第8話 運命の変わった日
占い屋Rock on 六子の出張占いで深衣は告げられた。
『助けを求めて泣き叫ぼうと無駄』
呪いを解くことは……不可能。
燦宮を中心に出現するという都市伝説の怪物【人生破壊光線女】。
ソレに深衣が掛けられた呪いは二つ。
周囲の人間の心を読み自動的に共感してしまう『共感の呪い』と、優等善良な『いい子』としての言動・思考を強制される『いい子の呪い』。
巷に噂される通りであれば深衣はいずれ、この呪いに突き動かされるまま自らの人生を致命的に消費し……破滅する。
占い師さんはできないとおっしゃっていましたが、やっぱり、呪いは解かなくてはいけません。
あたしが死んだらお母さんが悲しみます。お父さんが悲しみます。
それに、なによりも、いい子としてみんなを幸福にできなくなってしまいます……。
あれから三日。深衣はまだお祓いによる解呪を試していた。
ある日は燦宮の幾多神社を訪れての厄除祈祷。ある日は地元で活動している霊能者や祓い屋によるお祓い。またある日は、ネットと図書館からかき集めた情報で執り行う自己流のお祓い。
すべてが失敗に終わっている。
そしてその間。
──どうして高校生が一人でお祓いなんか……トラブルかしら?
──精神的に不安定な時期に、あまりオカルト思想に入り浸りになるようなことは避けてほしいがね……。
──なんだかワケありみたいだぞ。上手く転がせばもっと稼げるんじゃないか?
──かわいい顔してるな。お祓いって体で少しアソんでも……なんてな。
読みたくもない心を読み、身の危険を感じる経験までした。
初穂料や報酬金、お祓い道具の購入による金銭消費は凄まじく、並みの高校生よりずっと豊かだった深衣の財布はすでに心もとない。
それに加えて、ここまで会ってきた人々の全員が本気で呪いを信じていなかったことが、彼女の心に大きな影を落とす。
深衣のお祓い作戦は行き詰ってしまった。
◇
九月五日、土曜日。
深衣は燦宮のセンター街に来ていた。
そして。
「こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるのですが、少しお時間よろしいですか?」
道行く女性に話しかけ。
「最近噂になっている【人生破壊光線女】についてなにか知っていることがあれば教えてほしいのです」
件の怪異について、聞き込みを行っていた。
「あの、すみません忙しいので」
「なんですかそれ」
「…………」
「間に合ってます」
「なに? ナンパ?」
「知ってる知ってる~。あっちの店入って話さない?」
午後16時過ぎ。三時間ほどに及ぶ調査の結果は惨敗だった。
「センター街ならなにか新しい情報があるかもと思ったのですが……」
休憩のため入ったカフェ。誰にも聞こえない声でひとりごちる。
光線女が出没する噂の震源地であり、無数の老若男女で賑わうこの商店街であれば何か進展が得られるかもしれないと思った深衣だったが、当てははずれた。
光線女のことを知っているかどうかは訊ねればすぐに『共感の呪い』でわかる。
下心のある相手に共感すると一緒について行きたい気持ちにされてしまうが、そういう相手には『いい子の呪い』が発動して、【怪しい人間について行ってはいけない】という強制力が働く。
このとき頭痛が引き起こされるため、限界になって今はカフェで落ち着こうということになったのだった。
心拍と同じリズムでズキズキと痛みが脳を突く。
強引な調査を可能とするこの呪いはやはり、便利なもの。
しかしこれに頼ってはいずれ光線女の怪談の通り、呪いの力に溺れて発狂し身を滅ぼすことになるのだと、その痛みで改めて実感する。
だが、しかし。
「もう一回、頑張るのです……!」
あたしが諦めたら、あたしの周りのみんなに迷惑をかけることになります。
そんなの、いい子には許されないことなのです。
注文したアイスティーを飲み終え、深衣は決意新たに席を立つ。
カフェを出て少し歩き、ちょうど店から出てきた女性三人組を見つけて深衣は声を掛けた。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですが少々お時間よろしいでしょう……か……」
しまりました……。
思いながら、茶、金、ピンクと明るい髪色の三人を見上げる深衣。
彼女たちが出てきた店はパチンコ・スロットの店。その表情からは呪いなどなくてもわかる「大枚を失ってきた」という敗北の苛立ちが滲んでいたのだ。
「あ゛?」「なにこのガキ」「JK?」
