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【受賞】捨てられ仮面令嬢の純真  作者: 山田あとり


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第15話 マティアスの物思い

  ✻ ✻ ✻



「ふむ。ビルウェンには注意せねば」


 ラヴォー公爵は、長男マティアスからの報告に眉をひそめた。

 レオが調査を命じた国境付近の治安状況は、やはり悪化していたのだ。ビルウェン王国から越境して薪を奪い獣を狩っている者がいるらしい。

 だがそれが飢えた民衆の仕業なのか、あるいはマルロワ王国の反応を見るために領主がやらせているのかがわからなかった。毅然とした態度で不法にのぞむべきなのだが、砦の兵士からは増える国境警備負担に不満の声があがっている。

 

「戴冠式にあちらの王族は来ないのだったか。式典に出席するのは――」

「ハーラルト卿。長年外交にあたってきたビルウェンの好々爺ですよ」

「のらくらニコニコと肚の読めないあの男か……」


 公爵は顔をしかめたが、向こうからは同様に思われているかもしれない。近隣諸国との儀礼において、互いによく顔を合わせるのだ。今回は国事の後にきっちり話さねばならないだろう。

 リュシアンの即位と成婚にあたり、各国へは招待状を送付してある。外交の機会とあって、そうそうたる顔ぶれになるのが通例だ。その宿舎や警備の手配でレオたちはてんてこまいなのだが。


「隣国と大きく事をかまえるのは避けたいところですね。我が国は国庫が痛んでいますので」


 マティアスは深刻な声だった。

 ここ数年、農業生産が思わしくなく食料不足が喫緊の問題になりつつあった。それにともない地方の税収も低下。食いつめて農村から街に逃げ込む者も増えている。

 そんなこんなを勘案すると、盛大に式典を行っている場合ではなかった。王侯貴族にとって儀礼が大事なのはわかるが、せめて安上がりにすべき。


「今年だけで葬儀と即位と婚儀をまとめて行うんですよ。格を落とすなと殿下はおっしゃいますがねえ」

「派手好きの妃が誕生してしまうしな。先が思いやられる」


 ラヴォー公爵も忌憚のない意見を吐露した。執務室には現在、親子二人だけなので問題はない。

 公爵はこの国の宰相。そして彼の妻は、春に逝去した先王の姉だ。王家との関係の深さもあって、国を憂う気概は誰よりもあるつもりだった。

 だが長男のマティアスの方はやや意見を異にしている。


(このままいけば、俺は一生あのリュシアン夫婦の尻ぬぐいをし続けることになるのだが?)


 それはなかなか面白くない将来だ。

 国家予算の話だけではない。さまざまな事柄の事務処理に関してもリュシアンは理由をつけては後回しにしたがった。周囲がしっかりしていないと、政務はすぐ滞る。


(あの愛嬌だけの妹では、それを挽回するような王妃にもならんだろうし――)


 リュシアンに虐げられながら必死に公務に立ち向かっていたセレスのことを、マティアスは高く評価していた。だから弟の恋路を応援し、二人をくっつけたのだ。セレスに共感してしまったのは、マティアスも似たように報われない境遇だからかもしれない。


(――俺もできれば、馬鹿夫婦の下から抜け出したいものだ)


 マティアスの脳裏に、ある願望が頭をもたげる。

 それは実現不可能なものではなかった。リュシアンに何かあった場合のスペアとして存在するのがマティアス。それが王位継承権を与えられている理由だ。

 現在ミレイユは妊娠中だが、子が生まれる前なら――。

 瞳をやや暗くしてマティアスは考えた。

 このまま新王が評判を落とし続けてくれれば、あるいはそんな未来もあり得るのか。

 一度思いついてしまったら、マティアスの思考は止められなかった。



  ✻ ✻ ✻



 即位戴冠式の日がきた。

 近隣各国からの来賓もそろい、城下はすっかり祝賀ムードだ。王宮前広場では民へのほどこしも行われている。それは王の慈愛を示すためのものだが――意味があるのかどうか。この日より前に、ほどこしを受けるべき浮浪児などは街から追い出されていた。


「セレスティーヌ、今日はいちだんと慎ましやかで美しい――」


 まずは戴冠式への支度を済ませたセレスを館のホールで迎え、レオは目を細めた。飾りけの少ないローブを着てなお、セレスが輝くように思えたのだった。

 真珠色のつるりとしたローブからのぞく腕と首もと。白い肌になじむレースの仮面。しとやかに低く結われた白金の髪は「舞踏会では華やかに結い上げますので!」とコラリーが宣言していたが、このままでもレオにはじゅうぶん魅力的だった。


「レオさまも、ご立派なお姿です」


 セレスははにかんで微笑む。

 カッチリした白い騎士団の礼装は、黒に金色の縁取りがされた肩章つき。そこから右胸に金の飾り緒が垂れている。左胸に勲章をいくつもさげたレオは華やかな騎士っぷりだ。

 だがこれは自身の結婚式の時とも同じ格好で――セレスが照れてしまったのはつまり、結婚からのいろいろを思い出したからだった。


(私、レオさまの妻になってよかった)


 まだ白い結婚の状態ではあるが、気持ちは近づいていると感じられた。互いに尊敬しあい、いたわって笑いかける人がいるのは、なんて幸せなことなのだろう。

 セレスにマントを着せかけ留め金をとめてくれたのはレオだった。


「さあ、大変だが一日よろしく頼む」

「だいじょうぶです。今日はレオさまが隣にいてくださるのですよね?」

「……最近はセレスティーヌと朝晩の挨拶しかしていなかったな。放ったらかしですまない」

「お忙しかったですもの。式が終わったら少しゆっくりなさってくださいませ」


 静かに言葉をかわしながら、二人は馬車に乗り込んだ。



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