。
馬車の中で寄りそう二人を、ガラガラという車輪の響きだけが包んでいた。
✻ ✻ ✻
翌朝、目を開けたセレスはすぐ隣で微笑むレオをぼんやり見つめた。ここはセレスの部屋だ。なのにレオが一緒にいる。
「おはようセレスティーヌ」
愛おしげにささやくレオの声が甘かった。いや、昨夜は――セレスも甘く乱れてしまった。
そっとレオの指先でふれられると、頭がしびれていく。押し寄せる波のような高ぶりにレオへすがりついたのを思い出した。
恥ずかしくてセレスは掛布に頭までもぐり込んだ。レオは肩をふるわせ笑う。
「眠れたか? 疲れさせたな」
がっしりした胸の筋肉もあらわに腕を伸ばす。髪をなでられセレスはそっと顔を出した。
「レオさま……」
「さすがに起きないと。陽が高い」
体を起こしたレオの背中がたくましくて恥ずかしくて、セレスは視線をそらす。それに気づいたレオは容赦なかった。セレスの顔の脇に手をついておおいかぶさる。掛けた言葉は少しだけ意地悪だ。
「……痛かったか」
笑みを含んだ言い方だった。とうとうセレスと結ばれて、これでも有頂天なのだ。
喜びを隠さないレオに、セレスだって文句を言えない。だって初めての痛みは仕方ないことだから。小さくうなずくとレオの唇が降ってきた。
「すまない。俺は、よかった」
「……もう! やめてくださいな」
セレスはふくれて怒ってみせる。レオになら、安心してそんなことができた。やっと結ばれた愛する人だから。
レオは横たわるセレスのかたわらに座ったまま、そっと頬にふれてきた。指先がなぞったのは、セレスの仮面だ。
「――俺には、素顔を見せてもいいと思わないか」
「え……」
「セレスティーヌは綺麗だ。傷跡など、俺は受けとめる」
昨夜、唇をむさぼるようにしながらレオは仮面には手をかけなかった。セレスの大事な部分に踏み込むのは、夫婦といえどしてはならないことだと思った。
だが体のすべてを許しあった二人だから、心も許してほしい。セレスが背負ってきた傷とわだかまりをレオも分かち合いたいのだ。
レオは静かに腕を引く。戸惑うセレスに無理を強いる気はなかった。
「――もし出来るならな。セレスティーヌには、俺の隣でセレスティーヌらしくしていてほしい」
スルリと寝台からおりたレオは、脱いだ服を拾って自室へ戻っていった。
(――私の傷跡を? レオさまに?)
残されたセレスは仮面の下に指をはわせる。わずかなふくらみ。
この跡を見ても――きっとレオならさげすんだりしないと思う。そういう人だ。だからこそ愛した。「セレスティーヌらしく」という言葉に嘘はないのだろう。
だけどやはり、ためらわれた。これはリュシアンを――夫以外の男をかばった傷跡なのだ。そのことが今さらレオに申し訳なくなった。
前進した二人の関係。
しかしまだセレスはすべてをさらけ出すことができず……。
ここから王国に訪れる危機により、二人の絆が試されていきます!
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