第14話 セレスからの贈り物
三人はそろってクロゼットをチェックしに移動した。
セレスの衣装は侯爵家からすべて持ってきている。コラリーもいちおう中身は把握していたが、次々と服をチェックしながらあらためて考えをめぐらせた。
「ローブは……染みも虫食いもないし、無事です。これは着られますよ」
「まあ、よかった。じゃあそれは再利用させていただきましょう」
「あのーアネットさん。式参列用の控えめドレスってあれですね、白は着ちゃだめで、スッキリした感じの」
訊いておいて、コラリーは返事を待たなかった。完全に自分の世界にひたってブツブツつぶやき始める。
「うっわ……この深い赤のドレス、秋めいて素敵ですよ。少女っぽいフレアは縫い直して、余った布で仮面を作るのがいいかなあ。うふ、トーク帽のチュールの下にのぞくミステリアスマスク最高よね……あらら、こっちの緑のドレスは奥さまの瞳にお似合いだし……ちょっと華やかさを足して今風にアレンジしたら舞踏会いけるってば。ふふっ……」
「……コ、コラリー?」
早口でグフフと笑いながらセレスのドレスを物色するコラリー。セレスとアネットは困惑しきりだ。
実はコラリーは、これまで古着のアレンジや仕立て直しで小銭を稼いできた達人らしい。この分野ならば、腕に覚えがあるのだった。
✻ ✻ ✻
セレスにはコラリーという強い味方がいた。でもどこの家にもそんな侍女ばかりいるわけではない。余計な出費を強いられた者も古いドレスで我慢することになった者も、みな新王への不満をつのらせていた。
「うちの母も兄嫁もヒスってたよ」
レオに証言したのはウスターシュだ。いつものんきな騎士団員がやや引きつり笑いなのは、家の女性陣の剣幕を思い出したのだろう。
「あははは、めちゃくちゃ怖かったー。うちはあんまり家格も高くないし全員出席しなくても、って言ったら怒鳴られてさあ。社交は仕事だって」
「そりゃそうだろう」
レオも心情的にはウスターシュに賛成だ。だが貴族には貴族の為すべきことがある。
「レオは全日程出席だよね」
「むろん」
「奥方も? レオってダンスはできたんだっけ。奥方のお披露目なら見てみたいな。俺は警備だけど」
「……見せ物じゃない」
レオの声が低くなる。怒ったのではなく、物思いに沈んでしまったのだ。
(そうか、セレスティーヌと踊るんだ――)
想像しただけで浮かれそうになる。
しかし初めてのダンスならば、本番前に館で練習した方がいいのではないか。体を動かすことなのでレオもダンスは嫌いじゃないが、しばらく踊っていない。
(それに、少しでもセレスティーヌと過ごしたい)
実はこの数日、帰宅が夕食に間に合わなくてレオはしょげているのだった。式典に向け城下の取り締まりを厳しくしているので人手が必要になり、結果全員の勤務時間が延びている。
だがセレスは、レオの帰宅が遅くてもちゃんと迎えてねぎらってくれていた。「お疲れじゃありませんか」と毎日心配してくれるのだ。
(よし、寝る前に少し踊らないかと誘ってみよう)
そして雰囲気が良くなれば、そのまま――と虫のいいことを考え、レオは勢いよく館へ戻った。
「お帰りなさいませ、レオさま」
やはり今日も夕食をひとりでいただいたセレスは、そわそわしてレオを待っていた。渡したい物があるのだ。
「ただいまセレスティーヌ。変わったことはなかったか」
「ご心配なさらないで。皆がしっかりやってくれていますから」
そう言いながら、セレスはやや落ち着かない。喜んでもらえるかドキドキしていた。
「何か召し上がりますか?」
「いや、いい……毎日セレスティーヌをひとりにしてしまっているな」
「私よりレオさまのお体が気がかりで……」
いつもなら、このまま引っ込んで着替えて寝てしまうレオ。二階に上がるのにセレスはついていった。レオにそっと寄りそっている。
セレスから向けられる視線がいつもと違う。そうレオは感じた。レオはダンスに誘おうと決意して帰ってきたのだが、セレスはどうしたというのだろう。
「セレスティーヌ……」
二階の廊下でレオは立ちどまった。
(今だ。誘うんだ。行け、俺)
レオが息を吸い直したのと同時に、セレスも口を開いた。
「あの」
「う、いや、どうしたセレスティーヌ?」
「……レオさまに受け取っていただきたい物があるんです」
「俺に?」
出鼻をくじかれたレオだったが、セレスからレオにというのは気になる。期待して訊き返したレオに、セレスが差し出したのはサシェだった。
「これは――」
レオの手のひらより一回り小さい袋。やわらかいリネンを通して何やら花のような香りがする。
「よくお眠りになれるようにポプリを詰めました。レオさまがお疲れのようなので、せめて私にできることをと……」
セレスが作ったのはラベンダーなどの花とハーブを配合した安眠ポプリのサシェだった。余計なお世話かもしれないが、連日忙しくするレオのために何かしたかい。枕もとに置き、ぐっすり眠ってほしいと思った。
レオは手にしたサシェにそっと顔を寄せる。なんとも優しさに満ちた匂いがした。
「セレスティーヌ――」
喜びに突き動かされたレオは腕を伸ばした。
ぐい。セレスを胸におさめる。ふわりと揺れるセレスの髪がレオの耳をくすぐった。
「え……レ、オさま……」
「ありがとう」
ぎゅ、と感謝を伝えたレオは腕をゆるめた。でもまだ腕の中ではセレスが驚いて硬直している。
二人のまなざしが絡んだ。事態を理解したセレスは、やっと顔を真っ赤にする。
「き、気に入っていただけて、よかったです……」
慌ててしまい、どもった。
セレスは後ずさって腕から抜け出すと、クルリ駆け出す。自分の部屋のドアを開けたところで思い出し振り向いた。恥ずかしげに揺れる翠の瞳。
「あの――おやすみなさいませ」
「――ああ。おやすみ」
パタン。小さな音をたて閉まるドアを、レオは幸せな気持ちで見送った。
踊るという決意は叶わなかったが、もういい。手の中にセレスからの贈り物があるから。そして――セレスを抱き寄せることができたのだから。
すっぽり包んだ腕の中から見上げるセレスを思い出す。ポプリと同じ香りがしたのは、レオへの贈り物をずっと持ったままで帰りを待っていたからだろう。
(――なんていじらしい)
レオのためにとセレスが考えてくれたことに満足し、ダンスの練習などどうでもよくなった。
その晩レオは、ポプリの香りに包まれゆっくり眠った。




