第11話 少しずつ歩み寄る
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王宮内馬場での騎馬訓練を終えたレオを呼びとめたのは、兄のマティアスだった。
これまでは公爵邸に寝起きしていたレオが新居に移ったため、顔を合わせる機会が減っている。マティアスは眉尻を下げ嘆いてみせた。
「レオが家にいなくて、お兄ちゃんは寂しいよ」
「……馬鹿なことを言ってないで、用件は?」
マティアスの言い分に冷たい視線を投げ、レオはテキパキと言った。この後は巡回任務がないので早く帰れるのだ。セレスと過ごす時間を削らないでほしい。
「なんだよレオ。そんなに奥方がいいんだ?」
「……悪いか」
からかう兄に、レオは無表情を返した。
セレスのことを愛しているのは片想いの頃と変わらない。だが仲が進展していないというのは言えなかった。不甲斐なくて。
マティアスはフ、と笑って優しい目をする。弟の幸せを願っているのは真実だ。
「いいや、安心した」
「で? それだけか」
「いや、あのな……殿下とヴァリエ侯爵家次女殿の婚儀、秋のうちに行うことになる」
「……何?」
レオはギュッと眉根を寄せた。セレスを傷つけたのは、その二人だからだ。
しかしおかしい。先王の喪に一年服し、それから即位と成婚ではなかったか。今はまだ、突然の崩御から半年ほど。
不審な顔のレオに、マティアスは苦笑いした。
「……どうやらデキたらしくて」
「あん?」
「ニブいな、ご懐妊だよ。それでさっさと王妃にしてしまわないとマズいんだとさ。喪を短縮することになった」
「……」
レオは言葉もなく立ち尽くした。
(セレスティーヌから婚約者を奪って王妃になるミレイユが妊娠だと? 結婚前に? 俺はまだセレスに口づけすらしていないのに!)
考えたことはただの八つ当たりのようだった。でも、とてつもなく切ない。
しかし前倒しになった儀式を手配しなければならないマティアスは切実なのだった。うんざりと肩をすくめる。
「いろいろ忙しいんだが、とりあえず常識の範囲でやるように進言はしてる。おまえのところに無茶ぶりがきたら、こっちに相談しろ」
「無茶ぶり? どういうことだ」
そこでマティアスは声をひそめた。
「次女殿だ。姉君をブライズメイドにするとか言い出してな。それは体面が悪いと殿下に却下してもらった」
「……セレスティーヌに、だと」
「人妻にやらせることじゃないよ。ま、妹なりにこじらせて暮らしてたんだろう。姉はいずれ王妃になって、自分は一生その下だ、とか。立場が逆転して勝ち誇ってるのさ。怖い怖い」
レオの結婚式でミレイユは、姉のセレスを見下して嗤っていた。その下品な華やかさを思い出し、レオの表情が歪む。マティアスはポンと肩を叩いて弟をなだめた。
「出席する以外、おまえたち夫婦は何もする必要はない。俺たちは殿下の従兄だし、奥方は妃殿下の姉だから参列するしかないが……」
「わかってる。兄さんも大変だろうが、俺も警備に関しては協力するぞ」
「当日の警備に回るのは許さんからな? 奥方の面子をつぶすなよ」
元々の婚約者だったセレスが独りぼっちで参列したら大変なことだ。リュシアン・ミレイユ夫妻も非難されるだろうが、セレスへ向けられるのは盛大な哀れみの視線。
「……そんなことはしない」
レオはグッとこぷしを握った。
その日は絶対、セレスの幸せを見せつけてやる。美しく気品あふれるレオの妻を、国王となったリュシアンに自慢してやるのだ。
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「おかえりなさいませ」
兄と別れたレオは早めに帰宅した。迎えるセレスはいつもより軽やかな足どり。そのまま胸に飛び込んできてくれないかと、レオはうっかり期待した。もちろんそんなことは起こらず、セレスは慎ましく数歩手前で止まったのだが。
「どうした、楽しそうだなセレスティーヌ」
レオは上着をダニエルに渡しながら尋ねた。アネットも出てきて意味深に笑っている意味がわからない。
「……今日、お台所にお邪魔したのです」
「台所?」
レオは首をかしげる。恥ずかしそうに頬を染め、セレスはもじもじした。
「あの……レオさまはタルトシトロンがお好きと聞いたので」
「まさか、作ってくれたのか?」
レオは食い気味に問いかけた。セレスが作ったタルトシトロン! そんな幸せな物がこの世にあるなら腹いっぱい食べたい。
「作っただなんて……私は言われるまま混ぜていただけですけど」
「いいや、それでもいい。ぜひ食べさせてくれ」
レオが上機嫌になり、セレスも嬉しくなった。
(そんなにお好きなお菓子だったのね……なら私なんかが手を出さない方がよかったかしら)
急に出来ばえが不安になる。セレスの手を経たからこそ食べたいとレオは舞い上がっているのだが、その気持ちは愛妻には伝わらなかった。
その日の夕食は、デザートがメインディッシュのような雰囲気だった。
そわそわと嬉しそうなレオを見つめ、セレスはなんだか幸せになる。
(レオさまは私のすることを喜んでくださる。冷たくあざけり、否定することはない)
前の婚約者リュシアンと比べるのすら、レオに失礼な気がした。
レオはたぶん、セレスの心の傷が癒えるのを待ってくれているのだ。だから無理やり夜に押しかけてきたりしないだけ。
不思議とそう信じられて、セレスの心臓がキュッとなる。
(こんな人の妻になるなんて私、実はとんでもなく運がいいのでは――?)
トクン、と打ち始めた鼓動がレオの方を向く。目を輝かせタルトシトロンを口に運ぶレオがまぶしく思えた。
「うん、美味しい。料理などしてこなかったろうにセレスティーヌは天才だな!」
大げさにほめられてしまい、セレスは耳まで火照ってしまった。




