第13話 式典の波紋
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「――なるほど。それは早急に調査するべきだな」
帰宅したレオは、おずおずと事案を報告したセレスに大きくうなずいた。
「そんなことに気づいてくれるなんて、さすがセレスティーヌだ。俺では見逃しかねん」
「とんでもないです。レオさまこそ……妹がご迷惑をおかけしているのに対処してくださって」
「……それは、誰に聞いたんだ」
ミレイユが王宮を揺らしているのを謝罪され、レオは厳しい顔をした。それはセレスのせいではないのに、どこから聞いて謝っているのか。
レオが愚痴を聞かせたダニエルからか、とにらむ。執事は口角を下げしかめ面をした。「奥さまの身内をくさすような事は申しません」と首を横に振って示す。セレスはオドオドと言い訳した。
「あ、あの。父の手紙です。ミレイユが望んだら殿下がこうして下さった……とか、いろいろ報せがありまして」
レオが渋い顔をしたら、セレスはあっという間に表情を曇らせるのだった。レオは片眉を上げる。
(セレスティーヌは何故こんなに自信がないんだ。俺の機嫌をうかがってばかりで)
はたから見れば申し分のない女性なのに。
セレスがこうなったのは、もしや――リュシアンにいつも馬鹿にされていたからでは。そのことに思い至ってレオの腹は怒りで煮えくり返った。
(俺の妻は聡明で気づかいにあふれ、清楚なんだ! 女にさっさと体を求めるような殿下にはわからんだろうがな!)
みずからの押しの弱さを棚に上げ、レオはリュシアンを罵倒する。不安げなセレスに向かってレオは断言した。
「殿下たちの結婚式はつつがなく行われる。セレスティーヌは何も心配しなくていい。当日は俺も隣にいるから大丈夫だ」
「――はい」
セレスが微笑んでくれて、レオはなるべく頼れる笑みを返した。だが内心では、軽い嫉妬にさいなまれている。
(……ダニエルめ、そんなにセレスティーヌと仕事をしているのか。ずるいぞ、俺が忙しくしている間に)
そんなことを言われてもダニエルも困るのだが、レオはわりと本気だった。
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その頃、王都は悲喜こもごも騒がしかった。新王リュシアンの即位が早まったことで庶民も振り回されていたのだ。
まず食料品の値段が上がった。盛大な式典を準備するため王都に人々が集まったからだ。
しかもこの群衆というのは、仕事のあてがあって来た者ばかりではない。催しがあれば何かのおこぼれにありつけると期待し流れてきた地方の食い詰め者も多数いて、元から王都にいた人間の働き口を安く奪った。
そういうわけで、商人によっては笑いが止まらなくなっている。仕事は増えたが安く使える労働力がいくらでもあるからだ。だが職を失ったり給金を値切られた側の恨みはふくれ――。
「――不満のあるところ、あおり立てれば民衆なんざどうにでも動かせらあな」
街のようすを観察し、うそぶいたのは中年の男だった。
彼の名はギード。ビルウェン王国の商人だ。
ギードがいるのは王都の裏町だった。響く怒声に人々がおびえている。威張り散らす警らの役人をギードは鼻で嗤った。無駄なことを。
仕事もねぐらもなくうずくまる子どもや男たちを追い立てていく理由は都の浄化のためだとか。新王が式典準備として命じたらしい。
王都を出て故郷へ向かうと申告した浮浪者にはパンが与えられた。だが帰った先に生きるすべなどない。彼らはパンを食べ終えると、また都にもぐり込もうとするのだ。
「モヤモヤをぶつける先を教えてやれば……すぐ燃やせそうだなァ」
雑踏にまぎれながらギードはニヤリとした。
だが、彼の雇い主はマルロワ王国に潰れてもらっては困ると言う。弱った国と民とを丸ごと背負うほどビルウェンにも余力はなかった。
愚かな若い王のせいでマルロワが自滅の道を歩めば、周辺の国々により切り取りが始まる。戦争は、ビルウェンの望むところではないのだ。
だから、ややマシな人材をリュシアンに代わって王にする。マルロワ王国は維持しなくてはならないのだった。
ビルウェンを後ろ盾として王位につけてやった見返りは、領土の一部割譲で勘弁してやろう――それがギードをマルロワへ送り込んだ人物の言い分だった。
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式典はつつがなく行われる。
レオはそう言い切ったが、男には関与できないところで問題がひとつ持ち上がった。服飾店から連絡があったのだ。
「――ドレスが間に合わない?」
家政婦長アネットは耳を疑った。
早まった戴冠式と結婚式。参列する貴顕の面々は、こぞって衣装を新調する。突然の注文激増に沸いた服飾界隈だったが――お針子の不足でさばき切れなくなったらしい。王都のどこの店でも同じ状況で、お針子の抱え込み合戦が生じているのだった。
「優先で仕上げてほしければ割増料金を払えということですか?」
話を聞いて、侍女のコラリーが不満げな声をあげた。商人の娘だけあって損得勘定にはうるさい。
逆にセレスは、金にややうとかった。大貴族から王室へ嫁ぐ予定だったので市井の相場を知らず、首をかしげてしまう。セレスは実際に街を歩いたこともほとんどないのだ。
唇をとがらせるコラリーは仕立て屋のやりように不満を隠さない。
「……足もと見るのは正しいんですけど、自分がやられると腹が立ちますねえ。ええとアネットさん、奥さまの物だけですか? 旦那さまのお衣装は騎士団の礼服でいいんでしょうか」
「そうなるわね。だから奥さまの即位式礼装と、結婚式参列の控えめなドレス、それと舞踏会の華やかなドレスの三着がまずいのよ」
セレスは今回、めったな格好で人前に出るわけにはいかない。リュシアンに捨てられた元婚約者で、妹に男を奪われた哀れな女――そう思われるのは夫であるレオの沽券にも関わるのだった。
この場合お金をケチっていられないのはわかる。でもセレスは提案した。
「礼装なら、侯爵家の頃に作ったものがあるわ。それを着ましょう」
「はあ……すんなりしたデザインのローブですから流行もありませんし、新たに作らなくてもまあ」
アネットは渋々了承した。レオは自分の力でセレスを美しく装わせたいと思っていたのだが。不満の残る顔のアネットにセレスは言い聞かせた。
「一着でも注文が減れば、どうしても必要なものを仕立てる方々が助かるでしょう?」
「まあ、奥さま……!」
その配慮にアネットは感激した。でもセレスがそう思ったのは、身内――妹の不始末が原因だからだ。ミレイユにはモヤモヤするが、他人に迷惑をかけるのはできるだけ防ぎたい。




