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【受賞】捨てられ仮面令嬢の純真  作者: 山田あとり


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第17話 舞踏会へ

 テラスから控えの広間に戻ったセレスは心をしずめようと壁際でうつむいた。その右頬はドレスと同じ緑の仮面でおおわれている。首もとにはエメラルドのチョーカーをあしらい、広く開いた襟ぐりに映えていた。


(レオさま、この姿もほめてくださった)


 レオは最初から仮面などおしゃれの一部ぐらいに扱ってくれている。それがセレスの救いだった。

 それにコラリーはドレスに合わせ一枚ずつ仮面を新調してくれた。だから仮面姿でも自信を持って人前に立てばいいのだ。

 だが。


「――あの方、やっぱり仮面は外されないのですね」


 ひそ、とする声がセレスの耳に届いてしまった。女たちのうわさ話は、こんな暇な時間がいちばん盛り上がる。


「どんな傷なのかしら」

「傷がなければ王妃になられたのでしょうに」

「それにしても妹に乗りかえるだなんて陛下も……ねぇ?」


 聞こえた言葉は悪意ですらなかった。ただ興味本位で見世物を評しているだけ。

 彼女たちは、セレスが近づいて抗議しようものなら「悪気はありませんのに」「心配しただけですわ」と驚いてみせるだろう。そしてあとで「怒られて怖かった」と被害者ぶる。なんなら「気の強い方ね。だから陛下に捨てられるんだわ」ぐらいの陰口は覚悟しなくてはならないはずだ。

 セレスは無表情に耐えた。今うかつな行動に出ればレオの名に響くし――そもそもセレスは人と戦うことに慣れていない。常に我慢して生きてきたから。

 仮面の陰に隠れればいい。

 そうすれば悲しみも苦しみもさとられずに済む。

 仮面は傷跡だけでなくセレスの心も覆ってくれるのだった。


 貴族たちはセレスのことばかりを言うわけではなかった。領地の産業について。王都の高級店のこと。話題は尽きない。

 その中でドレスを新調する時間がなかったことへの不満も聞こえた。まだ公式には明かされていないミレイユの懐妊のせいだと噂になっているらしい。

 だがそれらもセレスにとってはつらい話だった。妹が我がままを言うのは、積もった姉セレスへの反感が根にあるのだろうから。いつの間にそんなに憎まれていたのだろう。


 徐々に貴族たちは大広間に呼ばれていく。口さがない声もなくなったが――セレスは動けなかった。心が凍ってしまった。


「――セレスティーヌ!」


 焦りを含んだ声に呼ばれ、壁際で微動だにできなくなっていたセレスは顔を上げた。レオが急ぎ足で戻ってくる。


「すまない、ギリギリだったな――どうした」


 セレスはなるべく平静をよそおったのに、レオは一瞬で心配そうにした。顔をのぞき込まれ、セレスは泣きそうになる。レオの顔を見た安堵で。


「レオさま……」

「ひとりで心細かったのか?」


 そんな子どもみたいな、といつものセレスなら気丈に振る舞っただろう。でも今はそうしたくなかった。


「――はい」


 甘えた瞳でつぶやくセレスの頬を、レオは両手でそっと包んでくれた。


「もうひとりにしない――さあ、俺たちも大広間へ行こう」





「まあお姉さま、しばらくぶりですわ」

「セレスティーヌ、相変わらず仮面姿なのだな」


 貴族たちの最後に御前に出たセレスたちを、国王夫妻は(きざはし)の上から見おろした。

 高いところに(しつら)えられた玉座に並ぶかつての婚約者と、それを略奪した妹。そんな国王夫妻に対してもセレスは完璧なお辞儀をする。隣のレオがよく通る声で祝いの言葉を述べた。


「ご即位とご成婚、まことにおめでたく存じます。新しい王のもと、この国に弥栄(いやさか)がありますよう」

「うむ、男爵も励むがいい」

「は。ところで陛下、ひとつお願いが」


 通り一遍の挨拶に続きレオが口にした言葉にリュシアンは不愉快そうにした。祝いの席でお願いとは。だがここで怒鳴り散らすわけにもいかなかった。そんなことをすれば狭量のそしりをまぬかれない。


「……なんだ」

「おそれながら。セレスティーヌはすでに我が妻でありますので、名を呼びつけるのはおやめいただきたく」


 淡々とレオが申し出るとリュシアンはサッと顔を赤くした。そのななめ後ろでマティアスがニヤリとする。

 レオの言い分はまったく正しくて、リュシアンが「セレスティーヌ」と婚約者時代のまま呼んだのは非常に無作法だった。夫であるレオが怒るのは当然の権利。

 しかしその抗議は、婚約者を捨てた過去をさらして非難する意味にもなりかねない。こんな席で、とセレスは夫を見上げた。だがレオは舌鋒をゆるめなかった。


「長い年月を並び過ごしたのは承知しております。しかしその関係は解消されているはず。陛下に向かって不義を問う手袋を投げるわけには参りませんので、誤解を招くお言葉は避けるようお願い申し上げます」

「……そうだな」


 リュシアンは渋々うなずいた。だが謝りはしない。脅迫に屈したようで悔しかったのだ。密通の相手として決闘を申し込まれたら、リュシアンがレオに敵うわけないのはここにいる誰にも明白だった。


「では、〈男爵夫人〉。これでよかろう?」


 憎々しげにリュシアンは吐き捨てる。そういうところだぞ、と後ろに控えるマティアスはため息をついた。臣下で従兄で女の尻ぬぐいを押しつけた男相手にその態度は、王としてどうなのか。

 リュシアンはセレスとレオに下がれと合図すると立ち上がった。ミレイユも続く。

 

「皆、存分に楽しんでくれ!」


 人々に声を張ったリュシアンが楽団にサッと手をあげると音楽が始まった。最初はワルツ。

 リュシアンはミレイユの手を取りフロアに歩みおりる。そしてセレスの前を通りしなに小声で嗤った。


「――王妃になりそこねた男爵夫人も踊るがいい」


 セレスの体が強ばった。



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