第12話 不穏の種
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やや距離を詰め、お互いを意識するセレスとレオ。だがそこから怒涛の日々が始まり、どうにも進展しなくなった。忙しいのはレオだ。
「――本日もお戻りは遅くなりますか」
「そう言うな、ダニエル。俺だってなあ……」
やんわりと嫌みを言う執事に、レオは顔をしかめた。ダニエルは放ったらかしのセレスを心配しているのだが、これは仕事のせいだ。
「いいのよダニエル。レオさま、今は大変なんですもの。でもお体には気をつけてくださいませ」
「セレスティーヌ……ありがとう」
それは、国家行事の警備計画策定と各国要人警護プランのすり合わせのせいだった。
同時に王都の治安管理も厳重にしなくてはならない。多数の国賓を迎える準備がすでに始まっているのだ。
リュシアンの即位と結婚式は二ヶ月後と決定した。急すぎるその日程は、新王本人がゴリ押したことによる。ミレイユのためだとか。
悪阻に倒れていたミレイユは、吐き気がおさまったら今度は情緒不安定になったらしい。
お腹が大きくなってしまったらウエストを絞ったウェディングドレスが着られないとか、祝賀舞踏会でリュシアンと踊れないとかそんなことばかりを嘆く。さめざめと泣く。
見栄っぱりな意見を悲しげに吹き込まれたリュシアンは、「可及的すみやかな日程にせよ」と命じたのだった。
「くっそ。やってられん」
「うんうん、わかるー」
騎士団の控え室でレオが吐き捨てた本音に、仲間も賛同してくれた。が、声はひそめる。
「おおっぴらに言うのはやめとこうよ、レオ」
「……半分当事者なんで、皆に申し訳ないんだ」
レオが愚痴った相手はウスターシュという。子爵家の三男坊で、レオと同い年。高貴な血筋で遠慮されがちなレオに平気でにこにこ懐く、のんびりした男だ。
「当事者……? あーそっか。レオって殿下の従兄だったっけ」
「……あと、妃殿下になるのは妻の妹だ」
「うっわ、そりゃあレオが悪いや。なんか奢れよ」
あはは、と笑いながら肩に腕を掛けてくる。レオのせいなどと欠片も思っていないのが伝わる無邪気な笑顔がうらやましかった。こう陽気に人と接することができれば、女性に愛をささやくぐらい苦ではなかろう。
「ウスターシュは結婚しないのか」
つい尋ねてしまった。友人は面くらった顔になる。
「なんだよ。レオだって春まではそんな気、まったくなかったくせに。え、俺に勧めたくなるぐらい結婚っていいもの?」
「あ、いや……」
レオはモゴモゴ口ごもった。まだ完成形の婚姻に至っていないとバラすわけにはいかない。
セレスはレオにやわらかな笑みを見せるようになってきた。一緒に階段を歩く時には差し出した肘に手を添えてくるし、距離は順調に縮まっている。二人が婚約者ならば、とてもうまくいっていると言えるだろう。
だがレオとセレスはすでに夫婦なのだった。もう少しゆったりした婚約期間があれば、なんの問題もなかったかも――というのは今さらな愚痴だ。
とはいえここまでくれば、あとは就寝前「おやすみなさい」と言われた時に、レオがグッとセレスの腰を抱き寄せ「――今夜はともに」とささやけばいい。わかっている。わかっているのに踏み切れないレオが不甲斐ないだけだ。
(……だってセレスに嫌われたら生きていけない)
大の男がグズグズとためらって情けない。
執事のダニエルが尻を蹴飛ばしたがっていることを、レオはよく理解していた。
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そのダニエルは、最近しばしばセレスと勉強会を開いている。新しく管理することになった領地の経営状態について調べ、問題点の洗い出しをしているのだ。隣接するセレスの所領のことも含めてできるので効率がいい。
「私の領地はのどかな村々だと思っていたのですが……レオさまが治める土地は、あの地方の要なのですね」
「さようです。小さいですが町があり、国境寄りには砦もある。隣国ビルウェンとの間には街道が通じております。そのような場所なので、軍事を学んだレオさまの所領とするにふさわしいと判断されたのでは」
ザッと資料に目を通しただけで地理を把握するセレスに、ダニエルは舌を巻いた。ただ小鳥のようにさえずるご令嬢たちとは違うと思い知らされたのだ。
セレスは王太子妃になるはずで、その後には王妃としてリュシアンを支えるべく政治を学んだ女性。飽きっぽいリュシアンに代わり様々な書状への返書を下書きすることもあったそうだ。
(……こんなお方を手放して、王宮はどうなっているのだろう)
我がまま放題のミレイユに怒りを隠さないレオの愚痴を聞く限り、良好ではないはずだ。ダニエルは連日帰りの遅い主人に同情している。
「……ねえダニエル、この陳情をどう思う?」
セレスから示された箇所を見て、ダニエルは首をかしげた。レオの領地のことだった。
「村の入会地で無断伐採……近隣で犯人見つからず。ビルウェン王国との国境の村ですな」
「森林を守るのは村の生命線だわ。村人の誰かではなく、よそ者の仕業なら――」
「よほど食い詰めた者が別にあるとおっしゃいますか」
「そういうのはいずれ略奪や戦につながります。今のうちに対処できればよいのですけど」
はっきり言わないが、セレスは隣国から入り込んだ人間がいるのではと懸念していた。ビルウェン王国との国境など不確かなものだと歴史が教えてくれる。
現地のようすを詳しく知りたいと思った。だがセレスが行くのは難しいし、レオは今それどころではない。
「砦に指示を送り調べさせるよう、レオさまに相談なさってはいかがでしょう」
「そうね……でも本当にお忙しそうで。私などが話しかけるのが申し訳ないの。それよりゆっくりお眠りになってほしくて」
「いえ、奥さま」
ダニエルは断固として反論した。
「ご夫婦の会話をおろそかになさってはいけません。レオさまは、きっと奥さまとお話するのを楽しんでいらっしゃいますよ」
「そうかしら……ありがとうダニエル」
にっこり笑うセレスからは、レオへの好感がにじんで見える。ダニエルは胸をなでおろしたが、同時に「どっちも奥手だと本当に面倒くさい」と真顔で考えた。
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