第3話 陰陽師少女のお仕事
「蘆屋道満……さんというのは、悪い人だったのですか?」
「う……んと、世間的にはそうっぽいというか、創作物やとそう設定されがちかな?まあ実際都でやらかした記録が残ってるからしゃーないんやけど」
「あらまあ」
「でも蘆屋家に伝えられてる逸話では、父祖道満は悪霊・怪異の蔓延る針馬の国を救うため術を磨いた偉人ってなっててな。京に出向いて安倍晴明に助力を乞うたけど、断られた挙句『田舎者の野蛮人』って理由で政敵として仕立てられたんで、ひと暴れしてから故郷に戻って霊怪修祓に邁進したらしい」
「ずいぶん話が違ってくるのですね」
「針馬、というかその中の標戸が呪われた土地いうんは一般には秘密にされてることやからなあ。話したくても話せへんのよ」
「ほう、なるほどなのです」
だから、今みーちゃんに話せてちょっと嬉しいわ。すぐ隣を歩く小路にはにかみながらそう言われると、同性である深衣であろうと少しどきりとときめきが胸を走る。
しかし、共感の呪いが伝えてくる彼女の内心は、その言葉ほど甘やかではない。
──もうちょっと前提話したら切り込むか。さて、鬼が出るか蛇が出るか……。助けたばっかの子を握りつぶすことにならんといいけど。
「ひえ……」
「ん、どしたん?」
「ああいえ、なんでもないのです」
「ふん……。そういえばみーちゃん、反応薄かったけど『標戸が呪われた土地』ってのは知ってた感じ?」
「はぇ!? あ、いや」
【いい子は正直に話さなくてはならない】
「はい! 実は知っていたのです!」
「ほほーん。てことはコッチの事情はある程度説明省いても大丈夫そうやな」
「執行猶予が縮まってしまったのです……!」
「何の話……まあええか。それでな?」
小路は何かを察した様子だったが構わず説明を続けた。
知っての通り、標戸は呪われた土地である。
この地では人々によって語られた怖ろしい想像、妖怪伝説、怪異怪談、怪奇巷説の類いが形を得て生まれ出ることがある。この現象を陰陽師たちは『怪異言現』と名付け、それによって現れ人に害を為す怪異を『伝承怪異』と呼びならわしてきた。
標戸に派遣された管轄陰陽師・調伏師の仕事は、地域内の穢れや悪霊を祓い清め、伝承怪異が誕生したときにはこれを討ち滅ぼすこととなる。
「……と、いったかんじなんやけども」
「な、なるほどなのです」
「実はここまでの話は全部極秘情報で、人にバラすと抹殺されます」
「えぇっ!? なのです!」
「語尾頑なやな」
まあ、理由も知らんで死ぬんはかわいそうやから、教えたげるな? 意地悪なほほえみを浮かべて小路は続けて語り出す。
怪異権現の秘匿徹底、これは陰陽師鉄の掟『霊怪隠匿原則』により定められている。その性質が広く知れ渡ってしまうと社会秩序の維持が困難になると目されるためだ。
伝承の実現に必要なのは言ってしまえば認知、その純度か量。
小さなカルト教団でも全員が強く信じ込んでいる怖ろしい悪神は顕現することができる。誰もそれを現実に信じずとも、標戸に住む人間全員が「地獄と地続きのトンネルが山中にある」と数日にわたり数回想像するだけで必ずその口は開かれる。
パニックは必至。悪用も容易。人命は数多損なわれ、文明社会は致命的な傷を負う。
そして、それだけではなく。
怪異調伏のために奈良時代から脈々と受け継がれてきた『陰陽術』……これもまた、人が呪詛を恐れる心から生まれた広義の『伝承怪異』の一つ。陰陽師一族が代々使役し現実のものと信じてきたからこそ存在できている怪現象にすぎない。
