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都市伝説少女  作者: 龍田乃々介
第一章 人生破壊光線女
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第32話 不完全賛歌

「そんなに悲しまなくて いいんだよ」


 クロユリさんは邪な微笑みをそのカオに浮かべた。

 小さく短い悲鳴をカルテは呑み込む。

 そこにいる怪異への恐怖を悟られないよう、本能的に息が止まる。

 深衣みいは固まってクロユリさんを見るだけ。

 彼女に危機感はない。共感の呪いによって、クロユリさんに害意はないことを理解していた。


「呪いを解くのと もう被害者を出さないの その二つの目的のため きみたちはとても頑張った 毎日都市伝説を詳しく調べて 協力して条件カギを見つけて アクシデントはあったけど 戦って 勝利した」


 全て見てきたかのように彼女は語る。

 目的は果たされた。被害者はもう出ない。


 けれど無事とはいかなかった。深衣は犠牲として三つ目の呪いを負った。

 『共感の呪い』、『いい子の呪い』この二つに加えて、『霊媒体質の呪い』。

 この先の深衣の人生は、それがどれだけ短いか知れないが、この三週間よりもずっと残酷な苦痛で満ちたものとなるだろう。


 惨たらしく悍ましい死を迎えるのだろう。


 共感の呪いで心を塗り潰されるうち、擦り切れて精神を喪失するか。

 いい子の呪いで善行を強制されるうち、他者に利用し尽くされて破滅するか。

 この二つの呪いの軋轢に脳髄を捩じ切られて絶命するか。

 あるいは……霊媒体質が呼び寄せる魑魅魍魎に憑り殺されるか。


 その呪いが大勢の人間による都市伝説で保証された『権能』である以上、『人生破壊』は確実に起こる。彼女たちの努力は結局、彼女たち自身に報いなかった。



 こんな結末、誰も望まなかった。



「誰が聞いてもひどい結果って思うだろうね ……だけど だけどね ミーコちゃん カルテちゃん」


 望んだ結果にならなかった。



 それでいい。


 それでもいい。



()()()()()()()()()()()()()



「……は?」


 クロユリさんは今、慈愛の女神のように微笑んでいる。

 深衣とカルテのこの結末を、心の底から祝福している。


「不完全で 不出来で 不道徳で 不都合で 不愉快で 不運で 不幸」


 一言ごとに一歩。

 黒セーラーの少女は呪われた少女へと歩み寄っていく。


「理不尽 不条理 頑張ったのに 報われない 目指した夢が 叶わない 愛は離れて 恨みは買って 善意が仇に 祈りは鎖に どうして自分がこんな目に こんなはずじゃなかったのに」


 ぺたんと座ったままの深衣のもとへ、膝をついて屈み、顔を近づける。

 向けられる、黒くて、重くて、粘着質で、湿っぽい、謎の巨大な親愛感情。


 クロユリさんはその正体を、ついに明かす。



「わたしはね 世界に溢れるそんな()()()()が すきですきでたまらないの」


「…………え?」



 いとおしさに細められた目。愛情を湛えた口元。深衣の髪にそっと触れる、繊細なものを触れる指。

 クロユリさんの愛。

 荒い吐息の、艶美な囁き声が告げる。

 赦しの言葉。


「世界は不完全 不出来なものばかり 不道徳な人がいる 不都合なことが起こる 不愉快なものに苛立って 不運な巡りに悲しんで 不幸を嘆きたくもなる 理不尽で不条理な仕打ちを受け 努力をしても実らずに 夢見た未来は日に日に擦り減り 愛の言葉は届くことなく 高潔さが嫉妬を呼び 親切な施しは怒りで返され 純粋な願いが生き方を狭める なんでわたしばかりこんな目に遭うの 上手くいくはずだったのにどうしてこうなるの ……そんなことばっかり溢れてる」


 伝えたいものがわからない話。いじめを愉しむ人。渋滞する道路。流れてくるタバコの悪臭。飛び出してきた熊。育ての親の死。痴漢冤罪。初戦敗退。独身の初老。転売されたプレゼント。優等生への陰口。暴言を浴びせられる介護者。継ぐ機械にされる子供。視野狭窄な迫害妄想。傲慢で甘い将来設計。


 完璧ではないこの世界。


「だからきみは ()()()()()()()()()


 カルテのために元の性格に戻る。それを成し遂げられないまま。

 共感の呪いのコピー人形。

 いい子の呪いの操り人形。

 霊媒体質の愛玩人形。


 それでもいいの

 それだって 今ここにいる 深衣きみなんだから


「わたしは ダメなことダメなものがすき それらが在るのを認めることで 完璧ではないこの世界を赦すことができるから 完璧になれないこの自分を……赦すことができるから」


