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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第一章 人生破壊光線女
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第9話 闇の守り人

「……視えてる?」


 黒セーラーを着たマネキン、だと思っていた少女が話しかけてきた。

【嘘をついてはいけない】

 いい子の呪いが発動し、深衣みいはその少女の問いに答えてしまった。


「はい! 視えてます!」


 深衣の突拍子もない返事に困惑するリーダー格のチンピラ女。

 土嚢と土嚢の間にいた黒セーラーの少女はその斜め後ろに立ち直した。

 その姿が、ほんの数十センチ隣にいるチンピラ女三人組には視えていないようだった。


 どうしましょう、幽霊とお話ししてしまったのです……!


「大変そうだね」

「は、はい……」


 怪異の少女は優し気なほほえみを浮かべるだけで、何かをしてくる気配はない。だがその姿が放つ存在感、異物感……そこに張り付けられたかのような違和感を宿した空気が、変わらず深衣を圧倒していた。


「おい! さっさと金出せ言うてんねん!」


 茶髪のチンピラ女が深衣の胸倉を掴む。いたっ、とうめき声を上げる深衣。

 怪異はにっこりとした笑顔のままそれを見守っている。


「お金 出すの?」

「い……いや……っ」

「あぁ゛!?」

「出さないの?」

「出しません……。知らない人にお金を渡すのは、『いい子』のすることではないのです……!」


 首にかかる力が強くなる。チンピラは怒りを膨らませていた。

 その感情は深衣に流れ込み塗りこめようとしたが、【他人に怒りをぶつけてはいけない】という声がバチバチと脳を閃き、痛みで深衣を『いい子』に戻していた。


「……()()() なんだね」


 微動だにしない笑顔で怪異の少女は言う。


「へえ、()()()ねぇ……!」


 チンピラの女は掴んでいた手を放し、嘲った調子で言う。


「ひかり、きらり。こいつの荷物漁り」

「ちょっあかりちゃん、名前……」

「今更何言うとんねん! はよ漁れ!」

「なに探せばええの?」

「スマホ! 財布! あと生徒手帳! いい子ちゃんやったら土日でも持っとるやろ」


 手下の二人が首を抑えてせき込む深衣からハンドバッグを奪い取り、その中を物色しはじめる。


「や、め……っ」

「うし。ウチはこいつ脱がすから」

「えっ、あかりちゃんソッチだっけ」


 ボケ、とリーダー格の女がひかりと呼ばれた女をしばく。

 あかりと呼ばれている女はその顔に下劣な笑みを浮かべて言った。


「画像撮って脅すんに決まっとるやろ。こいつ金もってそうな服しとるし、そうやなくても売れるかもやしなあ」

「っ……!!」


 汚らわしい感情を読み取り、全身が粟立つのを感じる。

 臓腑をヒリヒリとした危機感が焦がしはじめ、深衣の心拍は急速に高まっていく。


「い、や、やめてください、ごめんなさいなのです!」

「さんざん馬鹿にしやがって。ごめんで済ますかアホが。ったくシャバいメイクしよって世話やけるのお。おい、ポーチあったらそれも持ってこい。めっちゃかわいく盛ってクッソ高う売れる写真撮ったる」

「いやなのですダメなのです! 盛りメイクはいい子のすることではないのです!」


 荷物を取り返そうと飛びついた深衣を手下の二人が取り押さえ、しょうがねえなと言いつつボスが荷物を漁る。

 怪異の少女は変わらぬ笑顔で……


「うん うん ……」


 いや、何故かますますの笑顔で状況を見守っていた。


「あ、あの! そこの人!」


 深衣は叫んで呼び掛けた。

 黒セーラーを着た長身長髪の、怪異の少女に向けて。


 そう、【怪異】。


 深衣がこんな危険な状況に陥る元凶を作った、あの【人生破壊光線女】と同じ類の存在。

 言葉が通じているように見えて、実のところは適当なセリフを言っているだけのbotのようなものかもしれない。話なんて通じないのかもしれない。聞く耳は偽物かもしれない。


 けれど、縋るしかなかった。


「助けてください! どうか、助けてっ!」


 怪異少女に、助けを求めた。


 呼び掛けられた少女型の怪異は深衣を見て、よこしまなニヤケ顔を引っ込めて驚いたように目を開く。

 

 やがて、慈悲深い微笑を浮かべてこう言った。


「わたし クロユリさん」


 場違いな自己紹介。

 それから。怪異はその言葉を教える。

 彼女が彼女たるために必要な呪文。

 彼女という怪異を怪異たらしめるための詠唱。

 虐げられる者が救いを得るための一つのおまじない。


「助けてあげる だから」


 わたしの名前 呼んでくれる?