これがもし大衆に知られ、勝手な言説や事実無根の妄想の対象として曝された場合。体系化された繊細な術が発動困難となることは確実、最悪一回の事件の原因として語り潰されて二度と使えなくなると考えられている。
怪異言現を世に知られることは則ち、悪霊・怪異を祓う唯一の手段を失うことを意味する。
故にそれらは厳しく隠匿され、表向き「心霊や妖怪や怪奇現象は科学的に不明のもの」とされているのだ。
「……そ、そうなのですね」
「はい。そうなのです」
「あれ、でもそれだと、一般人のあたしに明かしてしまった蘆屋先輩は、あたしと一緒に抹殺対象になってしまうのでは……」
「こみちゃんでええよ」
「では『こみ先輩』と」
「ありがと。せやな、無関係の人に無闇に秘密を話したとあれば即アウト。陰陽師の間では、教えた方も知った方も【桔梗様】いう伝承怪異に体を六つにちぎられる言われとるよ」
「ひっ、そ、そんな……!」
「まあ、みーちゃんが無関係の人やったらの話やけど」
ぎくりと聞こえそうなほど深衣の輪郭が硬化する。小路の白いまつげの下から真っ黒な半月の瞳がじっとりと視線で舐った。その心は読むまでもなく「キミ無関係とちゃうやろ」だ。
元より隠すつもりはなかった彼女だが、いよいよ語らねばならない。
「どこから話せばいいか難しいので……最初からすべて、端的にご説明するのです」
夏休み最終日。深衣は巷で噂の怪異【人生破壊光線女】に襲われた。
翌朝目覚めた彼女には『共感の呪い』と『いい子の呪い』が発現しており、周囲の人間の内心を無差別に読み取って共感し、それを踏まえていい子として行動してしまうようになっていた。
この呪縛を解くことを目指した深衣は、調査中の窮地を救ってくれた怪異の少女【怪異退治のクロユリさん】から標戸と都市伝説怪異についての知識を授けられる。
光線女退治を要請された黒い少女はその怪異の出現条件を特定することを求め、深衣はオカルトに詳しい友人のカルテと共に怪談の分析を進めた。カルテとは元いじめ加害者と被害者という複雑な関係だったが、小路の助言もあって暫定的な和解を達成している。
果たして光線女との遭遇条件を絞り込んだ二人。本来ならばクロユリさんへの報告だけしてあとは退治完了を待つのみだったところを、深衣の身を案じたカルテの強い希望により即座の討伐作戦を決行することに。
これはクロユリさんを召喚したのちカルテが自身を囮として光線女を誘い出すという計画だったのだが、想定の甘さからカルテが光線女の怪談世界『異界』に連れ去られる事態へと陥ってしまう。
深衣はいなくなったカルテを共感の呪いの先鋭化によって探し出した。咄嗟にカルテを庇って光線女の呪詛光線を受けるも、このとき新たに『霊媒体質の呪い』を獲得。これを目印としたクロユリさんが駆けつけて、光線女を殺害した。
『権能』と呼ばれる呪いの特性のため、残念ながら深衣の呪いが解除されることはなかった。だがクロユリさんが慰めと共に提示した「正反対の呪いを受けることで相殺できるかもしれない」という希望を胸に、深衣とカルテは今も都市伝説の調査を続けているのだった……。
「以上なのです。なので、ごめんなさい、実はあたしにはこみ先輩の考えていることがずっとわかっていて……」
「霊媒体質の呪い……いや、いいや、そんな、ことよりもやな……」
震えがあった。立ち止まり俯く小路。その握られた拳が、引き絞られた喉から漏れる言葉が、わずかに震えていた。髪の隙間から覗く眉間の皺。食いしばられた歯の軋む小さな音。
深衣は感じ取る。彼女の悔恨の情を。
「本っっっ当に、ごめんなさい!!」
直角に近い美しい姿勢で、陰陽師少女は頭を下げた。