 だからわたしは 人間がすき

 ダメでいてくれる人間が ダメを作り出す人間が すき すき 大すき


 流れ込んでくる黒々として確かな愛情。

 冷たい指が髪を梳いて、やわらかな手が頭を撫でる。


「わたしは心から肯定する 本物の愛をきみたちに贈る ダメダメになったこの結果を 『これでもいいんだよ』 『こんな結果でもいいんだよ』 『そんなきみでもいいんだよ』 そう祝福させてほしい」


 無くなった距離。クロユリさんが抱きついて、深衣の体に密着する。

 触れ合う肌の柔らかさ。仄かに香る甘い匂い。

 慈しむ心。感謝する心。溢れるそれが伝播する。



「きみたちのこの悲劇は わたしを 不完全に嘆くみんなを救っているから ……無意味じゃないから きみたちは悲しまなくてもいい」



 いいんだよ。繰り返される赦しの言葉。

 背をそっと撫でる手のひら。

 伝わってくる、やさしい愛情。

 深衣はそれに呑まれていた。


 その言葉。

 それは、ずっと。こうなってしまう前から、欲しかったもの。


 何より望んだものだったような。



「で、でもっ! アタシは納得できません!」



 声を上げたのはカルテだった。

 恋人のようにくっついた二人の間に割って入って、深衣の肩を取って抱き寄せる。


「だって呪いを解けなかったらミーコは、光線女の怪談のとおり、廃人になったり、狂ったり、死んだりしちゃうんですよ? そんなの……いいわけない」


 深衣の二の腕を掴む色白の指には強く力が込められていて。

 それでも隠しきれず、細かに震えていた。


「アタシは、ミーコには絶対元に戻ってもらわないと困るんです! 元の性格最悪女に戻して、そいつをぶん殴って、それで、やっと、全部許せたら……今度こそ……っ」

「うん それでいいと思うよ」

「……え?」


 クロユリさんは立ち上がり、二人に背を向けて歩く。近すぎた距離を適切なものへと戻すように、少しの間隔を開く。


「悪いことは良いことだ なんて言ってないよ それも誰かの救いになるってだけ 人は ハッピーエンドを目指すべきだよ」


 手のひらを返すようにそう言って、さらに付け加えてこう言った。


「それに まだ希望はある」


 振り向いて、ただの微笑みを向ける。いとけない少女の無邪気な笑み。相手の幸せを願う純粋な顔を。


「今のミーコちゃんは いい子の呪いでいい子にされてしまった状態 だったら 今度は悪い子になる呪いを掛けられれば 元に戻れるんじゃない?」

「えっ、……ええ!? ハ!?」

「そ、そういうものなのですか?」

「可能性の話 悪い子の呪いじゃなくても 全部の病気が治る薬とか 体の時間を戻す魔法の杖みたいなのがあったら きみの願いは今度こそ叶うね」


 いい子にする呪いが存在したのだ。

 それを打ち消すどんな超常の力があったとしても、もはや不思議ではない。

 クロユリさんのそんな助言が、深衣とカルテに再び立ち上がる気力を呼び起こさせる。


「クロユリさん、ありがとうございますです。このままでもいいと言ってくれて、今のあたしを認めてくれて。……でもあたしは、望みがあるなら諦めません。カルテちゃんのために、必ず元のあたしに戻ってみせるのです!」

「ふふ 眩しい いい子だね ミーコちゃん」

「……アタシは、クロユリさんの言ってることやっぱりよくわかりません。ミーコの犠牲は、こんな不幸なことは、ない方が絶対良かった」

「そうだね ない方がよかった」

「……だけど、ありがとうございます。ない方がよかったけど、無駄にならないって言ってくれて。こうなったのはアタシの馬鹿さが原因だから……、少し、救われました」

「そっか わたしからもありがとう こんな怪異バケモノの言葉に歩み寄ってくれて」


 話もまとまったし それじゃあ出ようか

 先導するクロユリさんにカルテと深衣はついていく。


 アケビ色の空の下、壁に囲まれた路地裏をいくばく歩くと、やがて薄暗い燦宮駅北の通りに出た。


「困ったことになったら また呼んで 今度こそすぐ駆けつけるから」

「そういえば、困ったことになっていないときは会えないのですか? 色々と訊きたいことがあるのですが……」

「今のミーコちゃんならできるよ 名前を呼んで 出てきてあげる」

「ありがとうございますです!」


 そうして、二人はクロユリさんに別れを告げて、駅の方へ歩いていく。

 時刻はいつのまにか、午後6時を過ぎた頃。

 今日は火曜日。明日も学校がある。

 家に帰ったらお風呂に入って、ご飯を食べて、明日の授業に必要な課題をして、布団に入って寝る。

 日常に戻る。



 人生破壊光線女を倒した。

 物語はここで、第一の幕を閉じる。


 一つの疑問を残して。






 ──クロユリさんって……あんな性格だってハナシ、なかったよね……?

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