 妖しい細目に期待の色を浮かべる怪異少女。

 怪異の呪いに壊れた少女は、その名を叫んだ。



「クロユリさんっ!! 助けてほしいのですっっ!!」



 絶叫。三人の女は一瞬呆気にとられた。


 しかしすぐに我に返り、意味の解らない言動には無視を貫く。二人は深衣を押さえつけ、一人はバッグの中からメイク道具を取り出していた。


「さあて、絶対動かすなよ。手元狂ったらかわいく盛れへんから……な……?」


 あかりの言葉を、エレベーターが到着するポーンという電子音が遮った。

 荷物の搬入搬出に使う業務用エレベーターが、通路の隅にあった。

 ガチャンと音がして開いたその扉から黒セーラーの少女が出てきて、通路の端に現れていた。

 さっきまでその少女がいたはずの場所を深衣が見ると、そこには影も形もなく。どうやったのか、怪異はいつの間にかエレベーターに移動し、三人のチンピラに見える状態になって再来したのだった。


「やべ、見られたっすよ」

「気にしなくていっしょ。おぁい! 見せもんじゃねーぞー!」

「待ちぃ。なんかあいつ……」


 浮いてる……?

 金髪のチンピラが自分でも信じられないというように呟く。


 床から、ではなく。景色から。

 ビデオ映像の中の幽霊のように、のっぺりとした現実感のない質感の少女の姿は、この世界にとっての異物であることを示すかのような異質さだった。


「………………」


 クロユリさん。

 そう名乗った彼女は無言でそこに佇んでいる。


「え、えまさか、ゆ、ゆうれ……」

「バカ、んなわけあるか!」

「なんやお前! なんか文句あるんやったら言うてみぃ!」


 三人は完全にクロユリさんの方へ注意を移している。


 ど、どうしましょう。 今なら逃げられる、かも、です……?


 深衣は緊張するチンピラ三人組を見て、その視線の先に立つ黒セーラーの怪異を見て、もう一度チンピラたちに視線を戻す。


 そのときすでに怪異クロユリさんはチンピラたちの後ろに立っていた。


「ひっ!」

「あ? うわああああっ」

「ぎゃああっ」

「キャアアッ!」


 四者四葉の悲鳴が上がる。クロユリさんは細かに振動していた。映像機器に起こる不気味な不調のように、顔がなくなったり、首がずれたり、上半身がぐちゃぐちゃに尖ったり。現実にあるその実像にはあり得ないブレを起こしていた。


 そんなバケモノがゆっくりと両手を伸ばして、三人に憑りつこうと迫っていく。


「ああああああああああああああああああ!!!!」

「ぎやあああああああああああああああああっ!!!!」

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ひかり、きらり、そしてあかりのチンピラ女三人組は壮絶な悲鳴を上げながら全力で逃げ去る。

 薄暗い物置場所にはブレるクロユリさんと恐怖に染まった深衣。そして耳をつんざく残響だけが残された。


「あ、あ……」


 クロユリさんの首が450度急回転して深衣の方を見る。


「ひぃっ!?」

「怖い?」

「は、っ、は、はい、こわい、です……」

「た す け て あ げ た の に」

「ひぃぃいっ!!」


 真っ黒に塗りつぶされたクロユリさんの顔。深衣はすっかり恐怖に染め上げられていた。

 徐々に近づいてくる化け物に、体が髄から底冷えしていくような感覚を覚える。

 殺されるよりもっと恐ろしいことをされる。

 そんな得体のしれない恐怖が電流のように全身を麻痺させていた。


「はっ……はっ……はっ…………?」


 しかし。

 目の前の暗黒の化け物から、深衣に、流れ込んでくるものがあった。


「あ……れ…………?」


 それは痛いほどに凍てついた体の奥底へひたりと触れる小さなもの。

 黒々と濁っていて、どろどろと煮詰まっていて。

 どんどん、流れ込み、大きくなる。

 暖かくて、気持ち悪くて、愛おしい、感情が。


 謎の()()が。

 深衣を塗りつぶした。


「あ、ありがとうなのです。……クロユリさん」

「………………」


【助けられたら感謝を伝えなくてはいけない】

 呪いが、続くべき言葉を深衣の喉から引っ張り出す。


「クロユリさんがいなかったら、きっとあの人たちにお金を取られて、写真を撮られて……お母さんもお父さんも学校の人も、いろんな人に迷惑をかけて不幸にしてしまっていたのです。本当に、クロユリさんは……」


 心からの感謝を、暖かな愛情を、深衣は伝えた。


「あたしの、人生いのちの恩人なのです」

「………………」


 クロユリさんは何も言わない。

 ただその姿から徐々に非現実のブレが消え、顔にもいつの間にか人形のような白い美貌が戻ってきていた。


 こうして見ると、背が高くて、すらっとしてて、綺麗な……人? なのです……。


 ただ佇んでいるだけで溢れ出すこの世のものとは思えない美しさに、深衣は目を奪われて動かない。


 じっと見合って、二人だけの時間が幾許か流れ。


 やがて、クロユリさんの方から口を開いた。


「送ろうか? もう暗くなるよ」

「……へっ? あっ、はい!」


 よろしくお願いします……です。

 小さくなっていく声で深衣は答えた。

 

 見惚れていたことを恥じらってその頬が仄かに赤く染まる。


 怪異の少女は闇を切り取ったような黒い目でその様子を見つめ。

 ほんのわずか、口角を上げた。

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