不機嫌を隠そうともしない低い声。逃げなければという思考はすぐさまそれに塗りつぶされ、深衣もまた刺々しい声色で応じてしまう。
「燦宮を中心に噂されている『人生破壊光線女』について、なにか知っていることがあれば教えてほしいのです」
「ハァ? っフ、ねぇあかり聞いた?」
「じっじんせいはかいこうせんおんなて、ふっ、ククク」
「おい笑ったんなよ。カワイソーやん……ぷっ」
心を読むまでもなく彼女たちは深衣を馬鹿にして嘲っていた。
頭痛が走るが、共感の呪いの連続使用で未だ痛みの余韻のなかにあった脳は悪意を処分しきれない。
伝染した侮蔑の感情に任せて嘲笑の滲む言葉で応じる。
「あははは。ご存じでないのなら特に用はないのです。引き続きよい休日をお過ごしくださいなのです」
【他人を嘲ってはいけない】
バチッと刺すような痛みが脳を閃き、いい子がしてはいけないことをしたと反省する。
すぐに謝罪をと口を開いた深衣だったが、チンピラ女三人組はもはやそれを受け取る顔つきではない。
「なんやお前、ウチらんことバカにするために話しかけてきよったんか?」
「ひっ」
リーダー格と思われる金髪の女が顔を寄せてくる。刻まれた眉間のシワの深さと目つきの鋭さはいい子状態の深衣を委縮させた。
「ちょっとこっち来ぃや。落ち着いて話せるとこ行きたいやんなぁ?」
「あ、あの、ごめんなさ……」
「だぁいじょうぶだって悪いようにしないからさあ。名前なんてーの?」
「冷杯深衣なのです……」
「なにその口調、かわいいねぇ?」
三人組に連れられ、深衣は近くの商業ビルに入る。階段を上り通路を通って、ビルとビルの連絡通路のような場所に来た。
そこは故障した照明がそのままにされて薄暗く、仕切りで目隠しされた裏に土嚢や機材、マネキンといった物品が置きっぱなしにされていた。
背の高い少女型のマネキンは真っ黒な生地に白のラインとリボンをあしらった黒セーラー服を着ていた。異様に髪が長く、顔などは半分が前髪で隠されている。なんとなく奇妙で、深衣はそれにしばし目を奪われた。
「おい」
「ひっ」
物置場所を取り囲むフェンスに叩きつけられる。深衣の視界いっぱいに、凄んだ強面の女の顔が広がる。
「わかるよな?」
「え、えっと……」
共感の呪いが言葉足らずなチンピラ女の言葉を完璧に補足する。
──クソガキが。カツアゲされても文句言えんよなあ?
後ろに控えた二人の取り巻きも同様に、深衣から金をむしり取ることしか考えていなかった。
──助かった~。家賃まで溶かしちったからマジ困ってたんだよな~。
──あかりちゃんのカツアゲはこえーなやっぱ。金ないし、今度コツ教えてもらおかな。
三人とも、本当にお金に困っているようなのです……。だったら手持ちを全部渡すくらい……。
【無闇に他人に金銭を与えてはいけない】
ズキリ。痛みでバッグに突っ込んでいた手が止まる。
やっぱり知らない人にお金をあげるなんていけないことなのです……!
「ご、ごめんなさい。お金はあげられないのです……ひっ!?」
ぎょろり。目玉が動いた。
それは目の前で凄んでいる女のものではなく。
その後ろ。
置物のマネキンの目だった。
マネキンだと思っていた少女の片目が、まっすぐこちらを向いていた。
「ひぃっ!!」
「あ?」
チンピラ女は振り返ったが、マネキンとしてそこに直立している異常な少女に気づいた様子がない。
まるで視えていないかのように。
怖気が背筋を凍らせる。それはあの光線女と相対したときと同じ類の感覚だった。
すなわち。あれは。
ヒトならざるもの。
「……視えてる?」
黒セーラーを着たマネキン、だと思っていた少女が話しかけてきた。
【嘘をついてはいけない】
「はい! 視えてます!」
「あ? さっきからなんやねんお前」
困惑するチンピラの後ろで、黒セーラーの少女は土嚢と土嚢の間をするりと抜け出してチンピラの斜め後ろに立ち直す。
あわわわ……答えるのはまずかったのかもしれません……!
人のこない薄暗い物置場所で、放置された資材の隙間にマネキンのようにして立っていた少女。万が一人間だったとしても、およそまともな人間ではない。
そして。
「なあ、こいつどこ見とん? なんかあかりの後ろ見とらん?」
「バカ名前出すなって!」
「はっ。こんな場所やしな。幽霊でも見とるフリか? 電波ちゃんかいな」
やはり他の人間に視えていない。
それでは、もう、間違いなく……。
深衣の恐ろしい想像は確信へと変わる。
腰までもある艶やかな黒髪、陶器めいた顔、無機質な白の肌、すらりと伸びた長い脚、揺れる黒色のセーラー服。
一見少女に見えるそれはしかし、【怪異】だった。




